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第二話:いざ、隠しダンジョンへ!・三

 各自が部屋を決めたあと俺達は、隠しダンジョンの各施設を回っていた。

 食堂や売店、そしてブリュンヒルデたっての希望でペット用の小屋などを見回ったのち、本日最後の場所として来たのがここだった。


 ──障害物一つ見当たらない、広めに取られたスペースと、強力な防御結界。

 そこは、ある程度強力な魔族が思う存分暴れたとしても傷一つ付かないほど頑強に作られた部屋。

 恐らく俺達が一年の一番長くを過ごすであろう部屋。

 それがここ、訓練区画だ。名前はまだない。ちなみに、この区画も勇者が怯むくらいおどろおどろしい名前をつけろと言われている。


「さて、ここが俺達が日々力を錬磨する施設だ。

 名前は追々決めていくことになるが、とりあえずは訓練区画と呼んでくれ」


 壁を叩いたり結界の発生装置を調べたり、既に戦闘の仮想を行っている者もいるなか、俺は書類を持ちながら部屋全体に届く程度の声を出す。

 各々の事をしていた候補生達が一斉に俺の方を向く。うむ、人の話はしっかり聞く姿勢が大変好印象だ。

 ……だが、そんな生徒達の印象とは裏腹に、俺のテンションは下がっていく。

 原因は、書類に書かれた一文にあった。


「……あー、今日の隠しダンジョン内の施設の紹介はこれで終わりになる。

 後はダンジョン内部の散策を行う予定もあるが、とりあえず今日はこれで終わりってことだ。この後は自由行動になる。各自好きな事をして過ごしてほしい。

 ……のだが、その前に今日を締めくくる最後の行事を行う事にする」


 正直、気が重い。

 あからさまにテンションの下がる俺を見て、候補生達がざわめきだした。

 ……一方で、ソフィーが楽しそうに笑顔を浮かべているのは気のせいではない。


「これから行うのはレクリエーションだ。

 結果によって成績や地位、給料などが変動する事はないのでリラックスして挑んでくれ。

 ……まあ、ここまで言えば何人かは察しが付いているかもしれないな」


 レクリエーション、訓練施設、結果によって評価が変わる事はないからリラックスして挑む。

 これだけのワードを出せば、優秀な彼らはこれから何をするか大体気付いている事だろう。

 疑問の表情を浮かべたのはブリギッタ、アヒム、そしてエレノアの三人だ。失礼ではあるが、なんとなく予想通りである。

 後のやつらの反応はさまざまである。

 攻撃的に笑みを浮かべるガンとブリュンヒルデ、イゾウにヒルダ、そしてアナスタシア。

 不安そうな顔をするダニエル、ユスティーナ、ライムント。

 そして自信ありげなクラウディアとジギスムント。


 ……うむ、大体彼らのイメージと一致する結果だ。

 意外だったのはユスティーナか。何時でも余裕ありげにしている彼女にしては……いや、まさかこのレクリエーションがどんなものか気付いたのか?

 一応確認してみよう。


「ユスティーナ。浮かない顔をしているな。

 気にかかる事があるのか?」


 他の者はまだ気づいていない筈。

 なので、分かっている者にしか気づかない問いを投げかける。

 

「……私の予想が正しければね。

 これの発案者、ガローズさんじゃないんでしょ?」

「お見事。ユスティーナは察しが良いな」


 ああ、やっぱり気付いていたのか。

 そうだよな、これから何をするかは分かっていて、それに対する自信があろうと──相手を知ったら、余裕じゃいられないよなあ。


「ではレクリエーションの内容を説明する。

 今から、俺を含む全員で模擬戦を行う。寸止めもない、下手したら死ぬ奴をだ」

「え、えええーっ!?」


 何人かは得心した表情でうなづく。疑問の顔を浮かべていたアヒムは、戦闘と分かると拳を手のひらに打ちつけて、獰猛な笑みを浮かべていた。

 対照的に驚きと不安の混じった声を上げたのはブリギッタだ。

 たしか彼女はLv4。知らなかったが、俺よりもLvが低い少女だ。命をかけた実戦……じゃなくて模擬戦か──は当然初めてだろうし、驚きもするだろう。


「……心配するな。死んでも蘇生できるさ」


 そう、俺達は──と言っても、人間も選ばれた者は可能だが──チリ一つ残らずバラバラになっても、割と簡単に蘇生できるのだ。

 進んだ魔法技術が死者の蘇生を可能にしたのはずっと前。寿命で死んだものでなければ、魂さえ残っていれば復活できるこの世の中だ。模擬戦で命を落とすなんて言うのは別に珍しい話じゃない。

