原罪の話2
原罪は焦っていた。
儀式が成功しない。
愛する者も犠牲にした。
それでもまだ何かが足りないのだろうか。
原罪は新たな器に宿った。
他の罪も次々に所有者を持った。
二度の人生を経て、
原罪は世界崩壊をより強く望むようになった。
傲慢は永遠の命を得て歓喜した。
憤怒は世界崩壊に向けて原罪への忠誠を誓った。
嫉妬は何度も原罪を説得しようと試みた。
怠惰は流れに身を任せていた。
強欲は心の奥底で原罪への憎悪を燻らせていた。
暴食は原罪を止めるべく奔走した。
色欲は原罪を愛した。
憂鬱は現世に現れなかった。
虚飾は原罪を再び殺した。
「あぁ、世界は何と愛しいことか!」
男はこの世の全てを愛していた。
彼は旅人。彼は名を持たない。
旅人は鳥のさえずりで目が覚めた。昨夜の寝床は森の奥の洞穴。外の出てみると、空は快晴。眩しい光が木々の葉を照らしていた。
「今日はどこへ行こう」
少ない荷物を持って、旅人は当てもなく歩く。空を飛ぶ鳥、ひらひらと舞う蝶々、美しい草花。草原をうさぎが跳ねていく。小川では魚が泳いでいる。
旅人は町に着いた。
町は活気に満ちている。市場で買い物をする人、楽しそうに駆けて行く子供達。建ち並ぶ家々からは、昼時だからだろう、美味しそうな匂いが漂う。旅人は市場でパンと林檎を買い、町を出た。
今夜は草原、大きな岩の上で一夜を過ごす。目を向ける先には、輝く月と瞬く星。美しい夜空に、旅人は満ち足りた気分で眠った。
旅人は世界を愛していた。愛しすぎていた。
この美しい世界は移り変わっていく。いつの日か俺が死んだとしても、世界は関係なく移り変わっていく。それはとても悲しいじゃないか。朽ちゆく俺をその時間のその世界に残して、世界は進む。とても悲しく、とても寂しい。この身体で変わる世界を感じることが出来ないなんて。
旅人は世界と運命を共にしたいと思った。そのためならば自分が不死の身になろうと、見ることの叶わない未来を迎えることなく世界が滅びようと、どちらでも構わなかった。
原罪が目を覚ました。
本来であれば、原罪は旅人の誕生と共に目覚めるはずだった。今までもそうだったのだから。原罪は遅れて目覚めてしまった。旅人は己の中に異質なもの、原罪を感じ取った。身体の優先権は旅人にあった。彼は原罪の持つあらゆる知識を共有し、望みを叶えるために儀式を行うことにした。自分が原罪であるかのように振る舞った。頭の中の原罪の記憶を利用した。罪達は疑問を持たなかった。
儀式成功。
旅人は不死になった。
彼は原罪を吸収し、新たな原罪になろうとした。
それを阻止したのは、憂鬱だった。今まで現世に現れなかった憂鬱は、旅人から原罪を奪うと消えていった。
旅人は原罪に成り代わった。
この時、それを知るのは初代原罪と、憂鬱のみである。