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七賢伝説  作者: 雪月花
5/15

第5話「天才」

「決着を着ける、か」


グレスが吐いたその台詞にどこか嘲りを覚えるソーマ。


「傷が多少回復した程度で優位が変わるとでも思っているのか?ここは街中。すなわち俺にとって最も俺の能力を最大活用できる場でもある。建造物に囲まれたこの場所全てが俺の武器となり得る」


そう、先ほどのように周囲の建造物全てを崩壊させての攻撃を続けられればいかにグレスとバサルトが優れた戦士であろうとも負傷し、そこに隙が生じる。

対して相手のソーマは一撃でも必殺の拳が入ればその時点で勝敗は決する。彼のこの能力を前に二対一の戦況など最初から盤面をひっくり返す要素にすらなり得ていない。


「そのためにはこの街の人間がどれだけ犠牲になろうとお構いなしってか?俺たち二人を始末するのにずいぶんとリスク犯してるじゃねえか」


「リスク?そんなものどこにあるという」


そう断言したソーマにグレストは先ほどと同じ寒気を感じる。

やはりこの男には価値観が存在しない。一の結果を出すためなら十の損害も意に介さず、結果以上の犠牲が出たとしてもなんの感慨すらも持たないだろう。

今のこいつにとってこの街に“人が存在しているという事実すら”抜け落ちているのだろう。


「なら、これ以上君の凶行をさせないためにもここで倒れてもらうよ」


そうグレストが思った言葉を代わりに告げたのはバサルト。

彼は先ほどと同じように自らソーマに接近し、その後方からグレスが援護を取る構えを見せる。

だがそんな彼らの行動よりも一瞬早く動いたのはソーマの方であった。


「馬鹿が。先ほどと同じ戦術が通じると思ったのか貴様の軌道などもはや見飽きたわ」


そう言うが早いか、ソーマは先ほどと同じく自らの右手を今度は彼から向かって左側の建物へと触れる。

それと同時に石造りの建物にヒビが入り、それはバサルトが彼へと接近する軌道上、まさにバサルトを踏み潰すように亀裂が放射線状へと入るが


「――なにっ?」


だが、それだけであった。

先ほどとは異なり、壁に入った亀裂から崩壊は生まれず、建物は崩れることなくそのまま。

一体何がどうしたのか?その答えを探るよりも早く、バサルトの接近を許し彼の迷いない一太刀がソーマ目掛け放たれる。


「ちぃ――!」


自らの右肩から左脇腹へと刃が抜き去られる未来予知を見、瞬時にソーマは防御へと変じ、左手の掌底を持ってそれを弾き返す。

しかしバサルトもそれは先刻承知であり、はじかれた剣を再び構え直し、今度は再び距離を取られぬようソーマの足を止めるように目に見えない斬撃の嵐を叩き込む。

だが、それはソーマにとっても同じであった。

もともとのソーマの戦術とは相手との接近戦にて石化の腕による必殺の一撃を叩き込むことにある。

ゆえにその戦術にふさわしくソーマが獲得した格闘術は世界に伝わる正統流派の中でも特に実践向き格闘術。

ひとつの閉じた王国が、自らの国に侵入してくる者を残さず撃滅するためだけに何百年と閉鎖した空間の中で磨き上げてきた王宮拳術。

ソーマが会得したそれは正当な王宮拳術ではないが、この世界で唯一その王宮拳術の流れを組んだまさに秘伝の拳術。

先程の掌底も、まさにその流派独自の技であり、体内に存在するエネルギー。気、魂、錬度、そう呼ばれる様々な魂に宿る力を肉体の一部に集中させることで威力や能力を向上させる。

