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19 区切り、新たな生活、そして観客としてバンドを見る

 後で何か食い物と飲み物を調達してくるから、と言ってアハネはPC室から出て行った。僕は写真加工のソフトを画面に出す。そしてバッグの中から、ずっと見なかった写真を取り出した。

 ばらばら、とスキャナのあるデスクの上にそれを並べる。ああ、あの時の格好だ。

 夜の場面と朝の場面を撮り分けた、あの写真だった。

 僕はこんな顔をしていたのだろうか。メイクをして、何処か挑発的な。だけどその姿は、妙に他人のように見えて仕方がない。

 ある写真ある写真、どんどん僕はスキャナにかけていく。似た傾向の写真を分類してから、これは使えるこれは使えない、と冷静に判断して、黒いデスクの上に分けていく。

 黒い背景の中に、奴の姿が浮かび上がる。僕はそれを一度拾い上げて、じっと見た。そして一度目をつぶる。

 この時の僕は、この男がとても好きだったんだ。

 スキャンした写真が画面に大きく現れる。ああどう加工しよう。CDのジャケットの大きさは? 歌詞カードには何枚の完成画像が必要だ? 構成は?

 ややこしい作りのものはできない。今の状況では。アハネもそういうものを望んでいるのではないのだろう。今僕のできる条件で、できるだけの良いものを。

 あの時出そうと思ったのは、三曲入りのものだった。だとしたら、マキシ・シングルという形態だろう。裏側に表裏の画像二枚。扉とその裏。歌詞カードの入る倍の幅の一枚。

 全部で五枚。それをどう配置するか。関連づけるか。歌詞は。

 歌詞は… 覚えている。まだ僕は覚えていた。

 それをどう配置するか。言葉をどう空間に配置するか。

 とりあえずはテキストエディタを立ち上げて、ぱたぱたとその歌詞を打ち込んで行った。その中の一曲は、のよりさんの頃からの代表曲とも言えるものだったけど、後の二曲は、僕が作った歌詞だった。僕はどう歌っていたろう。どう歌詞カードには配置するのが似合ってるのだろう。

 内容を思い返しながら、僕はそれがスキャンした画像とどう絡むかを考えていた。自然と、そういうことを頭が真剣に考えだしていた。

 やがて僕はその作業に熱中して行った。

 不思議なもので、そうしていると、スキャンした写真の数々が、自分たち、という意識が無くなってきて、一つの素材として見えてくる。この素材をどう生かせばいいのか。僕の頭の中は、そういうことで占められる。


 色は。バランスは。配置は。

 この色のままでいいんだろうか。

 色変化をさせたほうがいいんじゃないか? 

 コントラストを上げて、色数を落として、少し非現実的にしたほうがいいんじゃないか? 

 歌詞に合わせよう。この歌詞はどういうことを言いたかったんだっけ?


 真剣になればなるだけ、その時の感情は、他人事のように感じられる。

 途中、何度か配置がどうにも気にくわなかったり、切り取りと張り付けに失敗して、全部クリアしてしまったこともあった。いいと思った色の感じが、表と裏でバランスを見てみると、それはそれで違う。

 何度も何度も、僕は繰り返した。

 時間がどんどん過ぎて行っているのが判る。周囲が静まりかえっている。その中で、僕がかちかちとキーボードやマウスを動かす音、PCの立てる音だけが、ただ教室の中に響いている。

 何でこんなに集中できているのか、僕には判らなかった。ずっとやらずに居たというのに。

 それでも、身体は、そういう行動を覚えている。何かの素材を切り取って、自分にとっての「良い感じ」に並べ替え、化粧をさせ、一つの別の世界を作り出すという作業。


 …楽しい。


 奇妙に高揚してくる気分の中で、僕はそんな気持ちが自分の中に戻ってくるのを感じていた。



「ひゃーっ!!」


 ぴた、と冷たいものが頬に当てられたので、僕は飛び起きた。起きた…? 眠ってしまっていたのか?

