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七賢伝説  作者: 雪月花
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第4話「聖女」

グレスの宣言と同時に再び地を蹴り交差する三者。

だが、先ほどと異なるのはグレスとバサルト。二人の連携にあった。


バサルトが接近するソーマの足を止めるように攻撃を引きつけ、その間隙を縫うように後方よりグレスの天術がソーマを射抜く。

バサルトが盾となり、その射程外からグレスが攻撃を行うという、接近戦タイプの敵に対する典型系的な戦術であったが、そう単純なものではなかった。

相手の右腕による攻撃を全て紙一重で避け続けるバサルトの驚異的な身体能力と動体視力は確かに賞賛に値する。だが、それだけですべての攻撃を避けられるほどソーマの身体能力は低くはない。

フェイント、トリック、インパクト、あらゆる面においてソーマは接近戦におけるエキスパートであった。

一朝一夕で見抜かれるほど彼の格闘センスは甘くなく、事実すでに十数カ所バサルトは直撃とも呼べる攻撃を受け、受けた場所からは内出血を起こし、口からは血を流し、当たり所の悪かった一部は骨折もしている。

にもかかわらず、致命傷である右腕からの一撃のみは必ず回避を行っていた。

それはバサルトがほかの攻撃からの直撃を犠牲に回避を行っていたおかげもあるが、それ以上に――


「ちぃ、先程から小賢しい真似を……ッ」


ソーマが自身のフェイントを織り交ぜた必殺の一撃を放つ際、必ずと言っていいほど現れる攻撃の際のズレ。

それは目の前のバサルトによって引き起こされたものではなく、その後方グレスという名の少年により引き起こされている現象。

それは先程の風の天術。自らに作用させた術を今度はソーマ自身に対して使用を行っているのだ。

つまりは体感バランスの崩壊。

通常拳を振り抜く際は腕や肩だけの力では全力の拳には届かず、それを振り抜くための体幹から上腕に作用する関節間力、そしてそれを支える下半身と上半身のバネが必要不可欠。

つまり全力の一撃を放つにはそれ相応の全身へのバランスが必要とされる。決して腕単体を振り回せばいいというものではない。

だからこそ、グレスが放つ風の天術により体への強制移動力はそのバランスを著しく阻む。

グレスが行っているのはソーマが拳を振り抜く際、それを支える下半身、足への強制移動。

無論、通常であればそれだけで吹き飛びかけないほどの天術に対してソーマは異常なまで天力への抵抗力によりそれは僅かな威力へと押しとどめている。

だがいくら押し止めようとも衝撃をゼロにすることはできない。それによって生じた僅かなズレがあればバサルトほどの力量であれば避けるのは十分に可能。

加えて、その後の返す刃での反撃とグレスの風の天術によりかまいたち現象によりソーマの体には確実な傷が刻まれていた。

ここまで双方においてこれといって激しい展開があったわけではない。

だが、こうしたなんの変哲もない攻防によって勝敗とは決するものである。

このままいけば長期戦ではあるが、確実にグレスとバサルトが勝利する可能性は十分にあった。


「……なるほど、どうやらお前たちを見くびっていたようだな」


だが変化は突如として現る。それはそれまで得意の接近戦で猛攻を振るっていたはずのソーマが突如として後ろに下がる事態。

これには対峙していたバサルトもグレスも訝しむ。

なぜなら相手の能力は接近戦でのみそれを発揮するものであり、それを表すようにソーマ自身も接近戦に特化した能力を有していた。

にもかかわらず自ら距離を取る理由など、どこにあるのか、それはすぐに眼前で答えとして現れる。


「なぜ俺が距離を取ったのか。その理由をいま教えてやる」


その発言と同時に彼はすぐ隣に建っていた五メートルは超える石造りの建物をその右腕で触れる。

その次の瞬間、彼が触れた場所を起点としてその建物の壁に亀裂が走り、それはまたたく間に隣接する建物、壁、あらゆる石造りの建設物へと広がり、そして惨事が広がる。

建物の崩壊。壁と建造物、ありとあらゆる石で出来たそれが崩壊していく。


「この石化の腕で起こせる現象が石化だけだと誰が言った?

