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七賢伝説  作者: 雪月花
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第11話「航海」

北の果て。雪に覆われたその王国。

数百年にもわたり、魔族達の侵略を阻み続けた人類の最先端の希望の大国。

この世界を築き上げた神話の神、クレイムディアを崇めるセファナード教国。

その教皇の間にて帰還を果たし報告を行う三人の人物の姿があった。


ひとりはこの国の枢機卿ソーマ。

もうひとりは同じくこの国の枢機卿グリム。

そして、残る一人はこの場にあって異質とも言える雰囲気を放つ人物。

それもそのはずであり、本来ならばその人物はこの教国にあって存在を許されない神の天敵。

魔族。ジェラード=ファルーアと呼ばれた人物である。


「――以上が報告です。教皇様」


しかし、この場にあってそんな魔族が存在しているという違和感に対し

誰ひとりとしてそれを咎めることも拒絶することもなく、まるで自分たちの同胞の如く受け入れていた。

そしてそれは報告を受け取る教皇もまた同じであり、目の前に存在する魔族に対し何をいうでもなく、ただ淡々と報告を受け入れていた。


「教皇様、此度の任務は完遂できませんでしたが、次はたとえいかなる任務であろうともこの身を賭して貴方様のお役に立ってご覧に入れます」


「よく言うな、おめおめと逃げ帰った奴のセリフにしては随分と強気だ」


そう言って跪いたまま発言を行うソーマに対し侮辱にも似た言葉を浴びる人物がこの教皇の間へと足を踏み入れる。

纏う衣装はソーマ達と同じ枢機卿の衣装であるが、それ以上にその人物の纏う雰囲気がまるでこの間の王であるかのように主張し、自信に満ち溢れた人物。


「セファナード教国枢機卿にして【四柱テトラード】のひとり、ユベリウス=ルーツ=パートローム。まかりこしました」


それは白い髪をなびかせた美しい造形の青年。このセファナードに存在する枢機卿の中でも最も教国内部の信頼厚く、次期教皇候補まで呼ばれた人物であった。


「それにしても聞いたぞソーマ。例の腕を使って街中で暴れまわっただけでなく、対象の捕獲にも失敗するとは。お前は我が国とアルフェスとの関係に亀裂を作る気か?」


「俺が請け負った任務はアルフェスの聖女を連れてくること。アルフェスの関係など知ったことではない。それよりも教皇様の前だぞ、跪けユベリウス」


この場に現れたユベリウスからの中傷に対してソーマは全くと言っていいほど動じなかったが、唯一教皇を前にいつもの自然体のまま軽口を叩くユベリウスのその態度に対しソーマは隠れる憎悪を覗かせていた。

