其ノ一
私が邪神様改め、姫神様の巫女になってから3か月ほど経ちました。
季節は冬に変わり、周囲は雪に覆われていて、外へ出る事も儘なりません。
姫神様は、そんな雪などものともせずに日がな山奥へと行かれますが。
何でも、山に住みついた妖怪さん達の様子を見に行っているのだそうです。
豪雪というほどではありませんが、足元の悪くなるこの時期、普段にも増して人の気配はありません。
それはこの神域に限った事では無く、この島全体がそうなってしまうからです。
観光場所と言えば邪神を祭る大社くらいしかない、しがない孤島のこの島では、わざわざ寒くて雪に埋もれたこの季節、本土から来るお客さんはめったにいません。
妖怪さん達は、一部を除いて神域からの出入りがある程度自由に許されているらしいのですが(ここへ来て初めて知りました!)、からかう対象がいなければ、わざわざ山を降りる事はありません。
妖怪さん自身としても、雪をかき分け麓に降りるのは面倒、という理由もあるみたいです。
そんな静かな年末を迎えようとしていたある日、この島にとんでもないお客様がいらっしゃいました。
「ふうん、アナタが邪神ね?いい事?アタシは巫女なんだから、邪神は邪神らしく聖なる巫女の言う事を良く聞いて、大人しく従っていればいいの。分かった?分かったらさっさと返事しなさいよ!まったく、さすが邪神様ね。アッタマ悪くて困るわ」
私が巫女選定の時、千早を渡し損ねたVIPな金髪少女でした。
「アタシが巫女なんだから、アナタもういなくて良いわ。どっか行って」
小さな金髪の少女は、そう私に冷たく告げました。
まるでそれが当然だとでもいう様に。
「聞こえなかったのかしら?嫌ねえ、この島の人間ときたら皆グズなのだから。貴女の役目は終わったのよ。とっととこの場所から出てお行きなさい」
偉そうにふんぞり返るのは娘だけでは無く、そう、あの始終べったりくっついていた厄介な母親まで一緒でした。
正直、胃が痛いです……。
「なんじゃ、不愉快な奴等じゃのう」
「(って、姫神様!)」
小声でたしなめますが、姫神様は腕を組み不機嫌な表情のまま、鼻息を一つ、フンッ、と鳴らしました。
「(こちらの方々は本土でも名の知れた退魔のお家の方、くれぐれも丁重に対応する様に、と先輩からも言われています)」
「ほ、人格の方はたかが知れておるようじゃがのう」
「(姫神様っ!)」
言いたい事は分かりますが、できればもう少し小さな声でお願いします!
無遠慮に内装をじろじろと見まわし、値踏みし、挙句文句をねちねちと言ってはばからない親子を、姫神様はまるで仁王像のような表情をして睨みつけていらっしゃいます。
今にも変な方向に爆発してしまいそうな、そんな雰囲気の姫神様の気を少しでも静める為、私はこしょこしょと耳打ちします。
「(あの方々のお家には、勇者を召喚する権限があるのです。相手がその気になれば、姫神様を討伐対象指定とする事も可能でしょう)」
勇者。
それは世界各地からの要請により、異端となった堕ちたる神を封印し、狂ったり凶暴化したり、本能を抑える気がなかったりして、人間の手に負えなくなってしまった邪神を討伐する専門の祓い師集団の中でも、世界一と呼ばれるほどの霊力の使い手の事を指します。
そしてその強さは、彼に狩れない邪神はいない、とまで言われるほど。
勇者の称号を持つ者は、現在世界にただ一人。いわば神殺しのエリートです。
特に現在絶賛邪神として封印指定中の姫神様なら、一発で討伐対象とされてしまうでしょう。
そんな私達の敵、とも言えなくも無いような危険人物を呼び出せる権限を、この2人は持っていたのでした。




