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七賢伝説  作者: 雪月花
14/15

第14話「炎上」

「これであらかた片付いたね、そっちはどうだい。グレス」


「ああ、まあこっちもこれで終わりだ」


バサルトとグレスはロアドゥ族が管理する遺跡へと趣き、そこに住み着いていた盗賊団を壊滅させる。

無論、ロアドゥ族の中でも特に優秀な才能を持った二人による任務である。

実戦経験こそなかったものの、それを上回る素質とこれまで培ってきた訓練により彼らは難なくそれを達成する。


(……けどまあ、少し意外と言えば意外だったな)


そう心の中で呟くグレスは剣についた血を拭き取りながら目の前のバサルトを見る。


(いくらバサルトが才能に恵まれ英雄願望を持っているとは言え、その才覚を有しているかは別だ。いざとなったら俺があいつの分まで汚れ役を買うつもりだったが)


いくらこの世の中において戦場に立つことを覚悟する人間がいるとしても、それで実際に人を殺せるかは別である。

有り体に言って人を殺めた際、多くの人間はそこに後悔や恐怖、罪悪感の類を感じる。

武器を持って人を傷つけるにしてもそこには相応の覚悟が必要であり、そうした精神面は鍛えようと思って鍛えられるものではない。

ゆえに初めての戦場において天才と呼ばれていた人物がそれにふさわしい活躍をみせることの方が稀である。

だが、バサルトにはそうした躊躇いはなく、今もなお自分が切り捨てた者たちへの後悔もなかった。


(まあ、おそらくはバサルトも“そういう才能”を持ってるんだろうな)


グレスが心の中で呟いた才能とは、即ち無痛の感覚である。

この場合の無痛とは単純な痛覚のことではない。いわゆる人を斬ることに関してそこに罪悪を感じない人間である。

それは言ってしまえばある種の心の病であろう。だがそれはあくまでも平和な時勢、戦いが存在しないこの世界とは異なる夢物語の世界においての批判であろう。

少なくともこうした争いが常日頃起きる世界において、これは一種の才能であり、生まれ持っての資格である。即ち英雄の資質であると。

戦場において相手を殺すことに躊躇を見せるということはそれ自体が隙となり弱点となる。そうした感覚なく、無感情に相手を斬ることに専念できるのならば、それは生き残ることに誰よりも優秀な素質となり、そうして生き残り勝者となった者が最終的には英雄となる。

グレスも多少なりそうした部分は持ち合わせていたつもりだったが、それでもいざ実際に人を斬る際には躊躇いがあり、自身の剣を通して肉を切り裂き血を浴びる感覚には僅かな嫌悪感も抱いた。

それを踏まえるなら、今回の任務においてバサルトの活躍はまさに部族の者達が求める働きをし、結果を見れば彼はまごうことなき英雄の第一歩を踏み出していた。


(にしても、この遺跡を占拠していたこいつら……本当にただの盗賊なのか?)


そう心の中で呟きグレスは思考を目の前で倒れている盗賊達へと向ける。

確かにこの遺跡を占拠していたのは盗賊団であり、その中には天術使いなどもいた。

だが、あまりにもこの場所を占拠していた盗賊団達の“質”が高すぎた。

グレスにしてもバサルトにしても確かに実戦経験はない素人だが、それを以てしても有り余る才能とこれまでの訓練があった。

ゆえに苦戦こそなかったものの、どこか手を焼く場面もいくつか存在した。


「グレス、ちょっとこっちに来てくれ」


そうしたグレスの思考を止めたのはバサルトの呼ぶ声であり、彼の声がする方へと向かうとそこには古びた遺跡にあってさらに異質な何かがあった。


「こいつは……扉か?」


それは荘厳な作りの扉であり、その装飾や大きさ、扉自体にこもった何らかの神秘の力は人が作れる許容範囲を超えており、それは紛れもない神話の時代の遺産。この世界の神が存在した頃、作られたものであると推測出来た。