三つの神秘のひとつ、地脈もこれと同じ原理であり、あちらは人体の能力に加え、世界や大地に宿る気の力をも借りることが出来る。

ソーマもまた魔王の呪いを宿したというただの人間というだけでなく、それを抜きにしてもまさに逸材とも言える格闘能力を秘めていた。

それを証明するように先程までは天性の素質によって上回っていたバサルトの剣術も、利き腕の負傷というハンデにより次第に押されていく。

戦場において負傷による実力の低下など言い訳にならない。なぜなら勝敗とはそれらあらゆる要因によって築かれるもの。

相手の技量が自らよりも上ならそれを補う策を放つ。

相手の長所が並外れているのなら、それを折る手段を考える。

相手に明確な弱点があるのなら、迷うことなくそれを突く。

どれも基本。どれも至極当たり前のこと。

生き死にのかかった戦いにおいて正道や邪道の価値観を問うなど戦場を知らぬ夢見る詩人が歌う遊びにすぎない。

ゆえに戦況はその僅かな差で一変する。先程よりもわずかに動きが鈍ったバサルトの一太刀を避けると同時に彼の肩に足を乗せ空中へと飛翔するソーマ。

通常であれば、空中への飛翔などこうした接近戦においては隙を生じる愚策に過ぎない。

上空からの攻撃は確かに人間に取って最も死角となる攻撃であれば、それには無論リスクも生じ、攻撃が失敗した際の隙は必殺の空振り以上に致命的なものなり、その時点で勝敗さえ決する。

いかにバサルトが負傷しているとは言え、これはソーマの戦術ミスか?

その考えがよぎるわずか一瞬のうちにグレスの声が響き渡る。


「防御しろ!バサルト!」


そのグレスの言葉を聞くと同時に通常の者であれば、目の前の勝機に対し僅かな反発や迷いが生まれるにも関わらず、バサルトは瞬時に追撃の手をやめ、自らの体を覆うように人体の気の流れと、彼の両足から接触している大地の気の流れ、地脈のエネルギーを纏い全身の防御を固める。

いくら相手の攻撃に対し防御を行うとは言え、これではあまりに過剰。次の攻撃への一手は確実に遅れる。

そう思えるほどのある種、必要以上とも思えたバサルトの防御だが、しかしそれはこの場において唯一の“正解”であった。


「――狼牙」


上空高く舞い上がり自らの限界到達点へと達したソーマがその言葉を口にすると同時に

彼の両手に集まった人体エネルギーの全て、自らの魂から生まれたその力を地上に立つバサルト目掛け降り放つ。

それはまさにエネルギーの雨。無数に飛来する狼の牙そのものであった。

ソーマの両手から振り放たれた気の塊は数十、あるいは百を超えるほどの牙の大群となり眼下のバサルトへと無数に降り注ぐ。

やがて全ての牙を降り注いだソーマは、そのまま土煙が舞う地面へと降り立つ。

通常であれば先程の無数の牙を受け立っていられるものなどいない。五体は文字通り獣に食われたあとのように凄惨なものと成り果てているであろう。

だが、それはあくまでもただの相手ならの話。

ソーマは即座に土煙の微妙な変化を見抜き、そこから瞬時に現れたバサルトの剣を右手で掴む。


「なるほど」


そう呟いたソーマの一言は、目の前のバサルトに言ったものではない。

無論、目の前で僅かな血を流し生きているどこか、反撃に転じた彼の手腕は驚嘆に値する。

だがそれも先程の一連の流れを見ていたソーマからすれば当然のこと。ゆえに彼の反撃に対しても驚愕する道理はない。

むしろ、それよりもソーマが驚愕したのは先程の最初の一手。自らの石化の腕による崩壊が起きなかった現象。

だが、その答えに気づいたソーマは静かに口を漏らし、自らに構えるバサルトの後方、未だ距離を持ってこちらを観察しているグレスでもなく、その少年が庇うように背中に隠した人物。


「先程の崩壊を止めたのは貴方でしたか、アイシス嬢」


そう、それはいまだ瓦礫の中で苦しみ助けを求める人々に休まず治療の海鳴術を放っているアイシス。彼女に対しソーマは声をかける。


「海鳴による人体の治癒。それは人が本来持つ治癒能力を活性化させる能力がありますが、それ以上に海鳴の真価は“再生”にあるという。それは生命を問わず無機物や万象の綻びさえも繋ぎ治すという。一説によればその海鳴の元となった能力には大陸そのものを再生させる力もあったとか、無論そのような所業人の身で出来るはずもないが、しかし、こうした人体のみならず建物といった無機物に広がった傷すら癒すとは……どうやら貴方が我が教国に選ばれたのもその聖痕を宿したからだけというわけではないようですね」


