第8話「嵐の魔女」
「で、俺たちに何をして欲しいんだ、眼鏡」
開口一番。牢から出されると同時に応接室に案内されたグレスとバサルト。その前にはアイシスと彼女に同伴したラシュム=ジラックスと名乗るこの国の宮廷医師にして王国天術師がいた。
「開口早々それですか。いや、随分と物怖じしない方ですね」
「回りくどいのは嫌いなんだよ。俺たちを牢から出したってことは、そっちのアイシスの話を信じたってことだろうが、それだけですぐ釈放ってわけにはいかねーだろう。で、取引条件はなんだ?」
そのグレスのある種高慢な物言いには当初面を食らったラシュムであるが、こちらの情勢や手の内をすぐさま看破し、無駄な腹の探り合いをせず、的確に答えを導き出す、その頭の回転には感心を抱き、内心この人物に対し、初対面ながら高い評価を持った。
(ただしあえて欠点を言うなれば、口の悪いところですかねぇ)
それでは敵を多く作りやすいだろうに。これほど頭の切れる人物ならそのようなことわざわざ指摘しなくても気づいてそうなのにあえてそれを隠そうとしないのは直す気がないということなのだろう。
やれやれ、面倒な人物だと心の中で愚痴をこぼす。
「では単刀直入に言います。貴方がたの力を我々に貸して欲しい」
先の王の間での決定。北の魔王討伐と、それに伴うセファナード教国への援軍要請について、ラシュムはグレス達へと伝える。
それを踏まえた上で彼らを自分たちの戦力の一つとして加わり、北の魔王討伐へと参加して欲しいとのこと。
無論、これはあくまで取引であって彼らは傭兵達と違い正式な報酬などが払われる可能性も低く、断った際は街での騒動、聖女誘拐の件で重罪とは言わないがしばらくの投獄は免れない。
「そんなの俺たちには端っから選択肢なんて無いも同然だろう。まあ、幸いこっちも目的は同じセファナードで北の魔族共だ。喜んで協力してやるぜ」
「僕の方からもむしろお願いしたいほどです。こちらはもとより名誉や報酬などが目的で魔族を追っていたわけではありません。彼らを倒すため、このアルフェス王国の力添えを得られるなら願ってもないことです」
そして無論、ラシュムの提示した条件を断わる理由などグレスにもバサルトにもあるはずがなく、グレスはいつも通りの上から目線で、バサルトは丁寧な物腰のままその条件を飲んだ。
「ありがとうございます。それではこれから共によろしくお願いします」
差し出された手をバサルトは笑みを浮かべて握り返し、グレスもまたそっぽを向きつつも一応の返しをする。
「よかったね、二人共。これで一応は解放ってことだよね」
「そうですね。ですが、これもアイシスさんが事情をきちんと話してくれたおかげです。ありがとうございます」
「まあ、もう少し遅かったらこっちから勝手に脱出していたけれどな」
グレスのそんな軽口にバサルトは苦笑いを浮かべつつ、改めて何かを思い出したようにアイシスの方を振り向く。
「そういえば出会ってから色々とバタバタしていて僕たちの自己紹介がまだでしたね。改めて僕はバサルト=レキリアム。今は亡きウォーレム族の一部族ロアドゥ族の族長の息子です。
アイシスさん、それにラシュムさん、どうぞよろしくお願い致します」
「あー、俺はグレスト=F=レヴァントス。こいつと同じロアドゥ族のひとりだ。つっても、もう多分俺とこいつしかロアドゥ族はいないと思うがねー。いたとしても逃げ延びた数人が精々だろうしな」
バサルトとグレスのその名乗りにアイシスの隣にいたラシュムが興味深そうに息を呑むが、それを知ってか知らずか、構わずアイシスが二人に続いて自己紹介を行う。
「じゃあ、次は私の番だね。アイシス=ミレルド=パルネック。このアルフェスで神官を勤めています。私もグレス君やバサルトさんと一緒に北の魔族討伐に参加する予定だから、二人が前線で怪我した際には任せておいてね」
そういってガッツポーズを取るアイシスにすかさず頭に軽いチョップをするグレス。
「知ってるつーの。今更お前の自己紹介なんて必要ねーよ」
「い、いたっ!急に女の子にチョップするなんて~、グレス君はもう少し礼儀ってものを知ったほうがいいと思うよー」
年相応にぶーと頬をふくらませてそっぽを向くアルフェスの聖女アイシス。
