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其ノ四

引き続きナマモノ注意報出ています。

「まほ!?まほ!気が付いたのかや!?……良かった、もう大丈夫なのじゃ」

「うう、ん……ここは……」

 気がつけば、奥殿の私の私室に寝かされていました。


「とんでもない目にあったわね。気分はどう?水、飲んでみる?」

 くすくすと笑いながらコップを差し出す重金先輩に、姫神様が喰ってかかっていました。

「何で笑うのじゃ!?まほが倒れたのじゃぞ!?一大事では無いか!!」

「気が付いたのならもう大丈夫でしょう。心配いりませんよ」

 そうよね?とこちらを見る先輩に、良く分らないながらも「はい、大丈夫です」と返すと、姫神様はまだ微妙に納得していなさそうではありましたが、少し落ち着かれた様でした。


「ええと、状況が良く分らないのですが…」

 何となく重金先輩に頼ると、心得ていた様に状況の説明をしてくれました。

 本当に頼りになる先輩です。


「と言っても大した事無いのよ。ほら、森や山には姫神様があちこちから拾って来た「古神」や「妖怪」が住んでるって言ったでしょう?」

「ええと……、はい」

 でもまさか本当に見る事になろうとは、正直思っていませんでした。

 今までその類の事には一切縁が無かったですから。何度も言いますが。


「貴女が会ったのはこの森の「あやかし」の中でも特に古くて一番大きな「妖し神」様ね。姫神様は「法師」とお呼びになっているわ。きっと新しい巫女がどんなのか、気になったので見に来たんでしょう。大方姫神様が真帆ちゃんの事をあれこれ自慢したのでは?」

「なんじゃ、気に入りの者を自慢して何が悪い。…まあ確かに、あやつがまほに興味を抱くなぞ思ってもみなかったがの」

 後半部分でちょっと声のトーンが落ちたのは、『アレ』を見て気絶した私に対する罪悪感みたいな物が少なからずあるからだと、思っても良いのでしょうか。


「なあ、まほ」

「はい、姫神様」

 身を起して布団の脇から身を乗り出す姫神様を見つめます。

 姫神様の瞳は、いつになく真剣でした。


「まほは、「あやかし」が苦手か?」

「そうですね、実際に見たのは初めてで吃驚しました」

 それはもう、気絶する程に。

 飲み込んだ筈のその言葉は、もしかしたら姫神様には筒抜けだったかもしれません。

 くしゃりと、姫神様が辛そうに顔を歪めました。


 いつも自信たっぷり、傲岸不遜、大胆不敵な姫神様が初めて見せるそれは、同胞に対する人間の勝手な嫌悪感を、この私も持ち合わせていた事に対する悔しさ、みたいな物でしょうか。


 同胞、というのは少し違うかもしれません。

 彼女の同胞はあくまで神なのですから。

 それでも、自分と似た様な立場の生き物に手を差し伸べる事で、彼女自身救われた気になっているのかもしれません。

 ……やっぱり人間の浅慮、ですが。


「人は、いや、そもそも神自身でさえ、自分に都合の良い物をこそ「神」と呼び崇めるが、都合の悪い物は見捨てられ、放置され、いずれ何らかの形で消されてゆく」

 それは、いつもの幼子の様な姫神様では無く、長い歳月を経て来た大神様のお言葉の様でした。


「わらわはの、ただ、そんな風にして行き場のなくなったあやかし(あやつら)を保護しているだけなのじゃ。長き年月を生きるわらわの下におれば、少なくともあやつらは誰にも返り見られる事も無いまま、不条理にとり殺される事も無い」