「僕達部族は昔からこの遺産の守護を任されていたけれど……まさかこんなものがあったなんて、もしかしてこの奥にある何かを守っていたのかな?」


「だとしても、こんな扉だ。さすがに開くわけが……」


そう言ってグレスが扉に手をかけた瞬間、その扉がわずかに動き、そのまま腕に力を込めると扉が開き始める。


「なっ!」


まさかの事態にさしものグレスも驚くが、本当の驚愕はそのあとにあった。

そこには先程の遺跡内部とは全く異なる緑の芝生、楽園とも呼べる草原の景色が広がっていたから。

天井はある。にも関わらず上空のクリスタルにも似た天井からは朝日と似た日光が降り注いでいた。


「まさか……遺跡の奥にこんな場所があるなんて……」


遺跡のことについては知識として多少は聞いていたバサルトに取ってもこの場所と光景は初めてのものであり、グレス同様、それ以上に驚いていた。


「ああ、だがこんな場所があるなら俺たち部族の伝承にも書かれていたはずだ。にも関わらずそれがなかったってことは今日までこの場所が開かずにいたか、それとも……」


そうして、推測を続けるグレスだがそんな彼の言葉を止めたのは目の前に見えたこの場所の更なる不可思議な光景であった。

それは大木。この遺跡の奥、謎の楽園の中心にそびえ立つ巨大な樹の姿である。

それは神々の時代よりそびえ立っていたかのように、まるで神聖な姿にグレスもバサルトも知らずその大木の前まで移動していた。


「すごい樹だね……こんな大きな樹、見るのは初めてだよ」


「ああ、けどそれ以上になんだろうな。この樹から感じる気配。まるで神話の生きものみたいだぜ」


そう言って樹に触れるグレス。その瞬間、まるでこの樹が鼓動を打ったかのように鳴動するのを感じた。

それにつられ上を仰ぎ見るとそこには大樹になる無数の赤い実が存在していた。


「なんだ、ありゃ?果実、か?」


なぜだかこの樹に実るその果実に強い興味を惹かれたグレスは手に持ったナイフを投げ、それに命中した果実がそのままグレスの手のひらに惹かれるように落ちる。


「へえ、林檎か。結構美味そうだな」


丁度腹も減っていたため、なぜかこの木に実る果実に魅せられたかのようにいつものような警戒心もなく、それを口に運ぶグレス。

噛んだ果実からあふれるのはこの世のものとは思えないほどの甘く美味しい味。

その美味さに思わずグレスは隣りにいるバサルトに声をかける。


「おい、バサルト、この木の林檎。美味いなんてもんじゃないぜ。どうだよ、お前も一口食べてみて――」


「……いや、僕は遠慮しておくよ。それよりもグレス。あれを見て」


そう言って真剣な表情のままグレスの誘いを断り、バサルトが指差した方向にあったのは、白衣を来た謎の男が数名。地面に倒れ死んでいる光景であった。

見るとすでに肉体は乾ききり、一部は骨が見えている死体もあった。

少なくともここ一年以内に死んだ者達であることがわかるが、それよりもグレス達が戦慄したのはその者たちが手に持った赤い果実。

そう、今まさにグレスが口に運んだこの木に実る林檎と瓜二つのもの。

それを見た瞬間、即座にグレスは手に持った林檎を捨て、喉の奥に入った果実を吐き出そうとする。

だが、時すでに遅しか、それとも何か異常な力でも働いているのかグレスの喉の奥から果実が吐き出されることはなく、嗚咽を吐きながら、しばらく落ち着いたグレスが周りの状況を冷静に見て呟く。


