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「欲しいものは何でも手に入れるのが」

 魔王の器たちが食堂へ向かっている頃。院長は急な客人から受け取った案内状を読み、心の中でそっと毒づいた。


 目の前で用意された薬草茶を飲むのは、白を基調にした魔道服で着飾った、身なりのいい若い魔道師(エルフ)の女性。尊大ともいえる態度で椅子に腰掛け、その振る舞いには一切の遠慮というものが無かった。


「如何でしょうか、この施設にとっても特に悪い条件とは思えませんが。」


 言葉だけ捉えれば丁寧なのだろうが、聞いた者を不快にさせるような慇懃無礼な口調を、院長は聞き流した。

 手の中の "案内状" 、それは魔道師ギルドが創設した魔法学校への入学案内なのだが、その内容は言ってみれば召集命令に近い。

 傲岸不遜のエルフ――唯一魔法が使える種族なので当然といえば当然なのだが――特有の気取った修飾語を差し引いても、その内容は悪辣極まるものであった。


「何ですか? この内容は……! 『該当児童の引渡しに応じなかった場合についての処分』、この施設は国営、それも勇者様が直々に整備した法の下で行われている国家事業なのですよ。たかが(・ ・ ・)新参種族のみで構成された組合(ギルド)如きが、この様な真似が出来るとでも?」


 目の前のエルフに揺さ振りを掛けるため、いつもならば絶対にしない様な蔑称を使う事に、院長は躊躇(ためら)いを覚えなかった。


 その案内状はイグニス、つまり魔王の器に宛てられたものである。

 院長は精魂共に疲れ切った彼らに、他の子供と同じかそれ以上に親身に寄り添い、傷付いた心を癒してきたという自負があり、実際彼らに対してはその必要があったのだ。その点で言えば院長は真の意味での聖人なのだろう、イグニスとブゥータには、他の魔王の器に見受けられるような積極的な攻撃性というのは存在しない。


 どんな人間でも、長い年月を掛けて愛情を注げば必ず更生する、というのが根っからの善人である院長の言だ。それは時に罪人に対する甘さにも繋がった。魔王の器はその容疑だけで、国家への報告が義務付けられている。

 しかしこの事実を知っているのは、イグニスやブゥータの親と彼らにこの孤児院を示唆した人物、そして院長のみ。


 要するに、自身が抱える解体中の爆弾を、何も知らない第三者に強制的に接収されるかどうかの瀬戸際なのである。

 最終的な判断は本人(イグニス)が決める事だとしても、他者からの圧力で何も知らぬまま、選択肢が奪われる事はあってはならない。そんな院長の目論見通りに、この客人――ラピス――は見え透いた挑発に乗ってしまった。



たかが(・ ・ ・)? 我ら誉れ高きエルフの様に魔法も扱えず、かといってドワーフ共のような才が秀でてるわけでもない、勇者が(もたら)す "技術" の恩恵を受けているだけの人間が、何様のつもりなの?」


「その "技術" に及ばない程度の才でしょう、魔法というものは……。田舎者ながら話は聞き及んでおりますよ、魔道師を育成するという名目で何も知らぬ子供を囲い込み、替えの利かない唯一無二の人材である魔道師を掌握して、勢力を増大させる気だと。もはやそこまでなりふり構わず振舞わなければならぬ落ち目の組織なのですか? 魔道師ギルドは。」


 この院長の冷淡な態度に、ラピスは内心驚いていた。


 孤児院という施設――勇者が持ち込んだ概念の一つである――は、親の居ない子供を育てる事は当然としても、それは子供が自立するまでの話である。逆に言えば、子供が自立する機会に恵まれた時点で、孤児院の役目はもう終わりなのだ。

 中には孤児を率先して冒険者や開拓者といった万年人材募集の底辺職(・ ・ ・)に育て、裏で冒険者ギルドから見返りを受け取る施設すら存在する。


 それなのに、何故この施設は子供(イグニス)を手放したがらないのだろうか?


