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第一話:ダンジョンボスとしてのお仕事・二

「やあやあ、お待ちしておりましたぞお二方。

 ガローズ=オラシオン様とソフィア=トラジディ様ですな?

 この度は良く我が校に参られました」


 豪快に笑いつつ、俺達を迎え入れたのは、獅子の様な黒ひげが特徴的なアカデミーの校長だった。

 聞く処によると、校長の種族はデストロル。力自慢で有名な種族だが、成程良くできた身体をしていると思った。

 その気になれば今の俺なんかパンチひとつでダウンだろうなあ、と思いつつ、握手の為に差し出された手を握る。


「ガローズです。この度は私めの為に時間をお取り下さりありがとうございます」

「いやいや! 我が校から隠しダンジョンのボスを務める子が出るなど、これ以上ない名誉ゆえ。今はただ生徒たちへの誇らしさしかありませぬ」


 無意識だろうが、握手をする手には強い力がこもっていて、興奮であからんだ顔からその言葉が真実であるという事は理解できた。

 アカデミーの校長は、生徒達を我が子のように扱う人格者だと聞く。隠しダンジョンのボスとして任命される者が出るなど、嬉しくてしょうがないといった様子だ。


「ささ、立ち話もナンです、さっそく候補生達を紹介致しましょう」


 ぶんぶんと豪快に振るわれた握手が解かれると同時に、手が離れるか早いか。手を引く様な勢いで案内を始める。

 ううむ、本当に生徒の事を思ってるんだろうな。

 こんな所なら、一回通っておけばよかったかもしれない。そうすれば俺もいくらかは強くなってたかな。

 

 戦闘が苦手とはいえ、俺も魔界に生きる魔族の一人だ。

 強さに憧れが無いってわけじゃない……っていうか、憧れないわけがない。

 俺だって、ドラゴンや魔神などの最上位種と同等視される、エクスキューショナーの一人だ。しっかりとした教員の元で、しっかりとした訓練を受ければ終盤ダンジョンのボスも夢じゃ無かったかもな、なんて夢想した。

 

 アカデミーは魔王城の地下にあるため、移動中は変わり映えの無い景色が続いた。

 校長室から職員室や保健室を通過し、アカデミーのメインとも言うべき場所──


「ここが、我が校の誇る訓練施設、コロシアムですお二方。どうです、立派でしょう?」


 地底コロシアムへと到着する。

 魔族と人間の関係がもっと険悪だったころ、勇者達を捕えて魔物や魔族と闘わせた闘技場を改装した、いわく付きの場所だ。

 逆にいえば闘いに関するに、これ以上なく由緒正しいとも言えるのだが、やはりそんな話を知っていると気が引き締まる思いがあるな。


 しかしそれは、言葉の通りに立派だった。

 もはや興業目的の戦闘が行われていないため、観客席は規模を縮小し、闘技場を広められている。

 広く均された地面は、成程安定していて非常によろしい。ボスが待ち構える部屋は、ボスの方針にもよるが障害物も無く平坦な場所がベターだ。この方がかえって実戦的だろう。

 だが何より──天井の高さ。

 地下にあるというのに、光の魔法石を天井に埋めたそれはまさに人工の太陽。

 飛行を可能とする魔物の為にとられたこの高さは、暗く深い地の底にあるとは思えぬ解放感だ。


「ええ、立派ですね。地下にあるとは思えませんよ」

「そうでしょうそうでしょう! やはり生徒には全力を出して貰いたいですからな!

 ここだけの話、このコロシアムは私達が作ったのですよ!」


 デストロルの校長は外見から察するに、まあ600歳は超えているだろう。

 確かコロシアムが出来たのが500年前と聞いているから……まあ建設に関わっていてもおかしくは無い年齢か?

 このここだけの話ってやつは、多分ここに来る人皆にしてるんだろうな。

 微笑ましいのだが、笑いが少し苦いものになるのは仕方がないだろう。


 それよりも、だ。


「コロシアムも良いのですが、我が生徒達を見てください!