しかし、そんなアイシスに対しなにか不満があるのか、グレスは少し前から引っかかっていたあることについて尋ねる。
「ところであの路地で名前を呼ばれた時からずっと思ってたんだが……なんで俺は君付けなんだ?」
「え?」
「いや、こいつに対しては『さん付け』だろう。なのになんで俺は『君付け』なんだ?」
言って自分の隣に立つバサルトを親指でさしながら問いただすグレス。
それは他人からしてみれば実に些細な指摘であり、気にする部分はそこなのか?と逆に問いたくなるような疑問であったが、アイシスからの回答は実に単純明快なものであった。
「だってグレス君って私より年下でしょう?」
「なんでそう思う」
「だってその、背、私よりも低いから」
アイシスのその思わぬ一言に「くすっ」と吹き出すバサルト。
一方のグレスはいつもと変わらぬ冷静な態度だが、どこか内心怒ったような様子でアイシスに問いかける。
「……確かに今はお前よりほんのちょっと背が低いかもしれないが、それで俺がお前より年下だって証拠になるのか?」
「えっと、じゃあグレス君っていくつなの?私は一応今年で二十だけど」
出会ってから間もないが、明らかに先ほどよりも感情的に問いただしてくるグレスに、アイシスはどこか押されるように答える。
その答えを聞き、しばし黙ったグレスだが。
「……身長は、伸びる」
「え?」
その一言だけを言って黙り込み、そっぽを向く。
そこでアイシスはようやくグレスの内心に当たりがつく。
「ひょっとして……気にしてたの?身長のこと?」
「………………」
「それと年齢もやっぱり私より年下ってこと?」
「………………」
黙ったままそっぽを向くグレスの反応がそのままそれを肯定していることを意味しており、よく見ると頬が気恥かしさに少し染まっているのが分かり、普段はあれほど高慢で隙のない自称天才にふさわしい風格の少年がまさかこのようなどうでもいいことを気にしていたとは思いもせず、そんなグレスの反応にアイシスは思わず愛らしさを感じそのまま抱きつき胸の内を吐露する。
「グレス君って意外とかーわーいーいー!」
「なっ……!馬鹿にしてんじゃねぇぞ!」
先程までの態度はどこへやら、おそらくは年相応に自らに張り付くアイシスに対し嫌がるように暴れるグレスを見て隣りにいるバサルトが思わず笑い出す。
「あっはっはっはっ、こいつは一本取られたね、グレス。というか君やっぱり身長のこと気にしてたんだね。前々からなんとなくそうかなっては思ってたんだけど」
「うるせー!バサルト!俺はまだ育ち盛りなんだよ!見てろよ、いつかお前よりも身長伸ばしてやるから」
「ははは、けどこればっかりはいかに君が天才でもどうしようもないんじゃないかな。伸ばそうと思って伸ばせるものでもないだろう」
「うるせぇ、それを何とかするのが天才なんだよ」
「やっぱりグレス君かわいいー」
見るとすでに仲良く三者ワイワイと話す姿を見てラシュムもまた目の前のロアドゥ族の二人が自分たちを騙している可能性は低いだろうと、なぜかそう信じることが出来た。
(……しかし、まさかあの伝説のロアドゥ族ですか)
と、先程バサルトが言った彼の種族の名を思いだし、彼らの目的が北の魔族と言った理由にもなんとなく予想がついていた。
それを踏まえた上でこうして笑える彼らをラシュムはアイシス同様に信頼しようと、そう心に決めていた。
「それではグレスさん、バサルトさん、私はこれから北の魔族討伐のための傭兵や探求者を志願し、彼らの中から使えそうな人材を選抜しようと思いますが、もしよければ一緒に同行しますか?」
そんなラシュムからの突然の誘いに未だガヤガヤやっていた三人のやり取りが一時中断され、その問いかけに対してバサルトが返答をする。
「それは願ってもないことですが、僕たちが同行してもいいのでしょうか?」
「構いません。聞けば貴方は一部族の長の息子というではないですか。しかも地王エルドラードの直系とも言われるロアドゥ族の次期族長ならば人を見る目にも長けているでしょう」
「いいんじゃねーのか、バサルト。どうせほかにすることもねーだろうしよ。一緒に北の魔族討伐に行くってんなら今のうちに使えそうな奴に目星をつけておいたほうがいいだろう」