だが、そんなソーマの炎を沈めたのはほかならぬ彼がこの世で唯一敬愛する人物からの一言であった。


「構いませんよソーマ。ユベリウスもよく来てくれました。

ジェラードもグリムも、この場に集まった【四柱テトラード

どうか、そのまま私の言葉を聞いてください」


その一言でソーマだけでなく、それまで静かに我関せずと佇んでいたジェラードまで教皇に従うかのようにその言葉に耳を傾け、次なる言葉を待つ。


「アルフェスの聖女の件に関してですが、それは今は構いません。放っておいていずれ向こうから来るでしょう。それよりも今は――」


言って教皇は静かに玉座より立つ。彼ら【四柱テトラード】と教皇とのあいだには巨大なカーテンが敷かれ、教皇の姿を直に確認することは出来ない。

それはこの教国に代々伝わる伝統であり、教皇へと謁見する際もカーテン越しにおぼろげにしか確認することは出来ない。

それは神と同様、この教国を司る教皇もまた神秘に包まれた存在であるよう演じるため。

カーテン越しに静かに教皇が移動する姿が見え、やがてその姿が窓際へと近づいた際、ふと止まり、その横顔ははるか遠くの空を見るようであった。


「“彼ら”との決着をつける時が来たようです」


その言葉にこの場に集った四柱それぞれが静かに窓の先に見える景色を見る。

そこに映っていたのはこの北の教国を覆う何かであった。



◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆



「それで話とはなんでしょうか?グレスト君」


「グレスでいい。アンタみたいなのに君付けされるとむず痒くて仕方ねぇ」


出航から丸一日。航路は予定通り安全に目的地へと向かっていた。

さしたるハプニングもないまま、ラシュムも目的の大陸についてからの進軍について自室で地図を開き確認を行っていた際、扉の向こうからこのグレスが訪ねてきた。

用件を尋ねると話したいことがあるといい、その後、懐から一本の瓶を取り出した。


「これは……?」


グレスが取り出したその瓶を手に持ち中に入った液体を確かめるように観察するラシュム。

やがてその瓶の中に入ったものがなんであるかに気づき息を呑む。


「出発前にリレムっていうあのおっさんに渡されたんだよ。お前に飲ませろってな」


そのグレスの言葉を聞き「ああ」と納得したように頷くラシュム。


「なるほど、そういうことですか。それで貴方はそれを受けたと?」


「まあ、せっかく向こうが証拠になるようなものくれるって言うんだから、もらっとこうと思ってな」


そう言って「どうするんだ?」と含みを持たせて聞くグレスに対し、ラシュムは不思議と怒った様子も焦るような様子もなく、ただ淡々と返答をした。


「そうですね。ですが、これだけであの方を処罰するのも難しいでしょう。貴方が彼から依頼を請けたとしてもそれの証拠としても薄いでしょうし、ヘタをすれば貴方だけが裁かれることになりますよ」


「だろうな。ま、だから相談に来たってのもあるんだが、アンタのその言い方だと特にどうこうする気もないようだな」


そんなラシュムの心中を知ってか呆れるような言葉に、しかし当のラシュムはどこか困ったように苦笑いする。


「まあ、彼も決して悪人ではないのですよ。善人とも断言できないかもしれませんが、少なくとも国を想っての行動を彼なりには取っているのですから」


「どうだかねぇ、アンタあのおっさんのこと過大評価しすぎなんじゃないのか?ありゃ確実に自分の保身しか考えてないタイプだぞ」


「はは、まあ、そうかもしれませんね。ですが……」


言ってしかし、どこか何かを懐かしむように呟く。


「どのような人物でも過去というものはあるものです。過去に抱いた目的が崇高なものであったとしても、その目的を達成するためには非常になる選択も強いられ、そのために人間性を汚す必要にだってかられます。抱いた目的を当初の人格のまま果たせる人など、果たしてこの世にどれほどいるのでしょうか」


そんなラシュムに呟きにグレスは何かを考えるようにしばらく黙り込み、やがて、一つの問いを投げた。


「前から気になってたんだ。ラシュム=ジラックス。アンタ、フラグメントだよな?」


「……気づいていましたか。さすがです」


フラグメント。神の欠片と呼ばれる種族。イフだけでなく、ラシュムもまたその種族であることをグレスはなんとなく感じ取っていた。

そして、それが事実であるならば、また新たなる疑問が生まれる。


「なんでそのフラグメントのアンタが王国に仕えて医師なんてやってたんだ?」


通常、フラグメントとは人間と関わりを持たない種族である。

その理由としては様々であるが、大きな理由の一つは彼らが神の種族であるから。

彼らフラグメントの能力は生まれた瞬間から、人間で言うところの歴史を動かすほどの英雄の資質、魂を備える。

それは即ち、一人で千人分にも値する価値を有し、彼らフラグメントひとりが人間社会に関与すればそれだけで大きな流れを生み出せる。

だが、それゆえ過去に大きな過ちも多く存在した。自分たちが介入したことにより人々の間で戦火が広がり、自分たちという存在の力を利用しようと多くの人間や国同士の権謀術数も行われた。

