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カルロ・シャイルと暴食

「おにいさま! まってください!」

「早くおいで、カルロ。お祭りが終わってしまうよ」

 きらびやかな明かりが夜の町を彩る。今宵は無礼講。皆が仮面で素顔を隠し、身分も体裁も捨てて、踊り、食い、酔う。これは俺が幼かった頃、最後のお祭りの記憶。

 お兄様は俺の少し先を走る。俺はそれを追う。目指す先はお祭りの真ん中、その日だけ開放される「狂騒の塔」。好奇心に駆られた兄弟は一目散に駆けていく。止めるものはいない。皆、思い思いにお祭りを楽しむ。「狂騒の塔」内では、仮面舞踏会が開かれていた。貴族である両親もそれに参加している。しかし、目的はそれではない。塔の最上階、狂騒の間の噂を確かめに行くのだ。

「塔に棲む悪魔は気まぐれに人に取り憑く」

 本当なら、塔に悪魔がいるはずだ。塔に入れるのはお祭りの日だけ。その夜、悪魔を見に行こう。兄弟は塔の最上階を目指す。

 最上階に着いた時、お兄様が先に扉を開けた。俺は中には入るお兄様の後ろから部屋の中を見た。正面の壁には背の高い本棚。びっしりと本が詰められている。左側の壁には棚に実験器具が置かれている。煙が瓶から立ち上っている。右側の壁の前には拷問道具。所々赤いもので汚れている。俺たちが入ってきた扉がある方の壁には沢山の絵画が飾られている。塔から見える美しい景色の絵。部屋の中は物で溢れていた。お兄様は怖がっているようだったが、俺はその光景に魅入られていた。美しいと思った。

 結局、悪魔は見つけられなかった。

 塔の階段を下りていると、銃声が聞こえた。俺とお兄様は階段を駆け下り、塔の一階の広間に向かった。父様が倒れていた。他にも大人たちが倒れていた。皆死んでいた。その後、お祭りの日に塔が開放されることはなくなった。


 当主がいなくなり、隠居していたお祖父様が代理として一時的に家を仕切ることになった。その頃から俺たち兄弟は当主になるべく、勉学に明け暮れた。すり寄ってくる使用人や下の貴族。家を継ぐのはお兄様なのに。仲の良かったお兄様とも、疎遠になった。それどころか、会う度に罵声を浴びせられるようになった。優しいお兄様はもういないようだった。無駄は一切排除され、勉学一色の日々。俺の心は少しずつ死んでいった。

 いつからか俺は食事に楽しみを見出だすようになった。それ以外に楽しみがなかったとも言える。俺を哀れみ、何が食べたいか聞いてくれる若いコックがいた。コックに俺は懐いた。兄のように慕った。コックもそれなりに俺を可愛がってくれていたように思う。

 お兄様は俺が気に入らない様子。俺はよく怪我をするようになった。お兄様は人に依頼して俺を殺させようとしているようだ。俺は当主になんかなりたくない。お兄様が望むなら、お兄様がなれば良い。でも、周りの大人は、俺をお兄様に対抗する当主候補に祭り上げる。だからお兄様は俺を目の敵にする。やめてくれ。俺はまたお兄様と一緒にいたいだけなのに。

 最近、食事の後、気分が悪くなることがある。勿論、出されたものは美味しいし、絶対残さない。あと、昔と比べて、遥かに食べる量が増えた。一度の食事で、ボウル一杯のスープに十数個のパンと、お皿ではなくトレーに盛られた料理。でもお腹は満たされない。コックに相談すると、食べ足りないから気分が悪くなるんだと教えてくれた。お兄様はこんな俺を気持ち悪がっている。お兄様がそう思うなら、俺は不気味な存在なのだろう。どれだけ食べても体型は変わらない。満腹にもならない。俺は化け物になったのだろうか。

 ある朝、目を覚ますと口の中に何か入っていた。口から出して見てみると、それは木片だった。自室の家具を見てみると、机が半分くらい無くなっていた。口の中は一部切れていて、鉄の味がした。昼にはその味もしなくなった。

 最近、目についたもの全てが美味しそうに見える。幸い人間はまだそう思わない。お兄様は俺がそこにいないかのように振る舞うようになった。俺は化け物なんだから当然か。召し使いたちも俺を避ける。ちょっと寂しい。


 お祖父様が亡くなった。血まみれで自室に倒れていたらしい。お兄様は俺が喰ったのだと言った。召し使いも、俺に媚びていた下級貴族も、何も言わなかった。でも、彼らの目が、俺が喰ったのだと言っていた。口の中に鉄の味はしなかったけど、お兄様が言うならそうなのだろう。何も言わない俺に周りの大人は死を望んだ。お兄様はそれを聞いてわらった。久しぶりに見た笑顔。

「これでも血を分けた弟だ。殺すのは心が痛む。だから、カルロ、お前を追放する。二度とこの町に立ち入るな」

 お兄様が命令するなら俺はそれに従おう。お兄様はそうして人の上に立つべき人間だ。優しいお兄様。皆がお兄様を称えている。これで良い。俺は最後にお兄様の笑顔が見られて幸せだ。