この石化の腕が司るのこの世界に存在する石という事象への介入。すなわち、石への変化だけではなく石そのものの硬質すら変化させることが可能。

それこそ触れれば砕ける砂のような脆さに変えることも可能だ」


そしてそれこそが最初に彼が小規模の地震を起こした理由でもあった。

石の材質、その強度や硬質を自由自在に変化出来るのであれば、このように石で囲まれた都市はすべて彼の武器となり得る。

それを証明するように先程までこの路地裏を密接していた建造物の全てが崩壊していく。

そして、その先には無論グレス、バサルトの姿もあった。


「こいつ、正気かよッ?!」


それはグレスが初めて漏らした動揺のセリフでもあった。

なぜなら路地裏とは言え、ここは人が住んでいる路地の一角。無論その建造物の中には誰かが住んでおり生活を行っている。

だが、あいつはそんなことなどまるで知らんとばかりに建物の中に住んでいたであろう数十人を犠牲に自分たちへの武器として建造物を崩壊させた。

それだけでも人を導く教国の枢機卿としてあるまじき行為であるが、それよりもなによりも信じがたいのは自分たちとは距離が離れていたとは言えアイシスも近くにいたのにそれを巻き込む可能性も考えてこの戦術を行ったことである。

実際はアイシスに瓦礫が落ちないギリギリの範囲での崩壊をやってのけているが、もしも一歩間違えれば強奪対象であったアイシスすら巻き添えにしたかもしれないデタラメな戦術にグレスは目の前の男の狂気を測りそこねていた。

こいつは目的を遂行するためなら、その目的そのものが潰れていたとして、目的を達成したという結果があれば満足するタイプだったということなのか。

それとも生死は問わないということなのか。

いずれにしろ、これにより当初のグレスとバサルトの戦術は崩壊した。

上空から降り注ぐ瓦礫の雨に対しその全てを避けることなど不可能。ゆえに全力でそれを迎え撃つ。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」


両者ともに天へと咆哮するように手に構えた武器を全力で放つ。

無数に降り注ぐ瓦礫の中には巨像そのものを潰すほどの大きさのものもあり、それを全て粉々に砕くほど時間の余裕もなく、彼らは最小限のダメージを覚悟に降り注ぐ瓦礫の雨を砕く。


「……そ、そんな……」


目の前でそんな凄惨な現状を見ていたアイシスは思わず悲鳴にも似た嗚咽を搾り出す。


「くっそ……避けそこなった……おい、バサルト、お前はどうだよ……?」


「ははっ……僕も似たようなものさ、瓦礫を破壊する際、勢い余って脱臼してしまったようだ。こいつはちょっとまずいね……」


見ると先程まで優位に戦っていたはずのグレスとバサルトも瓦礫の直撃こそ避けたものの、バサルトは片腕は脱臼、頭部には直撃は避けたものの瓦礫の破片をまともに受け出血を流し左目を負傷している事態。

