第一話:ダンジョンボスとしてのお仕事・三
「では、此方が面接者のリストになります、皆いい人材ですぞ」
演説が終わり、今俺達はアカデミーの数ある教室の内、一室に来ていた。
教室じゃあ無かったが、俺も10年前には面接を受けたなあ。あの時は緊張したものだ。
……まあ、まさかこんなに早く自分が面接する側になるとは思わなかったけど。
「ええと……ソフィー。面接官の経験とかございませんか?
もしございますようでしたらアドバイスが欲しいのですが……」
なので、遠慮なしに補佐を頼る。あれだけ尊大そうな演説をかましておいて、気がつけばもう敬語を話しているあたり、俺の小心者加減も筋金入りだ。
ともかくメイド長であるソフィーならば、メイドの志望者の面接とかをした事があるんじゃないかな、と思ったんだが──
「はい、ございますよ」
予想通り、面接の経験があるようだ。
メイドとはいってもメイド長、しかも実力からして魔王城でも幹部みたいなものだもんな。
これは期待が出来るかもしれない。
「しかしアドバイスですか……そうですね。
我々メイドの面接では魔王様や他の幹部様方に仕えるに相応しい者であるかや、その者の人物を見たりしますが──
今回はいわば、ガローズ様が最高責任者という形になります。なので、ガローズ様が見たい事を確認し、その上で人員に加えるかどうかを判断なされば良いかと思います。
気負う必要はございませんよ、このリストにある者達は、魔王様が認めた者達です。
……そう、ガローズ様のように」
しかし、返ってきたのは思った以上に漠然としたアドバイスだった。
……そういえばそうか、俺が最高責任者になるのか……うぐぐ、胃が痛い。
さっき言った演説っていうのは、殆どが自分に言い聞かせているものでもあるんだよなあ。
もし魔王様が崩御した場合、最高難易度のラストダンジョンが破られたという事だ。その場で魔界を支えるのは隠しダンジョンだけとなる。
思った以上に重い責任に、胃痛が不可避のものとなる。
……けどまあ、それもそうだ。
最高責任者になるんだから、人に頼らず自分で選ばなきゃだめだよな。
リストに載る、殆どが俺よりもレベルが高い少年少女の名前に眼を通して行く。
まだアカデミーに入ったばかりの子もいるんだな。Lv4って子もいる。
「ではそろそろ一人目を呼びたいのですが、よろしいですかなガローズ様」
「ああ、お願いします」
丁度リストに眼を通し終わる頃、校長がにこやかに話しかけてきた。
見れば、面接開始の予定時間が迫っている。予想以上に演説で時間使っちゃったからなあ。
俺の答えに、校長が動き出す。そのままドアを開け、外に待機している生徒の名を呼ぶ。
「さて、では──一番、ライムント=アーレンス!」
「はい」
扉の奥から聞こえてきたのは、落ち着いた青年の声だった。
恭しくドアを閉め、深い一礼。……ふむ、若いのになんとまあ礼儀の出来たものだ。
用意された椅子の隣で止まり、青年は姿勢よく立つ。
「名前と種族、年齢をどうぞ」
手元にある書類……特技や自己のPRなどが書かれたものと情報を照合するため、既に答えを知っている質問を投げかける。
「ライムント=アーレンスと申します。種族はエンシェントドラゴン、年齢は162歳です」
緑髪のオールバックに片眼鏡という、恭しい態度と合わせて執事の様な少年は、当たり前とはいえど書類の内容と一部も違い無い情報を紡ぎだした。
ううむ、間違いないのか。エンシェントドラゴンとはまた凄い奴が来たな。
今はもう見る機会すらそうそう無い太古の龍、エンシェントドラゴン──
元執事志望だけあってLvはさほど高くはないが……それでも20を超えている以上俺よりは遥かに強い青年だろう。
エンシェントドラゴンって時点で、戦力としては申し分ないほどに伸びしろを感じさせるが──昨日ソフィーから聞いた通り、下手すれば一生を同じ場所で過ごす相手だ。
人格を中心に、様々な事を知っておきたい。
「ではまず、この度の推薦についてどうお考えか、お聞かせ願えますか?
