其ノ二
先日、珍しく重金先輩からの連絡があったかと思ったら、この金髪少女とそのお母様のお二方が見えられる旨を告げられました。
祀る神こそ邪神ですが、権力や名声という部分を重視するならば、姫神様の傍仕えの巫女という地位は、実に申し分の無いものです。
それはこのお二方がわざわざこの島に来て、選定の儀に臨まれた事からも分かる事です。
しかしそれも、“私”という“地元の四捨五入すれば三十路女”によって妨害される事態になってしまいました。
自尊心をいたく傷つけられたお二人は、例の巫女の選定の儀をやり直せとあの日から今まで何度も要求したらしいのですが、実際に巫女として傍にいる私と姫神様の生活が順調そのものだった為、大社を運営する市の神務課からストップが出ていたのです。
神務課の同僚、そして上司の心を思うと、今までの御苦労と感謝で涙が出そうです。
『正直相性悪そうなんだけど、これ以上機嫌を損ねると面倒なのよねえ。知事や国会議員さんからもオハナシがあってね、かなり本気で討伐依頼検討されているらしいのよ』
あの重金先輩をしてこう言わせたあの二人は、相当厄介な人物であるとの印象を私に植え付けてくれました。
そしてそれは、どうやら間違ってはいなかったようです。
「沙織=エトワール・聖土城様」
「何よっ」
ギッ、っと睨みつけられてしまいました。
どうやら本来就くべきだった地位を横取りした私は、彼女の中ではバッチリ敵認識の様です。
こう言っては何ですが、気が強い面倒な性格はお母様だけかと思っていました…。ご本人もなんですね…。
「お話はお伺い致しておりますが何分急な事ですので、引き継ぎ期間といたしまして2週間ほどご一緒に生活する様、指示を受けております」
「何ですって!?」
「何所よそんな指示出したのは!?貴女ここを離れたくないからってデタラメ言ってるんじゃないでしょうね!?」
食いついたのは娘さんだけでなくお母様もでした。
「こちらです」
ぺらり、と用意された辞令を二人にお渡ししますと、「なっ…!?」と言ったきり黙り込んでしまわれました。
それは、神仏省からの辞令書でした。
我が国における宗教統括最高顧問機関にして、内閣の一端を担う神仏省の辞令には、その筋では名家の聖土城家といえど引き下がるしかありません。
さすがは重金先輩、そつがありませんね。
「ふ、ふふふ」
「え、エトワールちゃん?」
突然不気味に笑い出したお嬢様に、お母様も戸惑っています。
かと思うと、突然こちらにびしっと指を突き付けて、
「いいわ!受けて立ってやろうじゃない!どちらが巫女にふさわしいか勝負しようって言うんでしょう!?こんな30のオバサンに負けるなんて絶対あり得ないわ!!アタシがこの神殿の巫女よ!!」
ここは神殿では無いのですが……。
小学生の子供には、神様の違いなど些細な違いでしかないのでしょう。
「あの、沙織様」
「アタシの事はエトワールって呼びなさい!良いわね!?」
結局彼女もお母様も、最後まで目の前にいる姫神様に話しかける事はありませんでした。
こうして、私と金髪美少女ことエトワール様が姫神様の巫女として仕え、またエトワール様の保護者様という事でお母様もこちらに残られる事になり、当面は姫神様を入れてこの4人で暮らす事になりました。
期間は2週間ほど。
それまでに色々注意事項を覚えて頂かなくてはならないのですが……。
「ちょっと、アタシの服出して置きなさいって言っておいたでしょ!?聞こえなかったの?オ・バ・サ・ン!」
「貴女何度言わせるの?エトワールちゃんはピーマンと人参が苦手なのよ!?まさか貴女、巫女の地位を奪われそうになって、あの子に危害を与えるつもりじゃないでしょうね!?やはりここは大作先生にお願いして……」
「ほんっと、何にも無い所ねここは!つまらないわ!ねえアナタ、何か芸でもしなさいよ!アハハッ、いいわねそれ!面白かったらアタシ付きのメイドとして雇ってあげても良くってよ!」
「邪神の神殿なのだから財宝の1つでもあるかと思って調べたけど、驚くほど何もないわね。ただ大きいだけじゃ無いの。…あらやだこんな所に埃が。貴女、貴女、そんな事後で良いからここ、拭いておいて頂戴。まったく、掃除一つまともに出来ないなんて、一体どんな教育を……」
最近イライラが収まらない姫神様に、せめて少しでも機嫌が良くなる様にとお汁粉を作っていたのですが……。はあ、そんな事、ですか……。
確かにこのお二人は、あんこはあまり好まれない様ですがね。
そもそも高級品しか口になさるつもりはないようで、業者を呼びつけて食事を運んで貰っている様です。
一応規則として一般人は入れない事になっているので、業者さんは奥殿までは来れません。
なので、必然的に私が本殿まで毎回受け取りに行かなければなりませんでした。
お部屋の掃除、洗濯、身の回りの準備、他にも細々とした用事を言い付けられ、最近の私は姫神様のお相手をするより、このお二人にかかり切りになる事の方が多いです。
最初こそ指示通り、姫神様とエトワール様の仲を取り持つべく間に入ってみたりしました。
姫神様の方は、一応素直にエトワール様に話しかけたり遊びに誘ったりしましたが、エトワール様はああいう気の強い性格で、気が向かないと返事をなさいませんし、機嫌が悪いと邪険にする事もあります。
「なんでまほはそやつらの言う事ばかり聞くのじゃ?あやつ等は自分の事ばかりでろくに感謝もせぬ。そんな奴等にぺこぺこぺこぺこ頭を下げておるお主は見とう無いのじゃ。見ろ、あやつ等の撒き散らす邪気のせいで、この社もだいぶ汚れてしもうた」
見れば、いつもと同じようにきちんと掃除している筈の部屋の隅には埃が溜まり、あれほど美しかった真っ白な壁面も、どこかくすんで黄ばんでいる様に見えました。
人の心の穢れに長時間触れ続ければ、神の心も歪みます。
唯でさえ邪神な姫神様には、僅かとはいえこの穢れはあってはならないものでした。
「…………姫神様、私、重金先輩に相談してみます」
予定期間は後1週間ありますが、邪神様も、そして私自身も限界が近づいていました。