「人でなしは人間じゃない」
たった今まで暮らしてきた家が瓦礫の山になっているのを、呆然と眺めている子供達。あまりに理不尽な仕打ちに未だ理解が追い付いていないらしく、誰一人として加害者であるラピスを責め立てる者は居ない。
武器を手に駆け付けて来た孤児院の先生ですら、あまりの惨劇に絶句し、放心状態の子供らを抱きかかえ何処かへと避難する始末。
当然である。
イグニスが特別何もしていないだけで、本来エルフとはそうしたものだ。自身の思うがままに世界の法則を書き換える事の出来る種族が、他人に対する思いやりや優しさを有する事などありはしない。
その中でも特にエルフ気質を先鋭化した 【魔道兵】 の怒りを買うのは、ドラゴンの巣から卵と宝を根こそぎ奪う位に危険な行為だ。大抵の者は死ぬ。
日本で作られた架空のエルフ像しか知らぬ来訪者が、善意で "人権" を与えてしまったが故の悲惨な種族摩擦。
この世界での常識をよく熟知せずに 【奴隷扱いされる可哀想なエルフ】 や 【誇り高く排他的だが善良で美しいエルフ】 といった間違った先入観からなる正義心が、結果的に社会の害悪となった好例とも言えよう。
ラピスが軽く手を振り上げると、圧縮された瓦礫の山が見る間にほぐれ、空中に持ち上げられていく。
しかし、閉鎖空間を構成していた壁や扉、天井に当たる部分は微動だにしないどころか、傷一つすら付いていない。ある意味予想通りとはいえ、自身の魔力に耐えうる結界を築くとは相当の手練ね、とラピスは認識を改めた。
どうやってイグニスを引きずり出そうかと思案する内に怒りは収まり、徐々に冷静な判断能力が取り戻されていく。狂気から醒める瞬間、世界が色鮮やかに、そして立体的に現実味を帯びてゆく感覚を肌で楽しみながら。
「何故……! 何故、此処までする必要があるんですかっ!」
悲鳴にも似た絶叫が耳に届き、ラピスは辺りを見回した。その声の主は先ほど自身を侮った人間の一人、この孤児院の院長と気付き、彼女は思わず嗜虐的な笑みを浮かべた。
「何故って? 決まってるでしょう、イグニス君が反抗的な魔道師だからです。時間稼ぎの実力詐称、その上自室に堅牢強固な結界を張って立て篭もる……。魔道院から直接派遣された私を謀るなど、実に反社会的な性質の魔道師が居たものです。今の内に拷問なり洗脳なりで芽を潰しておかねばなりませんねぇ……!」
「イグニスが反社会的だと、どの口が言うのですか!? 一方的に無理難題を押し付けた挙句に、断られれば施設ごと破壊するなんて……。拷問されるべきは貴方の方です! 尤も、捕らえられて人格矯正でも受ける方が先でしょうがね……!」
院長はラピスを挑発しながらも、内心青ざめていた。
魔王の器が露見しなくても、反社会的な魔道師との烙印を押されれば、魔法が使えなくなる程の拷問と昼夜問わず行われる人格矯正により廃人化するのは免れない。地球の言葉で例えるならまさに 【魔女狩り】 そのもの。非道かつ残虐極まる対応だが、それほどまでに魔法は危険なものなのだ。
魔道師ギルドは、自身が管理出来ない力を弾圧する事に一切躊躇しなかった。
そして、ラピスを逮捕する方法も現状存在しない。
この村には魔道師を捕縛しておく施設は無く、あったとしてもすぐに釈放されてしまうだろう。施設を元に戻し、ギルド直々に詫びが入ればこの件はもう "終わった事" となり、じきに揉み消されてしまう。
実際この惨状を見て、再びエルフの怒りを買おうという気概のある者はまず居ない。それを見越した上でラピスは約束を反故にし、暴れ狂ったのだ。
悪人は何処まで情けを掛けようが、所詮は悪人である。性善説を信じる院長の甘い考えが、今回は裏目に出た形となった。
*
「何だよ、あの女。頭おかしいんじゃねぇの……。」