ゆえにフラグメント達は自分たちの力を人間へ貸し与えることを禁じ、彼らの多くは人里から離れた場所へと身を隠すように消えていった。

そのフラグメントのひとりであるはずのラシュムがアルフェスという国に仕える。それはフラグメントの掟にも反する行為とも言える。

そんなグレスの持つ疑問に対しラシュムの答えはひどく簡素であった。


「頼まれたからですよ。ただそれだけです」


「は?」


それは何かを受ける際に当然の、何の変哲もない理由。

困惑するグレスに対してラシュムはどこか憧憬を帯びた表情で逆に問いかける。


「では、今度は私からの質問なのですが、ロアドゥ族の貴方が魔族討伐を目指す理由。それはやはり……復讐ですか?」


そのラシュムの問いにグレスは沈黙を持ってそれを受け止め、やがて何かを口にしようとした瞬間


「すみませーん!ラシュムさんいますかー!イフちゃんが大変なんですー!!」


そんな慌ただしい声と共に扉を押して入ってくるのアイシス。

彼女の後ろからはバサルトと共に彼の背中におんぶされているイフの姿もあった。


「ってあれ、なんでグレス君もここに?」


「あ、まあ、ちょっとこいつに話があってな。それよりアイシス、その魔女娘どうしたんだ?とうとう息絶えたのか」


そのグレスの言葉が現すとおり、バサルトの背中に掴まったままピクリともしないイフの姿をからかうが、その声を聞き、ぴくりと反応を示す。


「……だ、誰が……いき、たえた……だ……儂は……酔ってなど……いない……」


明らかに死に体の状態のイフであったが、それでもなお強がりを言える部分には敬意を示したか、鼻で笑いつつも「そうかそうか」と頷くグレス。

一方のラシュムはイフの症状を見てか、奥の薬棚から薬をいくつか取り出す。


「症状としてはおそらくこれでなんとか収まるでしょうが、吐き気や胸のむかつきはしばらく続くかもしれませんね」


「う、む……すま、ぬ……」


そう言って差し出された薬を素直に手にとるイフ。

一方でそんなイフの具合を見てか何かを思いついたようにグレスがバックの中から瓶詰めの何かを取り出す。


「おい、魔女小娘。俺からもいいものをやろうか」


「……いらん、どうせ変なものじゃろう」


「そうかい、残念だな。こいつは胸のむかつきとか船酔い対策にいい食べ物なんだがな」


そう言って瓶に詰め込まれた何かを取り出し口に含むグレス。

それを見て「船酔い対策」という言葉に思わず引き込まれるイフ。


「……お、おい、貴様……本当にそれ、船酔い対策なんだろうな……?」


「ああ、マジだぜ。なんだったらお前らも一緒に食べるか?」


そう言ってイフと彼女を支えるバサルトとアイシスの方にも瓶詰めされた何かを投げるグレス。

それを受け取った二人は手のひらに収まる飴のようなものを確認する。

一見すると赤い飴に見えなくもないが、その感触はややブヨブヨとしてどこか果物のような感触があった。それを手にした瞬間、その赤い果物の正体に気づいたのかアイシスが「あっ」と呟く。


「……まあ、毒ではなさそうだし……いただくとするか……」


そういって「船酔い対策」という言葉を信じてそれを口に入れるイフだが、それを入れると同時にアイシスの警告が走る。


「あっ、待ってイフちゃん!これ、ものすごく酸っぱいから注意して……」


と、時にすでに遅く、それを口に入れた瞬間、イフの表情がなんとも言えない、文字通り言葉では表現出来ない表情を浮かべ、すぐさま地面を転がり、口に含んだものの酸っぱさに悶え出す。


「~~~~~~~~~っ」


「あっはっはっはっ、やべぇ、思ったよりもおもしれぇ反応!」


そんな悶え苦しむ少女の姿を赤い何かを口に含みながら愉快に笑うグレス。

やがて口の中のものをなんとか飲み込んだのか、落ち着いたイフが恨みがましそうにグレスの方を睨みつける。


「グ~レ~ス~、貴様っという奴は~~~」


「なんだよ、味については一言も言ってないだろう。それに良薬口に苦しって言うだろう」


「苦いじゃなくって、これは酸っぱいじゃ!貴様どこまで性格が悪いんじゃ~~~!!」


自らの悶え苦しむ様を見て、ケラケラと笑うグレスに対しイフはこの時、コイツのことは生涯の天敵と認めようと固く誓ったのである。


「あのね、イフちゃん。これって梅干っていうロー大陸原産の食べ物なの。かなり酸っぱい果実なんだけど、ご飯とかと一緒に食べると美味しいんだよ」


そう言ってフォローを入れるアイシスだが、そんな彼女に対し先程の強烈な酸っぱさゆえか素直に信じられず疑いのジト目を向けるイフ。


「……本当か?お主も儂のことをからかおうとしておらぬか?」


「してないしてない。本当だって。あ、じゃあ今からご飯作るからそれで一緒に食べてみようよ」


「……むぅ、確かにご飯は食べたいのだが……今はその……固形物はあまり入らないというか……」


船酔いの症状ゆえかお腹は減っているが、固形物は喉を通りにくい状態なのだろう。

そんなイフの言葉に対し、しかし何かひらめいたという感じで手を叩くアイシス。


「あ、それならうどんとかどうかな!うどんにも梅干って合うんだよ~!」


「うどん?なんじゃそりゃ?」


「あれ、イフちゃんうどんって知らないの?あのね、ロー大陸のある地方に伝わる伝統料理なんだけど、食べやすくて美味しいんだよ。待ってて、いま作ってくるから。そうだ!よかったらグレス君達も一緒に食べない?きっと気に入るよ」


言って部屋から出ようとするアイシスは、後ろを振り向きグレス達を誘う。


「……まあ、そうだな。ちょうど腹も減ってたし、続きは飯を食べながらでもするか」


「そうですね、私も小腹が空いていましたし、ちょうどいいかもしれませんね」


それに対し共に頷き部屋を出るラシュムとグレス。その二人のとなりを歩きながらバサルトが問いを投げかける。


「ところでグレス。君はどうしてラシュムさんの部屋に?」


「ああ、まあ、それについてはお前にも話しておいたほうが良さそうだな。……そろそろ俺たちの旅の目的をこいつらに話しておこうと思ってな」


そのセリフにバサルトは少しだけ真剣な表情になり、やがて静かに頷く。

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