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プロローグ1:魔王様のお願い

「……ふむ」


 魔力で灯る蝋燭の白い炎が揺らす、薄暗い部屋の中。

 俺は今月の城内の状況を纏めた紙と睨み合っていた。

 幾つもの項目と、その項目に付随する数字の数々。


「今月はメタルキングプッチの子が大分増えた様だな。

 これなら多くの勇者の来襲数が望めそうだ。

 中々いい収支だな……もう少しプッチ達の住まう環境を良くしてやるべきか?」


 その一つ一つを精査し、呟き、思案し、纏める。

 数字の動きから未来の数字を予測し、するべき事を分析し、情報を纏めたものを上司たる魔王様に提出する。

 それが俺の仕事だ。

 この俺、ガローズ=オラシオンは所謂経理と呼ばれる仕事に就いていた。

 それも、現在の『ラストダンジョン』たるクロムウェル城にて勤務する──自分で言うのもなんだが──エリートだ。


 史上最も偉大と言われる魔王様の元で働ける俺は、この仕事に大きなやりがいを感じている。

 まだ働き始めて十年目の新米だが、先輩方は優しいし、稀に魔王様の戦いを見れるのでとても充実した仕事だ。

 何より魔界の命運を左右するこの魔王城の経営に関われるというのが、何よりも誇らしく、強いやりがいを感じる。


「……よし、今日の分はこんなもので良いだろう」

 

 その上、しっかりと業務をこなしているという事もあるが、残業だって少ない。

 本当にいい場所に就職できたものだ、と我ながら頬が緩む。

 書類に釘付けていた視線を外し、壁に掛けてある時計に眼を移す。……定時まではまだ少し時間があるな。書類に不備がないか最後に少し確認しようか。


 一応は確認を終えた書類。完璧であるはずのそれに再び眼を通して行く。

 妥協なしに作成し、チェックした書類とはいえ万一すらも許されてはならない。

 俺は、書類の海に漂う幾つもの項目に眼を走らせ始めた。


 ……その時だった。

 俺にとって、運命の扉が叩かれ、また開いたのは。


「おいガローズ、まだいるか?」


 渋く低い声とともに、部屋の扉が叩かれる。

 この声は──キリングオーガのゴランド先輩かな。


「あ、はい。今書類の最終チェックを行っていたところです。

 どうしたんですか、先輩」

 

 叩かれるドアへと移動し、自らの手で開け、先輩を招き入れる。

 俺の部屋ってわけじゃあないんだが、こうして訪ねて来てくれたのだ。敬意を払うのは当然のことである。

 だが、ゴランド先輩は部屋に入らず、少し慌てた様子で言った。


「いやな、魔王様がお前を呼んでいるんだよ。

 あの様子じゃミスがあったって感じではなかったが……それでも魔王様がお呼びだ、早く行った方がいいんじゃあないか」

 

 ……成程、慌てるわけだ。

 多くの魔物が住まうこの魔界の最上位に位置する方がお呼びなのだ。

 いくらクロムウェル様が温厚な方とはいえ、一秒足りと長くお待たせする訳にはいかないものな。


「了解しました。魔王様はどちらにいらっしゃいますか?」

「玉座の間だ。なんでもお前にとって大切な話があると仰られていたぞ」

「解りました。では急ぎます。ご報告ありがとうございました!」


 魔王様の居られる場所を聴き、先輩に頭を下げて歩きだす。

 幸い、ここからだと玉座はそう遠くない位置にある。

 温厚で気さくな魔界の最高権力者の元へと、俺は急ぐ。


 魔王城勤務とはいえ、経理である俺はそれほど高い能力を持っていない。

 なので魔王様には少しだけお待ちいただいてしまう事になってしまうかもしれない。

 故に急ぐのだ。全速力で!