 どの生徒達も努力で才覚を伸ばした素晴らしい子達ですぞ!」


 そう、コロシアムがどうかより──このコロシアムで鍛錬をしている彼らがどうか、だ。

 この開けたコロシアムに、10人ほどの男女が点在していた。

 二人で組み手を行う者、筋力トレーニングを行う者、魔力を高める瞑想を行う者──

 各々が個性的な訓練をしていて、そしてその全員がなんだかそわそわしているように感じた。


「全員注目!」


 校長が大きな声を張り上げる。

 これが敵意を持って発されたものであれば、ここにいる何人かは竦み上がっていた事だろう。勿論、俺もその竦み上がる者の一人であろうことは間違いない。


「前々から話しては居ましたが、本日は名誉ある隠しダンジョンを作り上げていく人材をスカウトしに、隠しダンジョンのラスボスであるガローズ様と、その補佐であるソフィア様がいらっしゃっています。

 失礼の無いように、全力で自分を売り込みなさい!

 ……ではどうぞ、ガローズ様」

「へ、俺ですか?」

「ええ、彼らに挨拶の一つでもしてやってください」


 予想外の任命に、素っ頓狂な声が出る。

 き、聞いてないぞこんなの……? 問いただすような視線でソフィーを見るが……首を振られた。

 どうやらソフィーにとっても予想外の出来事だったらしい。

 ……ううむ、ここにいる殆どが俺より強い魔族達なんだろうな。

 いくら上位種族と言っても、身体を鍛えねばそれは一般人とそう変わりを持たない。

 ボスを目指して身体を鍛えてるやつらに向けてどんな言葉をかければよいやら──


 ……ええい、ままよ!

 半ばやけになった俺は、演説の開始を、今いる位置から一歩前に歩む事で示した。


「ええー……では校長に代わって失礼する。

 私が──いや、隠しダンジョンの長を務める以上、自らを偽ることはせん。

 俺が隠しダンジョンのラストボスを務めるエクスキューショナー、ガローズ=オラシオンである」


 生徒達にざわめきが巻き起こる。

 ……それもそうだろう。エクスキューショナーの隠しボスとか、一般教養を学んでいる魔族ならば即座に様々な想像が巻き起こる組み合わせだ。

 地獄の処刑人、無慈悲なる白銀の刃、鉄よりも冷たい戦の血──エクスキューショナーの恐怖を礼讃する言葉は、この魔界には数多く存在する。

 だが──


「エクスキューショナーと聞いて、諸君らは各々想像した筈だ、その名前の恐怖を。

 ──だが、はっきりと言おう。俺はこの場にいる誰よりも弱い。

 この歳までろくに闘いもせず、魔王城で経理などしている様だ。

 これから続く言葉が耳に入らず流れて出てしまっても、仕方がないと言える」


 静まり返ったコロシアムの中、俺の声だけが静かに響いていた。

 ……一拍を置き、俺は続ける。今度は声を張り上げて。


「しかし俺はこの場で叫ばねばならない、諸君らの協力を得る為に!

 とりたてた才能もない私をこの大役に任じて下さった、魔王様のご期待に添える為に!

 だがこれは自慢でも何でもない。諸君らもまた、魔王様の期待を背負う俺の同胞だからだ!」


 再び巻き起こるざわめき。

 ……やばいな。なんか俺、テンションあがって来てる。

 もうこれ完全に口調が昔のヤツに戻ってるわ。……だがもう止まらない。スピーチ楽しい。


「我らが背負ったご期待は、現在の魔王城を超える隠しダンジョンを共に創ってゆく事にある──それは遠い未来に万が一の話だが……魔王様が崩御なされた時。我らが魔界にとって最後の砦とならねばならぬという意味を持っている。

 分かるか? 魔王様に刃を付きたて、釣り上がった口角を貼り付けて来る下卑た勇者達を無慈悲に引き裂いてやるのが我らの仕事なのだ!

