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彼まで×××  作者: 森草華
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背伸びして屈んで、重なる影

 太陽がポカポカ暖かい昼休みはゆったりと過ごすのが桜の最近の楽しみである。

 …それなのに、この状態は何なの。


「ねえ、煉と別れてくれない?」


 気持ち悪いほどに艶めいたグロスが塗りたくられた唇が愉しそうに歪む。一つ年上の上級生だとは思えないほどのケバさだな、と桜はどうでもいいことを考えていた。

 しかし上級生たちはそんな桜を気にも止めずに話し続ける。


「っていうかアンタ全然煉と釣り合ってないじゃん」


 これでもかというほど胸元を開けた女子が桜を見てふっと笑う。

 …悪かったな、背が低くて!これでもこの2年間で5ミリは伸びたんだからな!5ミリだよ!


「だよねー。ぱっと見、煉と兄妹にしか見えないじゃん」


 その途端に周りが一斉に笑い出す。それを桜は無表情で見返す。それに気付いた一人が桜を眉を寄せる。


「何だよ、言いたいことあるなら言えば?」

「いいえ?別にないですよ」

「っ、そういうのがムカつくんだよ!煉に守ってもらってるからって調子にのってんじゃねぇよ!」


 …ああ、この人は本当に煉のことが好きなんだ。他の人は楽しんでる状況でも、この人は真剣だし。…でも、私だって譲れないんだから。


「別れる」


 ぽそりと呟いた一言に、周りの動きは止まり、そして微笑まで浮かべる人もいる。


「、分かったなら早く煉に言ってき…」

「そう言えばあなたは満足ですか?」

「な、」

「確かに他人から見れば私は煉と釣り合っていないかもしれない。でも、」


 桜はすっと相手を見つめる。


「あなたが何と言おうと別れるつもりはありません。私は、煉のことが好きだから」


 …似合わないだなんて、何度も言われ続けた言葉に今更傷つく私じゃない。だからこれからだって何回でも言ってやるんだ。

 桜はニッコリと笑って答えた。


「それに私が妹なら、お姉さん達は煉のお母さん?みたいな」


 ふっと嘲笑うと相手方から一瞬表情が消え、一気に顔を赤くした。


「ふざけんな、この…っ」


 手を上に挙げられ、今まさに桜に振り落とされようとした、その時。


「桜!」


 桜の愛しい人の声が聞こえた。相手方も気付いたようだが、桜に落ちてくる掌は止まらない。

 …煉、ごめんね。間に合わないみたい。


「桜!…やめろっ」


 煉が切羽詰まったような表情をした後、空気が変わった。何故なら、当たるはずだった拳が桜の手でそらされていたから。そして桜の拳が相手の顎下にあったからだ。

 桜は無表情から、無垢な笑みを相手方に向けて、拳を顎にコツンと当ててから手を引いた。まるで何もなかったかのように。

 女子生徒たちは、無意識にゴクリと喉を鳴らす。


「だから、やめろっつったのに」


 煉が、呆れたように言いながら近づいて来る。その瞳は桜しか映していないかのように、まっすぐ桜の横に立つ。


「あー、だめだ。せっかく我慢しようと思ったのに…できなかった」

「そうか?だいぶ我慢出来てると思うぞ?」


 おそらく最初に出会った頃よりも、手を出すのが遅くなったということだろう。口より何より手が出る桜だったが、だいぶ改善されている…と思いたい。


「それより桜に怪我がなくて良かった」

「そんな簡単に怪我なんてしないよ。むしろ相手の心配した方が良いぐらい」


 桜の言葉に煉が思い出したかのように女子生徒たちを見た。しかしそれは、一瞬のこと。


「近江くん、私たち…っ」

「俺は桜さえ無事なら、他の奴が怪我しようがなにしようが知ったこっちゃない。つーか、こいつら誰?」

「ん?先輩」


 煉の言葉に女子生徒たちは青ざめる。桜がそばにいるから忘れがちだが、近江煉はもとよりこういう男なのだ。自分の内側に入れたものを大切にし、それを傷付けるものには容赦がない。つまり女子生徒たちは煉にしっかり敵認定されたわけだ。

 桜はお構いなしににぱっと笑った。


「まあ、先輩方が煉のこと好きなのはわかりましたが手を出すのはいけない事です。つまり、そちらから手を出してきたからこれから私がすることは正当防衛…ですよね?」


 桜がメキメキと骨を鳴らせ微笑めば、青ざめていた顔がさらに引き攣り、桜たちを振り向くことなく去っていった。

 桜はその姿を見ながら、はあーと息を付き、隣に立つ煉を見上げた。


「大丈夫か?」


 ポンと桜の頭を撫で優しい言葉をかけられる。

 …悔しい。煉はこうやって私を弱虫にさせるんだ。


「私、…煉に似合ってないって」

「そんなん他人が決めることじゃねえよ」

「…兄妹に見える、って」

「実際は恋人だろ」

「でも…、っ」


 先ほどまで譲れないと思ってた気持ちは嘘ではない。今でもそう桜は思っている。でも煉を前にすると途端に不安になるのだ。

 …なんでこんなに私達は違うんだろう。私がもう少し背が高かったら。もう少し、もう少し…。

 湧き上がる気持ちに耐え切れず、きゅっと唇を噛み締める。


「桜」


 名を呼ばれて顔を上げれば唇に触れる微かな熱が、桜の顔を赤くさせた。離れてすぐに煉の瞳が真っ直ぐ桜を射抜く。


「…俺は桜だから好きなんだ。俺は桜が好きで、桜も俺が好き。それだけじゃダメなのか?」


 桜はすぐさま、ぶんぶんと頭を振った。煉の瞳に影が過ぎったような気がしたからだ。

 …そうだ。何をごちゃごちゃ考えてたんだろう。私が不安になったら煉だって不安になっちゃう。他人なんて関係なくて、大切なのは…。


「煉が私のこと好きなら、それでいい」


 桜はきっぱりと告げる。そして煉にいつも通り微笑んだ。

 煉はにかっと笑って桜の唇に自分の唇に重ねた。

 …恋愛に身長差なんて関係ないんだから!

お読み下さりありがとうございます。

とりあえず完結ですが、もしかしたら小話を入れるかも知れません。


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