 だからこうして魔族の行う模擬戦では実際に死者もバンバンでる。……まあ、数分で復活するので死ぬというより気絶という感覚のが近いのだが。

 俺も一回だけ死んだ事があるが、止めさえ刺されてしまえばあっけないものだ。死ぬ直前は文字通り死ぬほど痛いけどな。


「大丈夫だよブリギッタ。頭を打って気絶するのとそう大差はないから」

「うう……ゆすちー、本当? 大丈夫なのかなあ……」


 昔の死を思い出して恐怖に青ざめていると、部屋が隣同士のユスティーナがブリギッタの恐怖をやわらげようと言葉を掛ける。

 部屋の位置は示し合わせたものだったのか。この二人はどうやら仲が良いようだ。


「良い例えだなユスティーナ。ああ、大丈夫だ。ここには腕利きの術師が揃っているからな」

「本当ですよね……? うう、じゃあ頑張ります……」


 それでもブリギッタは不安なようで、今にも泣きそうだ。

 そんな彼女を微笑ましく見守っている候補生達だが──俺とユスティーナの表情は暗い。

 自らの死を悟っているからだ。


「話は纏まったか? そんじゃあさっさと始めようぜ!」


 攻撃的な笑みで首を回すガン。

 こいつは大分好戦的みたいだ。……ああ、そうだな。嫌な事はさっさと終わらせようか。

 

「よし、ならリクエストにお答えするか」


 自分に喝を入れる為、小さく息を吸う。


「それではこれより模擬戦の組み合わせを発表する。

 呼ばれた者は返事をするように……

 まずは、ガン=ハン!」

「おうよ! 一番手とは気が利いてるねえ!」

「続いてジギスムント=クラヴェル!」

「承知」


 あたりの表情が変わる。

 聞けば彼らは実力者同士で、たびたび争っては勝ったり負けたりを繰り返すライバル関係らしい。

 