 ……しかし、今の俺には──諸君らにはそれをする力は無い。いや、魔界全土を探しても、魔王様を超える者などありはしないだろう。

 史上最高と呼ばれる偉大な魔王様を超えるなど、並大抵の努力では成らぬ。

 だが──俺は諸君らとならばそれをなしえる事は可能だと思っている。

 魔界全土より集められた、才ある者達。その全員が魔王様のご期待を背負ってこの場にいるのだ。魔王様の眼に間違いなどあろうはずもない。

 ──我々は必ずや、魔王様を超えられる」


 言葉を止め、周囲を──ソフィーや校長も含めて俺を除いた、総勢十五名全員の顔を一名ずつ見てゆく。

 表情だけでは心の底は分からない。だが……少なくとも全員が耳を傾けているのは間違いはなかった。

 ……一人だけ、この場で一番強いメイドさんがやたらと興奮した顔で俺を見ているのは、凄く分かりやすかったが。


 ともあれ、俺のスピーチはもう最後の最後の所まで来ていた。

 あとは──伝えたい事を持って演説を終えるのみ。


「演説を終えるにあたり、俺はこれだけは伝えておかねばならない。

 今ここに耳を傾けている十五名の協力が、必ずや歴史に刻まれるであろことを。

 ──隠しダンジョンのボス、魔界の最後の砦としてガローズ=オラシオンは魔界の歴史に宣言する。

 諸君らとともに、魔界最高難易度の無慈悲なるダンジョンを──次代のラストダンジョンを創ってゆく事を! ……以上だ。失礼した」


 この場で一番戦闘能力が低いであろう俺は、一礼をしてから最初に踏み出した一歩を取り戻すかのように、一歩だけ後ろへ下がった。

 あたりは静まり返っている。


 ……やっちまったー!?

 演説の内容自体は、まあ即興の支離滅裂ながら伝えたいことは伝えきった、まあ悪くは無いものだ。

 ただそれを、Lv7の若造が言ったとなれば話は別。

 各々のプライドをもって身体を鍛えてる彼らだ、さぞかし俺の言葉は滑稽だったに違いない。

 どうしようこれ……一人でも付いてきてくれるのかな。

 そんな不安が、胸中で膨らんだその時だった。


 何かが破裂するような快音が一つ、コロシアムに響き渡る。

 俺の胸中の不安が膨らんで破裂した音かと思ったが──違う。

 見れば、十三名の候補生の内一人が、手を合わせていた。

 ……手が開き、再び勢いよく閉じることで二つ目の快音が空気を変える。


 同時に一つだった拍手の音は同時に三つが巻き起こるようになり、六つ九つ、そして十三個。

 後から校長とソフィーのものが加わって──


 数は少ない、たった十五個の拍手。

 しかし全力で打ち出された十五の轟音が、滝のように俺の体を叩いた。

 拍手をする者の内には、先ほどのソフィーの様な表情をしている者もいる。

 これから成して行く事への期待と緊張が折り混ざった、興奮の紅潮だ。


「素晴らしい演説でございました、ガローズ様!」


 隣にいるソフィーが、やはり一番興奮した表情で俺の手を取った。

 其のまま千切れんばかりに上下に振るわれる俺の両手。痛い痛い! 本当に千切れるから! Lv差113は伊達じゃないんだから自重して!?

 取り返しのつかなくなる前になんとかソフィーをなだめ、手を放させた。

 ……演説が一応はウケた手前、情けない顔は見せられない。激痛にパニックを起こしそうになる頭をなだめながら、何とか俺は生還した。


「素晴らしい演説、見事でございましたぞ!

 ……それでは、面接を行いますので、皆さんは指定していた場所へ移動するように。

 何度も失礼しますガローズ様、ご案内いたしますのでご足労願えますかな?」


 校長の言葉にうなづき、俺は候補生たちをもう一度見る。

 ……全員がそうじゃないけど、見た目から察すると、だいたいが俺より20歳くらい若いかな? 平均160歳ってところか。

 先ほどまでとは違う、輝いた眼をする彼らから逃げるように、俺は歩きだす校長について行った。


 ……やめて! そんな目で見ないで! ガチで弱いLv7なの!

 そう叫びたい衝動を何とか呑みこみ、俺は再び地下らしい通路を歩き始めた。

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