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第三話:この腐れ外道め

 白く無機質な部屋。

 天井が高く、他に何もなく大きな机と椅子のみが置かれた殺風景な部屋に、十五人の魔族が一堂に会していた。

 ──ここは、隠しダンジョン内会議室。

 魔界の明日を担っていく予定の隠しダンジョンの行く末を会議する、隠しダンジョンの脳とも言うべき場所だ。

 俺は、その中でも明確に上座に位置する場所に座っていた。

 木ではない──大理石に似た白い石で造られた椅子は、俺のものだけが少しだけ豪華に作ってある。

 実力的に十四名の内十三名に劣る俺が(除いた一人とは良い勝負)この位置に座るのは少しだけ気が引けるが、それでも俺はこの場所に座る責務を果たさねばならない。


「さて、では第一回、隠しダンジョン会議を行おうと思う。

 例によってこの会議の名前もそれっぽいものにするよう達しがきているが、それもこの会議中に決めてしまいたいと思う。

 ソフィー、今回の議題を読み上げてくれ」

「はい、では僭越ながら私めが読み上げさせて頂きます。

 まずは隠しダンジョンの名と、各主要施設の名前を決定する事。

 隠しダンジョン内の罠の多さや、魔物の傾向など主な方向性等が今回の議題となっております。

 いきなりではイメージも浮かびにくいものでありましょう、まずはダンジョン内の方向性などを決めて行きたいと思っておりますが、いかがでしょうか?」

「異議なし」

「異議ないです」


 ソフィーに説明を引き継がせると同時に、手元の書類に目を移す。

 昨晩コピーしておいたこの書類は、構成員全員の手に渡っている。異議がない事を発言しつつも、書類に目を落としているものもいるようだ。

 ……さておき、そう。今日はこの隠しダンジョンの方向性を決めると言う重大な事を決めなければならないのだ。


 ソフィーが言ったように、罠の多さや配置する魔物の方向性とその数。

 宝箱を置く位置も考えなければならないし、どこでどのボスが待つか、なども重要だ。


「では、まずはラスボスたるガローズ様からは何か案はございますか? 具体的なものでなくとも大丈夫でございますよ」


 最初の議題が決まったところで、ソフィーが俺に意見を求めて来る。

 一応、まだまだ弱いとはいえど俺もダンジョンの長だからな。一番最初に意見を求められるのは妥当なところだろう。


「ああ、まだ漠然としか決めてはいないが、罠は多くしたいと思う。

 この隠しダンジョンの入口は魔王城の地下にある施設で、その鍵は魔王様が持っている。隠しダンジョンとは言っているが、実質的にはラストダンジョンの様なものだからな、魔界の未来を担う以上こういった保険は出来る限りかけておきたいと思っている」


 周囲から声が漏れる。その内訳は大体が肯定的なものだが、好戦的なやつらは少しだけ不満もあるようだ。

 戦闘力などを評価されてここに来た以上、そういうやつらもいるのは分かっていた。反論の声は想定以内のものであったので、次へと続ける。


「しかし、閉じる壁や落とし穴などの、所謂即死トラップは使いたくないとも思っている。

 即死トラップは初見ならば確実に勇者達を出発地点へと送り届けるほど強力ではあるが、それは逆にいえば体勢を立て直す機会を与えてしまうという事でもある。

 ならば、罠の威力は多少抑えめにしてでも先へと進ませた方がいいと俺は思っている。

 クロムウェル条約から不可避の即死トラップは作れない以上、上を歩かざるを得ない毒沼やダメージ床などで弱らせた勇者を叩くのが一番安定していると思われるが、どうだろうか」


 そう。侵攻する勇者達と、それを迎え撃つ魔族には一種の条約があるのだ。とはいっても、実際に条約を結んでいるのは魔王様と向こうの王族達であって、勇者達は条約の存在すら知らないとは言うが──

 ともあれ、その条約を制定した魔王様が健在な以上、進行を不可能とする類のトラップは使えない。

 しかし基本的に打てる手は全て打っておきたい俺だ。罠は出来るだけ多く配置し、弱った勇者達と戦闘をすることで手軽に戦意を折りたいと思っている。

 だが勿論これは搦め手である。好戦的な魔族には、こういった戦法を好かないやつもいるだろう。

 例えば──


「質問がござる、ガローズ殿」

「イゾウだな。ああ、是非言ってくれ」

「拙者としては、罠によって弱った勇者達と闘うのは避けたいでござる。

 出来る事なら万全の勇者と闘いたいと思っておるのですが、いかがでござるかのう」


 このイゾウ=イチハツなどもそうだろう。

 アカデミーの校長から渡された書類によると、一対一による正々堂々を何よりも好むという。

 弱った勇者達を淡々と処理するのは、彼としては好ましくあるまい。

 まあ、彼の性格は分かっていたので、その辺は考えている。昨晩ソフィーに殺されてから、外を出歩くほどの体力が残っていなかった俺は、今日の為に色々と考えていたのだ。

 

「その件は考えているぞ。イゾウには、罠の上を歩かなくても寄れる場所に待機してもらおうと思っていた。お前の部屋には、人間達の間でも人気と言われる「刀」類の武器アイテムを置くつもりだ。情報はある程度開示するつもりだ、腕自慢の勇者や戦士ならさらなる力を欲して、鍵を持つお前の部屋に勝手に訪れるだろう。

 それと、部屋の主がお前になる以上断っても構わんが、一対一が好きと言うことで、勇者達が代表者を選んでお前と一騎打ちをしなければならないという仕掛けも考えている。

 三人でボタンを押していないと部屋が開かないという簡単な仕掛けではあるが──単純ゆえに効果は保証されている。大別すればこれも罠の定義にはまってしまうかも知れんが、どうだ?」

「なんと! そこまで考えておられたのでござるか!