……立場など考えない、自分の言葉でな」
丁寧語からあえて普段の口調に戻し、核心とも言える質問を投げ込んだ。
いきなり俺の口調が変わったことで、驚いた顔をするライムント。
だが──彼は、その言葉に対し口角を歪めて見せた。
人格を中心に知りたいと思う俺だが、それを知る上で一番大切なのは、まずは隠しダンジョンの人員になるという事についてどう考えているかだと俺は思っている。
魔王様が才能があると見出した者達である以上、その潜在能力に関しては疑う余地はない。だが俺が今一番気になっているのは、そのやる気だ。
どれだけ実力があろうと、仕事に対して意欲的になれるかどうかは今後大きく関わってくる。
のちに残る12名にも、この推薦に付いてどう思っているかは必ず聞くつもりだ。
「では最初に、私は本来の喋り方がこのようなものであるという事をご理解ください。
……この度の推薦は、魔王様のご期待を受けていると言って差し支えないものと考えております。なればこそ、私は強い希望とやりがいを感じ、この場所に存在しています。
もしガローズ様が私を人員の一名として任命して下さるのなら、私は命をも掛ける覚悟が出来ています」
見かけによらず、命をかける──などと熱い言葉を紡ぐライムント。
これが比喩や見せかけのものであれば失笑を誘うって話だが──
その瞳は何処までも真面目な、真実からつい出てしまったような本気の色に染まっていた。……もう半分決まったな。ライムントは合格だ。
たかが20年ほどしか歳が変わらぬとはいえ、下の世代にこれほど熱意のある人材が居る事に、思わず口角が上がる。
「解りました、では──」
半ば決まりかけた面接だが、それでも形式とばかりに質問を浴びせてゆく。
真摯な態度といい、完成された面接の力といい──元々は執事志望の青年だけあって、ライムントは質問に応えるたび自らの合格を確実なものとしていった。
……面接はまだ、始まったばかりだ。
──アークリッチ、ユスティーナ=フォルケル。
魔王様の期待を背負っているというのに、どこか余裕がある少女。
しかしその余裕で隠しきれない情熱を秘めている。
高い魔力を有するアンデッドの上位種族、アークリッチである事も注目したい。
「やっぱり強い使命感を感じるかな。
歴史に残る、だっけ。……さっきの演説にも興味があるし、全力を尽くすつもり」
──ブラックナイト、ブリギッタ=シュミット。
いくら魔王様の推薦とはいえ、少し気弱が過ぎる傾向あり。
とはいえその意欲は評価したい。すぐに慌てる少女だが、それだけに熱意が伝わってくる。
「わ、私なんかが魔王様のご期待にこたえれるかは分からないんですけど、頑張りたいと思っています!」
──フォールンエンジェル、ブリュンヒルデ=ヘイロウ。
凛とした武人堅気な少女。
その誇り高さもさる事ながら、面接した候補生の中では一番レベルが高く、堕天使という種族から保持する唯一の光属性が眼を引く。
「堕天した我が一族を拾って下さった魔王様のご期待だ。この身に代えても達成したいと思っている。
私程度の若輩が魔王様の眼に叶った理由は分からなかったが……先ほどの貴殿の演説、誇り高く素晴らしいものだった。貴方の様な方が居るのなら、魔王様の選択が確かだと納得が出来るというものだ」
──デュラハン、イゾウ=アマギ。
異界の文化に魅せられて自分の名を改名したという、自称「サムライ」。
戦闘への高い意欲と主君たる魔王様への忠誠心があり、注目している。
「魔王様のご期待、身命を賭して達成する所存でござる。
なにより、練り上げられた勇者達と剣を交えれるとあっては、拙者の剣も疼くというもの!」
──ラミアクイーン、エレノア=キルスティン。
おっとりとした少女だが、やる気はある様子。
何を考えているのか分かりにくくはあるが、これでも成績は非常に優秀。
「そうですねー……おかーさんに話したら凄く喜んでたので、がんばりたいですー」
──ゲンブ、ガン=ハン。
男らしく狭に厚いと高評価。アカデミーでは多くの人間が彼を慕うという。
土属性の強力な特技を使いこなし、成績は優秀。人格も高い評価を受けるなど、文句のつけようがない人材。
……が、まあこれは私見だが四天王の類、特に先鋒は任せれないと思う。
「がははは! 魔王様もお目が高いと思っておったわ!