それはソーマなりの賞賛であったのだろう。

事実この場にいるグレスもバサルトも内心はソーマのその言葉通りアイシスが行った先程の所業には驚愕していた。

そう、先程ソーマの石化の腕による建物の崩壊が起きなかったのはつまりはそういうこと。

建物の崩壊が広がるよりも前にアイシスの海鳴術によって綻んだ構造を回復し、強度を元に戻していたのだ。

それはもはや一種の時間回帰と見紛うほどの能力。


「言ったはずですよ、ソーマ卿。もう貴方には何も壊させないと」


先程のアイシスの宣言。それは文字通り人だけでなく建物への被害すらも防ぐとの宣告であった。

現在も下敷きになった無数の人々へ治療を行いながらも、文字通り周りへの被害すらも防いで見せているアイシス。

その表情には明らかな疲労の汗が流れていたが、それでもその瞳は芯とした光を宿していた。


「なるほど。ですが、どちらにせよ、それももう必要ないでしょう。なぜなら」


アイシスの覚悟をただ頷き確認し、そして次の瞬間ソーマが握っていたバサルトの剣が石へと変わっていく。

それを見て瞬時に手を引くバサルト。本来ならば自らの獲物を離すなど愚の骨頂であるが、この場においてそれをしなければむしろ終わっていたのはバサルトの方であったとこの場の誰もが理解していた。

バサルトが手を引くと同時に剣に広がっていた石化は柄へと走り、そのまま剣先の全てまで広がる。

バサルトが握った業物と思えた剣は瞬時にナマクラ以下のただの石の残骸となり果てる。


「これでもうお前たちに勝機ないのだから」


その宣言と同時に石となった剣を握りつぶし、その石の欠片が地面へと落ち、それを踏みつける。

もはやこれでグレス達の当初の目論見は崩れた。

なぜなら前線を支えていたバサルトの剣が砕けたのでは文字通り彼らの戦術は破綻したも同然なのだから。だが――。


「どうだい、グレス。もうそろそろよさそうかい?」


「ああ、もう十分だ。あとは任せな、バサルト」


自らの獲物を砕かれ丸腰になったにも関わらずバサルトの表情に焦りの色がわずかも存在していない。

それどころか自らの隣に立つ友人に対し、まるで舞台を整えてやったとばかりに道を譲る。

そして、先ほどと打って変わったように今度は後方に控えていたグレスが前に出て宣言する。


「この戦い、もう俺ひとりで十分だ」


「……なに?」


そう宣言したグレスの言葉にわずかに眉を潜ませるソーマ。

それもそのはずであり、あくまでも押されているのはグレス達の方、にも関わらずまるで自分たちの勝利を確信したかのようなその立ち振る舞いにはさすがのソーマも疑問以上に怒りを覚える。


「気でも狂ったのか?それともそいつが戦えなくなったから今度は代わりにお前が俺の相手をするとでも」


「まあ、そんなところだ。結果はすぐに見せてやるよ」


そう言って構えるグレスに対して、ソーマもまた同じく構えるが、その目の前の敵の構えに対しソーマは再び疑問と同時に憤りを感じる。


「貴様、なんのつもりだ。獲物も持たず素手で俺とやり合う気か」


そう、今眼前でグレスが構えたのはソーマと同じ格闘を主とする構え。

当然グレスの腰には剣が下がっているにも関わらず、それを取ることなく自らソーマと同じ土俵で戦おうというのだ。これではあまりに無謀。

それとも目の前のグレスの武器とは自分と同じ徒手空拳、格闘能力にあるのか?

