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ルイス・デュールは傲慢

 新しく来たのは、俺やゼッヘルと同じくらいの年齢の男だった。神父自ら出かけていって、連れ帰ってきた。一目見て、変な奴だと思った。一緒に見ていたゼッヘルもぎょっとしていた。

 真っ赤なコートに黒いシャツ、紫色のベストに青と黒のストライプのズボン。顔は白塗り、男なのに唇には黒い口紅。両方の目元に黒いダイヤのマーク。一挙一動が優雅で洗練されている。首元で切ったさらさらな髪が、彼が動く度に揺れた。あのミルクティーのような色の髪は、どこかで見覚えがある。少なくとも一般人じゃないな。

 階段の上から、玄関にいた彼らを見ていると、神父が俺とゼッヘルに気づいた。

「彼は今日からここに住むことになったルイス。同じくらいの歳でしょう。仲良くして、ここのことを色々教えてあげてください」

「北のサーカス、手品師のルイス・デュールと申します。これからよろしくお願いしますね」

 ルイスはにこりと微笑み、俺達と握手した。見た目は派手だけど、良い子そうだ。って今、北のサーカスって言った?

「君、北のサーカスの団員なの?」

「元、ですよ。北のサーカスは潰れてしまったんです。奴隷市場で売りに出されるところを神父様が助けてくださいました。感謝してもしきれません」

「……ケッ。こいつの信者かよ」

 隣でゼッヘルが言った。ちょっと、今ここで言うのはどうかと思うよ。神父が目の前にいるのに。でも、神父はゼッヘルを咎めることなく、いつも通りの笑顔で、俺達にルイスのことを頼んで行ってしまった。


「ここがルイスの部屋だ。何か困ったことがあったら、頼ってくれて良いよ。俺達の部屋は隣だから」

 部屋にルイスを案内して、出て行こうとした時、

「君達の名前、聞いても良いですか?」

 そういえば、教えてなかったか。

「俺はカルロ。こっちの膨れっ面がゼッヘル。これからよろしく」

 さっきの態度を叱ってから、ゼッヘルは拗ねている。それでも俺から離れないところを見ると、俺の心配をしているのが分かって、つい笑いがこぼれそうになる。

「そっか、……カルロ、ゼッヘル、僕の前に跪け」

 耳を疑った。彼の顔は笑顔のまま。彼は何と言った? 思わず固まる俺の横で、ゼッヘルが崩れ落ちた。

「ふぅん、そうかそうか。君達、憤怒と暴食ですね。それなら僕の方が位は上です」

「え、何言ってるの? え、ゼッヘル、いきなりどうしたの?」

 ゼッヘルは胸に片手をあて膝を付いたまま。忠誠を誓うようなポーズで、ルイスを睨み付けていた。それに対してルイスは楽しそうに笑う。姿の異様さも手伝って、不気味な雰囲気を醸し出している。

「これから君は僕の召し使いですよ、ゼッヘル。しかし、話に聞いてはいましたが、暴食はすごいですね、カルロ君。僕が命じても強制されない性質。……生意気ですよ」

 やっぱり、ルイスも所有者か。何が良い子そう、だ。とんだ悪魔じゃないか。ゼッヘルは話すことも禁じられているのか、睨むことしか出来ないようだ。つまり、ゼッヘルより上位の罪、嫉妬か傲慢だということになる。暴食が囁く。これはきっと傲慢だと。七つの内、最強の罪。

「おや? 僕が何者か、分かりましたか。では、改めて自己紹介しましょう。僕はルイス・デュール。七つの罪最強の傲慢です。これからよろしくして差し上げます。喜びなさい」

 ニタリと笑うと、ルイスは動けないゼッヘルを部屋から蹴り出し、俺には手で出ていけと示して、ドアを閉めてしまった。俺達は呆然としながら、食堂に向かった。……びっくりしたらお腹すいた。


 姉さん、やっと会えるよ。ずっと僕を心配していたでしょ? 僕は変わってしまったけど、きっと姉さんなら昔みたいに、呼んでくれる。姉さん、姉さん、姉さん姉さん姉さん……。

 あぁ、姉さんに会う前に、化粧だけでも落とさないと。姉さんはこのままでも気づいてくれるだろうけど、サーカスでの僕を姉さんに見せたくない。あんな薄汚れた、醜い、腐った、汚物のような、欲に濡れた、あんな場所は、姉さんに見せられない。

 化粧を落とすと現れる、白い肌と薄い唇。姉さんとは似ても似つかない平凡な顔。目は金色。姉さんと同じ金色の目。髪と同じ、僕の宝物。姉さんとの繋がり。これがあるから、姉さんと血が繋がっていると分かる。笑い者にされても、屈辱を強いられても、この繋がりだけで生きていけた。

