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第一話:ダンジョンボスとしてのお仕事・一

「うう、気が重たい……」


 隠しダンジョンのボスに命じられてはや二日。

 俺は魔王城内にある自室の中、荷物を纏めていた。

 10年間と言う短い期間ではあるが慣れ親しんだ魔王城から、隠しダンジョンへと引っ越すためだ。

 とはいっても、箪笥や机なんかは俺が来るときにはもう有った魔王城の備品なので、俺の物と言えば生活用品や嗜好品の類ぐらいなもの。

 引越しの準備は俺の心とは裏腹に着々と進んでいる。


 ……いやね、魔王様の命だけなら喜んで従うんだよ。

 そりゃ幾ら上級種族とはいえ、貧弱一般人の俺が魔界最強になんてなれないとは想う。

 ただ魔王様が頑張れって言ってくれているんだ、こんな光栄な事はない。結果がどうあれベストは尽くすつもりだったさ。


 ただ、あの宵刻姫ソフィアが俺なんかの部下になるというのは完全に想定外だ。

 力が重視されるこの魔界において、魔界で五指に入るようなカリスマを部下にするなんて、恐れ多すぎて目玉が飛び出そうなハナシだ。

 しかもソレは本人の願いで、部下としての扱いを要求してくる。絶対者の命とあれば従わないわけには行かないし、かといってそんな絶対者に尊大な態度など取れよう筈もない。


 ……任期がどれくらいかは知らないが、もしかしたら一生。

 俺はそれだけの期間を胃痛と共に過ごさねばならないというのだ。

 魔王様からの大任よりも、こちらの方が気が重い。


「うう、終わってしまったか」


 そんな意思等関係ないとばかりに、引越しの準備を終えてしまう。

 後はもう、魔王様の一声を待つのみとなってしまった。


 出発は遅くとも一週間後とは言っていたが──何かない限りは今から五日後には俺は魔王城を後にすると言うことか。

 ……それまでの期間、何をしたものかな。現在、俺は引っ越すまでの期間は休暇の扱いとなっている。仕事を手伝いに行っても良いんだが……繁忙期でない今、新米の俺が行っても邪魔になるだけだろう。


「さてどうするかな……うん?」


 いっそ、今から修行でも始めようか……などと思案していると、自室のドアが乾いた音を立てた。

 規則正しい木製のリズム。所謂ノックと言う奴だ。


「ガローズ様、少し宜しいでしょうか」


 ハープを奏でたかのような高貴な声。

 規則正しいリズムと、美しい敬語。俺はその両方を同時に行うような人物に記憶があった。

 現在一番の悩みのタネだ。

 溜め息を何とか飲み込んで、ドアへと向かう。


「大丈夫です、ソフィアさ──」

「ソフィーと呼んでくださいませ、ガローズ様」


 宵刻姫ソフィア=トラジディ。

 最強のヴァンパイア・ロードにして、魔王様がもっとも信頼を置く人物の一人。

 魔界でも有数の重要なファクターで、今度から俺の部下となるお人だ。

 その地位はとても俺なんかが気安く話しかけれる場所にはない。

 だというのに有無を言わさぬ迫力で、子供の時のようなあだ名で呼ぶ事を要求する困った人だ。


「は、はい。申し訳ございませんソフィーさ……ソフィー。

 それで、私に御用でしょうか」


 様、とつけそうになったのを何とか修正し、怯えながら話す一経理。

 ソフィーは、それをやや不満を残した顔で受ける。


「敬語も止めていただきたいのですが──まあ、今の所は甘んじましょう。

 それでですが、隠しダンジョンに移転するための業務を明日から行っていただきますので、仔細を伝えに参りました」

「……いよいよですか」

 

