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ゼッヘル・サンドラの憤怒

 今、目の前で何か喚いているこれは誰だろう。うるさい煩い五月蝿いウルサイ! 目障り、耳障り。俺のこと知らないくせに。考えていることも努力していることも、何もかも知らないくせに。勝手に俺のことを決めつけるな! あぁ、腹立たしい。黙れだまれダマレダマレ! 全てを壊してしまいたい。殺そう。喧しい口を封じてしまおう。それがいい、ソレガイイ。

 拳を叩き付けるほど、胴を蹴りつけるほど、呻き声が、やめてくれという声が、俺の怒りを大きくする。何で怒っているんだったっけ。分からない。ただひたすら怒りが込み上げる。分かってくれない、理解してくれない、褒めてくれない。俺は散々頑張ったのに! 何で認めてくれないの。ちゃんと見てよ、父さん!

 そうだった。目の前にいるのは父さんだ。もうピクリとも動かない。声がしなくなってしばらく経つ。身体はあらぬ方向に折れて曲がって、真っ赤、血まみれ。しゃがんでそっと首筋を触ってみた。冷たい。

 俺がやっちゃったんだ。


 俺の家は父子家庭。母さんは男を作って出ていった。父さんは仕事人間。真面目で勤勉、努力家な父さん。母さんがいなくなってからは、前より仕事に打ち込むようになった。俺は父さんを尊敬していた。

 父さんは自分に厳しく、俺にも厳しかった。俺に自分と同じだけの能力を求めた。父さんは職人、刃物を作っている。包丁、ナイフ、剣、斧、鎌、ものを切るものは何でも作れる。切れ味は抜群。村一番の刃物職人、それが俺の父さん。

 子供の俺に、職人の父さんと同じことができるはずがない。でも、俺は父さんに褒めてほしくて、父さんの部屋の鍛冶の本も全部読んだし、工房の他の職人さんたちに見学させてもらったり、工房の隅の小さな窯で小刀を作ってみたりした。母さんがいないから、家事は俺が全部やった。三人で暮らしていた頃みたいに、また父さんに笑ってほしかった。

 母さんが消えて何年か経って、まだまだ俺は修行中。でも、最初に比べてずいぶん切れ味は良くなった。職人さんたちも上達したって褒めてくれた。これなら父さんも少しは認めてくれるかもしれない。

「駄目だ。やり直せ」

「でもっ、初めの頃に比べたらマシになってるでしょ?」

「あれは刃物じゃない。そんなのと比べてどうする。もっと良いものが作れるよう努力しろ」

「で、でも、俺頑張ってるよ」

「結果が出なければ、頑張っても結果が伴わなければ意味がない。そんなのは努力していないのと同じだ」

「っ……!」

 父さんは俺の努力も頑張りも苦労も、何もかもを全否定した。いったいいつから父さんに名前を呼んでもらってないだろう。いつから俺の顔を見て話してくれなくなっただろう。いつも父さんの背中ばかりを見ていた。追い付きたかった。けれど距離は離れるばかり。

『憤怒に身を任せろ』

 頭の中で声が聞こえた。とたんに、視界、脳内が紅く染まる。そこからの記憶はない。

 気がつくと、父さんが死んでいた。俺が殺したことは分かった。もうここにはいられない。逃げないと。

 夜中に、最小限の食料とかお金とか他にも要りそうなものをリュックに詰めて、こっそり町から逃げた。家の中は荒らして、強盗の仕業みたいに見えるようにしてきた。時間稼ぎだ。出来るだけ遠くに行かなければならない。人目に付かないよう、森の中を走る。森の向こうの村で食料を買い足し、すぐに村を出た。背が高いことが幸いし、子供とは思われなかったようだ。難なく村に入って出て来られた。だが、いつまでも順調に進むとは限らない。常に警戒心を持たなければ。

 村では今頃騒ぎになっているだろう。父さんは死んでいて、息子の俺はいない。誘拐と思ってくれていれば良いが。

 父さん、ごめんね。笑ってほしかったのに、ただそれだけだったのに、この手で父さんを殺してしまった。許されるとは思っていない。でも、俺は父さんに自慢の息子だと、さすがは俺の息子だと、そう言ってほしかったんだ。そのために父さんの背を追い続けてきた。そしてとうとう、あの時、父さんの背を繋ぎ止めたんだ。もう父さんまでの距離が離れることはない。もう縮まることも、ない。俺はあの背中を追い続けるのだろう。縮まることのない距離を縮めようと、醜く手をのばすだろう。いつまでも、いつまでも。

 俺は父さんが大好きだった。


「ゼッヘル、いい加減に起きなさい」

「……あ? チッ。何だよ、うぜぇなぁ。クロードの奴はいつも起こさねぇくせによぉ」

「クロードは体質なので仕方ないのですよ。それに今日は珍しくもう起きています。君が最後ですよ。分かったら早く顔洗って朝食をとってきなさい。終わったら今日の仕事、ちゃんとやるんですよ。分かりましたね」

「うるせぇ、俺に命令すんな」

「ゼッヘル・サンドラ」

「分かりました、神父サマ」

 あの後、しばらく一人で旅を続け、一人でも何とかなると油断していたところ、荷物を盗られた。手元に残ったのは父さんが作った短刀と、俺が作ったちっさなナイフ。何とか生きようと動物を狩ったり、魚を獲ったりした。ことごとく失敗した。金も金に替えられるものもない。たどり着いた町で食い物を盗んだ。捕まった。牢に閉じ込められた。破壊して逃げた。人も何人か殺した。疲れることはなかった。なぜか体力は有り余っていた。だが空腹には耐えられなかった。行き倒れていたところを、「聖ゴールズ教会」の神父に拾われた。

 神父は油断ならない野郎だ。俺は神父に名前を呼ばれれば逆らえない。忌々しい、憎い。勝手に怒りが込み上げる。俺は普通の人間ではなくなったらしい。持て余す体力、頑丈な牢を破壊する怪力。神父は、俺が力加減が出来ず物を壊してしまうと、怒りながらも嬉しそうにする。気味が悪い。チビたちには慕われているようだが、信用できねぇ。気に食わねぇ。逆らえないのが余計に腹立つ。

 あぁ、今日もイライラする。

ゼッヘル・サンドラ

赤毛長髪、高身長の青年。怪力で体力バカ。

少々短気で沸点が低いが正義感が強く、孤児院に住む子供たちのお兄ちゃん。

神父含む教会の関係者を信用していない。

年長組メンバーの一人。

【憤怒】の所有者。かつては罪に操られていたが、今は精神力で罪を従えている。

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