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七賢伝説  作者: 雪月花
13/15

第13話「試練」

「バサルト。昨日の優勝おめでとうございます。今の貴方ならこの部族の代表としても誰も文句はありませんわ」


「ありがとう、アーシャ。だけど、まだ僕が代表を務めるのは先のことだよ」


翌日、部族内における実力順位戦において優勝したバサルトを祝福したのは以前より彼と付き合っていた恋人アーシャであった。

アーシャとバサルトは幼い頃からの付き合いであり、それは親同士が認めた許嫁でもある。

なぜならアーシャの家は代々ロアドゥ族にとっての象徴、英雄の証である神器と呼ばれる武器を管理する巫女の家系にあった。

神器とは古より伝わる神が残した武器であり、かつてその神器を持って多くの魔王を滅ぼしあるいは封印をした人類の希望の象徴である。

そのうちの一つが翼弓と呼ばれる神器がこのロアドゥ族に伝わっており、その神器の保管を任された巫女の家系がアーシャである。

ゆえにバサルトとアーシャの付き合いはその背景を含め、誰もが認める理想の相関図でもあった。


「いいえ、そうでもありません。先日の試合を見て貴方のお父様が貴方に部族長の席を与えるのもいいとおっしゃっていました」


「父さんが?僕に?」


「ええ、今の貴方にならその資格は十分あるとおっしゃっていました。僭越ながら私もそう思います」


そう言ってバサルトを見るアーシャの目は夢見る恋人の夢想があるようにも思えたが、しかしその実、今やこの里にいる誰もがバサルトの人望と実力を認めていた。

そうした恋人の評価が正当に認められる時が来たことによりアーシャは胸の内に秘めていた想いを改めて口にする。


「バサルト、もし貴方の部族長就任が決まりましたら、改めて私と婚約していただけませんか」


それは彼ら二人の間にあった暗黙の了解であり、いつか口にし想いを告白するものであったが、そのタイミングを今だと捉えたアーニャは彼への婚約を口にする。


「おーおー、こいつは先に取られたなバサルト。女の方から告白されるなんて、男子としてあるまじきってやつじゃねーのか?」


「グレス、こういう時まで君はからかわないでくれよ……」


そんなアーニャの告白にグレスからの茶々もあり照れているのか、どこかこそばゆそうなバサルトはしかし、いつものように整然とした態度のままそのアーシャの告白を受け止める。


「ああ、僕でよければ是非。いや、僕の方こそぜひ君と共に部族を支えていきたいと思う。構わないかな、アーシャ」


「ええ、ええ、もちろんです!ふふ、こちらこそよろしくお願いします、バサルト」


そう言ってバサルトの手を取るアーシャだが、そこでバサルトはふとアーシャの腕に刻まれた見覚えのない赤い刻印を目にする。


「アーシャ、その腕の刻印どうしたんだい?以前はなかったはずだけど」


「あ、これ?うん、私にもよくわからなくて先日目が覚めた時に腕に刻まれてて、最初はロアドゥ族の紋章の一種かもと思ったんだけど、どうもそうじゃないみたいで……けど、別になんともありませんから心配しなくても大丈夫ですよ」


とアーシャ本人も刻印についてはよくわからないようであったが、その時のアーシャのなんでもないという言葉と笑顔に安心し事態の深刻さを見逃したことを後にバサルトも、その場にいたグレスも深く後悔することとなる。

そうして二人が雑談混じりの会話を交わしていた時、ふとこちらに向かってくる数人の人影に気づく。

普段ならそれは大したことのない日常における当然の景色であったが、その人物たちがバサルト含むグレスたちの誰も知らない人物であったことが異質であった。


「はじめまして、貴方がロアドゥ族の部族長の息子バサルト殿ですね」


「はい、そうですけど」


その人物たちはウォーレム族であったが、服の一部から見える紋様の形からロアドゥ族ではなく、外から来たウォーレム族であると理解する。

元来、このロアドゥ族の里に外部からの者が来訪することは珍しく、それを受け入れることも少ないためバサルト達にとってこれは珍しい光景でもあった。


「先程、貴方の父上へある件について相談に行かせていただきました。その帰りとなりましが、貴方の方へも挨拶をしておこうかと思いまして」


「そうですか、わざわざありがとうございます」


そう言って挨拶を交わすバサルトの態度やそのうちに潜む力量を確かめるようにウォーレム族のその男は静かに観察し、やがて何かに納得したように頷く。


「噂には聞いておりましたが、貴方ほどの人物ならば我らの問題も解消して頂けることでしょう。僭越ながらご武運をお祈り申し上げます」


「……はあ?」


唐突に言われたその言葉に対しバサルトは頭に疑問符を浮かべるものの、相手はそのままバサルトの隣を通り過ぎようとし、ふと彼の隣に立つアーシャの腕に視線を移す。

そこには先程会話に上がっていた赤い刻印が刻まれており、それを目にした途端、ウォーレム族達の視線が驚きと僅かな恐怖に変わったのを、一人離れた場所から観察していたグレスだけが確認していた。