「バサルト、この木の果実、毒だと思うか?」


「……わからない。仮にそうだとしても毒の効き目がどれくらいかにもよるだろうし、彼ら死んだ原因は果実以外にもある可能性もある」


「だとしてもそいつは楽観的推測だな……」


いつもの疑り深い自分にしては人生最大の失敗であったと、この時のグレスは振り返る。

だが、それを行ってしまうほど、この場の景色と空気はあまりにも現実の世界からかけ離れており、それこそ楽園の空気に当てられたというやつなのだろう。

今、目の前で倒れているこの連中もそうだったのかとグレスは考えるが……。


「こいつら、何者だ?」


「わからない。普通に考えれば彼らも盗賊の一味ということになるんだろうけど……」


それは盗賊団と呼ぶにはあまりに整頓した衣服であり知性を感じさせる佇まいがあった。そう、これではまるで。


「まるで研究者、みたいだね」


「……ま、いずれにしてもここを占拠していた連中は壊滅させた。あとはここのことを部族の連中に伝えればいいだろう」


「そうだね。それじゃあ、急いで戻ろう。グレス」


そう言ってバサルトの手にグレスが触れた瞬間。グレスの脳裏に“何か”がよぎる。

それはこの場の景色であって、そうではない景色。今と同じ楽園の景色であってまるで異なる風景。

そこにいるのは自分とバサルトの姿。だが、バサルトの体を覆うのは目の前とは異なる禍々しい何か。

それは英雄となった者が目指した理想へと至り堕ちゆく様であり、“真実”を知り、“悪”に身を任せる親友の姿。

その幻想とは思えないあまりリアルな景色にグレスは僅かな目眩を起こす。


「っ、どうしたんだいグレス?!もしかして、やっぱり毒が?!」


「ああ、いや、そうじゃない……大丈夫だ」


目の前で心配をするバサルトをよそに、全身にかいた冷や汗を拭いながらグレスは答える。

白昼夢か。そう思ったグレスであったが、彼が脳裏に見た光景はあまりにリアルすぎた。

先程食べた林檎の毒が見せる幻覚かとも思ったが、それとも異なる感覚。言うなればそれは“予感”

いつか必ずそこへ帰結するだろう不確かな予感がグレスの脳裏を支配していた。

そして、先程の光景と同時に見えた“別の何か”。そのありえないはずの光景にグレスは昂る気持ちを抑えながらバサルトへと進言する。


「……それよりも急いで里に戻るぞ、バサルト」


「どうしたんだい、グレス?なにか心配事でも?」


親友のかつてない真剣な、どこか焦った表情にそう問い返すバサルトだが、そこから返ってきた答えはあまりに突拍子もない言葉であった。


「……里が、襲われている可能性がある」


「え?」


グレスのその言葉にしかしバサルトは彼が本気でそう言ってると感じ、彼のその表情に旅立つ前に見た父の表情を思い出していた。


「……グレス、出発前に君も聞いたとは思うけれど、今里には外からの侵入を拒むための結界が張ってある。そうそうやすやすと侵入は……」


「俺だってわかってるさ、そんなことは。けどな理屈じゃねぇんだよ、そんな“予感”がする。言葉じゃ説明出来ない嫌な予感がな」


そんなグレスの言い知れぬ不安になぜだかバサルトもそこに理屈を超えた何かを感じ取るように、すぐさま荷物を抱え出口の方へと向かう。

グレスもまた己の脳裏によぎる言い知れぬ不安からまるで逃れるように友のあとを追い里の方へと向かった。



◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆



「……馬鹿、な?!」


里への帰還を果たした二人が見たものはグレスに自分が予想した最悪の光景であり、バサルトにとっては予想の範疇外の景色。理解したくはない悪夢の光景がそこには広がっていた。


燃え盛る家。灰と黒い塊が地面を埋め尽くし、舞う火の粉はまるで地獄を照らす灯のようであった。

グレスとバサルト。二人の取っての故郷であれ、生まれ育った場所。

彼らの帰るべき日常の世界であるロアドゥ族の里が燃える光景であった。


そこには里の上空を飛び交う黒い雲が存在した。否、あれは雲ではない。無数の黒い翼を生やした異形の怪物達が舞う姿。

それらが時折上空から降りては地上に生き残っていたロアドゥ族の民を殺し、またあるいはすでに死んだ崩れかけた建物へ攻撃を行ってはそれが完全に崩れる様を見て楽しんでいるようであった。

それはまさにこの世の地獄。一つの部族が完全に破壊される様であった。

それを見て真っ先に飛び出したのはバサルトであった。


「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


それは普段の彼からは想像出来ない叫びであり、感情に身を任せた行動であった。

燃え盛る自らの故郷を見て、激情に駆られないものは少なくない。

それはバサルトが敵を殺すことに関して無痛の感覚を持っていても、それと故郷への愛、そして憎しみを抱く感情は別である。


燃え盛る里へ飛び込み、未だその地で倒れる死体を切り刻んでいた魔族をバサルトは躊躇なく斬り裂く。

すぐさま生き残りに気づいた魔族たちがバサルトを包囲し、上空からは無数の魔族たちが手に持った武器を放ち、あるいは魔族特有の魔術を使っては集中砲火を行う。

いかにバサルトが一騎当千の戦士であったとしても未だ実戦経験は二回目という浅さ、才能や能力の高さはあってもそれを十分に活かせる経験だけが、彼には不足していた。

地上にて前後左右から襲いかかる魔族たちの攻撃を紙一重で交わし、振り向きざまのカウンターにより次々と切り捨てるバサルトであるが、そこに上空からの攻撃も加わってはさしもの彼でも無傷とはいかなかった。