一方のグレスも瓦礫による被害は防いだものの、それを支えていた無数の鉄骨が飛来、腹部を貫きそこから大量の出血が流れていた。

どちらも死んでいないだけで重症にも等しい傷を負っていた。

だが、それ以上に凄惨な光景は崩れた瓦礫の中に転がっていた。


「……う……ぁ……」


「い、痛い……よぉ……」


「な、なにが……起こったと言うんだ……」


「だ、誰か……た、助けて……」


それは“運悪く”生き残ってしまった人々の呻き。

それはまさに戦場の地獄絵図のように、瓦礫の中からわずかにはみ出た手足、そしてそこかしこに流れる血の赤が凄惨な悪夢を現実に染め上げていた。


「……っ!」


彼女は自身を聖女だと思ったことは一度でもない。なぜなら自分自身よりももっとよっぽど聖女にふさわしい人間を知っているから。

彼女はただの夢見る少女。かつて一度だけ戦火に見舞われその時に見た地獄をもう二度と見たくはないと願い続けた弱い部類の人間である。

少なくとも彼女自身は自分をそう評価している。だが、それでも彼女には譲れないひとつの信念があった。


「癒しの歌。それは傷ついた貴方へ送る安らぎ。私の歌がどうか貴方の傷ついた体を癒しますよう――この歌を捧げる!」


それはアイシスが持つこの世界に伝わる三つの神秘の一つ“海鳴シンフォニア”である。

天術、地脈、それぞれが魔術、攻撃としての性能を持つように、この海鳴はほかの神秘よりも頭一つ抜けた能力を有していた。それこそがこの“癒し”の能力。

あらゆる存在の傷ついた体を癒し、能力者次第によっては助からないはずの重傷ですら命を留めるほどに回復と癒しに特化した能力。

この海鳴と呼ばれる能力のみは三つの神秘の中で唯一先天的な素質を必要とせず、誰であろうと努力次第で習得が可能な技術でもあった。

だがそれゆえにこの海鳴による能力で高い技術を取得するには天術や地脈よりも遥かに基礎の努力を必要とされる。

なぜなら先天性の素質を必要としないこの能力だけは、本人の努力と根気のみでそれを伸ばすほか無いためである。

ゆえにこの海鳴という能力において天才と呼ばれる人物はひとりもいない。

この海鳴という能力において高い力を身につけた者はそれ相応の努力と訓練、そして軌跡を組み上げた者でしかないためである。

それを考えるならば、この場においてアイシスが見せた海鳴の能力はまさに常軌を逸した効果と言えよう。

通常はひとりひとりにしかかけられない海鳴の能力を目に付く全ての人間、グレス達を含むおよそ数十人以上を同時に回復させていた。

そして、その回復の精度もこれだけ広範囲に渡れば表面の傷跡を防ぐ程度がやっとであるはずが、内部出血に加え、内蔵の破損と、通常ならば上級の海鳴使いが一人に集中することでやっと行えれるレベルのことを広範囲同時に行っていた。

それはまさに神の使いである聖女と呼ばれるにふさわしい能力の高さ。


「……ソーマ卿ッ!」


それは今までアイシスが見せたことのない表情。

怒りとも悲しみともとれる、あるいはその両方の感情が混ざり合ったものなのか。


「なぜ……なぜこんなことをするんですか!私を連れ去るだけならまだしも、なぜ関係のない市民をこんな、犠牲に出来るんですか!」


それまでアイシスには目の前のソーマに対して敵対する理由がなかった。

なぜなら、ソーマは確かに魔王の呪いと呼ばれる世界にとっての天敵を宿す人物。

だが、だからと言ってソーマが所属するセファナード教国そのものを敵とみなすことはアイシスにはできない。

仮にセファナードが魔族と組んでいたとしてもその確証を得るまでは、彼女が仕えてきた神への信仰をすぐさま否定できるほどアイシスも潔くはない。

だが、それでも彼女に取って侵してはならない一線は確かに存在した。


「これがセファナード教国の意思とでも……関係のない市民を巻き込んで……こんな、こんな魔族と同じようなやり方をあなたは肯定するんですか?!」


それはむこの民への被害。それを侵すということは教国や信仰以上に、人としてあり方に背く行為であるから。

だが、そんなアイシスの悲痛な問いかけに対しソーマはあまりにもあっさりと彼の価値観を言い放つ。


「命令にはなかったから」


「……え?」


「命令にはなかった。犠牲を出すなとも市民を巻き添えにするなとも。俺が受けた任務はただひとつお前を教国へと連れ去ること。そのためならばいかなる犠牲も俺には関係ない」