 僕はそこがまずどこだったか、すぐには思い出せなかったので、きょろきょろと辺りを見渡し…

 目の前でパックのミルクを手にしている友人の姿を見て、昨日のことを思い出した。

 窓からは、朝の、まだ弱い、赤い日差しが斜めに入り込んできていた。


「おはよー」

「…おはよ」


 ほい、とアハネはその頬に当てたミルクではなく、湯気の立つ、紙コップに入ったカフェオレを手渡した。ありがと、と僕は受け取る。


「ほら、朝メシ。腹減ってねえ?」

「あ、うん」


 言われてみれば、そうだった。空いている僕の隣の席の椅子に彼はコンビニの袋を放り出す。そして自分の分のサンドイッチをまず取り出し、何食う? と袋の中身を広げてみせた。

 中には、結構な量のパンやらおにぎりやらが入っていた。僕はその中から、ツナマヨネーズのおにぎりとチーズクリーム入りの丸いフランスパンを選んだ。


「気を付けろよ? せっかくのできあがったデータおしゃかにしちゃいかんからなー」

「あ」


 そういえば、と僕は慌てて省電力モードになっている画面を広げ直した。そこには、一応おおかたの完成した画像が何枚かできている。


「お、結構できてるじゃん」

「うん、確か、これでサイズ決めて、印刷すればおしまい、と思ったあたりで…寝ちゃったんだ」

「じゃ、さっさとやっちまおーぜ? 今の連中が来てからじゃ面倒だし」

「うん」


 僕はおにぎりを口にしながらうなづいた。


「あ、でもCDのケースがなかったから、というのもあったんだった」

「そのあたり、俺にはぬかりはないぜっ」


 じゃん、とアハネは自分のバッグの中から、CDのケースを取り出す。


「と言うか、昨日あれから、俺ちょっと買いたい新譜があったからさ、買いに行ってたんだよ」

「なあんだ」


 そう言って僕はあはは、と笑った。そして貸して、とそのケースを手に取る。立ち上がり、別の教室から物差しを取ってきて、中のカードのサイズを確かめる。


「…っと。これでいいかな」


 解像度とサイズを確かめる。


「紙は?」


 アハネはプリンタのところへ行って、手差しモードの用意をしていた。


「ぺらぺらした奴がいい」

「ぺらぺら… ふうん。じゃこれかな」


 数枚の「ぺらぺらした紙」を取り出し、アハネはプリンタにセットした。機械が僕に聞いてくる。印刷しても良いですか?

 OK。

 やや多めのデータが、一気にプリンタに走った。がこんがこん、とプリンタが回り出す。

 やがて、その中から一枚二枚、と印刷された紙が出てくる。


「おー、出てきた出てきた」


 ぱん、とアハネは手を叩く。


「見せて」

「いい感じじゃん」


 短い言葉で、彼は批評した。


「ホントだ」


 僕もまた、短く感想を述べた。

 出てきた印刷物を、カッターで正確にCDケースの中に入る大きさに切り、ちょっとばかり今買ってきたばかりのアーティスト様にはどいてもらって、裏表のバランスを見るべく、差し込んでみる。


「あ」


 僕は小さく叫んだ。


「どうしたんだよ」

「…この色合いはいまいちだよ」

「そぉか? 俺はいいと思うけど」

「僕の思った感じとは違うんだ」

「ふうん? お前、どういう感じにしたかったの?」

 どういう感じ。僕は必死で言葉を探す。

「外側には『朝の場面』、内側に『夜の場面』って感じでコントラストをおきたかったんだよ」

「うんうん、それで?」

「…だから、これをこうやってみたんだけど… これだとここをこう…」


 ぱたん、と僕は歌詞カードを折り曲げる。


「こうした時に、まるでこれじゃあ、全部が昼みたいだよ。こーやってCDに隠されてもしまうんだし」

「納得いかない?」

「いかない」

「OK」

「作り直していい?」

「お好きに」


 アハネはにっこり笑って、二敗目のカフェオレを買ってくる、と教室の外に出て行った。    


   *


「お帰りなさい」


 美咲さんは扉を開けるなり、言った。


「ただいま帰りました。ごめんなさい。連絡しなくて。心配した?」

「まあね」


 彼女は苦笑する。そりゃあそうだろう。僕の荷物と言えばバッグ一つしかなくて、それを持ったままバイトに出かけていた訳だから、いつそのままふっと姿を消してもおかしくない、と彼女は思ったのだろう。