やがて、彼らの姿が消えた後、グレスが静かにバサルトの方へ近づき耳打ちをする。


「おい、今の連中。何の用でこの里に来たのか知ってるか?バサルト」


「……わからない。ただ父に用件があると言っていたけれど、さっきの口ぶりからすると僕にも関係ない話ではなさそうだ」


「みたいだな。まっ、詳しいことはお前の父親から聞いたほうが早いだろう」


そのグレスの言葉に頷くように見ると、バサルトの父、族長からの言伝を頼まれたと思しき伝令がこちらに向かってくるのを確認し、バサルトは静かにその伝令の方へと足を進める。



◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆



「失礼致します、父上。バサルト=レキリアム。お呼びに応じて参上いたしました」


伝令からの言伝はバサルトが予想したとおり族長であるバサルトの父からの呼び出しであり、その呼び出しに応じるべくバサルトは父の部屋の前まで向かい、扉越しに父へと挨拶を行う。


「入れ」


扉の向こうから聞こえた父のその声に従うようにバサルトは静かに扉を開く。

そこには白髪の長い髪を後ろで束ね、未だ全盛期の鍛え上げられた肉体を有し、一部族をまとめるにふさわしいカリスマを有した男、バサルトの父にして現ロアドゥ族の族長が座っていた。


「座れ、今回はお前に特別な話がある」


「はい」


父に促されるまま、彼と同じように地面に座るバサルト。それを確認し、前置きは不要とばかりに父は早速本題を口にする。


「アーシャとの婚約については耳にしている。それについては私も向こうも承認済みであり、遅かれ早かれこうなることは予期していた。今回お前を呼び寄せたのは、お前への族長就任についてだ」


それはアーシャが言っていたことであり、ここへ呼び出された時にバサルトが予測していた内容でもあった。


「年若いとは言えお前にはすでに族長にふさわしいだけの器と能力が備わっている。ゆえにそれを完成させるためにも早期にお前族長の座を渡すことが早道だと思う。無論、アーシャとの婚約の件を含めてお前が族長の座につけば我らロアドゥ族の結束と繁栄も磐石となろう。だが、そのためにもお前には族長就任のための試練を受けてもらう」


「試練……ですか?」


「そうだ。先程この部屋より出てきた者たちは目にしたな?」


「はい、この里の者ではない外のウォーレム族かと思いますが」


「うむ、その通りだ。先程、外のウォーレム族からの要請があった。彼らの集落に盗賊団と思わしき者たちからの襲撃を受け、その盗賊団の壊滅を我らに要請してきた」


「なるほど、それでその盗賊団の壊滅を私に?」


「その通りだ」


「それは分かりましたが、いくつか質問をよろしいでしょうか?彼らも一応はウォーレム族のはず我らの手を借りなくとも盗賊の壊滅くらいなら可能のはずでは?」


「無論それには理由がいくつかある。まず一つ目が盗賊達が根城にしている場所というのが我らロアドゥ族が管理する遺跡の一つであるからだ」


その言葉に対し、バサルトは即座に納得した。

彼らロアドゥ族には太古の時代より神々が住んでいたとされる遺跡のいくつかを保管・管理するという役割が与えられていた。

その数は複数にわたり、そのうちの一つピラミューナと呼ばれる遺跡はその代表であり神器を治める遺跡として、アーシャ達の神器の巫女の血筋によって守られている。

このため、外の者たちがこのロアドゥ族が管理する遺跡へ足を踏み入れることは禁忌とされ、最悪の場合、自らの領土を荒らす者として処罰の対象へとされる。そして、それは同じウォーレム族でも同じである。