 姉さんは僕の神様だ。この身体はもう汚れている。全身を欲望で汚された。でも、姉さんならこんな僕でも変わらず愛してくれる。

 サーカスとは表の顔で、裏では狂った大人達の薄汚れた欲望に濡れた狂宴が行われている。あんなところ、潰れて当然。神父様には本当に感謝している。あんなところから救いだしてくれて、姉さんに会わせてくれるのだから。


「姉さん!」

「……、ルイス?」

 部屋から出ると、姉さんに会った。姉さんはこの教会のシスターだ。薄暗い路地裏でも損なわれなかった美貌はさらに増し、絶世の美女になっていた。

 僕は姉さんに色々なことを話し、姉さんに色々なことを聞いた。姉さんは僕の話を聞いてくれた。質問には答えてくれなかった。

「あなたがいてくれるだけで、それで良いの」

 姉さんの言葉は嬉しかった。

 でも、……。


 これは誰だ?


 この会話の後、僕は姉さんとろくに話していない。でも分かる。姉さんじゃない。ならこれは誰だ?

 忌々しい。姉さんに成り代わるなんて。何者かは知らないけど、身の程を知れ。僕の姉さんをどこにやった? 今は動く時じゃない。情報を集めないと。


「仕方ないので、君達に協力させてあげます。ほら、ゼッヘル。お茶の用意をしなさい。君も飲みますよね、カルロ君」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「お前らなぁ、淹れるのは俺なんだぞ? まったく……、イライラするなぁ」

 数日後、ルイスが俺たちのところにやって来た。あのシスターは彼の姉らしい。でも、偽物が成り代わっているという。俺達は神父が気にくわない。ルイスはシスターが気にくわない。利害が一致したため、情報を共有することにした。それに伴い、ゼッヘルに対する言動は偉そうなままだけど、俺に対してはやや態度が軟化した気がする。

「何で俺に対してはあんまり偉そうじゃないの?」

「そりゃあ、君には命令も効きませんし。効くなら従わせて召し使いにしていますよ。それに、たまには対等な関係というのも良いかと思いまして。君を僕のお友達にして差し上げます」

「ふぅん。じゃあ、お友達記念にお菓子食べる?」

「君、僕を殺す気ですか?」

「そんなことないよ。美味しいよ、ピリッと刺激的で」

「こいつの食い物絶対食うなよ。即死だぞ」

「そんなものをこの僕に食べさせようだなんて……」

 しばらくルイスに怯えられてしまった。偉そうに怯えるなんて、器用だな。

「それで、今この教会に何の罪がいるのです?」

「俺の暴食とゼッヘルの憤怒と、あとクロードの怠惰」

「そして僕の傲慢で四つ」

「あのシスターも所有者である可能性が強いね」

「あぁ、忌々しい。姉さんに成りすまして僕を騙すなんて。万死に値する」

「何の罪かなぁ、あのシスターは」


『苦しいだろう? 悲しいだろう?』

 夢の中、傲慢が僕に囁く。

『あの場所で私はお前と契約した。お前の気持ちはよく分かる』

 僕を堕とそうと、甘言を囁く。

『私がお前を救ってやろう。この傲慢に全て委ねよ。あれは最早お前の姉などではない。お前が待ち望んでいた姉はもういない』

 あぁ、悲しいよ。苦しいよ。姉さんのいない世界は。

『お前は耐えられるか? 死してももう二度と会うことはない。お前の望む姉はもういない。どこにもいない。悲しみは永久に続く』

 傲慢が手を差し伸べる。

『この手を取ればお前は解放される。悲しみは消え、苦しみもなくなる。屈辱の日々も忘れられる。私の中で、幸せな夢の中で、永遠を過ごす。夢の中ならお前の愛する姉も蘇る』

 黙れ。お前は僕の下僕だ。全て僕に選択肢がある。お前には従わない。この気持ちは僕のものだ。僕が決める。

『なら、私は見ていよう。お前はいずれ堕ちてくる』

 傲慢が僕なんじゃない。今はまだ、僕が傲慢だ。

ルイス・デュール

首元で切ったミルクティー色の髪、金色の瞳の青年。

高圧的な態度で周囲を見下す言動は標準仕様。

奇抜な格好はサーカス時の名残で、ないと落ち着かない。

幼い頃、路地裏で姉弟支え合って過ごし、後に生き別れる。サーカスで見せ物にされ、サーカス破産後は奴隷市場に売られそうになっていた。

姉は教会のシスター、中身は偽物らしい。姉は神格化されている。シスコンでは収まらない。姉に成り代わっているものが許せない。

【傲慢】の所有者。他の下位の罪に命じて従わせることが出来る(一部例外有り)。

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