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ミシェル・ガストで色欲

 七歳、私という存在の価値を知った。

 生き延びるためにたった一人の家族を捨てた。

 八歳、色を知った。快楽を知った。

 最年少の娼婦になった。

 九歳、男達を悦ばせる術を身に付けた。

 少女愛が広まり、大勢の客を得た。

 私は十歳にして、最高級娼婦となった。


 燃え上がる娼館がなぜ燃えているのか、私もオーナーも彼女達も、きっと誰も知らない。炎は既に建物全体を飲み込んでいた。聞こえる悲鳴、叫び声、泣き声。私は建物の外、安全が確保された場所で、今にも焼け落ちそうな娼館を見ていた。

 オーナーが残念そうな顔をした。それもそうか。あの炎の中には、私以外全ての娼婦がいるのだ。娼婦達は普段、自由に建物の中を歩き回ることが出来ない。数人ずつ部屋に入れられ、外から鍵をかけられる。商品である娼婦の脱走防止のためだ。今回はそれが仇となった。炎はあっという間に広がり、オーナーと、唯一自由を許されていた私が逃げるので精一杯だった。

 悲鳴が聞こえる。助けてと、熱いと、死にたくないと、彼女達は叫ぶ。憐れだとは思う。でも、私達だけが無事だったことに対しては悪いとは思わなかった。


 オーナーは私を闇オークションに出すと言った。お金がないのだから仕方がない。私は快楽さえ得られればどうだって良い。最近は仕事がなかったせいで、体が疼いて熱を持ち、酷く怠い。私にとっては快楽は糧だ。なくてはならないもの、摂取しなければ生きられないもの。私が私になった日から、どこにいるかも分からない弟にも、私を拾いこの体に快楽を教えたオーナーにも、私の体を求めてやってくる客にも、愛を感じたことはない。オーナーにも客にも、愛を求めたことはなかった。求めたものはこの色欲を満たす快楽だけ。


 闇オークションでは、いろいろなものが取り引きされていた。その辺りの町で見かけそうな少女から、明らかに危なそうなもの、恐らくあれはどこかの国のそこそこ身分ある人間だ。奴隷にする人間だけでなく、各国の珍しい宝がその会場に集まっていた。

 オーナーはもう側にいない。オークションの主催者側の人間に私を引き渡すと、出品者席にさっさと行ってしまった。商品には余計な付属品を付けてはいけないらしい。他の商品の人間を見ると、一糸纏わぬ姿だった。彼らは絶望と羞恥と屈辱の入り交じった表情をしていた。決まりなら仕方がない。私は躊躇することなく全裸になった。今まで客の前で全裸になる仕事だったのだ。この体の美しさは自分で理解している。隠さなければいけないほど恥ずかしい体つきではない。主催者側の人間は渋ることなく脱いだ私に逆に戸惑い、この体を見て頬を染めていた。

「次の品は、元高級娼婦、ミシェル・ガスト!」

 簡単な作りの舞台に名前を呼ばれて上がると、参加者の男達が雄叫びをあげた。見たことのあるような顔があちこちにある。私の客だった人間も、私を買ったことのない人間も、私を知らない人間も、皆が興奮しているのが分かった。貴族、商売人、一般市民、中には聖職者までいる。誰が落としたところで、行く末は変わらない。相手が複数から、たった一人に変わるだけ。

 値はどんどんつり上がる。諦める人間が増えてきた。でも、まだ多くの人間が私を手に入れようと競っていた。薄く微笑み、流し目を彼らの方へ向けてやると、面白いことに、諦めかけていた人間も再び競い始める。まぁ、一応、親代わりとして育ててくれたオーナーに感謝していないわけでもないので、恩返しの代わりだ。

 一人の男の声を最後に、会場は静まり返った。それまでにかなりの額になっており、小刻みに上がっていた値を、彼は一気に倍の値まで上げた。もう出せる人間はいなかった。私を買った男はどんな人間だろうか、と見てみると、黒いフードを目深に被った、どこか知っているような気がする男だった。


「行きましょうか、ミシェル」

「はい、ご主人様」

 私を連れ、馬車に乗り込むと、彼はフードを取り、未だに裸の私に掛けた。長い銀髪に涼やかな目元の男は、聖職者だった。聖職者さえ、闇オークションに出向き、奴隷を買う世の中だ。神なんて居やしない。

「私に、ご主人様と呼ぶ必要はありません。あなたを買ったのは、あそこの人間達からあなたを逃がすためです。あなたの自由になさい」

 彼はそう言うと、目を閉じてしまった。馬車は進む。彼の教会へ向かっているらしい。

「自由って何?」



「お嬢ちゃん、綺麗な顔をしているねぇ」

「ちゃんと食えば体つきも良い感じになるだろう」

「こんなところにいるんじゃ、宝の持ち腐れだ」

 知らないおじさんが突然私に話しかけた。弟のことは見もしない。何を言っているのか分からなかったけれど、嫌な目をしているのは分かった。私を人間として見ていない品定めする目が、私を舐めるように見ていた。