それを探ろうとしたソーマの心境を見抜くかの如くグレスが断言する。


「ああ、言っとくが格闘なんてロクにやったことないぜ。特にアンタみたいな正統派の拳術なんて生まれてこのかた見たこともなかったぜ」


それは自らが決して格闘に秀でたことを否定する内容。

それだけを聞けばやはりグレスの取った戦術は愚策以外のなにものでもない。

だが、にも関わらずやはり彼は断言する。


「けど、安心しな。勝つのは俺だ」


「そうか。ならば、その夢想ごと石と成り果てろ」


その断言にさすがのソーマも、もはやこれ以上聞いてはいられないと先に仕掛ける。

左拳から入る攻めと同時に足のフェイントを交えた、相手の体感バランスを崩しての本命の右拳による直撃。

相手が一流の格闘家であろうと、それを防御することは出来ても完全に回避することは不可能な連撃。

ソーマは自身の拳の必中を確信した、だがはじかれる。


「!」


ただはじかれただけならば、まだ動揺は生まれなかった。

だが今、目の前の少年が自分の左拳による初撃を弾いた一手は、先程己がバサルトからの剣を弾くのに披露した掌底による打ち弾きであったのだから。

それは掌底の際、振動を発生させることにより対象物との間に大気の震えによる空気圧が発生させる王宮拳術のひとつ。

これによって剣であれと弾き返すことが可能であり、これをまともに受けた対象はその部分に対し空気の圧力によって痙攣が発生し、まともに動かすのに時間がかかる。

無論これだけの技術ともなれば習得には時間がかかる並大抵ではない。事実、ソーマもまたこの技の習得には途方もない時間をかけた。

だが目の前の少年をそれをあっさりと真似し披露した。

のみならず、攻撃を弾くと同時にグレスが行った攻撃の動作は、先程ソーマが行おうとした攻撃パターンそのもの。

左拳による攻め、その後、足技のフェイントにより体感バランスを崩されたソーマの体の中心腹部めがけて必殺の拳を放つ。

先程、ソーマが確信したように流れるように決まったその一連の攻めを回避することなどもはや不可能。ゆえに両手を交差させ、必殺の一撃を受け止めようとするが。

受け止めたその場所もろともソーマは大きく後方に吹き飛ぶ。

両手のガードを以てしても自らのアバラが砕ける感覚をソーマは自覚し、壁に激突した彼はそのままゆっくりと立ち上がり口元から流れる血を拭き取る。


「貴様……なんだ、いまのは」


「別に見ての通りだよ。アンタの技の真似だ」


そう軽口を込めて言ったグレスの言葉にソーマは信じられないと言った表情を見せる。


「ふざけるなよ、まさか俺の技をただ見ただけで覚えたとでも言うのか」


「ああ、その通りだ」


言って断言する。


「俺は天才だからな。大抵のものは“見れば”なんとなく仕組みが理解できる」


それはまさに常識の埒外。


「お前の攻撃、パターン、動き、癖、そして能力。全て見させてもらった。そしてその解析も終わった」


それは先程までのバサルトとの戦いを指してグレスは言う。

そう、全てはここに至るための布石であったという。

グレスが最初に語った長期戦のプラン。それは決してバサルトを前線に据えて、自らが後方から援護する戦術ではなかった。

バサルトが前線で相手と刃を交えることにより、その相手の能力をグレスが解析、そしてその後、解析した能力を元に相手を封殺する、それこそがグレスの最初からの戦術であった。

それに気づき、しかしソーマは吐き捨てるように笑う。


「たかが俺の能力を分析し、技を猿真似した程度で勝利宣言か?その程度で天才とは笑わせるわ」


再びソーマが仕掛ける。だがそれは先程まで以上の猛攻。

もはや自らに攻撃が当たることを覚悟した防御を一切無視した攻撃一辺倒の連撃。

いかに相手の総合的能力がこちらを上回ろうとも、こちらには一撃でも入ればそれで勝敗が覆る切り札がある。

ゆえにソーマが行った攻撃は決して間違いではない。


だが――当たらない。

ソーマの拳、フェイントを交えた攻撃や牽制、そのどれも一切全てが触れることすらなかった。

目の前の少年の力量は先程のバサルトと同じか、それよりわずかに上程度であろう、だが、にも関わらず全く触れることさえできないのはおかしい。

なぜなら先程までグレスと同じ力量を持つバサルトは全てを回避することはなく必殺の一撃を回避するためには必ず何発かを食らっていたのだから。

だが、やがてソーマは気づく。これは相手の技量が高いのではない。自らの体が通常よりも明らかに遅いことを。脳内意識の伝達が肉体へと届くその信号。秒コンマ以下の世界であるその認識から判断、実行へと至る過程が通常よりもわずかに遅く伝達されていることに。