「休んだの?」

「まさか。でも定時で切り上げたのはホントよ」

「ごめんなさい」

「まあいいわ。それより、せっかくあたしも早いのだから、ごはん、つきあってちょうだいよ」

「美咲さん」

「ごはん食べてきた? じゃあ、お茶だけでもいいのよ。コーヒー入れるから」

「美咲さん!」


 彼女はゆっくりと振り向いた。


「いーい? とにかく、食事なのよ」


 彼女はそういうと、既に用意してあったのだろう、キッチンに入って、何度かレンジのチン、という音を鳴らした。

 テーブルに幾つかの皿を置く。同時にコーヒーメーカーからのいい香りが漂ってくる。

 僕はテーブルの脇に立って、彼女の様子を眺める。彼女は料理が上手い。どこで覚えたのか、と思えるほど、手際もいいし、味付けもいい。それに、味付けが、やはり近い故郷だけある。

 彼女は自分の側に、ご飯とおかずと、何品か並べて、そして僕の前にカフェオレを置いた。

 僕はそれをすすりながら、とりあえずは食事、という彼女の様子をしばらくじっと見ていた。彼女がひじきの煮物やら、魚の西京焼きとか食べている音と、僕が時々カフェオレをすする音だけが、部屋の中に響く。静かだった。そんな音しかしないと、余計に静かに感じられる。


「…出てくって言うんでしょ?」


 不意に彼女は言った。その手には相変わらず箸が握られたままだったし、手には茶碗もあった。だけど僕はうん、と即座に返していた。


「そんな気はしていたけど」

「そう?」

「そう。帰ってきた時、そう思った」

「何で?」

「何でだろ? 声が」

「声が?」

「声が、弾んでいたからかな」


 そうだったろうか。思い返す。そんな意識は僕には無かった。


「めぐみちゃんは、すごく声に出るから」

「出る?」

「あなたを拾った時、何かもう、何をしゃべっていても、どうなってもいい、って感じだったわよ」

「…そう… だったの?」

「そう」


 彼女はきっぱりと言う。そして食事も終わったようで、さっと茶碗や皿をまとめると、キッチンに入って行った。少しして戻ってきた彼女の手には、ミルクを入れない紅茶のカップがあった。


「でも、もういいんでしょ? 何がどうあったのか、知らないけれど」


 そして彼女は目を伏せた。


「あなたのこと、好きだったよ」

「ありがと」

「本当。そして感謝してる。あなたが居たから、僕は休むことができたよ。何も考えずに、とにかく、動くことができた。…暖かくて、気持ちよかった」

「…気持ちよかったなら、ずっと居れば、いいのに」

「でもそれは駄目なんだ」


 僕はカフェオレのカップを置いた。


「それじゃあ、駄目なんだ」


 僕は繰り返す。ぬくぬくとした、暖かい寝床で夢を見ているのは気持ちがいいけれど、それでは。


「学校に、ちゃんと行き直すよ。…思い出したんだ」


 デザインが。ああいうことが好きだった自分を。人とどうこう比べてテンポがどうとか、ではなく、自分が熱中できるものとしての、「そういうこと」が。


「…これ、あなたが持ってて欲しいんだ」


 そして僕は、あのできあがったジャケットを取り出す。テーブルの上に乗せ、彼女の前に押し出す。

 あれから、何とか出来上がりをみて、結局三部刷った。一部はアハネとの約束通り彼に渡した。

 後の二部、僕はCD屋へ行って、取り替え用のケースを二つ買ってきた。そしてその両方に、そのジャケットを入れてみた。


「前に僕が作るつもりだったもの。もう用は無いだろうけど、僕は」


 言葉を探す。どういったらいいんだろう?