「グレス、君はまたそういうことばっかり……けれど、分かりました。それではぜひ同行をお許し下さい」
「あの、ラシュムさん。私も一緒についてきていいですか?」
そう言って共に歩きだそうとするグレス達の隣りに並びながらアイシスがラシュムへと問いかけ、その問いに笑みを持って答える。
「ええ、もちろん構いませんよ。ぜひ、アイシスさんもご一緒ください」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おーおー、さすがは東のロー大陸三大国家のひとつだなー。これだけの傭兵や探求者が集まるもんなんだなー」
そう言って珍しく感心したように呟くグレスだが、それもそのはずであり、王都にて募集をかけてわずか数時間足らずで、すでに城の一区画を埋め尽くすほどの傭兵や探求者が溢れている。
数にしておよそ数百。最終的には数千規模にもなるであろうと予測出来る。
「けれど、どの傭兵も探求者もぱっと見これと言って頭一つ抜けた人材はいないみたいですね。もちろん戦力としては十分でしょうが、悪く言えば平均値そのままと言ったところでしょうか」
言ってすぐさまこの区画に集まった人材を一通り見てそう評価を降すバサルト。
彼のその評価に対してはラシュムもまた同感であった。
ここに集まった人材は皆が皆、それぞれこのアルフェスのため、あるいは魔族を討伐するため、あるいは報酬のため、目的は様々なれど、誰も彼もそれなりに腕に覚えのある人物であり、ただの魔族相手にならば十分、数として戦力になる人材であろう。
だが、今ラシュムの隣りに立つグレス、バサルト、そしてアイシスと言った飛びぬけた才能や能力、秘めたる素養は感じられない。
これはこの世界におけるある種の原則であり、魂に宿った輝きと言ってもいい。
それは宝石のように種類が存在し、ここに集まった人材が鉱石といったありふれた輝きに対して、グレス達のそれは黄玉や鋼玉のように輝いている。
そうした内に存在する魂の輝きを見抜くことも一つの才能であり、ラシュムにはそれが備わっており、だからこそ国王ハウルウト一世より、傭兵達の人材選別を任されていた。
「おい、ラシュム。この募集ってのはお子様も対象内なのか?」
「え?」
と、そんなこの場に集まった人材を見ることで、改めてグレス達の素質の高さに感心していたラシュムに不意にグレスのそんな言葉が耳に入る。
「どうもひとりお子様が混じってるようだが」
見ると傭兵達が集う一角。そこに埋もれるように白いとんがり帽子がちょこんと隠れているのが見え、その人物の身長よりも遥かに高い箒が代わりにここにいるぞとアピールをしていた。
「よう、お嬢ちゃん。アンタみたいな子供がこんな場所にきちゃいけねーなぁ」
「天術師の真似事のような格好をしているけれど、お嬢ちゃんみたいな子供にはまだ探求者ごっこは早いだろうよ」
「悪いがここは子供の遊び場じゃないんだよ。遊び相手を探してるんなら、どっかそのへんの公園に行きな」
言ってその人物を取り囲むように周りの傭兵達が野次を飛ばしては笑い合っている。
さすがにそれには周りの目もあるため、やれやれと言った雰囲気でラシュムがそちらの方へ止めようと向かったが、その瞬間、その人物を中心に風と雷が発生し周囲を取り囲んでいた屈強な男達が瞬時に吹き飛び、あるいは尻餅をつく。
「誰が子供じゃ。儂はもう一人前の大人じゃ」
見るとそこに立っていたのは文字通り子供のような少女。
くせっ毛の強い銀の髪に、白いローブのような服を身にまとい、なによりも特徴的なまるで魔女の帽子のようなものをかぶった人物。
「儂はフラグメント、嵐の魔女イフじゃ。人を見かけで判断しないことじゃ」
フラグメント。そして嵐の魔女と名乗った少女のその単語に聞き覚えのある者達が何人かいるのかわずかにざわめき始めるのが見える。
一方で、そんな強気な態度を見せる少女に対し、どこか愉しげな笑みを浮かべグレスが呟く。
「へぇ、ひとりだけ使えそうな奴がいるじゃねぇか」
それこそが、のちに七賢として語られるグレス達と嵐の魔女イフとの最初の出会いであった。