そして自らの体の違和感へと気づく、それは――


「これは……氷、だと?」


そう、体の表面を覆うように白く豹変した肌。

それは氷によって覆われた肉体であった。


「ああ、そうだ。気づかれないように氷を散布させるのはしんどかったぜ。けど、そのかいあってここまで気づけなかったみたいだな」


見るとグレスを中心に白い結晶のようなものが舞い、それらがまるで鱗粉のようにソーマの周囲にまとわりついていた。

そして、その正体にソーマは瞬時に気づく。


「まさか……雪の天術か?!」


「そのとおり。そして雪の天術が司るのは『凍結』。それは運動エネルギーに対して特に働きかける」


先程のソーマの攻撃の全ては体内の気や魂、エネルギーを燃焼させることによって生まれた能力である。

だが、その体内をめぐるエネルギーに対して何らかの凍結や阻害が行われれば自らの実力を出し切ることなど不可能。

そう、先程負傷したバサルトに対してソーマが仕掛けたように。

戦場において相手の長所を殺し、短所を作り、弱点を付くのは当然のこと。

それこそが戦術であり、戦いにおける当然のルール。ゆえに――


「詰みだ、ソーマ。もうお前の力は発揮させねぇ」


相手の長所を奪い、それを封じ、短所を生み出し、その弱点を突く。

グレスは戦いにおける全ての勝利条件をここに満たしていた。


「……なるほど、風と雪の両属性『吹雪』を有していたか。それだけでも希少な存在だが、それ以上に戦い方のなんたるかをわかっていたようだな。確かにこれは俺の失態だ。認めよう。どうやらお前は戦場の人間だ」


それは自らの劣勢を認め、初めて相手を評価したソーマなりの賞賛であった。

だが、それでもこの状況にあっても、彼もまた己の敗北をその瞳に宿してはいなかった。


「だが、戦い方にセオリーは存在しない。最後に勝つためならばどんな手も取る。その覚悟がお前にはなかった。その差が勝敗を決した」


そう宣言すると同時に再びソーマは飛翔する。

先程と同じ狼牙の構え。だが


「……さっきと違って今度は俺だけでなく周り全てを巻き込む気か」


そう、飛翔したソーマとその腕に宿った気は先程のそれを上回る。

このまま防御したとしても周りへの被害は大きく、下手をすればバサルトやアイシスすら巻き込む。

ゆえにグレスが取る選択はひとつ。


「なら、同じものをぶつけて相殺してやるよ」


そう言って地上にて上空のソーマと全く同じ構えを取る。

そう、先程のグレスの言葉が真実ならばグレスはソーマの能力の全てを解析し、それを“見て覚えた”という。ならば、それはつまりこの技もまたすでに彼は取得済みであるという事実――