 国や冒険者ギルドの支援を受けて辺境を切り開く最前線、その拠点となるのがこの村である。故にこの地域は孤児が多く発生する。その上であえてイグニスを囲い込む理由は、もう既に戦場に出せる程の実力が備わっているからだろう。

 即戦力として使える人材は貴重かつ希少だ。これはなんとしてでも引きぬかねばならない。


 ラピスの導いた結論は正しいのだが、何故こんな田舎の孤児院長が魔道師ギルドの内実を知っているのか、という重大な疑念には至らない。それに気付いたとしても既に院長の作った流れの上である。この若いエルフをどう動かすか、もう筋道は見えていた。


「貴方の察する通り、イグニスはこの施設のみならずこの村にとって必要な存在なのです。この程度の処分なら、国に申し立てをすればすぐにでも補填されるでしょうしね。ですが、それはイグニスがこの場所に残りたいと決めた場合。もし彼が自身の意志で都会に行きたいと願うなら、私は引き止めはしませんよ。」


「あくまで彼の意見で決めさせたいと?」


 思案する表情を見せるラピス。その表情を読むかのような目を一瞬見せたのち、院長はにこりと口元だけの笑みを浮かべた。


 「当然でしょう。イグニスの人生なのですから、これはイグニスが決める事です。他の誰にも決定権はありません! 但し、断られればそれまでですよ。何かと黒い噂の絶えない職場のようですから、さっさと手を引いて頂く事にします。今から "教育庁" に抗議文を送って、魔道師ギルドの強引な引き抜きの実態を告発し、停止措置が下るまで数日程度でしょう。期限はそれまでです。もっとも、貴方の上司の保身でその職が解任されるのなら、期限はさらに短くなりますがね。」



 ――ま、妥当ね。


 魔道師ギルドの提示した鞭は、実際には法的は実行性を持たないただの脅し。逆に与える飴に見向きもしない程の逸材ならば、例えそれがブラフだと見抜けなくとも "安全保障の為" 断るだろう。


 しかし、十五歳の子供を戦闘地域で働かせるのは紛れも無い違法行為である。施設の取り潰しどころか、事情を知る大人全員が牢に繋がれる程の重罪だ。院長本人は明確な証拠や言質は残していないとはいえ、下手な理由で断ればかえって付け入る隙を与えかねない。


 だが、本人の自由意志でその場に残りたいと言うのであれば、表向きは新設する魔法学校への案内を届けに来ただけのラピスにはどうする事も出来ない。

 『ああそうなの、また入学したくなったら何年後でも良いから連絡待ってるからね。』 と声を掛けるのが精々。


 要するに、自由意志なんて小奇麗な言葉で着飾ってはいるが、暗に 『お前が居なくなったら此処がどうなるか分かってるんだろうな?』 と子供に圧力を掛け、魔法学校への入学を断念させる気だろう。

 ならば、そのイグニスとやらが率先してこの土地を見捨てたくなる程の懐柔策を与えるまで。勇者の持ち込んだ寓話でいう、 【北風と太陽】 だ。


 ラピスは院長の取った方法を特段汚いとは思わなかった。欲しいものは何でも手に入れるのがエルフのやり方である。その上只でさえ時間が惜しいのに、田舎特有の圧力を掛ける事に長けた古狸(院長)に先手を譲る訳にもいかない。

 ずっと手のひらでこねくり回していた湯のみを叩き付けるように机に置き、若いエルフは言葉少なに部屋から退出した。



「ふっ……くくっ……。」


 飾り気の無い、執務室に一人取り残された院長は、こみ上げる声を押さえる事無くにんまりと笑った。


 あえて簡単な方法を提示して、魔法を用いた実力行使は行わせない。此処まで譲歩された上にそれでは、彼女のプライドが許さないだろう。

 そして如何にエルフと言えど、たった数日でイグニスを強制的に動かすような状況を作り出せるはずも無い。



 ラピスは盛大な勘違いをしたまま出て行ったが、元々彼の落とし所は "イグニスの好きにさせる" ことだけ。

 そもそも叩いて埃の出るような事もなく、そんな真似は例え院長自身の命が失われようとけして行われないだろう。


 魔王の器だろうが只の子供だろうが、誰かの横槍でその人生を曲げられては可哀想だ。もちろん悪い事は何度でも教え、叱る。

 その点で言えば、イグニスは院長の知る子供の中で一番好き放題に生きていたし、叱った回数はもはや数え切れない。


 と同時に、イグニスは魔法学校への入学を望まないだろうと院長は確信していた。彼は良くも悪くも、この土地や友人に対して遠慮するような性格ではない。ただ何というか、イグニスは努力が嫌いで、善行は他人任せのどうしようもない怠惰な子供である。

 せめてその性格を直すまでは自身の元に居て欲しいのだが、彼が魔法学校に入学したいと自分で決めたのなら、それも喜ばしい事だろう。


 ――なんだ、どちらに転んでも悪くないじゃないか。


 すとんと、肩の荷が下りるような感覚。いやいや、魔王の器と称されるような子はもう一人居るじゃないかと苦笑する。

 さあ、これからどうなるだろうか。まるで恋文でも(したた)めるかのような面持ちで、院長は抗議文を書き始めた。



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