 貧弱な俺の全力を駆使して程なく、俺は大きな扉の前にいた。

 勇者の旅の終着点となり、幾人もの勇者がその命を散らした場所だ。流石に威圧感が違う。

 走った事によって乱れた息を整え、その大きな扉を押しあけていく──


「ガローズ=オラシオン、只今馳せ参じました」


 右手を心臓の前に置き、片膝を付いて頭を垂れる。

 この魔界における最上級の礼である。


「ああ、よい。面を上げなさいガローズ。

 さあ……此方へ来なさい」


 深い威厳のみで構成されているのではないか、と思うほどに荘厳な声が、俺の頭を上げさせた。

 失礼のないよう一礼を忘れずに立ちあがり、正しい姿勢で歩んでゆく。

 十分に近寄ったと思われる、失礼でない距離で俺は立ち止り、再び片膝をついた。

 ……魔王様をこんなにお近くで拝見するのは久方ぶりだ。

 未だ第一形態の老人の姿だというに、そのお体から溢れる魔力は計り知れない。

 俺は思わず唾を呑んだ。このお方が敵でなくて本当によかったと思う。


「ホ、悪いのう。緊張させてしもうたか」

「い、いえ滅相もございません! しかし……やはり魔王様の御前とあっては聊か緊張致します」


 俺の思いを見透かしたかのように、労って下さる魔王様。

 ああ、なんと情け深い事か。やはりこのお方の元で働ける事に誇りを感じずにはいられない。


「ふむ……ではなるべく早く済ますかのう。

 ……ソフィア、おいでなさい」


 魔王様が面の向きを変えると、その方向からメイド服に身を包んだ少女が現れる。

 銀色と表現するほかない、輝きを感じんばかりの美貌だ。

 細い肢体、鋭い瞳がまとめ上げる可憐な顔……そして一本一本がミスリルを想わせる美しい蒼銀の長髪。こんな少女が魔王城No.3の実力者とは考えも及ばぬだろう。

 ……宵刻姫ソフィア。魔王城のメイド長にして、魔界でも五指に入る実力者だ。魔王様の専属である以上、俺の上司と言う事にもなる。


「此方にございます、魔王様」


 恭しく、何処までも優雅に一礼をすると、宵刻姫は魔王様の隣に立つ。

 ……出世したもんだなあ。昔は幼馴染だったんだよな、ソフィア様と。

 Lv120を越えたヴァンパイア・ロード……たった二つの要素の組み合わせだけで、相対するものを震え上がらせる彼女は流石と言ったところだろう。

 昔みたいにソフィーなんて呼び捨てにできないと考えると、少し悲しい。


「さてと……これで役者が揃ったのう。

 ガローズよ。お前とソフィアには頼みたい事がある。

 そして、ソフィアにはもう了承を取り付けてあるのだ。

 ……この件はお主次第となるのう」


 たっぷりと蓄えた白髭を撫ぜつつ、魔王様は優しげに笑った。

 ……だが、その笑いは優しいなんてとんでもなかった。

 魔王様の願う事が俺次第、なんて受けないわけにはいかないじゃないか。

 この状況、実際には選択肢なんてないのと一緒だ。

 まあ選択肢があろうとなかろうと、俺が出来る事だったら全力を尽くす所存ではあるけどな。


「お人が悪いですね……断る事など出来ようはずがございません。

 このガローズ=オラシオン、全力を持って事に当たらせていただく次第です」

「うむ、うむ。そうか、受けてくれるかガローズよ。

 くく、良かったのうソフィアや」

「……っ。本当にお人が悪うございますわ、魔王様。

 ですが、ええ。この度は私めの願いなどを聞き入れて下さり、感謝の言葉もございません」

「……?」


 なんだか、思っていたのと違う展開になってきたな。

 もともとはソフィア……様の願い事だったっていうのか?

 まあ、昔の話しとはいえ幼馴染の願い事だ。できるだけ叶えて差し上げたいとは思うが。


「では、了承も取り付けれたところで本題に入るかの」

「はっ」


 優しい笑みをたたえつつも、厳格な空気を取り戻した魔王様に、俺自身の態度も改まる。

 一体何を言われるのだろうか。無理難題でないといいなあ、などと考えつつ、魔王様のお言葉を待つ。


「お主の種族はなんだったかのう、ガローズや」

「はっ……エクスキューショナーの血を継いでおります」


 魔王様に自らの種族を問われ、正直に答える。

 ──エクスキューショナー。魔界の処刑人と言われる、人型魔族の最上位種族だ。

 高い魔力に高いステータスを誇り、その強さはボスキャラ級。実際にボスを務めている同族もたくさんいる。

 しかし──


「お恥ずかしながら申しますと、その……

 この年まで戦闘の類は殆ど行ってきませんでしたので、未だLv7の貧弱な身体にございます」


 そうなのだ。この俺、ガローズ=オラシオンは……最上級魔族の血を継いでいながら、戦闘はからっきしのヘタレボディの持ち主なのだ。

 戦っているよりも書類管理の方が楽しいという、魔族としては完全にアレな人なのだ。

 それゆえにダンジョン管理者・経理としては何処へ行っても恥ずかしくない実力を持っていると自負してはいるし、戦闘よりも頭脳を重視した魔族はそう多くはないので重宝されてもいる。

 だが魔王様が種族を問うて居られるのだ。しかも、俺の種族を恐らく知っている上でである。

 戦闘関連の技能を求めている事は、ほぼ間違いない。


「ふむ、よいよい。要は伸びしろがあるかどうかを問うたまで。

 エクスキューショナー……それも、オラシオンの家の者となれば、安心して任せる事が出来そうじゃな」 


 魔物の強さは、血筋に依る所が大きい以上、俺にも多分魔王様のおっしゃる「伸びしろ」がある確率は高い。

 だがこの歳──186歳まで戦闘をしてこなかった俺に、魔王様の下す命が務まるであろうか。

 同じ年代のエクスキューショナーならLv60を超え、ダンジョンのボスを務めている者も少なくはない。

 そんな奴らと比べ、俺に伸びしろがあるというのだろうか。


 俺の不安など何処吹く風、魔王様は楽しそうに頷きながら、細められた目を開く。


「では改めて命じよう、ガローズ。

 今度嘆きの大地に隠しダンジョンが開かれる事は知っておるか?」

「……ええ。この城のマナをいくらか建設に回しておりましたので、存じてはおりますが詳細の程はまだ……」

「いや、知っているのならよいのだ。まだひな形が出来ただけで、何も決まってはおらぬからのう。

 ……だが、これで色々な事が一気に決まったぞい」


 髭を撫ぜつつ、魔王様は笑う。

 ……なんだろう。すげー嫌な予感がする。


「ガローズよ。お前にはこのダンジョンの長として、隠しボスになってもらう事となる」


 魔王様が言った事は、嫌な予感にはこれ以上ないくらい触れることで。

 それでも、俺が予想だにしていない、思いもよらぬ任務だった。

 隠しダンジョンの長。それはつまり、ラストダンジョンである魔王城を統べる、史上最高の魔王クロムウェル様より強くなれって言う事で──


「な、なんですとーっ!?」


 ガローズ=オラシオンの受難は、始まったばかりだ。

 

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