うろな町長の長い一日 その九 喫茶店編
町長就任一周年記念……
うろな町も一周年という事で、スタートが遅れた私はまだ少し一年には満たないのですが、一緒にお祝いさせていただきます。おめでとうございます。
それにしても他の作家様への割烹コメを読んで、シュウ様がメッセをくれなかったら。
この話はなく、今も単独で小説を書いていたでしょう。
この企画に参加する事で多くの作家様と交流する事が出来ました。うろな町のお話に参加する人達の見えない絆はシュウ様のおかげです。
誠にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
5月25日
今日は賀川さんを連れて喫茶店『Courage クラージュ』に来ています。カウンターでも奥、壁際のいつもの席に彼を導いて行きます。
「ああ、ユキさん、奥に座って」
「はい」
言われるままに座ると、メイド服姿のウェイトレス、美月さんがやってきます。
「いらっしゃいませ、ユキさん、あ、賀川さん。こないだ聞きましたよ」
「そう。どうだった? 美月さん」
「綺麗でしたし、迫力が凄いです……」
この所、賀川さんはピアノを弾いて幾つかを、ワクワク動画という所に上げているのです。
私はイラストを出版社に送る時やコンペ情報などはネットを使うのですが、動画とかアップするのはよくわからないので。賀川さんもゲームやメールはやっても、そういうのは知らないみたいで。
そこで一月にお世話になった赤い瞳仲間の樹さんや、同居人の巡さんに聞いたら、その方法を教えてくれて、助かったのです。
アップするとそれなりに聞いてもらえてるみたいで。たまに書き込みもあるのでそれを読み上げると賀川さん照れて面白いのですけれど。
そう言えば今回、樹さんが作ったゲームは私をモチーフにしてくれたとかで、この前はそれに使う『white princess』という方のイラストをメールで見せていただきました。
とっても素敵なイラストでした。今月頭の頃にはゲーム自体も完成したようです。ただ時間が大きく取れないのと、ホラーはちょっと怖くてまだプレイできてないけど……動画はちらと見ました。それにしても樹さん、皆をワクワクさせるゲーム作るって凄いなぁって思いましたよ。
私はそんな事を考えながら片手でメニューを見ています。美月さんは音大生と言う事で、賀川さんと音楽のお話が合うようです。
お昼時は外しているのでお客さんは私と賀川さんだけ、なのでひとしきり二人で話していますよ。けれど賀川さん、私の手、握ったまま。まるでどこにも行かないで言うかのようですが、恥ずかしいです。
それも、にぎにぎするので、くすぐったいのですが。
「で、ご注文はいかがしますか? ユキさん? 賀川さん」
「うーん、やっぱりいつものアイスクリームが良いです。賀川さんは? たまには変えます?」
「いいや、コーヒー。アイスで」
「はい、ご注文いただきました。アフォガート・アル・カフェ、アイス、各一です」
「ありがとう、美月」
ロマンスグレーのマスターがそう答え、注文の品を用意していきます。
今日もメニューを見たけれど、頼むのは私の定番アイスクリームにコーヒーをかけたのと、賀川さんにはアイスかホットのコーヒー。ここに来ても二人で並んで腰かけて居るだけ。特別いろいろ話すわけでもないですが、目の前で淹れられるコーヒーを私は眺めて幸せです。賀川さんはそのまま私の手を握って、ただ黙っているだけ。でもこの雰囲気が大好きなのです。
「お待たせいたしました」
美月さんが出来た品物を運んで来てくれたので、やっと賀川さんが手を離してくれます。
「アイス、一口食べます? あーん? します?」
私は出てきたアイスクリームにコーヒーをかけて。スプーンを差し出すと賀川さんが照れくさそうな笑みを浮かべて流してます。私は食べてもらえなかったスプーンをパックンして、彼の手元のストローを取ります。
そして紙袋から出して、その手に握らせると賀川さん、更に顔を赤くしていますよ。人前でもキスするくらいなのに、彼の恥ずかしさの基準ってやっぱりわかりません。
「そのくらい、できるよ」
「私がしたいだけです」
穏やかな日がこの所、続いています。昨年度の末の頃にあった事がまるで夢だったように。でも着実に残った爪痕を癒しながら時間を過ごしています。
あんな事、もうなければいい、そう祈るばかりです。私が居なければ、そう言うのは止めました、いや、止めなくてはと思います。私は……うろなが好きなのです。
彼はアイスコーヒーのグラスに縁に触れながら、丁寧にシロップを注ぎかけますが、ふと手を止め、
「あれ? やっぱりいつものコーヒーと違う? マスター?」