「……理屈としては間違ってない。危険思想の魔道師に対する処置って意味でならね。ただ問題があるとするなら、その相手は何もしてない無実の僕ってところかな……。」
ははは……と力無く笑うイグニスに、まぁ同情するぜ、とだけ返すブゥータ。
札が数枚侵食された時点で、このまま様子見をしよう! と提案したイグニスの尻をブゥータが蹴っ飛ばし、彼らは無事に閉鎖空間から脱出していた。ちなみに、中に据えられた封印札はそのまま空間を維持している。ラピスが部屋を壊すまでの時間稼ぎにはなるだろう。
今回イグニスが発動したのは、予め設定しておいた別の部屋の扉と、閉鎖空間の扉を繋いでワープする魔法だ。移動先は破壊されなかった孤児院の教室、それも院長とラピスをこっそり眺められる位置。
昔見たアニメ映画の設定をイグニスが魔法で再現した物で、これも立派に地球の知識の産物なのだが、当の本人はこれを地球の技術として扱いたがらない。
曰く、 『誰もが扱える技術じゃないと、誰にも認めてもらえないだろ。』 との事。
自分固有の魔法を生み出し、その発想と理論を誰も再現できないが故に誰にも真似されない魔法を扱う特異な魔道師、と言い換えれば相当恵まれた才能を持っているようにも見える。
だが悲しい事に、イグニスは口では偉ぶりたいと嘯きながらも出る杭になるのは死んでも嫌らしい。
恐らくこの魔法はごく限られた人に存在を知られるだけで、歴史の闇へ消えていくだろう。こればっかりは本人の気持ち次第なので、ブゥータは彼の無駄に優れた才能を――内心歯噛みしながらも――諦めている。
「別に無理なら聞き流してくれてもいいんだが。……あれ、お前の魔法でどうにか止めれねぇか?」
視線の先には、投げナイフを構える院長とそれを冷ややかに見据えるラピス。
一触即発の状況だ。
「僕があの発狂エルフの立場なら、向けられた殺気を魔力で感知した時点で、その部分を無差別に瓦礫で潰すだろうね。正当防衛って感じでさ。別の事に気を取られてくれれば、その隙を突いて目耳と手足を潰して彼女を無力化出来るよ。……でも今の時点では無理かなぁ。」
『目耳と手足を潰す』 という聞き捨てならない文言を聞いて、ブゥータは鼻を鳴らした。
要するに相手の命以外のほぼ全てを奪うのと同義である。相手は犯罪者とはいえ、あまりに過剰な対応だ。後々の禍根を考えれば半死半生にするよりも、平和的に解決した方が余程上策に思えるのだが。
「……イグニスよぉ、何で魔道師を無力化するのに視覚や聴覚を奪った挙句、達磨にまでする必要があるんだ? ちょっと残酷過ぎねぇか。」
「甘いなぁ。言っておくけど、魔道師が本気出したら相手の頭を直接爆破して終わりだよ。だから確実に魔法を使えないようにしないと。」
「そんな何の代償も無しに、気軽に相手を殺せる力なのかよ? 魔法って。」
そうだよと相槌を打ち、イグニスはあまり感情の篭ってない表情で、淡々と説明を続ける。
「僕は視線だけで魔法が使えるし、相手がそうとも限らないのでまず目を潰す。耳で聞こえた情報を頼りに魔法をぶち込んで来る恐れがあるので、耳も削ぐ。これ、魔道師相手なら当然の処置だからね。
彼女は見た感じ、手での動作を基点にして魔法を発動しているっぽいんで肩から先も全部捻じ切って、手の動作で魔法が発動出来るんなら多分足でも魔法は使えるだろうから足も奪う。
だけど僕的には、此処まで嬲るなら殺した方がよほど人道的だとは思うがね……。」
悪趣味な冗談の様にも聞こえるが、その顔はいつになく真剣だ。絶句するブゥータを横目でちらりと見たイグニスは、自嘲ぎみにもう一言付け足した。
「エルフを同じ人間の枠組みで捉えちゃ駄目だよ。例えば僕らが毛むくじゃらの醜い怪物だったら有無を言わずに駆除するだろ? 人間と似た姿をしていても、危険な力を好き勝手に振るう相手に遠慮なんか要らないからね。人でなしは人間じゃないんだからさ。」