「いきなりお前さんとか。

 相手に不足はねえな!」

「貴様との決着、今日こそ付けてくれよう」


 そんな関係があってか、二人は既に臨戦態勢に入っている。

 合図さえあれば今にもおっぱじめそうだ。

 ……でもな、違うんだよ。


「やる気になるのはいいが、お前達は間違っている。

 続けるぞ」

「うぬ?」

「……む?」


 疑問の声を上げるガンと、ジギスムント。

 ……疑問の声もごもっともだがな。それはこの先分かるさ。

 ユスティーナは頭を抱えていた。


「俺、ガローズ=オラシオン。

 アナスタシア=フェレ。

 アヒム=キーレンツ。

 イゾウ=アマギ。

 エレノア=キルスティン。

 クラウディア=イステル。

 ダニエル=ハイン。

 ヒルダ=アスタウェイ。

 ブリギッタ=シュミット。

 ブリュンヒルデ=ヘイロウ。

 ユスティーナ=フォルケル。

 ライムント=アーレンス。

 ……以上十四名! 対! ソフィア=トラジディ!」


「えっ?」


 誰が上げたのか分からない疑問の声が、同時にいくつか上がった。

 ……無理もないよな。

 いくら十四対一とはいえ──


「本日の締めくくりとして、皆さまのお相手をさせていただくソフィア=トラジディです。

 皆さま方は胸を借りるお気持でどうぞ気楽にかかっておいでませ」


 生きる伝説、魔界五指に入る実力者、宵を刻む姫ソフィア=トラジディと戦え、なんて理不尽も過ぎるもんな──


 ここにきて、ようやく皆気付いたようだ。ユスティーナと俺の、青ざめた顔の色素の正体に。

 あからさまに慌てふためくやつら、放心状態になるやつら、様々だ。

 その中でただ一人、殺戮メイドのみが笑っていた。


「……総員、戦闘態勢に入れ」


 半ばあきらめた顔で、っていうか流れる涙を隠す事もせず、俺は全員に指示を下した。

 とはいえど、下せる指示はこれだけだ。後はもう、一言を発する前にブチ殺されるだろう。


 しかしそれでも、候補生のほとんどが戦闘態勢に入る事が出来たのは、アカデミーの教育の賜物だな。

 しかし戦闘態勢をとれていないのも三人いた。戦闘態勢を取っていないのはエレノア・ブリギッタ・ダニエルの三人だ。

 ──とはいっても、どの道無駄か。みんな死ぬんだから。

 ならばいっそ早く終われ、と。俺は自らへの死刑宣告を高らかに叫んだ。


「戦闘開始!」


 俺が叫んだ瞬間、闇が爆ぜた。

 ソフィーがいたと思っていた場からは、それが錯覚であるかのように、闇の闘気の残滓のみが舞っていた。


「ちょっ……大人げなぼふぅ!?」


 刹那、候補生の一団の中から少女の声が響いた。 

 ……予想通り過ぎて言葉も出ない。クラウディアのものである。

 戦闘開始の合図とともに、高速で距離を詰めたソフィーが、クラウディアの腹部を貫いたのだ。素手で。

 当たり前ながら、即死である。眼から光を失った美少女が、崩れ落ちる。


 そしてこれまた一瞬だ。崩れ散るクラウディアに一瞬だけ眼を奪われた次の瞬間、またソフィアの姿が消えていた。

 今度は音すらない。シャドウスピアと呼ばれる魔術が発動し、ジギスムント・ヒルダ・ダニエルの影から黒槍が伸び、心臓を一突きにしていた。

 一瞬で三人殺られた。ソフィーを知覚し、大人げな──まで発音できただけ、クラウディアはやはり優秀なのかもしれない。


 あとはもう、簡単に1分クッキングだ。圧倒的な実力差を見せるソフィーが、まな板の上の食材を処理していくだけ。

 気がつけば、あたりは死屍累々。立つのは俺と、殺人的なまでに美しい笑みを浮かべる宵刻姫二人きりだった。


「クラウディア=イステルの言うとおり少し大人げなかったかもしれませんね。

 ……どういたしますかガローズ様。お望みならば模擬戦を終了いたしましょうか」


 それは、恐ろしいまでに妖艶で退廃的な誘いだった。

 要するにお前だけ生かしておいてやろう、と言っているのだ。

 ……その誘いに乗れたら、どんなに楽だっただろうか。

 元々俺はヘタレである。痛いのは嫌だし、出来るだけ平穏に暮らしたい。

 

 だが、俺は魔王様に──他ならぬソフィーに誓ってしまった。

 必ずや魔界最強の王になると。

 ……しかし、腕っ節だけで魔王に慣れたら苦労はしない。多くの者に慕われる器がなきゃ、ただの力自慢だ。

 

 ……だったら、俺だけ逃げるわけにはいくまい。


「いいや、勝負だ宵刻姫」

「……素晴らしい。それでこそ私の主でございます」


 妖艶な笑みが、少女の頬笑みに変わる。

 見惚れそうな自分の節穴を決意で擦り、敵の姿を視認する。

 ……が、まあ、あれだ。

 いくら決意を固めても、所詮俺はLv7。

 気付いた時には隠しダンジョン内の蘇生施設で、棺桶に寝ていた。

 ふたを開けて、上体を起こす。

 奇しくも、全員目覚めるタイミングが一緒だったようだ。

 俺を含めた十四人が、まるで寝起きのように上体を起こしてボーっとしていた。

 ……ソフィーは、この場にはいなかった。


 あ、Lv上がってる。

 ソフィーに殺されたことで、「負けと言う結果ではあったが戦闘をした」事が確定したのだろう。気がつけば俺はLv8になっていた。

 たとえ勝負にならなかろうと、ちゃんと戦闘をすれば負けても経験が積めるこの世界は間違いなく優良システムだ。酷い世界だと負けた上にそのLvで貯めた経験が全部パァになるところもあるらしい。

 心の眼で見れば、Lv4だったブリギッタなどLv6になっていた。

 しかし十四人で挑んで一人に負けただけでLvが上がっちまうとか……情けねえなあ。


「なあ皆」

「……なんだろうか、ガローズ様」


 皆へと発信した言葉を、ブリュンヒルデが拾う。

 悔しいやら訳分からんやら、皆大体が呆けていた。


「とりあえず、即死させられないくらいには強くなろうな……」

「……ええ、何時になるかは分かりませんが……そうありたいものだな……」


 当面の目標、即死しないを目標に。

 未来の隠しダンジョン構成員たちは、精進を誓うのであった。

 



隠しダンジョン(仮)Lvランキング


120 ソフィア=トラジディ

38 ブリュンヒルデ=ヘイロウ

36 ヒルダ=アスタウェイ

36 アヒム=キーレンツ

35 クラウディア=イステル

33 エレノア=キルスティン

32 イゾウ=アマギ

30 ガン=ハン

30 ジギスムント=クラヴェル

29 ユスティーナ=フォルケル

24 ダニエル=ハイン

22 アナスタシア=フェレ

21 ライムント=アーレンス

8  ガローズ=オラシオン

6  ブリギッタ=シュミット

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