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彼まで×××  作者: 森草華
6/6

小話

「煉のバカー!!」


 そう叫ぶや否や、桜は煉の腹部に重い拳を捩込んだ。そんな喧騒に似合わない、麗らかなお昼休みのことであった。

 そして放課後の今。

 ぶすっとそっぽを向く桜に煉が焦った表情を見せながら頭を下げる。


「桜、俺が悪かった。だから機嫌直せって。な?」

「何が悪いかわかって謝ってんの?」

「え?いや、その…」

「出直して来い、馬鹿!」


 煉がしどろもどろに答えると、桜はふんっとまたそっぽを向く。その頑なな姿を見た煉はすっかり肩を落として教室から出て行った。大きいはずの背中は覇気がなく、小さく見える。桜をチラチラと伺っているようだが、煉が教室から出て行くまで無視を決め込んだようだ。煉の姿が見えなくなると、桜の空気も若干ではあるが緩和され、緊張気味だったクラスメイトたちはそっと息をついた。

 煉が教室から出たと同時に桜の元へ駆け込むように来たのはおなじみの三人である。


「どうしたの?桜達が喧嘩なんて珍しいわね」

「佐竹と真未のは見慣れてるけどね。桜たちが喧嘩なんて…」

「西尾、あれは喧嘩じゃねえよ。愛情確認だ。な、真未?」

「で、原因は一体何なの?」

「無視っ!?」


 反応がないことに一人しょんぼりする佐竹を横目に、桜は真未に思い切り抱き着いた。突然のことに驚く三人をよそに、真未の腹部に顔を埋めて唸るように泣き出した。途端に男子二人は目に見えてオロオロし始め、真未はそんな二人を見て呆れ顔を向けた。


「煉が、煉がっ…!」

「煉が一体、どうしたの?」


 真未がぽんぽんと優しく頭を触ると、桜は溢れるようにもやもやを一気に吐き出した。


「煉が河合さんを見て、ああいうのもいいなって言ったのよーっ!!」


 うわーんっと子どものように泣き喚く桜に、佐竹と西尾は同時に顔を見合わせ驚く。互いの顔には絶対何かの間違いだと書いてある。煉の桜に対する執着とも呼べる想いを間近で見聞きしている二人としては、胸を張って言える事実である。

 ちなみに河合さんとは真未の次に可愛いとされる、癒し系の美少女だ。


「それ、桜の聞き間違いなんじゃないの?」

「そうだよ!煉がそんなこと言うはずねぇって!」


 男子二人が、桜の言い分をはっきり否定する。それに反論したのが真未だ。


「なんでそう言い切れるのかしら。男なんてそういう単細胞が多いじゃないの」


 言い終わる前に眉間に皺をぐっと寄せて、真実は意味ありげに佐竹を見据える。その鋭い視線に佐竹はギクリと肩を揺らしながら慌てて弁明を試みる。しかし、あれは違うんだ真未!という佐竹の言葉を華麗にスルーした真未は、改めて桜に向き合うと優しい眼差しで続ける。


「でも普通の男ならまだしも、あの煉がそう言うのは私も信じられないわ。…何か理由があるんじゃないの?」


 桜は涙を溜めながらぐっと唇を噛み締めた。


「…理由があったとしても、どうしても嫌なの。煉のことは信じてる。信じてるけど、そんな事を聞いたらどうしても比べちゃうの。煉に似合う彼女になりたいって思っちゃうの」


 特に美人でも可愛くもない、背の低い桜にとって煉は本当によく出来た恋人である。気にしていないつもりでも、ふとした瞬間に煉のファンからの心無い言葉が揺さぶりをかける。本当に私が煉の隣にいて良いのだろうかと。

 そんな自分ごと包んでくれる煉を疑っている訳ではない。ただそんな煉の側にいるにも関わらず、ふとしたことで不安になってしまう自分自身に腹が立つのだ。今回は、可愛いと噂される人に煉の目がいったことで、一気に頭に血が上ってしまったのだ。

…勝手にやきもちやいて、八つ当たりするなんて本当に最低だ。


「桜の気持ちもわかるけど、煉の話も聞かないとね」

「…うん、話聞く。八つ当たりしたのも謝る」


 気持ちが落ち着いてくると、後悔の念ばかりが押し寄せてくる。

 だが、なかなか煉の元に行く勇気が湧いて来ず真未の胸に顔を押し付け、現実逃避を図る。


「…だそうよ、煉」

「え?」


 煉という言葉に反応して顔を上げると、教室のドアからひょっこり現れた。煉は罰が悪そうに微笑みながら、桜に近付く。


「全く、盗み聞きなんていい度胸じゃないの」

「悪いな。でも聞き出してくれてありがとな」

「煉の為じゃないわよ。…今度、桜泣かしたらもう手助けしないから」


 真未はジトッと煉を見据えると、桜を煉に押し付ける。桜は突然のことに為すがままだ。


「ごめんな、桜。俺そういうこと気付いてやれなくて。でも俺は桜でいいんじゃない、桜がいいんだ」


 ぎゅうっと、煉の広い腕の中に閉じ込められる。煉の温もりに止まった涙が溢れそうだ。


「ほ、本当?私でいいの?真未みたいに可愛くないし、たまに不安になってこんなことになっちゃうし…」

「そんなの俺の事好きだから不安になるんだろ?だったら大歓迎。それに桜は一番可愛い」


 桜の顔がぼっと顔が赤くなる。恥ずかしくなって桜は思った事を素直に口にする。


「れ、れれ煉も一番かっこいいよ!」

「ありがとな」


 砂を吐きそうな雰囲気の中で、鋭い声がかかる。


「で?煉が河合さんを見てたのは何故かしら?」


 真未の言葉に桜はハッとして煉を見上げた。


「そうだった!ああいうのも良いなって、どういう意味?」

「えっと、河合さん、だっけ?その人を見てた訳じゃないんだが、結果的にそうなったというか…」


 はっきりしない物言いに、桜の瞳が不安に揺れる。煉は、仕方ないという様に微笑んだ。


「河合さんが付けてたピアスだよ」

「…ピアス?」


 …どうしてピアス?

 桜の疑問は煉の言葉に飲み込まれた。


「この前、新しいピアス欲しいって言ってただろ?だから桜に似合いそうなの探してプレゼントしようと思ってたんだ」

「そっ、か…ピアス…」


 理由が分かれば桜の行動は早かった。


「勝手に勘違いして落ち込んで八つ当たりしてごめんなさいっ!」


 一息で言い終えると、綺麗な九十度の謝罪を披露する。


「いや、こんなことになるなら一緒に探しに行けば良かったんだ。桜のせいじゃない」


 勘違いさせてごめんな、と桜を抱き寄せる。嬉しいやら恥ずかしいやらで煉の腕にしがみつく。そして何やらピンク色の空気が漂い始めた。


「私こそ、本当にごめんねっ」

「桜…」

「煉…」

「はいはい、そこのバカップル。続きは家でしてくれるかしら?皆、目のやり場に困ってるから」


 真未の声にハッとして、近付いていた顔を押しのける。ちらっと辺りを見回すとクラスメイト達が気まずそうに目線をずらしているのが見えた。

…気まずい。恥ずかしい。


「れ、れれ煉!帰るよっ」

「おー。皆騒がせて悪かったな」


 真っ赤な顔で教室を飛び出した桜を追って、煉もにこやかに教室を去ったのだった。


「胸焼けするわ」

「俺、砂糖吐く」

「…さ、空気の入れ替えしようか?」

これにて終了です。ありがとうございました。

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