10 関係を友人に知られたらショックなのか
「はいじゃあこっち向いてーっ!」
アハネは声を張り上げた。
「駄目ですってば! 何かすごい、硬い」
一眼レフのカメラから顔を離し、アハネは僕等に向かって首を大きく横に振った。
「んなこと言ったって、自然に自然にっていうのは難しいんだぞ!」
「そんなこたあ判ってますよ! だから基本的にはあんた等は動いてる時のショットで行こうと言ったんでしょうが! でも一枚くらい、止まってるショットが無いと、インデックスやらちらしやらに困るだろ!」
怒鳴るケンショーに向かって、アハネも負けちゃいない。そういう奴だ。いい写真を撮るためだったら、そういうことで戦うことを恐れない。
だいたい今回の依頼者と来たら、出せるのはフィルム代と現像代くらいなのだ。それ以外ではただ働き。そりゃあまあ、僕等の様な学校の生徒にとっては、いい武者修行の様なものだから、それはそれでいいんだけど、それにしても。
ぐっ、とケンショーは身を乗り出し、僕の肩に手を置く。その力がやたらと強いので、ああ怒ってるな、と僕は内心ひやひやする。
時間も迫ってる。今その「止まってる姿」を撮影しているのは、何故かアハネの提案で決めたホテルなのだ。シングル一泊二万とかするそういうところ。内装がきちんとしていて、光の調子が、彼に言わせると良いそうだ。
…その一泊なにがしのシングルに、五人の野郎が潜り込んでいる状態なのだ。「夜の場面」を何枚か撮って、「朝の場面」をまた何枚か撮り、その中でいいものがあったら使おう、ということだった。
つまりはこういうことが、昨夜もあったのだ。
「…ああ~ 俺って小さい奴って鬼門なのかなあ」
ようやく「朝のOKが出た時には、ケンショーはぐったりとして、ゆったりとしたソファに大きく手足を伸ばしていた。
「何それ」
「や、めぐみちゃん、こいつ何だかんだ言って、コンノ苦手なの」
オズさんはにやにやと笑いながら言う。この人は気のいい兄ちゃんという感じなのだが、外見だけ取れば、ジャニーズ系と言ってもいいほどの、すっきり整った顔である。
だがその気さくさが幸か不幸か、この人には熱狂的なファンという奴は、男女問わず少ない。
ケンショーなぞ、あんなにステージでは無愛想だというのに、ファンは男女問わず多い。ふと僕の記憶を、あの指で銃を撃ったガキの姿がよぎる。何でそんなことを思い出すのだろう。
「まああんだけケンショーにずけずけ言う奴も、他バンドでは珍しいからなあ」
ナカヤマさんはバスルームで軽く「付け加えた」程度のメイクを落とすと、備え付けのタオルで拭きながらそう言った。
「いいタオルだよなあ… 俺持って帰りたいわ」
「それは皆同じだってば」
貧乏なバンドマン達はこうやってため息をつくしかない。
ちなみに今回の一泊二万円なり、は僕等四人で割っている。一人あたま五千円なり。…食費に直すと…
えーいやめやめやめ。
僕は頭を軽く振ると、カメラをバッグに戻しているアハネに向かって訊ねた。
「それで、写真いつできるの?」
「ああ、現像は帰り際に出してくから、明日か明後日には。学校で渡すよ」
「あ、そうだね」
僕はふと、その言葉の裏に、こう言われたような気がした。だからちゃんと来いよ。待ってるから。
実際、休みがちになっていたのは事実だった。バイトもバンドも忙しい。
そうなってくると、楽しいことの中心という奴が、どうしてもバンドとなってしまって。どうしても、授業も課題も、何か今ひとつ、身が入らない。
つまりは、面白くないのだ。
バンドが面白くなればなるほど、それは強くなっていく。今までは見据えれば焦点がぴったりと合っていた石膏像が、どこか輪郭がぼんやりとしかとらえられなくなってしまうように。
アハネが僕のその変化に気づかないはずがない。
そしてまた、奴が、強い言葉で止めない。バンドに加入する時の、あの時からそうだった。僕がそうしたいのなら、いいのじゃないか、という態度。