「あ、わかる? 賀川君。まずはシロップ入れないで飲んでみて」
「ええ、さっきから匂いが違うなって」
賀川さんはシロップを入れず、私から渡されたストローでゆっくりと掻き混ぜ、氷を鳴らします。
「特別な豆だよ。数杯分しかないからね。特別な常連さんの為に、取り寄せてたんだ。それも水出しだから時間がかかるんだよ。それでも少し多めに作ったからどうぞ」
「そんな貴重なのをありがとうございます。……わぁ……いつもの奴だって美味しいけど。これは、特別に雑味がなくて……すごく良いです」
その時、チリンとベルが鳴って、扉が開くと三人のお客さん入ってきます。
「あれ? 町長さんかな……それに秘書さん? もう一人は……」
私は賀川さんの呟きで、入ってきた男女を見ます。女性は少し疲れている感じです。晴れていると、もう昼間は暑いですからね。
「確か……賀川さんがココでピアノを始めた弾いてくれた日に居た男の方です。隣が秘書さんですかね? もう一人はモールの絵の時にお世話になった鹿島さんです」
「ああ、鹿島さん」
鹿島さんは私達に気付いてくれたようです、すっと自然に頭を下げてくれます。町長さんと秘書さんを窓辺の先に座らせると、
「例のケーキをあの二人に」
「かしこまりました。コーヒーはこちらで用意したのでイイですか? アイスで?」
「ああ、頼むよ。後、俺にはホットを。隣を暫くいいですか? 二人を余り邪魔をしたくないのでね」
鹿島さんは頼んだ後に、ジャケットを脱いで私達の側に席を取ります。
その時、鹿島さんを見て微かにマスターが頷き、小さな機械にむかって何か呟いたようでした。けれど何と言ったかは聞こえませんでした。……何だったのでしょう?
「お久しぶりです。よいの先生」
「あ、い、いえ。こちらこそ」
考えようとした時に鹿島さんから話しかけられて挙動不審になってしまいます。でもそれを気にした様子もなく、
「賀川君……この頃、配達姿を見ないけれど? 他の賀川君は見るけどたぶん君じゃないな」
「ええ、ちょっと休養中です」
その言葉で察してくれたのか、鹿島さんはそれ以上突っ込む事無くそこに座わりました。
私は窓辺に座った町長さんと秘書さんと言う方々を見ます。
町長さんは紺を基調に白の襟のシャツに、白のズボン。
秘書さんもやはり紺に白の襟が付いた膝丈より少し短いの袖無しワンピース。
すんなり伸びた細い足、羽織ったサマーカーデと落ち着いた茶の鞄がとても女性らしいです。
これ……ペアルックで着たのか、偶然だったのか……どちらにしても良い雰囲気です。
「町長さんと秘書さん。お似合いの二人ですね」
「実はあの二人、付き合っているんですよ」
鹿島さんがそう言うと、賀川さんはそうなんだと頷きます。
「それにしても穏やかな感じの町長さんだよね。この町にその雰囲気が良く出てるよ」
「ここは良い町ですよね、うろな町……」
私は賀川さんの言葉を受けて、しみじみとそう言います。
「この町は他の町とは違って、私みたいなのが歩いていても、ワザとにぶつかられたり、そこまでじろじろ見られたりしませんし」
昔は今以上にぶつかられたりする事が多かったのです。でも森から降りて来て、この町を歩いていて、あれってワザとだったんだってやっと気付いたのです。ただ私がフラフラしてるのかなって思っていたんですけれどもね……色々ありましたけれど、それは町外の人達ばかり。
「そうですね、この町は違います。いろいろと。妹の萌が元気になれたのもこの町のおかげですから」
鹿島さんの台詞を聞きながら目線を投げると、丁度、男性の方と目が合っちゃいました。
「あれ? 賀川の時貞君。この頃は見ないけど元気だったんだね。それに君は確かうろな工務店の……」
どこかで白髪の娘を引き取った話でも聞いたのか、その人は私の事を知っているようです。それに賀川さんの事も私服でも分かるみたい。賀川さんは軽く会釈します。
「うろな工務店の、養女のよぃ……いえ、前田 雪姫です、町長さん。でも、もしかすると『よいの ゆきひめ』の方が名前の通りが良いかもしれません」
そう言うと上品な印象を与える女性が口を開いてくれます。
「あら、『よいの ゆきひめ』って、清水先生と梅原先生から推薦の町地図のイラストレーター……この頃はモールにも確か絵が飾って……」
「ああ、萌の絵を描いてもらった事があって。それで目に留まって、ね」
「その節には使用いただきありがとうございます」
私はぺこりと頭を下げます。
「工務店の社長は元気? この頃、商店街で見ないから……」
「ありがとうございます。大丈夫です」
私は笑って、そう返すと、町長さんも秘書さんも笑っています。
