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其ノ三

生物(ナマモノ)注意報発令中。

 そんな、姫神様と過ごすようになってひと月。

 秋もだいぶ深まったある日の事。

「わらわばかり茸を取りに行かせよって。まったく、お主も相当神使いが荒いのじゃ。もう良い、許可するから、わらわの代わりに森へ行って茸採って参れ」

 そんな姫神様のひと言で、私は森に足を踏み入れる事になりました。

 茸狩りは姫神様が自主的に行っていたものであって、私が何か言った訳では無いんですが……。

 それに、問題が一つ。


「申し訳御座いません、姫神様。私、茸見分け付かないんですよ」

「何じゃと?」

「どれが食べられてどれが食べられないのか、分からないんです」

 スーパーのキノコで育った現代っ子ですから。

「お主……情けないのう、ここの所毎日茸尽くしだったではないか」

「申し訳御座いません」


「仕方ないのう」

 姫神様はやれやれと言った風情で肩をすくめました。

 ……何処で今の所作を覚えられたのでしょうか。

 どう見てもちょっと背伸び幼稚園児です。行ってて精々小学校1,2年ですよ。

 神様的な威厳がこう、日々失われて行っている様な……。

 絶対に口には出しませんが。


「よし、わらわがとっておきの場所に案内しようではないか!ほれ、今すぐ行くぞ!」

「えっ!?今からですか!?」

 季節は秋。

 今がいくら昼間とは言え、油断してるとあっという間に暗くなる時間になっていました。

 しかし傍若無人な姫神様は人の話など聞かず、さっさと靴を履け、などと人を追い立て、私の手を引き森の中に分け入って行ったのです。

 振り返ってついて来いと言ったその表情が、妙に嬉しそうに見えたのは気のせいでしょうか。

 ……なんとなく、まあいいやという気分になって、私は姫神様の後をついて行きました。


 山に続く森は鬱蒼として昼間でも薄暗く、時折風もないのにがさごそと音が聞こえたりするものですから、慣れない私は何処かで音がする度にびくびくと周囲を見回しながら、あのいつものずるずるする衣装をものともせずに森の中を突き進んでゆく姫神様の後を追っていました。


「あの、もう帰りませんか?」

「なんじゃ、まほ!まだまだ茸狩りの本番はこれからじゃぞ!」

「ですが、今日使う分くらいは十分採れましたし、時間的にもそろそろ本格的に暗くなってくるかと。正直今でも少し怖いですし」

 薄暗かった森は、時間が経つにつれその暗さを増し、いよいよ本当の闇に覆われようとしていました。

「そうかのう?これっくらい何でも無かろうに。まほは臆病じゃのう」

「姫神様は慣れていらっしゃるかも知れませんが、何分私はこの場所に入るのが初めてですし、こう足下がおぼつかなければ、帰る事もままならなくなる可能性も…」

 地元の山の麓で遭難、なんて御免被りたいです。

 知人に知られたら間違いなく爆笑されるでしょう。


「そうか、まほは人の子であったな。むう、いたしかたない。今日は後1箇所で終わりにするとしよう!」

 そこは帰って下さるんじゃ無いんですか!?

「もーちょーっと行った先にアカマツがあるのじゃが、そこの近くに生える茸がとーっても美味なのじゃ!」

 まさか。

 その言葉がもたらす推測に、私は思わず固まってしまいました。

「ほれ、暗くならない内に行くのじゃろう?急げよ!」

 獣道を苦にもせず、たったか歩いて行く姫神様に、私は意識を取り戻して慌ててついて行きます。


 思えばここで引き返すべきだったのです。

 理性が働いているようで、私は自分の思考がぶっ飛んでいる事にまるで気付いていませんでした。

 そう、私は清廉潔白でいなければならない巫女の癖に、

『松茸!!』

 ……の事しか頭になかったのですから。


 この事については後日、いたく反省する事になります。

 完っ全っに、欲が勝ちました。

 体は清らかでも、心まで清らかとは限らない良い見本では無いでしょうか。

 ……本当に精進が足りません。


「もうすぐじゃぞ!」

 姫神様が先に立って振り向いたその先は少し開けていて、松らしき木々が生えていました。

 不意に、バサバサ、という大きな音がして、思わず周囲を見渡します。

 斜面の先、どうやらカラスが大量に飛び立った、という事は理解出来ましたが、目の前の『ソレ』は、私の理解を軽く飛び超えるものでした。


「…………」

「…………」

 どうにも、目が合っている気がします。……それに「目」があるのならば。


 背だけがひょろ長い『それ』は、一言で言うなら“生っぽい汎用人型決戦兵機”…みたいな。

 ……腐っている様子が無いだけマシでしょうか。ああ、これが現実逃避ってやつですね。

 その“生っぽい汎用人型以下略”は、長い身長をまるで前屈の様に屈め、その顔に当たる部分を木々の隙間から覗かせ、私と姫神様を、じっ、と、じっ……と。


 もごりと、顔の下半分が口の様に動いた様に見えた後、『彼』がどうしたのかは知りません。

 

 何故なら私は、どうにも面目ない事に、人生で初の気絶を体験していたのですから。




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