だけど僕は別に、アハネに止めて欲しい訳じゃない。ただ、奴が何を考えてそういう態度を取っているのか判らないから、むずかゆい様な気分になるのだ。
*
翌々日、学校へ出向くと、既にアハネは最初の授業の教室に居た。よ、と手を挙げて、奴はこっちへ来いよ、と僕に合図する。
「写真、できたの?」
「まあね。なかなかの出来だと思うけど?」
広い、クリーム色のデスクの上に、奴は写真を広げる。
「わ、たくさんあるなあ」
「そらまあ。いいと思った表情がいつ出るか判らないからさあ、シャッターは数多く押さなくちゃ」
「へえ」
しかしこうやって見ると、確かに場所と時間を変えただけで、ずいぶんと違った写真ができてくるものだ。
「夜の場面」では、陰影が、そこにあった照明のものなので、何かやはり不思議な雰囲気になっている。無論、そこにある光だけでは足りないので、アハネは小型の機材を学校から拝借してきたらしいが。
「うっわー」
僕はその中の一枚をつまみあげる。ふふん、とアハネは笑みを浮かべる。僕の写真。今回は皆、ステージで着る様な衣装で決めてみた図だったので、僕もあの網あみの格好となっている。
けど、こんな顔してるのか。今更ながら、僕は見てるうちに自分の頬が熱くなるのを覚えた。
「何赤くなってるんだよ」
目を丸くしてアハネは訊ねる。
「…だってさ、これって」
「だってお前、そういう顔してるじゃない」
「…そ… うかな」
「すげえ色っぽいの。化粧で女は変わるっていうけど、男も変わるんだよなあ」
まあそれはそうだけど。実際、僕のメイクも衣装もヨロイのようなものだから、そこで変わらなくては意味が無いのだけど。
「まあ後は、お前の仕事だろ? インデックスのレイアウトは」
「う… ん」
「お前は俺と違って、CGも結構いけるからさ、高解像度でスキャンして加工してみるってのもありじゃない? ここの機材があるっていうのに、使わないのは損だぜ?」
「うーん… そうかも」
確かにそうだろう、と思う。ここの生徒だからこそ、できることもあるのだ。カラーのレーザープリンターなんて、自前ではまず持てない。
「…でも何か、自分の写った写真を加工するって恥ずかしいなあ」
「あんだけ人前でがんがん歌ってて何言ってるの」
「まあそうだけどさ」
僕は肩をすくめ、写真を元に戻す。お前が持ってろよ、とアハネは戻しかけたそれを僕に押し戻す。うん、と僕はそれを改めてかき集め、まとめてバッグに入れた。
「けどさ、お前何だかんだ言っても、結構向いてるよな。こういうの」
「…そうかなあ」
「そうじゃなくて、お前のよーな奴がどうして続くのさ」
「僕のような?」
ふとひっかかって、僕は眉を寄せた。
「…ってどういう意味?」
「正直言って、続くと思ってなかった」
率直な答え。
「お前、正気じゃ歌わないだろ?」
「人をビョーキのように…」
「でも実際そうじゃないか? だから、それができるならいいかな、と思ったけど…」
まだ何か言いたそうだ。
「何かアハネ、僕に言いたいこと、あるんじゃないの?」
「別に、無いよ」
「嘘つけ」
こいつはまっすぐ言葉を放つから、嘘をつけば、すぐに判るんだ。ほらまたそうやって、目をそらす。
「言いたいことあるなら、言ってよ」
「聞きたいことなら、ある」
「うん」
「お前、あのケンショーって人と、どういう関係なんだ?」
え、と僕は思わず喉からそう音を出していた。
「…って」
「だから、そういう関係なのか、って聞いてるの」
「そういう関係って…」
アハネは目をそらす。ちょっと待て、よ。
「それが、気に掛かってた?」
つい語調が厳しくなる。
「それが、悪いの?」
「そう言ってるんじゃないよ」
「そう聞こえる!」
ばん、と僕はデスクを両手で叩いて立ち上がった。
「落ち着けよ、アトリ」
「落ち着かせないのはお前だろ! それとも、変だ妙だって言うの?」
「俺はまだ何も言ってないだろ!」
ああ駄目だ。何を言われても、今の僕には、それが言い訳の用に聞こえる。
「話を聞けよ、アトリ」
「今は、聞けない」
