生徒手帳は必需品
「どうした?」
裏庭にある大樹の前で泣きかけていた桜に声をかけてきたのは、巨神兵かと思われる程の男子だった。その男子が大きすぎて(決して私が小さい訳じゃない!)光の逆行と重なって顔が見えない。しかし声色から心配している様子に桜は警戒心を和らげる。
「えと…」
…せっかく聞いてもらったけど、言えない…!ものすごく悲惨な数学のテストが風に飛ばされて、木の上に引っ掛かって取れないなんて…!
どう説明しようかと悩んでいると、目の前の男子は不思議そうに首を傾げる。
…どうしよう、言ってしまおうか。でもあんな悲惨過ぎるテストを他の人に見られる方が恥ずかしいし…。
「ああ、アレか」
桜が一人で悶々と悩んでいる間に目の前の彼が木を仰いでいた。視線の先には桜のテスト用紙がある。
桜は観念して頷いた。
「はい…。あの悲惨なテストは私のです…」
ここまできたら、と正直に話すと男子は一瞬固まったあとくつくつと笑出した。
「?」
「くっ、んな、正直に言わなくても…!ここからじゃテスト用紙かどうかもわかんないのに…ぶふっ」
「!」
…だ、騙された!
羞恥で顔を背けていると、次第に笑いが治まった男子が桜に近づく。
「悪かったな、笑ったりして」
「…いいえ」
「しかし、この距離は俺でも届きそうにねぇな…」
そう言いながらも男子は手を思い切り伸ばして取ろうとしていたが、目的物からは程遠い。
やっぱり落ちてくるのを待つか、と思っていると。
「…きゃあああぁっ!?な、何!何!」
「うわ!暴れんなって!」
…いやいや!そんなこと言われましても!
何故、私は見ず知らずの人にいきなり抱き上げられているの!?っていうか高すぎだから!怖すぎだから!地面が遠いー!!
桜の後ろからしっかりと腰を抱きかかえる男子の行動に驚いて、桜は混乱する。
慌てふためく桜のそばで、落ち着いた声が響いた。
「ほら、取れるか?」
「は、い?」
その声につられてか、若干落ち着きを取り戻した桜は暴れるのを止めて言葉の意味を理解しようとする。
…取れる?何を、…。
ふと上を見れば、余裕でテスト用紙が取れる位置まで来ていた。
桜は恐る恐る手を伸ばした。指先に用紙が触れるか触れないかの瀬戸際だったが、男子がしっかり抱えてくれているおかけで桜も安心して腕を伸ばす。
「と、取れた」
「ん」
そう言って桜を抱き抱えたまま、男子の顔がはっきり見えるところまで降ろされた。横抱きのような格好に桜は戸惑って顔を赤らめたが、男子の顔を見てさらに赤くなる。
…さっきまで気付かなかったけど、この人すごいカッコイイんですけど!
急に頬がほてっていくのが自身でもわかるほど桜は緊張していた。何故なら桜に近づく男子たちは身長をからかうばかりだったので、優しくて格好良い男子とは未知との遭遇だったからだ。しかし、桜にちょっかいを出していた男子はただ桜に構って貰いたいからという理由からだったのだが、桜には見事なまでに気づかれてはいない。むしろ、身長の事を言ってくる輩は敵だと豪語する桜にとって嫌悪の対象となっている。誠に残念である。
桜は上ずった声で男子に声をかける。
「あ、ありがとう。おかげで助かりました」
「いーえ」
お姫様のようにふわりと地面に降ろされる。
「あの、あ、あなたの名前は…」
「俺?俺は近江煉。君は?」
「わ、私は宇佐美桜です!」
「へえ。可愛い名前だな」
…か、可愛い?
名前の事だと分かっていても嬉しい気持ちが勝る。ニコッと太陽みたいな笑顔が桜に向けられて、一気に胸が高鳴った。
「ところでさ」
煉が一拍おいて告げる。
「なんで初等部が高等…ぐほっ」
「誰が小学生だ。あ?」
桜の得意技、必殺右ストレートが綺麗に煉の腹部に決まる。
桜はズイッと証拠を目の前でうずくまる煉の顔に突き付けた。
「1年6組、宇佐美桜!正真正銘の高・校・生!!今度間違えたらぶっ殺す」
「…っていうのが私と煉のあまーい初対面なわけよ」
「「「それでよく付き合う流れになったな」」」