その言葉を聞き、アイシスは絶句する。

そして、無論それはグレス達も同様であった。

先程グレスが解析したように、この男には任務遂行という達成感しか存在し得ない。

それはおそらく彼がそれを捧げる主に対する忠誠という狂気も存在するのだろうが、根本からしてこの男には価値観というものが決定的に欠如している。

つまり物の価値というものがこの男にはないのだ。そこにあるのは0か1かではなく、0か10しかないのだ。

そしてその10のためならいかなる数百、数千という0(犠牲)を払おうとも全く意に介さない。

人としてあるべき価値観が崩壊している人物。それこそが目の前のソーマ=リカルドという人物である。


「……分かりました」


それを理解してか、アイシスもまた静かに顔をうつむく。

だが次の瞬間には正面から顔を見据え、決意に満ちた眼差しを向ける。


「貴方が犠牲を厭わず私を連れ去るというのなら、私はそんな貴方には付き従えません。

そして、貴方が行う犠牲もこれ以上誰ひとり出させはしません――グレス君、バサルトさん!」


彼女が名前を呼ぶと同時にバサルトの脱臼していたはずの肩が戻り、グレスの鉄骨で貫かれた箇所の痛みが引き、出血が止まる。

未だアイシスは瓦礫で倒れたままの人々への回復を怠っていはいない。それが証拠に通常ならばすでに死んでいるはずの瓦礫のしたの人々の声が誰ひとりとして泣き止んでいないからだ。

アルフェスの聖女として大陸中にその名を知られ、無論それはグレスもバサルトも聞き及んではいた。

だが、それでもその力を眼前で見せれれハッキリと理解する。

これほどまでの海鳴の力、おそらく彼女の年代で極めた人物など歴史上いなかったであろう。

だが、それ以上にグレス達が感心したのは別のこと。


「私がサポートに回ります。回復は任せてください。貴方たちも“それ以外にも”もう犠牲は出させません。だから、一刻も早くその人を――止めてあげてください」


彼女は自らを聖女とは思っていない。あくまでも夢見る弱い少女。そう自らを評している。

だが、それでも周りが彼女を聖女と呼んだ理由はその能力の高さからではなかった。

彼女は知らない。このような惨劇の戦場においてどのような高名な聖職者であろうと恐怖を感じずにはいられない。自らの危険を考えずにはいられない。

そしてなによりも目の前にてさし伸ばしてきた無数の手、その全てを迷うことなく掴もうとするその行為。

自らがその血まみれの手に掴まれ引きずり込まれるかもしれない可能性をまるで意に介さない。

普通ならばためらうはずのその事象に対し彼女は何らためらうことなく即決する。

“それは彼女に取って当然のこと”

だからこそ、人は彼女を聖女と呼んだ。


彼女自身が特別だとは思っていない当然のこと。その当然のことこそが聖女にしかできない行為そのものであるのだから。


「ったく、こいつは守る対象に逆に背中押されるなんてだせぇ展開だな」


「けれど盛り上がりとしては十分なんじゃないかな」


そう言ってグレスとバサルトも立ち上がる。

共にあくまでも致命傷を防いだだけであり、体に受けたダメージはそのまま先程までの戦術もそのまま通るとは限らない。

だがそれでも先程まで以上に負けられない理由が出来た。


「だな。お姫様を守るのは英雄の仕事って相場が決まってるし、ようやくお前の活躍を歴史に刻めるんじゃねぇのか、バサルト」


「何度も言わせないでくれよ、僕は英雄なんて柄じゃない」


先程までの僅かな敗色の流れすら軽口に変えるほど二人の雰囲気も戻っていた。


「それじゃあ、そろそろ――決着をつけるとしようか、ソーマさんよ」


グレスの宣言通り、次の攻防でお互いに決着が付く。

そしてそれは互いに予期せぬ形となることをこの時は、双方ともにまだ知らずにいた。

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