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怠惰なクロード

 朝、窓から差し込む暖かな光に目を覚ます。鳥の声、町の活気に満ちた声、起きなさいと廊下を歩きながら言う神父様の声。すっきり冴えた目で部屋を飛び出すと、ちょうど神父様が部屋の前を通りかかったところだった。

「おはようございます、神父様!」

「おはよう、クロード。今日も元気ですね」

「えへへ」

 神父様は僕の頭を撫でると、まだ少し時間が早いから朝食の準備を手伝うように言った。

 食堂に向かうと、おばあさんのシスターが朝食の準備をしていた。

「あらあら、早いわね、クロード」

「おはようございます、シスター。僕、お手伝いしに来たんだ。何をすればいい?」

「そう。なら、お皿とコップを二十個ずつ、いつもみたいに並べてちょうだい」

「はーい!」

 言われたとおり、食器棚から人数分のお皿とコップを出して、テーブルに並べていく。

 一通り並べ終わると、いつもどおりの寂しい食卓が出来上がった。白いクロスに白い皿、ガラスのコップと銀のスプーン。後は何もない。

「お花でも飾ろうかな」

 中庭にはたくさんの花が咲いている。その中で黄色とピンクと白の花の取って戻った。シスターに見せると、小さなガラスの瓶に水を入れてその花達を生けてくれた。テーブルに置くと少し寂しさが和らいだように思った。

 みんなが起きてくると、揃って朝食を取る。その後は、午前中はそれぞれに与えられた仕事をこなし、昼食後は自由時間。年上の子達はおやつの時間の後は夕飯までお勉強していた。たまに僕も混ざって読み書きを習う。でもやっぱり、同い年の子達と中庭で駆け回っている方が好きだ。

「クロード! 一緒にかくれんぼしましょう!」

 廊下を歩いていると、大好きなアンナがやって来て言った。同い年で物心ついたときにはこの教会で一緒にいたアンナ。きれいな黒髪と笑顔が可愛い女の子。アンナは僕が頷くと、僕の手を取ってみんなのところへ連れていった。

 しばらく皆で遊んでいると、神父様がやって来て、

「アンナ、来なさい。貴女に会いたいとお客さんがお見えです」

「はい、神父様。クロード、ごめんね。みんなに抜けるって言っておいてくれる?」

「分かった。いってらっしゃい」

 アンナは神父様に連れられていった。

 二度と戻ることはなかった。

 アンナの部屋はもぬけの殻。神父様は、アンナは新しい家族が出来たんだと言った。寂しいけれど、新しい家族とアンナが幸せに暮らせるなら、僕は我慢しないと。

 それからも、年上の子達が次々と引き取られていった。気づけば、この教会にいる子達の中で、僕が最年長になっていた。皆、年下の子達ばかり。僕にとっては弟や妹、家族だった。ここにいる間は、僕がこの子達のお兄ちゃんとして、幸せにしてあげようと思った。

 中庭を囲うように建つ、白館と黒館、教会、灰館。ここに住む子ども達は黒館と灰館には入ってはいけないという決まりがある。入ろうにも普段は鍵がかかっているから、僕も入ったことがなかった。

 ある日、年下の子達とかくれんぼをしている時、

 灰館の扉が開いていた。

 僕は息をのみ、静かに、灰館の中に足を踏み入れた。




 夢を見ていた。昔の、楽しい、愛しい、悲しい夢。

 外はまだ暗い。月も星もない夜。

「目覚めなければ良かったのに。……目が覚めて良かった」

 何も知らないままでいられたなら、この絶望を知らずにいられたのだろうか。何も知らないままだったなら、家族を知らずに失っていたのだろうか。僕が目覚めなければ、次の所有者を生み出すため、きっと他の子が犠牲になるのだろう。

「訳が分からないねぇ」

 声のする方を見ると、窓に人が腰掛けていた。

「アンナ、ここに来たら怖い人に捕まってしまうかもしれないよ」

 僕の言葉にアンナ、レディ・スノーは笑う。

「それも一興。私のことをあの男が忘れていない証明になるじゃないか。でもまぁ、簡単に捕まってやる気は更々ないけどね」

 廊下を歩く音が聞こえる。だんだん近づくその音に、目の前の人は心底嬉しそうに笑う。

「じゃあね、囚われの君」

 そう言うと、彼女は窓から飛び降り、去っていった。別にこの建物から出られない訳じゃないんだけどな。囚われているのは、一体どちらだろう。

「こんばんは、クロード。小鳥は逃げてしまったようですね。残念です」

 部屋を覗いた神父は、すぐに戻っていった。


 僕が一番幸せにしたかった人は、別人になっていた。きれいな黒髪は雪のような白銀に、可愛い笑顔は凍えるような微笑に。神父の言葉は嘘だった。彼女の新しい家族などいなかった。神父の実験の犠牲になり、罪の所有者になってしまった。二度と戻ることはない。一緒に過ごした日々は、彼女の中では最早どうでも良いこと。愛憎は全て神父に向けられた。他の感情は押しやって、罪に囚われ、

 降り積もる雪の如く、レディ・スノーは生まれた。


 この黒館には罪の所有者だけが暮らしている。今は僕しかいない。つまり、他の所有者がここにはいないということだ。神父は彼女を追っている。ここは酷く寒い。怠惰の力で感覚を鈍らせていないと寝ていられない。僕一人のためにこの建物を暖かくすることはしないと言われた。この寒さは僕を安心させた。これはまだ他の生け贄がいないということなのだから。

 再び目を閉じて眠りにつく。あの幸せな夢を見れるように願って。あの絶望の悪夢を二度と見ないように祈って。




「クロード! 起きてよ!」

 【怠惰】だからクロードはねぼすけなんだって、カルロが言っていた。膨らんだ布団を揺らしても起きない。私は布団を捲った。

「あれ?」

 クロードはいなかった。枕しかなかった。声が聞こえて中庭を見ると、小さい子達と遊んであげているクロードがいた。驚いた。

「あぁ、ごめんね、キリア。アイツ、白館の子達の泣き声とかを聞くと、パッと目を覚まして駆け付けちゃうんだ」

 変な奴。クロードは戻ってくると、すぐ部屋に戻ってしまった。そのまま、昼食の時間に私が起こしに行くまで起きてこなかった。

「クロード、食事中ぐらいは起きろよ」

「だって、眠いんだよ」

「毎回キリアに起こされていては、どちらが年上か分かりませんね」

「キリアも大変だろうし、今度から俺が行こうか?」

「大丈夫、間に合ってる。まだ死にたくない」

「カルロはダメだ」

「君、その劇物を口に入れようとするでしょう?」

「美味しいものを食べたら、パッと目が覚めるよ」

「毒盛って永眠させる気かよ」

 わいわいと賑やかな食卓。私は嬉しい。

「大丈夫。起こすの頑張る。……でも時々、あの子達みたいに、遊んでほしいな」

「……よし、それじゃ、この後は一緒に昼寝しようか」

 隣に座るクロードは私の頭を撫でた。昼寝は遊びなの?

 その後、クロードの部屋で昼寝した。誰かと一緒に寝たのは久しぶりだった。とても嬉しかった。


クロード

茶髪、緑色の瞳の青年。

基本的に寝ている。罪の影響によるものと思われる。

自分の事は話したがらない。

最古株で、年長組メンバーの一人。

【怠惰】の所有者。

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