 是非ともお願いしたい所存にてございまする!

 練り上げられた剣士と一騎打ち……たぎりますのう」

「うむ、喜んでもらえて何よりだ。

 一騎打ちはもう無理だが、希望者がいれば万全の勇者と戦える部屋をあと二つは用意できるぞ。誰か希望する者はいるか?」


 喜ぶイゾウを落ち着かせ、立ち上がって構成員達を見て行く。

 すると、丁度手を上げる者が二人いた。

 ガンとアヒムである。

 ……うん、予想通りだ。っていうかこいつらの為にそんなルートを考えておいたんだけどな。

 

「アヒムとガンだな、魔王様を倒した後の勇者達だ。そんな奴らが万全の状態となると、相当手ごわいと予想されるが、それでもやるんだな?」

「おうともよ! 魔王様を打ち倒すなんて根性のある奴らと戦えるなんて、ワクワクするぜ!」

「俺ァせこせこした真似なんぞ好かんからな!

 どんな奴らが来ようとこの剛腕で、叩き潰すのみよ!」


 威勢良く返事をする二人に、思わず頭を押さえそうになる。まあ聞くだけ無駄だって解ってはいたんだけどな。

 条約さえなきゃ即死トラップのオンパレードにしたいところなんだが、それが出来ない以上やはり俺達の勝敗を決めるのはボスとしての強さのみだ。

 特別腕に自信があるやつらこそ罠の奥に配置したいんだが……アヒムなんかは特にテンションに左右されるヤツだからな。全力を発揮できる位置があるなら、そこに置かざるをえまい。


「ああ、ならいいんだ。ただやると口に出したのならば実行しろよ。

 ──お前達三人の役割は勇者を殺す事じゃない。万全な体勢を整えて隠しダンジョンに足を踏み入れた勇者達を無慈悲に撃滅し、心を砕く事だ。二度と魔界に足を踏み入れたくないと思うほど徹底的に、な」


 なけなしの殺気を振り絞り、全員に見えるように手を握った。

 Lv8程度の俺が偉そうに口に出すことじゃあないが、それでも仕掛けた発破の評価は上々のようだ。

 イゾウは……ちょっとした特別扱いも相まってか、少し感激しているようだ。輝かしい尊敬の眼が痛い。


「と言うわけで罠の量や種類については不可避の物を中心に考えていくとしよう。効果の方は地味なものだが、回復アイテムや回復呪文を頻繁に使わせる事が出来れば、作業感で勇者達の精神も疲弊させられるはずだ。

 纏めると、罠やボス戦を適度に配置し、精神的な疲弊を狙っていくダンジョンになるな。

 一応言うが、異議がある者は遠慮せずに言っておけ。他にいなければ次の事を決めに行ってしまうぞ」


 用意しておいた水を一口含み、唇を湿らせる。

 誰かの意見があるのならば取り入れておこうと思ったが──とりあえずの所、反対意見がある者はいないようだな。

 さて、次は魔物関連の話になるかな。

 

「……うむ、無いようなので、次の話に行くとしよう。

 ダンジョン内に設置する魔物の種類について考えたいと思うんだが、何か意見がある者はいるか」


 先ほどとは違い、今度は俺から他の者の意見を募ってみる。

 俺から意見を話してしまった場合、自分の意見を言うのを躊躇うものがいるかもしれない、と思ったからだ。

 とはいえ奇跡的に舐められていない、といった程度の俺の現状を鑑みるに、そんな事で委縮する奴はいないとは思うのだが。

 

