カルシウム禁止令*
「んじゃ煉。今日は真未と牛乳買ってくるねー」
「おー」
桜が真未を引き連れて意気揚々と教室を出て行った。その光景を優しく目を細めて眺めていた煉だが、それを遮るように現れた二人によって微かに漏れていた笑みも成りを潜めた。
「桜はまた牛乳買いに行ったの?」
「ほんっと健気だなよなぁ!」
西尾と佐竹が煉の机の前と横の席に座る。佐竹はパンやらが入ったコンビニの袋を、西尾は弁当を机の上に置いた。
「煉と付き合うようになって牛乳飲む回数増やしたんだろ?」
「ああ」
煉は佐竹の言葉に頷く。
元々、桜は自分の身長を気にして牛乳を必ず一日一回は飲んでたが、煉と付き合うようになって三回に増えた。これ以上、煉との身長差を広げないように、妹に間違えられない為の桜なりの対策なのだが、結果は未だ表れてはいない。
「ふっ。可愛いだろ」
あまり好きではない牛乳を眉を寄せながら飲んでいるだろう桜の姿を頭に浮かべ、口許が自然と緩む煉はもはや重症である。
「うわっ、今なんかイラッときた」
「ふん。悔しかったら彼女作れば?」
「そんな簡単に出来るならとっくに作ってるし!くっそー。この中で彼女いないの俺だけかよっ」
西尾にも桜には劣るけど年下の可愛い彼女がいる。西尾の弁当はその彼女のお手製である事は周知の事実である。
因みに煉も桜からたまに弁当をもらっている。桜一割、桜の母親九割で作られた弁当を、だ。
西尾の弁当を恨めしげに見て、ああ…とうなだれる佐竹。
…何だか少し可哀相に思えてきた。
同じように哀れに思ったのか西尾も苦笑交じりに佐竹を見ていた。しかしすぐに妙案だと言うかのように、にっこりと佐竹に笑いかける。
「じゃあ、真未とかどう?美人だし、料理も上手だよ?」
確かに容姿は言うまでもない。料理も毎日自分で弁当を作っているから、かなり上手いだろう。ただし、かなりの毒舌だが。
…やっぱり俺は桜が一番可愛い。
どんなに小さくても、気が強くても、料理が下手でも、煉にとってみればそんな所さえも可愛いくて仕方ない。つまり何でも良いのだ。桜が桜のままでいてくれれば。
西尾の提案に固まっている佐竹に、煉は笑みを浮かべる。
「あーいいじゃん。お似合いお似合い」
「…ゴメンナサイ。僕まだ死にたくないので遠慮します」
…良いと思うけどな、女王様と犬って感じで。
「で、でも桜って牛乳飲んでいる割に背伸びねぇよな」
これ以上話題を振られたくないと言うように、佐竹は分かりやすく慌てて話を逸らす。それには深く突っ込むこともなく煉は佐竹の言葉に頷いた。
「そうだな」
全くとは言わないが、あまり変わらない。実際、二年で一センチしか伸びていないのだ。それでも桜はそれはもう大喜びで、周りが引くほど浮かれていた。
ふむ、と西尾が考え込みながらふと言葉を漏らす。
「身長は伸びてないけど、代わりに違うところが育ってるよね」
西尾がそう言うが、煉と佐竹はいまいちピンと来ておらず首を傾げる。西尾はいつも通り苦笑して言う。
「この間もよそのクラスの男どもがその話で盛り上がってたよ」
「ああ!む……ぐぇっ!」
煉は佐竹と同時に思い付き、桜のその部分を思い描いたであろう佐竹をとりあえず殴った。
「西尾。後でその話してた男、教えろよ」
「はいはい」
すっと煉は立ち上がり、西尾は苦笑した。
「いってらっしゃい」
すでに教室を飛び出した煉には聞こえていなかった。それどころではないのだ。
煉は飢えてる野郎どもの中にいる桜を救出するべく、購買へと足を早めた。
「あれ、煉。どしたの?」
「牛乳はもう飲むな!…いや、ほどほどで良い」
「ん?変な煉ー」
ケタケタ笑う桜のそれを見ていたことに気づいたのか、隣で真未が、蔑んだ目を煉に向ける。
俺も情けないな…、と煉は一人項垂れた。