「分かりました。お兄様、どうかお元気で」


「本当に出ていくのですか」

「勿論。お兄様がそう仰せられたのだから」

「貴方はお祖父様を食べてないでしょう?」

 コックは顔を曇らせていた。優しい人だ。俺なんて放っておけば良いのに。あぁ、でも、もうこの人の料理は食べられないのか。それは嫌だな。

「あのね、もしも、あなたが嫌でなければ、俺と一緒に来てくれないか」

 コックは目を見開いていた。嫌だったのだろうか。当たり前か。俺は化け物なんだから。

「僕は、その資格はありません」

「え?」

「僕は、貴方のお兄様に依頼されて、料理に毒を盛っていました。カルロ様を殺すために」

 思い返すと、料理を食べた時に舌がピリピリしたり、変な味がしたり、気分が悪くなったりしたことがある。そうか、あれは毒だったのか。

「別に良いよ、そんなこと。俺は毒が効かないらしいし、ずっとスパイスか何かだと思っていたし。資格は充分あるよ。あなたほど俺の食欲について知っている人はいない」

「……本当に、僕で宜しいのですか?」

「あなたが良い。何なら、これからも毒を盛ってくれても良いよ」

 コック、マルコの同行を、お兄様は許してくれた。

「カルロ、お前を引き取りたいと言う教会がある。同行者がいるならそれも引き取るそうだ」

「お兄様の望みのままに」

「教会の名前は聖ゴールズ教会。北の大きな街の教会だ」

「では、そこへ向かいます。俺はお兄様の健康と栄光を、北の地で願っております」


 教会へ向かう道中、何度か知らない人に殺されかけた。お兄様が送ってきた刺客だろう。お兄様が、まだ俺のことを忘れていないと言うことが嬉しかった。マルコを守りながら、刺客を倒して、北を目指した。

 ある夜、お腹がすいて目を覚ました。マルコを起こさないように、森へ向かった。野性動物を二、三匹狩って、食べよう。そう思って、森を歩いていると、声が聞こえた。

『君は腹ペコかい? 僕は腹ペコさ』

「誰?」

『今は君の中にいる。君の暴食。または塔の悪魔』

「あの時、もしかして取りついたのか?」

『そうさ。君の未来を見た、君の過去を見た、君の今を見た。僕らは似た者同士。仲良くしよう』

「ふうん、何でも良いや。教会に行くのを邪魔しないのなら好きにして良いよ」

『宿主殿に力を与えよう。教会への道のりが明るくなるように』

 声が遠くなる。

『良い事を教えよう。君はまだ禁忌を犯していないよ』

 気がつけば、朝になっていた。元の場所に戻っている。夢だったのだろうか。

『教会はこの森の道を真っ直ぐ行って、次の町をひたすら北へ行ったところにある』

 脳内に暴食の声が聞こえた。夢じゃなかったようだ。道も教えてくれるとは、気が利く悪魔だ。悪魔の言う通りに行くと、聖ゴールズ教会のある街に着いた。教会は街の最北にあった。

「待っていましたよ、カルロ君、マルコ君」

「これからお世話になります」

 マルコとは別の建物で暮らすことになった。ただ、マルコは神父さんに頼んで、厨房で働くことになった。

「カルロ様の食事はこれからも僕が作りますから」

「うん、よろしく」

 今でも、時々、料理を食べて舌がピリピリすることがある。マルコに聞いたらそういう癖がついてしまったと言われた。出発前にお兄様から俺を殺すように言われたのかもしれない。俺は美味しいから構わない。でも、俺の分の料理が大量にあるのを見て羨ましがった男の子が、皿から取ったことがある。男の子はビクッと痙攣して死んでしまった。可哀想に。マルコが使う毒は、普通の人が食べると即死。良くて寝たきり。以来、絶対に誰も食べない。美味しいのに。そんな俺を見て、神父さんはニコニコしていた。正直、気持ち悪い。

 悪魔が言った。神父さんにも「何か」が憑いていて、彼の思い通りになれば、暴食は何も食べられなくなり、世界が消え、俺も何も食べられなくなるそうだ。絶対に阻止しなければ。かつて、悪魔も人だった。それが、神父さんに憑く「何か」によって身体を持たない悪魔にされて、食べることを禁じられてしまったそうだ。可哀想に、何て残酷な。とにかく、俺たちは協力し合い、「何か」の野望を阻止するために動くことにした。

「それにしても、マルコの料理は美味しいね。このピリッと来る刺激がもう最高!」

「お前って食う量も舌も身体も可笑しいよな」

「何で? こんなに美味しいのに。一口いる?」

「いらねぇよ! 殺す気か!」

「え~。こんなに美味しいのに」

「ハイハイ。……で? あの野郎の動きに変なところは?」

「あぁ、またシスターがどこかへ電話していたよ」

「なら、近々新しい奴が来るのかもな」

「着々と集めてるようだね。俺とゼッヘルとクロード、あと四人だけど、レディ・スノーは中々捕まえられないだろうから、実質三人か」

「いや、それは七つの場合だろ。九つの場合はレディを抜いても五人だ」

「取り敢えず、俺たちに出来ることは時期を見計らって、ここから抜け出すこと」

「だな。……俺も腹減ってきたな。マルコに頼んでこよう」

「スパイス入りなら俺の分も」

「あれはスパイスじゃなくて毒! お前の分も頼んでくるわ」

「よろしく」

カルロ・シャイル

金髪碧眼の美青年。痩せ型体型。

穏やかで優しく、食べることが大好き。

元貴族出身で何でも出来るハイスペック。ただし、常に空腹のため燃費が悪い。

何でも食べようと思えば食べられる。マルコの料理が一番好き。毒もスパイスに早変わり。ただし、まだ人間は食べたくないらしい。

神父含む教会の関係者を信用していない。

年長組メンバーの一人。

【暴食】の所有者。暴食とは同じ目的を持つ同志であり、友人のような関係を築いている。

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