時に肩に弓矢が刺さり、足を槍がかすめ、地上の敵を回避した際、そこに魔術により命中をまともに受ける。

確実にバサルトの体は傷を負い、血と肉を削がれていた。無論それを黙って見ているグレスではなく、飛び出したバサルトを援護するようにグレスもまた彼の隣りに立つが。


「ちっ、クソが!降りてきやがれ!」


いかにグレスやバサルトが優れていると言ってもそれは剣士としてである。ウォーレム族達全員に共通する能力が身体能力の高さと地脈への高い素養。ゆえに彼らのほとんどは接近戦に優れた前衛職であること。

だがそれゆえ、こうした離れた場所からの攻撃やその対処にはどうしても後手に回ってしまう。


「クソッ……上空の敵を攻撃できる何かがあれば……!」


悪態を付くグレスだが、敵の攻撃は一向に止む気配はない。

こういう時、遠距離からでも相手を迎え打てる能力、そう術のような何かを自分が有していれば。

そう思い、知らずグレスは剣を持たない左手を見て、その拳を握り締める。

だがその瞬間、グレスは己の左手に集まった風の僅かな変化に気がつく。


「……?」


空に舞う邪魔な敵を排除したい。そう願った時、自らの左手に風が集まるのを感じた。

それを自覚した時、それは確かな感覚となりグレスは自らの脳裏によぎるある言葉を呟く。


「……風……嵐……」


グレスは迷うことなく左手を上空に突き出す。なぜだからはわからないが、すでに“知っている”その言葉、遥か昔に神々が口にした言語、始祖神語を叫ぶ。


「スティードラファ!」


それは風の天術の名前であり、嵐と風を意味するそれは文字通りグレスの手から嵐を生み出し上空を舞う魔族たちはそれに巻き込まれ翼を折られ、地上へと落下していく。


「!グレス、今のは天術かい?!君、いつの間に天術を使えるように?!」


そう言って肩ごしに驚いた声をかける親友。だが、驚いているのはグレスも同じである。

なぜならこの里において天術を扱えた人間などひとりも存在しない。それすなわちこの里の中において天術の伝授のみは遥か昔から行われていないということ。

ゆえにグレスが天術を使用したのはまさにこの時が初めてであり、にも関わらずグレスはまるでこれこそが“自分に本来与えられていた才能”ではないかと思うほど、初めて放った天術の感覚に馴染んでいた。


「……ああ、なんか知らないが今使えるようになったみたいだ。やっぱ俺って――天才みたいだわ!」


言ってグレスは剣を捨て今度は左手を前に出しそこから溢れる雷を眼前目掛け放つ。


「ヴァイルリブレス!」


口にした言葉は力となり、雷の天術となって放たれ、敵を焼き尽くすと同時に巨大な爆発を引き起こす。

グレス自身とっさに生み出した天術がこれほどまでの威力を誇ることに驚くが、もしこの場に知る人がいれば別の意味で驚いたはずであろう。

なぜなら、いまグレスが放ったそれは雷と陽天術による複合術であり“今現在のこの世界には存在しない既存外の天術”であるのだから。

だがそれを知るすべは今のグレスにはなく自らの閃きによって手にしたその力を手にバサルトを補佐するように後衛の役割を務める。

そうすることにより前衛としての力を完全に発揮したバサルトにより瞬く間に彼らを取り囲んでいた魔族たちが数が減っていく。

このままいけばこの地を襲撃した魔族を残らず返り討ちにできる、そう思った瞬間であった。


「――退け、ここでの任務は果たした」


それは上空から響くような声。見上げたそこに写っていたの空に浮かんだひとりの天使。

否、あれは天使などではない。その美しい容姿、流れるような白い髪と服はまさに天上より降り立った聖なる御使いそのものだが、その手に持つ鎌と彼の凍えるような瞳を見ればそれが堕天使の類であると即座に理解しよう。

なによりも魔族たちを従え、引き上げるよう指示を与えるその姿。

間違いなく彼こそがこの地を襲撃した魔族を統治する者に他ならなかった。


「待て!逃げるな!降りてこい!降りて、こおおおいいいいい!!」


上空から叫ぶバサルトとその隣に立つグレスに対し気づいたのか気づかなかったのか。

その魔族たちを統べる白い死神はわずかに地上に視線を送った後、手に持った鎌を空間に向けて振り下ろすと同時に目の前の空間が歪み、気づいたときにはもうその白き死神と、彼に率いられた魔族達の姿は跡形もなくなっていた。

あとには文字通りの惨状となったバサルト達の故郷が残されたままであった。

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