「美月、そちらのホットを頼むよ。私はあちらに運ぶからね?」
マスターはカウンターから出てくると、お二人の前にコーヒーとケーキを出します。町長さんは目をぱちぱちさせています。
「えっと、まだ頼んでないけど?」
「特別なお客様の為に。ケーキは『うろな高校料理部』から『試食』です。村瀬愛子さんを中心に、中島千佳さんと有坂千鶴さんというお二方主導で作られたようですよ」
「綺麗だし可愛いケーキですね。町長……」
「ああ、すごいね」
出てきたケーキは熟れた苺のミルフィーユに、すべすべのザッハトルテ、色とりどりの果物が刻まれて乗せられたタルト、柔らかそうなミルクレープ、しっとりガトーショコラ、と五つもあるのですが。
どれも小さな一口サイズなのです。携帯や鞄に下げる小さなオモチャのよう。お腹を満腹にしなくても、色々な味を楽しめるよう配慮されているのでしょう。
「感想はいつか彼らにお願いします。ただ、うちはコーヒー屋なので、コーヒーニ杯分はいただきますね。今日は就任一周年と聞きました、おめでとうございます。ゆっくり時間を過ごされて下さい」
『イイのでしょうか?』そう言っている秘書さんに、少し考えてから『高校生からだから『接待』には当たらないはず。折角だからいただこう』と言って町長さんは口を付けています。公務員もいろいろ大変な様子です。
あの特別なコーヒーは二人をもてなすのに用意していたのでしょう。優雅にコーヒーとケーキを出すと戻ってきたマスターに賀川さんが聞きます。
「一周年?」
「町長さん、今日、就任一周年なんだよ」
そ、そう言えば……こないだ就任1周年の記念グッズのデザインを頼まれて作りましたよ。
あれって今日だったんですね? 今、気づきました。
「きっと……私みたいな変わった容姿でも、この町で仲良く過ごせているのは、あんな優しい感じの町長さんが居るおかげなのですね」
そう言うと、賀川さんがマスターに声をかけます。
「……ピアノ借りられる? 弾いても良いかな? この町の未来も穏やかである様に」
「それはそれは、この店に来るお客様は音楽好きが多いですから」
「じゃ、私、絵を描きます。走り書きですけれど。あ、賀川さん」
「この喫茶店内は大丈夫」
立ち上がると奥めに置かれたピアノまでゆっくりと歩いてその席に座ります。マスターは鳴らしていた音楽をミュートしてくれます。私は鞄の中に入れていた画材を広げて、さらさらと描き始めます。
賀川さんはピアノにそっと手を置いて。空気を震わせ、色を染めるような甘い音色を響かせ始めます。ゆったりとした、どこかで聞いた事がある曲です。
「リスト……ノクターンか、なかなか良い音を出すな。アイツの結婚式でも……もともとうちのピアノも音響も一流の物を揃えてあるのだが、ああも良い響きを奏でるのに驚いたし……」
鹿島さんは音楽に造詣があるのでしょうか、そう呟いています。美月さんはコーヒーを出しながら、
「お客様は音楽、お好きですか?」
「付き合いもあるんですが、クラシックは落ち着きます。このノクターンはもっと前に彼が書いた作品より技巧的な見せ場は少ないんですけど、その分、ピアノ奏者の安定した力量が求められるから……で、あなたは?」
「失礼しました、店長の姪で、美月です。お休みの時だけ手伝いに……音大に通っているので。音楽は大好きなのですよ」
「おやすみの時だけですか。私が来るのはいつも平日だから。マスターにこんな可愛い親戚が居たとは知らなかったです。大学の専攻はどちらですか?」
鹿島さんは美月さんと大学や音楽の話をひそひそとしています。
賀川さんのピアノは優しくその場を和やかにします。町長さん達もその音に気が付いて聞きながら、とても楽しそうにコーヒーと色もとりどりのケーキを楽しんでいます。
大きくもなく小さくもなく、優しく鼓膜を撫でるような音を聞きながら私もサッと町長さんと秘書さんを描いていきます。
「あら、町長、クリームが」
「ん? え、どこ? 恥ずかしいな」
「ああっ、それじゃダメです。シャツに付いちゃいますよ」
秘書さんの長くて整った指先が、町長の頬を撫でて。
「あ、あの、その、ありがとう、こ、こっちのタルトも美味しいよ。コーヒーも優しくて砂糖が要らないね」
「ええ、だからって甘すぎなくて。町長、このビターなチョコもいいですよ」
「これも、いいね。疲れも取れたかな?」
「ええ、冷たいコーヒーやケーキで癒されました」
「……これからもこうやって、いろんな所に二人で行けると嬉しいな」
「町長……毎日一緒じゃないですか?」
「そ、それは公務だよね。じゃなくて。……そんな事言わせる?」
二人の何気ない会話や仕草がピアノの音色交じりに聞いてると、照れるのは私だけですか?