「確かに私たちの管理する遺跡を奪われたのであれば、それを取り戻すのは私たちの使命です」


「ああ、加えてもう一つ、その盗賊団たち。どうやらただの盗賊団ではないようだ」


「と申しますと?」


「ただの盗賊団とは思えない統率された動きと能力を有するとのことだ。少なくとも並のウォーレム族では仕留められないほどのな」


「……なるほど」


父からのその言葉を聞き、もしその言葉が事実であるなら、自分へこの任務が試練となることを十分に理解した。


「いずれにせよ、お前には盗賊団の壊滅を任せる。この程度のこともできぬようでは英雄はおろか、我らロアドゥ族を率いる部族長としても不足であろう」


「はい、父上の期待を裏切らぬよう全力を尽くします」


父からの試練に対し頭を垂れ、それを受け取るバサルト。

そんな息子の姿を見ながら、父である族長はなにか戒めるようにバサルトへと告げる。


「バサルトよ、お前が成すべきことは何かわかっているな」


「……英雄になること。それが僕の唯一の道です」


「その通りだ。いずれお前には世界を救うための戦いに身を投じてもらう。かつて我らの祖先である信託の巫女アラウ=スー様が残した禍根を打ち取るためにもな」


信託の巫女アラウ=スー。それはバサルトの恋人でもあるアーシャの祖先であり、神器の英雄として世界に伝わるロアドゥ族のひとりである。

かつて大陸が魔王の驚異に晒された時代。信託の巫女アラウの導きにより神器を持つ六人の英雄が集った。

彼らこそ銀の太陽と呼ばれる時代の英雄たちであり、彼らの手によりこの南の大陸に存在した魔王は討ち取られることとなる。しかし――


「はい、必ずや。時が来た際には僕のこの身を賭して祖先が成し得なかった北の魔王“死の王”討伐を成し遂げてみせます」


そう、魔王は一人ではなかった。この世界には五つの大陸が存在し、その大陸毎にそこを支配する魔王がいる。

当時、南の魔王を打った英雄たちの隙を突き、北の魔王である死の王タナトスが銀の太陽と呼ばれる英雄たちを葬り去った。

そこには信託の巫女アラウも含まれ、彼女は一命を取り留めたものの、その後は戦うことが出来ない傷を負ったとされる。

そして、あわやこれまでかと思われた時、銀の太陽の一人“銀の乙女”と呼ばれる英雄の最後の一撃により北の魔王タナトスも多大な傷を負い、それの傷を治すため今もなお北の果てにてその身を癒しているとされている。

そしてその魔王の傷が癒えるまで約500年と当時のアラウは信託の予言の残し、後のロアドゥ族達に自分の果たせなかった役割を任せた。

そして現在、500年の歳月を遂げ、アラウの信託と彼女が成し得なかった偉業を成し遂げるためにもバサルトは英雄にならなければならない。

それこそが英雄種族であるロアドゥ族の族長の息子として生まれた彼の使命であり宿命であった。


「うむ、では明日の朝、盗賊団の壊滅に向かうがいい。試練とは言え、お前にとっては初の実戦任務となろう。ゆえに一人誰かお前と同期の者を連れて行くがいい」


「はい、温情ありがとうございます」


「それともう一つ、明日よりしばらく我らの里に結界を張る。出る際は問題ないであろうが戻る際は以前教えた手段で戻ること。よいな」


その父・部族長の言葉にバサルトはわずかに意外そうな顔を上げる。

確かに盗賊団壊滅へと向かう際、こちらの動きを把握して敵が逆にこちらへ奇襲を行う可能性もなくない。

だが、それにしてもこちらにはそれに対して迎え打てるだけの十分な戦力があり、わざわざ結界を張るほどのものとも思えなかったが父のその表情は何か予期せぬ不安を抱えたものであった。


「……分かりました。結界時の帰還については以前のとおり実行いたします」


「ああ、それから最後にアーシャの体調は無事であったか」


その父の発言にバサルトはここに来てから一番の不可解な表情を浮かべる。

なぜここでアーシャの体調が関わってくるのか。最初のアーシャとの婚約の件に関わることなのかとも思ったが、それとは異なりまるで何かを恐るような感情が父の表情に隠れていた。


「無事、といいますか、いつもと変わらぬようでありましたが」


「そうか、ならばよい。下がって構わぬ」


そう言った部族長の宣言に、しかしバサルトはどこか言い知れぬ不安を抱えつつ静かに退席を行う。

バサルトが消えた後、静かに族長が手に持った資料を元に、先程耳にしたアーシャに起きた異変。

腕に宿った赤い刻印について最悪の予想を立てようとしていた。


「アーシャに宿った刻印……もしもあれがそうであるなら、もはや一刻の猶予もない。バサルトよ、お前に残された道はただ一つと自覚せよ」


その言葉に意味することはなんであったのか。それを直接父から問いただすことは、その後のバサルトにはすることは叶わなかった。



――翌日、バサルトへ新しい部族長への就任の儀として、遺跡に住み着いた盗賊団の壊滅を改めて言い渡される。

それは彼にとって初の実戦任務であり、これまで里の中において訓練を受けてはいたものの実戦経験のないバサルトには少し不安要素のあるものでもあった。

ゆえに彼に同行する者を一人与えられ、それには迷うことなくグレストが志願し、バサルトもそれを承諾する。

二人は部族たちの期待を一心に背負い、盗賊団がいる遺跡を目指し里から旅立った。

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