「ケンショーのように、ああいう風に、自分の中から、わき出てくる様なものは、僕には無いし、それは歌じゃなかったし… でも、僕は、そこにこうやって『はじめからそこにあるもの』を、並び替えて、別の形に置き換えることはできる… かもしれないから」

「めぐみちゃんが、作ったの?」

「うん。これが僕の、今の精一杯」


 全くの納得はできてない。だけどそんな僕にアハネはこう言った。


「納得をつけるための技術をつけるのが学校だろう?」


 もっともだ。


「学校にとらわれるんじゃなくて、学校を利用する気でさ」


 僕はその時、アハネらしい、と思って苦笑した。


「…別にCDジャケの専門になる訳じゃあないけれど… どんなものをするつもりだか、判らないけど、こういうのが、好きだってことは思い出したんだ。誰に言われるでもなく、好きだったってこと。だから」

「もういいわ」


 ひらひら、と彼女は手を振った。


「だったら、そうよね。あなたもうここに居ることはないわ」

「美咲さん」

「あたしは、守ってやれる子が好きなのよ。あなたもう、そうじゃあないわ」


 そう言って、にっ、と口元を上げた。そしてCDケースを手に取ると、訊ねる。


「兄貴に、渡してもいいの?」

「どちらでも。美咲さんの思うように」

「考えておくわ。いつ出てくの? 行き先は?」

「とりあえずは、友人のアハネって奴のとこに転がり込んで…でも長くはいない。すぐに部屋見つけますよ。学費稼がなくちゃ。どこの単位の分からか忘れたけど、まずその欠けてる部分を探して…」


 実に現実的な問題が、僕の頭にさーっと渦巻く。ま、いいか、と僕は息をついた。今考える問題じゃない。明日。そう明日、学校へ出向いて、あの事務室で今度はちゃんと負けないように。

 とん、と考えにはまっていた僕の前に、今度はグラスが置かれた。その中には半分くらいの、綺麗な深い赤の液体。


「ワイン?」

「このくらいなら大丈夫でしょ? 呑みやすいイタリアワインだし」


 そうだね、と僕は笑った。もっとも彼女はそんなものでは絶対に酔わない。ケンショーと同じ血を引いてると思う。だけど少し酔ったようなフリをして、彼女は言った。


「せっかくだから、おねーさんにキスの一つでもちょうだいな」

「そうですね」


 僕はふっと笑った。


「僕は、美咲さん、好きだったよ」

「そういう言葉は、安売りしちゃだめよ」


 それ以上は言わなかった。言えなかった。

 だけど、このひとには、どれだけ言っても足りないような気がしていた。きっと、ケンショーより、そしてケンショーの元を去ったひとびとより、誰より、一番寂しいだろうこのひとには。

 このひとに、少しでも多くの、しあわせが来ますように。


   *


夏に差し掛かった頃、僕は客として、ACID-JAMに居た。一人じゃない。アハネとノゾエさんと一緒だった。

 彼女はまだあの学校の生徒をしていた。

 何やら、弟子になりたい「先生」をあの様々な旅行の間で見つけてしまったようで、現在アタック中なのだという。首尾良く弟子入りできそうだったら、卒業する、と彼女は断言していた。

 僕はアハネの部屋にだいたい二ヶ月程居着いていた。

 その間のバイトで、ようやく自分の部屋へ引っ越すだけの資金を貯めることができた。

 今度は学校に通っているから、バイトの時間は夜に限定されるけど、相変わらず僕は給料の良さからフロアに出ている。そしてその隙間を縫って、今度は課題に精を入れている。

 正直言って、色んなことに、迷わない日が無い訳じゃあない。

 確かにデザインの作業も、考えることも、それに関連した資料とか見るのも、好きだ。だけどやればやる程、自分のあらが見えてくるのも事実だ。そして僕は、そのたびにこの性格だから、落ち込むこともある。課題提出のテンポに遅れて、講師からぶつぶつ言われることもある。