「「狼牙――!!」」


地上と上空。両者から放たれた狼の牙はその中心で全てぶつかりあい、空中で激しい衝突をし相殺されていく。

やがて上空での爆発が目くらましとなり、姿をくらましたソーマだが。

グレスは最初から彼の考えがわかっていた。


「いまの狼牙はあえて俺に全弾を打ち落とすために放ったいわば囮。

つまり本命はこのあと――無数の狼牙に扮して対象の背後から必殺の一撃を食らわせる。

読めてるっていただろう、ソーマ」


そう言って振り返るグレス。

確かに彼のその読みはあたっていた。これこそ、ソーマが見せていなかった奥の手。

無数の狼牙を打つと同時にそれに扮して対象の背後を取り、そこから必殺の拳を放つ回避不能の一撃、狼牙裂翔撃。

見せていないにも関わらず相手の切り札を読み切っていたグレスは、なるほど確かに天才だ。だが、それはあくまでも常識の範囲ないの行動でなら、であった。


「言ったはずだ。勝つためならばどんな手も取る。たとえ目的を壊すことになろうともそれが結果、目的の達成に繋がるなら、俺は容赦しない」


その声はグレスの背後ではなく、そのはるか後方、未だ海鳴による治療を行っているアイシスの背後から聞こえた。


「っ!」


自らの背後に立っていたソーマの顔を見て凍りつくアイシス。

だが、その反応は彼女を含めバサルト、グレスも例外ではない。


「多少手間はかかるが、これも致し方あるまい。貴方さえ持ち帰ればそれは俺の任務達成。たとえ貴方が“どのような状態”であろうとも」


そう言って放たれるのはソーマの呪いの腕、右拳に宿る石化の腕による一撃。

無論、虚を突かれ体が硬直したままのアイシスにそれを避ける手段はない。

いや、仮に避けられる体勢にあったとしても彼女は避けない。なぜなら目の前で救いを求めている人を放って逃げることなど彼女にはできないから。

ゆえにアイシスは目をつぶり、自らに迫る衝撃を覚悟した。

だが、いくら待とうとも次に体をハンマーでぶつような感覚は来なかった。

恐る恐るアイシスが目を開くと、そこには――


「驚いたな、あの一瞬にどうやって間合いを詰めた」


そう自らの利き腕である右腕を犠牲にソーマの拳を受け止めたグレスの姿があった。


「さあな、教えてやってもいいが、その前にこちらからも一つ質問がある」


ソーマの拳を受け止めたグレスの右腕、その前腕に変化が起こる。

本来生物が持つ生命力溢れる色からまるで無機物のような石の色へと変異し始める。


「お前、俺が庇うと踏んでいたのか?もしも俺が庇わなかったらどうしていたつもりだ?」


それは先程のソーマのセリフを鑑みたグレスの推察。

この男は自分がアイシスを庇うと知った上でアイシスを狙った。

そしてそれこそが先程までの戦況を一変させる一手であり、まさに相手の弱点をつくという正道にかなった行為。

だが、それもあくまで可能性の話。

グレスが彼女を見捨てる可能性も、またその攻撃をかばうのに間に合わない可能性もあったはず。


「その時はその時で構わない。言ったようにどのような姿になろうとこちらには対処の手段もあるのでな」


「……なるほど、それを聞いて安心したぜ」


そう言って右腕を降り、ソーマの拳を弾くグレス。

だが、その腕には確かに石化の腕による呪いが刻まれ、グレスの前腕の一部はすでに石へと変質していた。


「グレス君!」


それを見て思わず叫ぶアイシス。彼のその部分に対して自らの海鳴術を放つも


「ああ、そんな叫ぶなって……あー、えっと、アイシス、だっけ?

わざわざ海鳴術使ってくれるのはありがたいが、これはそんなんじゃどうにもできねーよ。

いいからお前は瓦礫の下の連中に集中していろ。もうすぐ終わらせてやるからよ」


自らの腕の心配をするアイシスをよそにグレスは最初と変わらず不遜な態度のまま対応していた。

あくまでも彼の心配をするアイシスだが、そんな彼女に対してグレスはひらひらと片手を振り、再び彼女を守るように前に立つ。


「安心しろって。次の一撃で俺が勝つからよ」


そんなグレスの発言に普通ならありえないと思うはずが、なぜアイシスはこの自信に満ち溢れた少年の言葉に確かな希望を感じていた。

だが、傍目から見れば両者の均衡が崩れたことは誰の目からも明らかである。


「大口を叩くな。これでお前の利き腕は使い物にならないも同じ。

その腕ではもはや俺に攻撃は届くまい」


そしてなによりも利き腕を負傷したことによりグレスの動きそのものも制限されたものとなり、先程と同じ動きは取れない。

ゆえに戦況は再びソーマに有利かと見えたが、しかし。


「言っただろうが、もうてめぇとの勝負を終わりだ。終わらせてやるよ、次の一撃で」


そう言って構えるグレス。ソーマもまた無駄口をやめ、共に構える。

そして、瞬時に動き出す両者。


今のグレスは完全ではないにしろ右腕の一部は石となりつつある。それは奇しくもソーマが受けた雪の天術による凍結と同じ現象であり、右手の感覚はおろか、その部分を動かすためのエネルギーがその箇所へ集まることはなく、かろうじて拳を触れる程度であろう。