弾き終わるのを見計らい、私はその絵をお二人に差し出します。
「あの、えっと、お邪魔します。今日は町長就任一年目と聞きました。記念に」
「パステル? 水彩?」
「どちらも使ってます。フェキサ……定着剤をかけてからお渡ししますので、今度、喫茶店に預けておきますのでよかったら」
「ありがとう」
「ありがとうね、前田さん」
二人の微笑に私は嬉しくなります。
鹿島さんは私が描いた絵を見ながら、
「素晴らしいね。……そう言えば町長たちはこれから?」
「まだ決めてないけれど、どうする? 秋原さん。もう帰る?」
「いいえ、もう少し。せっかくの休みですし」
「じゃ、どこにしよう?」
「私はその、どこでも。町長の行く所ならお供致します」
「ふふ、そんな業務じゃないんだから」
ついいつもの職業の関係上で、硬さが出たような秘書さんの返事に、けれどもだからこそ変わらなさに愛を感じるのかもしれません。町長さんは穏やかに笑います。
「行き先が決まっていないなら、もう少ししたらショッピングモールで、面白いことがあるんだがどうだ? 俺はもう少し、ここでゆっくりしていくつもりだけど」
鹿島さんは二人を邪魔しないようにでしょうか、そう言って席に戻るとコーヒーを口にします。そしてカウンター越しにカップを片付けている美月さんと、また仲良さそうにお話を始めています。
私も賀川さんと席に座り直します。
町長さん達はのんびりゆっくり、ケーキとコーヒーで二人の時間を楽しんだ後、
「では、ショッピングモールに行ってみましょうか?」
「そうだね」
そう言って出て行きます。
「賀川君、ピアノよかったよ。前田さんも絵は今度受け取るよ、後、社長によろしくって。鹿島さんも案内ありがとう」
コーヒー代を払うと『御馳走様、料理部にはまたいずれ』とマスターに告げて町長さんと秘書さんは喫茶店を後にします。
その二人の背中をお見送りしつつ、私は賀川さんに小さな声で、
「モールで何かあるそうですよ?」
「さっき聞こえたよ……その声は、行きたい?」
「いや、その、賀川さん」
「行こうか。ショッピングモール。久しぶりに街中も良いよね。じゃ、鹿島さんお先に。ごゆっくり」
そう言って賀川さんは笑って手を握るので、私はその日のモールにこっそり行ったのでした。
そんな私の知らない所で。
人知れず青空の中を舞う、小型機器が道を歩く、ある二人組を捕捉していました。
『喫茶店を出た二人を、無人監視視点βが捕えました』
何処かで機械音声が響き、それに頷く気配があったようですが、ここより遠く。その主を窺い知る事は出来ません。
「……了解。一定距離から変わらず継続追尾。……二人の足取りは?」
『……誘導通りモール方面へ。……ええ『彼』も滞りなく……』
ですが通信機から溢れた呟きに答える、穏やかな笑みを浮かべるその人は、その主を知っているようで。
スムーズに会話が進みます。
通信が途切れ、暫くしてからその人は、静かに豆を挽き始め。姪と男性が笑談するのを眺めていたのでした。
llllllllllllllll
この続きは本編進行して時期になったら、賀川視点で喫茶店→ライブ見学を書きたいと思います。
次は寺町 朱穂 様。(16:00)
寺町様のホームのURL
http://mypage.syosetu.com/150226/
です。