 だけどそれでも、そんな時に、ぶつぶつ言われつつも、押しつけるくらいの少しばかりの厚顔さは身につけていた。

 受け取ってもらった方が勝ちだ。そうすべきことなら、しなくては、前には進めない。

 その考え方が、誰のものだったのか、今の僕にはよく判らない。

 僕が元々もっていたものなのか、アハネやケンショーの影響なのか、判らない。

 何はともあれ、今の僕は、そう思うのだから。

 見えない何かが、僕の背中を押すから。


 そんな忙しい日々の中で、新しい、小さい部屋のポストの中に、一通の手紙が入っていたのだ。

 今度の部屋には、ものすごく安く買ってはいるけれど、前よりは設備がある。

 冷蔵庫は一万で買ったし、洗濯機は八千円で買った。TVもそのくらいだ。見えればいいんだ。掃除機は、三千円だ。それでもちゃんとパワーはある。使うには十分だ。

 ぜいたく、ではない。それが必要だと思ったんだ。

 今の僕は。安く手に入れようと本当に思えば、何とか道はある。ただそれを、今までは、まだまだと、押さえ込んでいただけなのだから。

 ポストの中の封筒を開くと、ひらり、と数枚のチケットが入っていた。ACID-JAM特有の、ごわごわした、地味な色の紙のチケットだった。そこにはRINGERの名。差出人は、美咲さんだった。

 来れるなら来てください、と短い言葉だけ書かれたカードがつけられていた。今の友達が居れば、と思ったのだろう。その枚数は。

 お言葉に甘えて、僕は行くことにした。ナカヤマさんにも連絡を取ってみたけど、彼の携帯番号は、もう使われていなかった。


 アハネとノゾエさんを誘って、ライヴハウスに出向いた。

 あの時以上に、僕はもう見分けがつかなくなっているだろう。髪がずいぶんと短くなっているし、格好も… 

 最近は、年下のクラスメートに混じって、紙の上にデザインする要領で、僕は自分の服を合わせることも覚えた。

 客電が消えて、ステージが明るくなる。

 現れたのは、マイクをむんずと掴んだ、あの時のガキ。そしてその横には、奴が。

 オズさんのスティックがカウントして、音が一気に前に飛び出してきた。知らない曲だ。僕の、全く知らない音がそこにはあった。

 何よりベースが違った。ナカヤマさんの、上手いけどやや大人しいかな、上品かな、という印象の音とは違って、その高校生の片割れの奏でるベースは、見かけによらず、爆裂していた。

 どこからあんな力が出るのだろう、と思うくらいの音を、これでもかとばかりに、地を這うように、広げていく。

 そして奴のギターは。

 ケンショーの音は、変わらない。単品で聞けば、きっとあの頃と変わらないだろう。自己主張ばりばりの、俺の音を聞け、とばかりの音が、飛び出してくる。

 ああよく考えたら、僕は奴の音を、客として聞いたことはなかったんだ。

 ふらりとシャツに包まれた腕が伸びて、カナイがマイクに口を近づける。

 息詰まる様な、声が、そこにはあった。

 ケンショーのあの音と、ぶつかりあって、張り合って、そして、何か一つの曲を形作っていく、そんな強烈な、声。

 こいつは、ついて行きたいのではない、隣に居たいんだ、と言った。

 つまりはこういうことなんだろう。

 僕にはできなかった。僕にはする気がなかった。だから僕は今あの場にはいないのだ。

 当然なのだ。

 でもひとつ、判ったことがある。

 僕は、奴の音が、好きだった。

 たとえ関係なくなっても、奴がどんな奴であろうとも、奴の音は、ケンショーが奏でる、そのギターの音は、どうしようもなく、好きだったのだ。


 それで、十分だ。



 …ライヴが終わって、アンコールを叫ぶ女の子の声を背中にしながら、僕はドリンクチケットを手に、カウンタへ向かった。にせもののオレンジジュースを手渡しながら、ナナさんは目を大きく開けた。


「…Kちゃん?」


 彼女には、判ってしまうのだろう。だけど僕は、それを受け取りながら、言った。


「人違いですよ」


 おいアトリ、どうしたの、と向こうで僕を呼ぶ声が聞こえた。

 今行くよ、と僕は彼らに答える。「K」ちゃんはもうどこにもいないのだ。


「何話していたの? 前から思ってたけど、綺麗なひとだよな」

「あ、駄目だよ、あのひとはベルファのヴォーカルの彼女」

「あ、ざんねん」


 あはは、とアハネは笑う。僕はつられて笑いながら、にせもののオレンジジュースを飲み干した。


 ―――それは確かに、楽しい日々だったから。

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