 ようやく来てしまったか、と思った。

 この言い方だと明日からいきなり隠しダンジョン、ってことは無いと想うんだが、一体何をするというのだろう。


「ガローズ様、魔王城の地下にダンジョンボスを育成する施設があるのをご存知ですか?」

「え? はい、知ってはいます。あそこの運営も経理課の仕事ですので。

 通称はアカデミー、でしたっけ」


 ダンジョンボスの育成施設。

 各地から才能に恵まれた魔族達を集め、有能な教員の指導を持って次代のボス達を育成する施設、だったか。

 戦闘の知識を学び、実戦にて身につける。故にアカデミー。

 俺も一度は呼び出されたことがあったんだが、その時はもう経理に内定を貰っていたから断ったんだっけ。


「流石ガローズ様でございます。それならば話は早いというもの。

 では本題に入りましょう。

 明日、ガローズ様にはこちらの施設に赴いていただきます」

「発つまでそこで体を鍛えておけ、という事でしょうか。

 判りました、全力を持って事に当たります」


 どの道、修行はする必要があったようだ。

 自主的にそれを行おうとしていた俺だが、専門の知識を持った教員達に教えてもらえるのなら渡りに船だ。

 故にそれを二つ返事で受けようと思ったのだが──


「……? ああ、少し思い違いをなされているそうですね」


 どうやら、そういうことではないようだ。

 ……じゃあ一体何をしろと言うのだろうか。


「むしろ体のほうは休めておいてください。向こうに着いたら順序だてて体を鍛えてゆきましょう。

 それよりもガローズ様にしていただくのは──」


 一息を付き、ソフィア様が言ったのは──


「そちらから有能そうな部下を数名、隠しダンジョンの人員として見繕っていただくことです。

 能力は勿論のことですが、長く過ごす仲間です。性格や社交性も考慮してお選びくださいね」


 部下を増やせ、と。

 ただでさえもてあましている自称部下は、そう言ったのだった。

 ……ああ、なんだこれ。遠まわしなイジメなのだろうか。


「では、明日は私もご一緒いたしますので、また明日お会いしましょう。

 そうそう、集合時間を伝え忘れておりました。

 場所は魔王城地下二階のダンジョンボス育成学校前、時間は朝の八時を予定しております。

 それでは……またね、ガローズ」


 いつの間にか自分の手に余るものを両手一杯に溢れさせられた俺は、ああ昔のままのソフィーだ……などと思い出に浸りつつ、一礼をしてから去るソフィア様を見送った。

 独りになった後、俺の肩が落ちたのは様々な事柄のプレッシャーが重かったせいだろう……







「な、なぜ居るんだ……」


 時刻は朝の七時。言われていた時刻よりも一時間も前の時間。

 余裕を持って言われていた場所へ来たつもりなのだが──宵刻姫ソフィアは、時間にも厳しいらしい。

 確かにメイドらしいといえばメイドらしいんだが、自分の地位を考えてください。

 絶対にソフィア様よりも早く来ようと思ったのに、これでは一体何時間前に来ておけと言うのだ!


「おや、お早いお着きですね。

 まだ予定の時間までは一時間ほどあります、何処かで時間を潰されてはいかがですか?」


 当の本人はこの様子だしなあ。

 ……いや、本当にどうすれば分かってくれるのだろうか。

 ソフィア様との付き合い方は、戦力的にも俺の精神的衛生のためにも、これからの大きな課題となるだろう。


 しかし、この状況は本当に想定外だ。

 アカデミー側の都合もあるだろうし、予定を繰り上げてこの時間から開始するというわけにもいくまい。

 ソフィア様の言うとおり、このままでは時間を潰す他ない。

 ……朝食は自室で軽く済ませてきてしまったが、食堂でお茶でも飲みながら過ごすのも悪くはない、か?

 しかし、その間もソフィア様は此方で待っているだろうし、俺だけお茶しに行くというのも……ううむ、仕方がないか。


「では、食堂でお茶でも、と思うのですが……ソフィーも一緒にいかがですか?

 これから長い付き合いになるそうですし、親睦を深める意味でも──」

「行きます。是非ご一緒いたします」


 早い! 即答だよ!

 いつもの恭しい態度から、一度は断るかな、と思っていたらこれだ。

 ちゃんとソフィーと呼んだので、まさか割りこまれるとは思わなかった。

 ……この食い付きの良さ、まだ好意を持たれているという事で良いのだろうか。

 それにしたって、付き合いの難しい立場である事は変わらないのだが。


「わ、分かりました。では参りましょうか?」


 若干引き気味に、されど態度は崩さずに。

 敬語を続ける俺だが──


「はい! では行きましょうガローズ様。

 時間は有限でございますから」


 ソフィア様に昨日の様な、しぶしぶ敬語を容認している、という態度は無く。

 久しぶりの幼馴染との時間を楽しむ少女が、そこには居た。






「さて、時間になりましたねガローズ様。

 この度は非常に有意義な時間にお誘いいただいて、誠にありがとうございました」

「い、いえ。それほどでもございません……」


 食堂で短いティータイムを楽しんだ俺たちは、再びアカデミーの前に立っていた。

 俺の緊張から、昔話で笑い合うまではいかなかったが、それでも近況を話し合うその様は僅かながら昔の関係に一歩を進めたと思う。

 ……俺とソフィーの関係は、気まずさから俺が一方的に距離をとっていた形になる。

 幼い頃のものとはいえ、魔界最強の王になると、ソフィーと約束したのは確かだ。

 昔はとても仲が良かったのに……悪い事をしていたんだな、という自覚が湧いてくる。


「これで昔のようにお話が出来たら、言う事が無かったのですがね。

 それは追々直していただくこととしましょう」


 そう言ってほほ笑むソフィーの笑顔が、なんと無くさびしそうに見えた。

 最強のヴァンパイア・ロード宵刻姫、か。

 その名の意味する恐怖は、勇者だけでなく、力を重視する魔界全体に広まっている。

 いくら戦闘に関わらない経理とはいえ、俺にとってもその存在は絶対だ。


 ……それでも、ソフィーは俺の為にそこまで強くなったと言っていた。

 ならばソフィーの願いにも、応えてやりたいと思う。


「……ああ、少しずつだけど、努力していくよ」

「……! ええ、是非ともお願いいたします」


 これが昔だったら「ああ、努力しよう!」なんて自信満々に言い放っていたのだろうが。年齢と、隔ててきた年月がそれをさせない。

 ただ、こうして一歩ずつを歩んでいくのは、きっと悪い事ではない。そう思う。


「さて、では丁度時間になりましたし参りましょうか。

 まずはアカデミーの校長と会談していただくことになります。

 話は通っているのでスムーズに話は進むでしょう」


 いつものような、事務的な口調に戻したソフィーの顔は、なんだか嬉しそうに見えた。

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