「よし、おじさんと一緒においで。色々なことを教えてあげよう。こんな汚い場所でボロの服を着て腹を空かせなくて良いんだよ。これからはちゃんとした家で、綺麗な服を着て、美味しいものを食べられる。さぁ、行こう」

 おじさんは私の腕をつかんだ。すると、弟が私に抱きついた。このままでは私がいなくなって、ひとりぼっちになってしまうと、幼いながらに分かったんだろう。

「ルイス、大丈夫。お姉ちゃんはずっと側にいるわ」

「ふむ、弟か。髪は綺麗だが、顔はお嬢ちゃんほど良くないな。悪いが、この子は置いていくよ、利用価値がない。さぁ、お嬢ちゃん、行こう」

「お姉ちゃん、いかないで」

 おじさんが弟を睨み付け、そしてニヤリと笑った。

「お嬢ちゃん、弟は大切かい? お嬢ちゃんがおじさんの言うことを聞かないせいで、弟くんが酷い目に合っちゃったらどうする?」

 ルイスは、両親に捨てられた私にとって、唯一の肉親、最愛の弟だ。私がおじさんの言いなりにならなければ、弟に危険が及ぶ。でも、この子は幼い。今までは私がどこかから盗んできたり、森で木の実を採ってきたりして、何とか生きていた。

 私がいなければ、この子は生きていけないのに。

「この子も一緒に連れていけない?」

「駄目だ。金にならない人間はいらないよ」

 いずれにせよ、私の選択はこの子を苦しめる。

 どうせ苦しめるのなら、

「おじさん、行きましょう。新しいお家が楽しみね」

「おっ! そうかい、そうかい。じゃあ、早く行こうか」

 おじさんが私の手を取る。弟とは違う、大きくて、ゴツゴツしていて、かさついた手。これから、私はこの手に導かれる。

 弟をちらりと見た。呆然として、何が何だか分からないという様子で、私を見ていた。

 私の可愛い弟、ルイス・ガスト。

「じゃあね、ルイス」

 生きてまた会いたい。

 そうして、私はこの子を捨てた。



 目を覚ますと大きなベッドで一人だった。暗い部屋をベッド脇の灯りだけが照らしている。見慣れた部屋だ。昨夜は久し振りに原罪と過ごした。しばらく何もしていなかったからか、まだ身体は熱いままだ。

 まるで昨夜は、初めて神父の正体に気づいた日のようだった。普段は優しいのに、容赦のない原罪が顔を出す。お陰で昔の夢を見てしまった。


『絶望したなら、この身体、ワタクシに頂戴』


 あれはそう、私が私になった日。色欲がミシェルになった日。ミシェルは私の所有者。今は意識もないだろう。愛する弟と離れ、娼婦にされた日、あの子は絶望して、私に身体を譲った。最後まで弟を案じたまま、あの子は私と一つになった。

 時折、あの子が私の邪魔をする。今まではこんなことなかった。今までの所有者は一つになればもう目覚めることもなかった。それなのに、ミシェルは目覚めはしないけれど、私の行動に時々干渉しようとしてくることがある。色欲の力に抵抗できる精神力。あの子が動き出したのは、ルイスのお迎えについて神父と話し合いを始めた頃。教会にルイスが来てからは接触するたびに、干渉しようとする力が強くなった。ルイスの方も、私がミシェルではないと気づいて、中々接触して来ない。神父の計画では、私達の側にルイスを付かせるつもりだったのに、面倒な姉弟。


「神父様、私、まだ身体が熱いの」

「色欲、二人の時は、俺のことを何と呼ぶんだった?」

「原罪、お願い。また今夜」

「可愛い色欲。君の頼みなら」

 私は唯一原罪を誘惑できる罪。原罪はとろけそうな笑みを浮かべ、膝の上に私を抱き上げている。

「愛している、色欲」

「私も」


 可哀想な人。

 私は誰の愛も求めてないの。

ミシェル・ガスト

美しいミルクティ色の長い髪に金色の瞳の美女。

温厚で子供達から慕われている。聖ゴールズ教会のシスター。

かつては娼婦だった。ルイスの姉。

神父とは肉体関係にある。

【色欲】の所有者。


色欲がミシェルの身体を乗っ取った状態。本来のミシェルの意識はないが、時折色欲の邪魔をしようとするらしい。本来のミシェルは弟思いのお姉ちゃん。

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