 俯いたその表情は見えず、私はまるで年を経た老婆と話しているような錯覚すら覚えていました。


「無闇に怯え無くても良いのじゃ。元は同じ国に住む生き物同士、仲良くしろとまでは言わん、せめて嫌わないでやってくれ」

 小さく、頼む。と聞こえて、私は思わず「ごめんなさい」と謝っていました。


 話には聞いていましたし、理解しているつもりでしたが、実際には理解が足りていない、というか、自分には関係無いと、そもそも話半分に聞いていたのは間違いなく自分です。

 私にだけでは無く、「この国の人間全て」に本当は聞いて欲しかったであろうその言葉に、私は自分の言葉としてしか応える事はできません。

 それでも、ここにいる限りは、怖がらない様になりたい。

 ……そう、思いました。


 当然それは、姫神様の為にも。


「いきなりだったので吃驚してしまいましたが、今度は気絶しない様に踏ん張ります。覚悟は出来ましたから」

 少々おどけた風に言ったのは何となくですが、少しでもこの重苦しい空気を払拭したかったからかも知れません。

 姫神様にシリアスは正直似合わないですし。


「そうか!」

 途端に、ぱっ、と姫神様のお顔が明るくなりました。

 それを見て私と重金先輩はくすり、と顔を見合せ微笑みます。

 分かりやすいですね。


 ―――と、つんつん、と布団の上の手を突かれるような感触があり、私は視線を手元に落としました。

「……まあ」

 お腹の膨らんだ小さな小さな鬼の子が、私の手を楊枝みたいな鋭い物で突いていました。

「こりゃっ、わらわの巫女にちょっかい出すでない!」

 喝!と姫神様が大きな声を出すと、その鬼の子はぴゅうっと居なくなってしまいました。

「あれって、飢餓状態の子に見られる症状、ですよね?あの子、ご飯食べられてないんでしょうか…」

 野良にご飯を上げるのは本来良くない事なのですが、野生では行き難い事もあるでしょう。可哀そうに思った所で、姫神様と先輩にじと、っとした目で見られました。


「馬鹿者、あれはああいうイキモノじゃ」

「駄目よ、下手に餌付けなんかしちゃ。あっという間に群がって収拾が付かなくなるわよ。その内時間も場所もわきまえずにご飯の催促に来て、貰えないといたずらする様になるわ」

「いたずらで済めば良いがな」

 そ……、そんなに大事になるんですか……。


「大体、この山にいて飯が食えぬなどという事があるか馬鹿者」

「あ、す、すみません」

 そうでした、ここ神域に拾って来たという事は、ここなら食料に確実にありつけるという保証があるからなのでした。


 ぽんぽん、と叩かれて布団の脇を見ると、烏帽子を被った平安貴族みたいな恰好の小さな2足歩行のマメシバがっ…!!

 あまりの可愛さに絶句していると、今度は黒猫が何処からともなくやって来てどっかり布団の上に腰を下ろしました。あら、この猫さん、尻尾が二股ですよ…?

「こりゃ、人の布団を座布団代わりにするでないわ!!」

 喝!と言っても猫さんはどこ吹く風。ああ、猫ですものね。

 よく見れば、この部屋じゅういたる所に、小さな、見た事も無い生き物が溢れています。


「あらあら、ずいぶん集まって来たわね。皆新しい巫女様にご挨拶したかったのかしら?」

 くすくすと重金先輩は笑っていますが、一気に増えたこの視覚情報のせいで、私の頭は早くもパンク寸前です。


「あっ、姫神様がさっき神力をお使いになったから、その残滓のせいで真帆ちゃんにも見えてしまっているんだわ。そうよね、いきなりだと吃驚するわよね」

 驚いてばかりの私に気付いた重金先輩が何かに気付く様にぽん、と手を叩くと、姫神様も慌ててこちらに向き直りました。

「はっ!?そ、そういえばそうなのじゃ!お主、今こ奴らが見えておるのじゃな!?間違いないのじゃな!?」

「え、まあ、はい」

 姫神様の剣幕に驚きつつも、私はマメシバさんの手をふにふにしながら答えます。

 感覚は、あるような、無いような……。


「そうか!小さき輩共は可愛いであろう?怖くはないであろう?」

 なっ、なっ、と期待して見上げる姫神様に、

「これ位なら大丈夫そうです」

 と安心させるように微笑み返しました。

 きっと、もう大丈夫。


 そう思った私の目の前で、宙に浮いていた半透明なクリオネもどきが、その名が示すが如く頭頂部を「くぱあ」と開け、中からサメの様な牙がぞろっと出て来た事により、私は本日2度目の失神をする事になるのですが。


「もうお前等、巫女へのいたずらは絶対禁止じゃ!こんの、馬鹿もの共が!」


 そんな姫神様の怒鳴り声を、落ち行く意識の隅で聞きながら。




ここまで有り難うございました!


次回より第二章です。


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