だが、先程の流れを汲むのなら、気や魂の力が巡っていないただの拳などソーマからすれば子供の拳と同じ。なんら恐ることはない。

ゆえに相手が狙うは利き腕を囮にした左拳による一撃。

そう確信しソーマはグレスからの右拳からの攻撃をわざと受け止めるべく防御の姿勢に入る。


「そう言えばさっき言い忘れたんだがよ」


そんなソーマの動きをグレスは捉えながら、先程答え損なったソーマの質問への答えを返す。


「さっき俺がどうやって距離を詰めたかってことだが、まあ、言ってしまえば今お前にかけてる雪の天術。それと原理は同じだ、ただ――」


瞬間、ソーマはある違和感を感じた。

それは距離であり、速度、あるいは磁気。

そう、目の前のグレスの体からわずかにほとばしる静電気。それは体中を駆け巡り、そして彼の石となりつつある腕に広がり、その部分に激しい電気の波が走る。


「こいつは肉体を活性化させる天術。自分の体に電気の流れを与えることで、運動エネルギーを含めたあらゆる体内エネルギーの伝達を向上させる。いわば逆の働きだな。これによって運動能力と脳内処理能力を飛躍的に高める。まあ、細かい理屈はどうでもいいが、要するにだ」


そしてグレスは己の右拳を振りかざす。

そこには石化による低下など一切見られず、むしろこれまで以上に気の奔流に満ちた雷を帯びた拳を振りかざし、それをそのままソーマ目掛け振り下ろす。


「俺の右手は――最初っから本命だ」


直撃。それは最初から相手の拳を受け止める構えであったソーマにとって想定内であり予想外の攻撃。

だが、最初から防御を決めてそれを受け止めたためこの攻撃は防げる。己の全能力をそこに注ぎ、わずかでも耐え切れれば、返す拳で相手を触れられればそれで己の勝ちなのだから。

だが、その目論見も瞬時に崩壊する。

ソーマがその拳を受け止めると同時に、拳の衝撃と同時にまるで爆発が起こる。

それは石造りの建物であろうとも瞬時に粉々に砕くほどの文字通り爆発であり、このような現象は体内エネルギーを気として放つ狼牙とも異なる現象。

そう、言うなればそれは小規模の太陽の爆発のようなもの。

その正体に気づき、ソーマは自らの焼け爛れた腕を見ながら呟く。


「……馬鹿な、上級属性『陽』の天術、だと……?!」


ソーマが驚愕するのも無理はない。通常、この世界における天術とそれを扱える属性は一種類のみ。

ゆえにソーマは最初、目の前の男の属性が『風』であると断言した。

だが、男はその後、下級属性である『雪』の天術すら披露した。

ゆえに相手の属性は風と雪の両属性『吹雪』であると看破した。

歴史上、二つの属性を持って生まれる人間はわずかにだが存在した。

だが、その後の『雷』による天術、くわえてこの『陽』天術による爆発術。

それはもはや二つの属性を飛び越え、すべての属性を複合し有しているとしか思えない能力。

そんな人物など歴史上ただのひとりも存在しなかった。


「さっき、お前は俺を両属性と言ったが、違うぜ。

俺が持ってる属性はただひとつだけだ」


言ってグレスは自らの眼前で倒れるソーマに宣言する。

それはまさに生まれながらの天才を自負する選ばれし属性。

過去、それを有した存在はこの世界の基盤を作り出した三人の神々、空を司る空王のみにしか許されなかった属性。


「『空』。すべての属性を操れる唯一にして無二の属性。

この俺の天才たる証明の属性だ」


そのグレスの宣言と同時に、ソーマの体が地に伏し、ここに両者の決着は文字通り一撃で決した。

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