あれほどの大人物に期待をかけられたんだ、漢なら応えんといかんのう!」
──アスタロト、ヒルダ=アスタウェイ。
今回選ばれた中では二番目の成績を持つ少女。ブリュンヒルデをライバル視しているらしい。
非常に珍しい魔神種でもあり、絢爛な容姿と共に眼を引く存在。
プライドが非常に高く、協調性には難がありそうなのが玉に瑕。
「ええ、勿論感謝しているわ。私に眼を掛けて下さった魔王様にね。
貴方、ガローズと言ったかしら。私程の者を採用しないと、きっと後で後悔するわよ?」
──ルサルカ、アナスタシア=フェレ。
非常に美しい容姿が特徴とすらいわれる、妖精種ルサルカの少女。
外見こそが特徴と言われているが故か、力に対し強い固執を持っている。
今回の選抜は、そんな彼女にとって刺激となっている。悪い方向へは転ばせたくはないが……
「ようやく努力が認められた、という思いです。このご恩には絶対に報いたいと思っています。
……もう笑わせない、誰も、絶対に」
──サイクロプス、ダニエル=ハイン。
強い身体能力が眼を引くサイクロプスの青年。
良くも悪くも性格は普通。心優しい年頃の青年である。
「み、身に余る光栄だと思っています!
──あ、えっと……みんなについていけるかは不安だけど、やるとなったら全力を尽くすつもりだよ」
──フェンリル、ジギスムント=クラヴェル。
静かながら強い闘志を秘める人狼族の青年。
あまり多くは語らないが、眼は口ほどにものを言う。
静かな物腰と熱い意志を併せ持つ。
「……誇りを持って事に当たるのみ。
貴殿との仕事、楽しみにしている」
──アジダハカ、アヒム=キーンツ。
ライムントと同じく、龍族の上位に位置する種族の青年。
熱い心を持っており、不器用ながらも溢れんばかりのそれが伝わってくる。
誰とでも仲良くできる、と書類にはあるが──嫌な所の見つからぬ快活さは成程、と思わせる。
「嬉しくて堪らねえ! こりゃ期待にこたえねえとって思うぜ!
俄然燃えてきた!」
──最後に、ニュクス、クラウディア=イステル。
今回二人目の魔神種、夜の魔神ニュクスの少女。
成績こそ目立ったものは残していないが、俺でさえ感じる計り知れない魔力に思わず唾を呑む。
……正直に言えば、この少女に関してはよくわかっていない。
採用していいものかどうか分からない、一番の悩みの種だ。
「魔王様に認められたというのが今一つ実感がわきませんね。
それよりも私は貴方に興味がありますよ。先ほどの演説、凄かったです!
……あら、どうしましたかソフィア様。
ふふ、嫌だ。そんな目で見ないで下さいよ」
ソフィーはこの少女がとても気に入らない様子だ。
Lv120と真っ向から睨み合える少女なんて、想定外も過ぎる子だ……
……さて、これで隠しダンジョン人員候補生総勢13名の面接を終えたわけだが──
正直にいえばかなり迷うな……どの子もやる気は十分だったし、俺の眼から見たら皆が逸材に見える。まあ魔王様が選んだのだから当然か。
「終わりましたねガローズ様」
「ええ、慣れない事をしたので少し疲れました」
最後の候補生──クラウディアの面接が終わった時から不機嫌だったソフィーが、いつもの声で語りかけて来る。
先ほどの険悪な空気など無かったかのように振る舞うその様は、流石メイドと言うべきか。感情のコントロールは一流だ。……いや、さっき激昂していた時点で今一つなのか?
