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「地球での生涯を終えた」


 いつもと変わらぬ放課後、俯きながら足早に帰宅する一人の学生が居た。俯きながら歩くのは他人と目線を合わせたくないからであり、その場から逃げ出したい一心だからこそ、自然と歩みも速くなる。

 周りで楽しそうに笑う人間を見て、彼は肌を(やすり)で削られるような耐え難い苦痛を感じていた。


 甲高い、耳障りな笑い声。それは彼ら自身の友人や、その話題に向けて放たれたものだったが、その学生は矮小で卑屈な自分を嘲笑っているものだと病的なまでに思い込んでいた。

 事実、誰がどんな言葉を掛けようとも、人間不信と自己否定に陥った彼は「自分が劣った人間ではない」と信じる事が出来なかった。


 鬱屈した感情を誰に悟られる事も無く、苦行にも似た心地で日々を擦り減らす。いつものように重い足取りで歩道橋を登り、俯きがちに歩いていた時。

 ――肩を強く掴まれ、不意に現実に引き戻される。


 身を竦ませながら振り向くと、険しい顔で睨み付ける同級生。やや後方でにやにやと笑いを浮かべる三人が居た。


「な……何ですか?」


 か細い声を聞いて、声を上げて笑う三人組。あいつ敬語じゃん、何か声高くね、と彼の一挙一動を見て楽しむ心算のようだ。

 そんな彼らを意にも介さず、肩を掴んだ同級生、「祐樹」は声を荒げた。


「誠君さぁ、何勝手に家帰ろうとしてるの?」


「いや、あの、僕なんかが居ても邪魔だろうし、皆の迷惑になると思って……。」


「文化祭の準備をすっぽかして帰るほうが迷惑なんだけど。てか本気で言ってるの? それ、言い訳にもなってないから。」



 祐樹から叱咤するような強い口調で説教され、誠は今すぐ消えて無くなりたいような心地に陥った。

 誠にとって、祐樹は一番苦手とする相手である。自分に向けられる言葉は、言い返せないような正論かため息のみ。手伝おうとすると邪険に追いやられ、距離を取ると周囲に聞かせるように、嫌味ったらしく「非を指摘」してくるのだ。

 最下層の弱者にのみ対象を絞ったモラルハラスメント。この手の人間にありがちなように、彼には人望と文武の才があった。


 しかし被虐者である誠には関係の無い世界だ。祐樹を前にするだけで、恐怖と吐き気が込み上げて来る。胸が締め付けられるような錯覚。


「とりあえず、教室戻って皆に謝って。お前一人が楽して皆が苦労するとか、本気でありえないだろ。」


 肩掛け鞄のベルトを乱暴に引かれ、誠はよろめいた。

 顔が熱くなるような、同時に息が詰まるような感覚があり、周りの野次が遥か遠くに響いた。絞首台を登る人間はこんな気持ちなのかもしれない。嫌だ、本当に嫌だ恐ろしい。足がもつれ、強い力で引き摺られる。嗚呼、嫌だ。



 そこからはどこかふわりとした感覚しかない。痺れる右手と、頬を押さえて蹲るユウキ。遠くから罵声が飛んでくるが、意味が分からない。怒られているのは分かるが、その言葉の意味が全く理解出来いのだ。

 何か叫びながら滅茶苦茶に鞄を振り回し相手に向かって放り投げ、前に飛び出して来た取り巻きに柵を背にして押さえ付けられる。自分でも何をやっているのか分からなかったが、それを客観的に見る自分は酷く冷静だった。


 ユウキが立ち上がってきた。頬を腫らして顔を真っ赤に染め、胸倉を掴まれぐらぐらと揺さぶられる。未だ痺れる右拳――ああ、僕はユウキを殴ったのか。

 悪い事をしたと思う自分と、此処から逃げたいと思う自分、ユウキを殺したい程憎む自分全てが居ると感覚的に思った。その全員の解決策が一致。



 殴ってしまった悪い自分は死んで罪を償わなければならぬし死ねば楽になれるそうだ目の前で死んで奴の精神を蝕み人殺しの罪を被せて死のう




 死のう




 揺さ振られる動きに合わせて柵から徐々に身を乗り出し、ユウキを振り払うように見せ掛けつつ、背中で柵を乗り越える。咄嗟に足首を掴むユウキ。その手を思い切り蹴り付け、落下。


 断片的な記憶。目が合ったユウキ。叫ぶように口を開けるユウキ。信号機は青。こちらを見る歩道の通行者。トラック。その運転手。強い衝撃。轢き潰される身体。痛みは無い。脱力。沈んでいく錯覚。脱力。暗転する世界。


 誠は、トラックに轢かれ地球での生涯を終えた。

 殺人に見せ掛けた自殺だった。



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