「で、では私に意見があるのだが、よろしいだろうか」


 手を挙げたのはブリュンヒルデだった。

 こうした場で意欲的に意見を出していける者が居ると言うのは、やはり良い事だ。

 会議でも意見を出す事が出来、成績は優秀。礼儀も正しく光属性まで持っている。

 うむ、ブリュンヒルデはこのダンジョンでも中心人物となっていくだろう。


「ああ、遠慮なしに言ってくれ。

 絶対に採用できるわけじゃあ無いとは思うが、貴重な意見として参考にしよう」

「ほ、本当ですか? わかった、では言います。

 ──その、メタルキングプッチを配備したいと思うのですが、いかがでしょうか」

「ふむ──メタルキングプッチ、か」


 メタルキングプッチ。その名前を、口の中で転がすように発音する。

 プッチと言われるのは、可愛らしい丸いフォルムが特徴の、魔物の中でも限りなく最弱に近い初級も初級の魔物だ。

 その気になれば人間でも飼えるくらい温厚で、とてもじゃないが隠しダンジョンに配備するには力不足が目立ってくる。


 ……だが、このメタルキングプッチは違う。

 確かに戦闘能力だけを見ればそれは悲惨の一言だ。しかしこの魔物は魔王城にも配備されている。

 それがなぜかと言うと、ひとえにその身に含む魔素量の多さだ。メタルキングプッチには、魔素と言う「何か」が途方もないくらいに含まれている。

 この魔素というのは魔界の住人ならば量の差異はあれど、誰でも持っているのだが、メタルキングプッチの魔素含有量は魔物の中では疑う余地もないトップだ。

 俺たちにとっては魔素なんてあっても無くても変わらない、栄養素……にすらならぬ良く分からない何かだが、魔素は人間にとっては大きな役割を持つ重要な要素なのだ。


 魔素は、人間界ではこう呼ぶ。経験値、と。

 人間は魔物や魔族を倒し、魔素を吸って強くなる。それは魔族と人間の歴史が刻まれ始める前からずっと変わらない。

 そもそも魔族と人間の戦争は、人間がこの魔素を求めて魔族を虐殺したのが始まりだと言うくらいだ。

 今では圧倒的な強さの魔王様が戦争を終わらせ、勇者が攻め込むに護らねばならぬ条約を定めたが──っと、話がずれた。今はメタルキングプッチを配備すべきかどうかだったか。

 

 ──正直に言えば、あまり好ましくはないな。

 戦術の通り、メタルキングプッチは多量の魔素を含んでいる。

 勇者たちのレベルアップに貢献してしまうのはシャクだ。

 魔王様を打倒してやってきた勇者たちが更に強くなるなんて考えたくもない。

 だが、勇者たちがこのメタルキングプッチを求めて隠しダンジョンに足を踏み入れに来るという確率が高いのも、また事実。


 せっかく苦心して作るダンジョンだ、客が居なくば報われないというもの。

 アイテムだけじゃ来るかどうかわからなかったし……うーむ。


「そうだな、勇者を呼び寄せる要素は武具だけでは心許なかったところだ。

 強力な魔物とともに配備すれば勇者の消耗も誘えよう……うん、メタルキングプッチの配備、考えてみよう。

 いい意見だったぞ、ブリュンヒルデ」


 ええい、思い切って実装しよう。

 強力な魔物を一緒に置けば乱獲も防げるだろうし、あわよくば勇者を撃滅する事も出来る。

 ラスボスは度胸だ。

 

「はっ……はい! ありがたきお言葉であります!

 ふふ……メタルキングプッチ、楽しみです」


 そうと決まれば、メタルキングプッチを用意せねば。

 魔王城から番い(つがい)を貰ってこれれば一番なんだが……うまくいかなかったら予算から捻出するとしよう。

 うーん、しかし、なんだ。

 確かにブリュンヒルデの案は良い案ではあると思うのだが、なにか引っかかるな。本当に配備した効果を考えての案じゃないような……?

 

 俺が腑に落ちない顔をしていると、席の近いヒルダが此方へ耳を近づけろ、というジェスチャーをしてくる。

 それに従って耳を向けると、ヒルダは言う。


「ヘイロウはね、可愛いものに眼がないの。

 メタルキングプッチも、ほら──プッチ族でしょ?

 あの子プッチを何匹も飼ってるのよ……」


 ──なるほど。感じていた違和感はこれか。

 どことなく覚えがあるあの視線は、妹がペットをねだるときにしていたアレと同じものだったのか。

 気丈で高潔。女騎士、というイメージのブリュンヒルデの意外な一面を見た俺は、小さくため息を吐いた。

 確かに有望な奴らは多いんだが、この候補生たちというやつら、ひと癖もふた癖もある。


 とはいえ、それを御していくのもまた俺の仕事だ。

 魔王様から渡された任に応えるため、気合を入れなおす。


「さて、メタルキングプッチの配備は決まったが、まだまだ魔物は増やさなきゃならん。

 意見があるものはどんどん発言するように」


 こうして隠しダンジョンの会議は進んでいく。

 ……午後は戦闘訓練だったか。はあ、気が重い。


 のちに控えるデスゲームにため息を吐き、俺は机に突っ伏したい衝動を何とか抑える。

 代わりに水を飲み、気合を入れなおす。


「あっ、じゃあ僕にも一つ意見があるんですけど……」

「いいぞ、ダニエル。さっそく発表してくれ」

「はい、漠然とはしてるんですけど、自爆する魔物を置きたいなと──」


 この後も会議はつつがなく進み、やがて会議の時間は終わりを告げた。

 名前の方は決まらなかったが、それは急を要さないので別の日でもいいだろう。

 問題はこの後。

 ……これからが本当の地獄だ……

 皆が席を立っていくなか、ふとユスティーナと眼が合う。

 俺が小さく握りこぶしを作ってみせると、ユスティーナは苦笑しながら頷いた──

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