ともあれ、濃い面子の面接の後だ。なかなかに疲れたものだ。
リストに眼を通し、先ほど面接を行った候補生たちと、名前と顔を照合していく。
机に突っ伏して、リストと睨み合う。
無作法も過ぎるが、生徒達を別の場所に待機させに行っているので校長はこの場にいない。ソフィーは……まあ、大丈夫かなあ。
なんとなく、慣れてきたな、と想いつつ思案に浸る。
「よろしければ、現時点で有力な候補をお聞かせ願えますか?」
すると、ソフィーがいつもよりやや楽しそうな声でそんな質問を投げかけてきた。
……そうなんだよな、それを考えにゃならんのだ。
ある程度絞れてはいるんだが──正直、かなり迷っている。
「合格を決めているのはライムント=アーレンスですかね。眼を引いたのはブリュンヒルデ=ヘイロウ、ガン=ハン、アヒム=キーレンツ、ユスティーナ=フォルケル、イゾウ=アマギの五名です。
……困りました、どの子も素晴らしい子ばかりです。
参考までにソフィーの注目している候補生をお聞きしても?」
俺が注目しているのは、合格を既に決めてあるライムントを含めたこの六名だ。
ただ、言った通りレベルの高い低いに関わらず、どの生徒達も俺の求める意志の高さを持った子ばかりだ。
この中から数名に絞るというのは、酷な話である。
なので、参考程度に補佐となる──実力的には完全に逆だと思うのだが──ソフィーの意見を聞いておきたい。
俺がそんな質問をすると、ソフィーは嬉しそうに笑顔を浮かべて応えてくれた。
「私としてはやはりブリュンヒルデ=ヘイロウが気になります。高い意識と実力を備え、ガローズ様への共感もある。候補生たちの中でも頭が一つ抜けています。
注目しているのは──ユスティーナ=フォルケル、ヒルダ=アスタウェイ、アナスタシア=フェレの三名でございます。
成績も優秀で、プライドが高いというのは高みを目指すに心強い要素となりますから」
と、そこまで言って口ごもる。
何事か──と。声をかけようとしたところで、ソフィーは続けた。
「不本意ですが、クラウディア=イステルも気になります。
イステルという姓、ニュクスという種族──彼女は『夜魔王女シンディ』の娘でしょう」
「夜魔王女シンディ……って、あの?」
思わず質問を続けた俺に、ソフィーは真剣な目で頷いた。
かつて魔王様のライバルだったという夜魔の王女、シンディ=イステル。お互いを高め合う関係にあり、魔界の地形を変える闘いを幾つも繰り広げてきたという、伝説のニュクス。……そうか、イステル、か。気付かなかった。
それを聞いたら、クラウディアも気になるな。
……ソフィーとの折り合いが悪そうなのは気になるが……ううむ。
考える時間のみが過ぎていく。
……隠しダンジョンの責任者として、この選択は重大だ。
だが、もう半分俺の答えは決まっていた。
問題はそれがどう出るか、だ。
「……なあ、少し良いかソフィー」
意を決して、自らの腹心となる少女の名を呼ぶ。
気がつけば、口調は昔のものに戻っていた。
「えっ……ガローズ様、今──
……いえ、今は置いておきましょう。
如何いたしましたか、ガローズ様」
この口調に戻したのはわけがある。
今の自分を捨てる為、隠しダンジョンの最高責任者として──自らの選択に覚悟を持つためだ。
俺の言葉を待ち、鎮まり返る教室。
俺は、ソフィーに自らの決定を宣言した。
第一話はこれにて終了です。
次回から第二話が始まります。