僕はそのまま、荷物と写真を持って、教室を出てしまった。
*
それから、学校に行かない日が数日続いた。
行かないと言ったところで、バイトにいそしんでいた訳でもない。バンドに熱心だった訳でもない。
だがさすがにその様子は、バンドの連中には判ってしまうようで、ケンショーもナカヤマさんも、気の入らない僕に、今日は帰れ、と言った。
そうなってしまうと、僕には行く場所が無い。
何か、足下が、ひどくふわふわとして頼りない。何処へ行っていいものか、僕にはさっぱり判らないのだ。
仕方がないから、街中をふらふらして、雑誌の新しいものや、新しいCDをふらふら見て歩いたりする。
そしてつい、ACID-JAMに足を向けていた。
別に何をどう、という訳じゃない。ただ、家に一人で居るのは嫌だったし、かと言って、誰かと一緒に居たい、という気分でもなかった。
ただそれでも、自分に関わりのある場所に居たい、という気持ちはあったらしい。
開店前の店は、掲示板とかがある場所までは自由に出入りすることができた。僕はポケットに手を突っ込みながら、そこに張られているもの一つ一つを目を追う。
色んなバンドがある。照らないものが大半だ。
そんなバンドのライヴ案内と一緒に、メンバー募集の紙も、ところ狭しと張られている。そこにも色んな個性がある。名前にしろ、誘い文句にしろ。
「**のコピーを中心に。高校生の四人組です。ヴォーカル求む」とか「プロになる気のある奴はいないか」という感じのものまで。
けどバンドの名前というのは、難しいものだよな、と僕は思った。うちのバンドは、まだましな方じゃないか、と思う。結構言葉としては簡単。「りんがー」。それでいて、意味あい的には、ただの鐘鳴らし、ではなく、その鐘が「警鐘」だったりする、という。
バンドの名前は、短いのが僕は好きだ。長ったらしいのだったら、いっそ略すのが楽な奴がいい。
と、そんな短い名前のバンドが僕の目にとまった。
「SS?」
確かに短い。何かそういえば、別の意味もあったような気もするけど、思い出せない。ただ、ちょっと物騒なイメージはあったと思う。
メンバー募集のところだ。高校生の二人組。ヴォーカルとベースは居るから、ギターとドラムが欲しい、と書いてある。字が綺麗だな、と思う。いや、綺麗、というか読みやすい字だ。代表は――― カナイフミオ、って読むのかな?
「おい」
背中から不意に声を掛けられたので、僕はひゃっ、と声を上げた。振り向くと、ケンショーが居た。
「何であんたここに居るんだよ!」
「それは俺の台詞だよ。次のライヴのことで、打ち合わせに」
「あ」
そういえば、そうだ。一応こいつはリーダーだった。
「何見てたんだ?」
しかしそう言いながら腕を回してくるというのは。
「ん。何かたくさんメンバー募集とかあるな、と思って。結構あるよね。募集してるとこも、入れて、って言ってる奴も」
「ああそうだな」
「ホントに、たくさん…」
「…お前さあ」
え、と気づくと、何か回されてる手が、抱きしめモードになっている。ちょっと待て。
「ケンショー、こんなとこで」
「別に。じゃれてる分だ、って言えばいいだけだろが。だいたい皆知ってるだろーに」
「あんたは良くても、僕は恥ずかしいんだよ」
「そこんとこが俺には判らないね」
「何で」
そうなのだ。この男の感覚は時々判らなくなる。だいたいそもそもが、男に惚れてしまうことに、何の迷いも持たなかったんだろうか。
「だってさ、好きは好き、でいいじゃないかよ。何でそれが恥ずかしい訳?」
「心からそう言ってる?」
「嘘ついてどうすんの」
ふう、と僕は奴の腕を握りながらため息をつく。
「アハネがさ、僕らの関係気づいてたみたい」
「そらそーだろ」
「僕的には、結構ショックだったんだよ? 判る?」
いーや、とケンショーは首が横に振るのが判る。そうなんだよな。あんたはそういう人だ。
「少なくとも、俺がお前のこと好きなのは、ばりばりに判るだろ」
そうかなあ、と僕は思ったが、口には出さなかった。




