其ノ二
大社の外観については、よくあるファンタジー神社を想像して頂ければ。
それから、私達は仕事の概要について話しながら外観を見て回りました。
この大社は歴史ある建物の筈ですが、見た所傷も色落ちも無く、まるで真新しい建物の様でした。
「わらわのおかげじゃな」
と、聞かれもしないのに邪神幼じょ、こほん、姫神様が胸を張りましたが、何でも神がおわす神聖な建物は常に神気に満ちている為、朽ちる、という事が無いそうです。神様って凄いですね。
一般人は表にある舞殿と祭事を執り行う本殿正面しか見れませんから、私自身中に入るのは初めてです。
姫神様や巫女が実際に寝起きする奥殿は、明るく開放的な本殿とは違い、静謐で神秘的な雰囲気漂うお社でした。
また、本殿から奥殿、奥殿周りの庭園に至る全ての回廊においては、中央部分に水が流れており、庭園のそこかしこを流れる川や池に繋がっています。
庭園の先はやや鬱蒼とした森になっており、最終的には御山に繋がる様です。
このお山様も大社から続く神域ですから、いかに全体の敷地が広大であるかが分かりますね。
姫神様は、この神域からは1歩も出られません。
その様にはるか昔から封じられてしまっているのです。
それは、その身に余る強大な力のせいとも、その邪神が故の性格の為とも言われていますが……。
「姫神様と共に生活するにあたって、貴女もこの神域から出られなくなるけれど、その事については良いかしら?」
「あ、はい、……大丈夫です」
仕方ありません。でも……、私はともかく、今まで幼い子が遊びに来るまでほとんど独りきりであったであろう邪神様、いえ、姫神様……。
この言い方にも慣れないといけませんね。どうしても普段の癖が…。
ばれて怒られて万が一被害が拡大したら、地元の皆に合わせる顔がありません。
その姫神様は、これまでずっとこんな広大なお屋敷みたいな場所で寝起きしていて、お寂しくなかったのでしょうか……。
「真帆ちゃん?」
「あっ、すみません、先輩」
「……少し疲れちゃったかしら?無理もないわね、いっぺんに色んな事があったんですもの」
「なんじゃ、軟弱じゃのう。そのような事でわらわの相手が務まると思うてか」
「誰しも最初はあるもの。無理をしては長くは続きません。姫神様も、そうころころ世話役が変わるのは落ち着きませんでしょう?」
「それは、……そうじゃが」
「大人の女性が久し振りで落ち着かないのは分かりますが、姫神様もそう緊張して構えなくても宜しいと思いますよ」
え?今、邪神様に似つかわしくない言葉が聞こえた気がしますよ?
誰が、緊張している、と?
「むうう~~~っ、わらわは緊張などしておらんのじゃ!!」
「はいはい、存分に甘やかされて下さいね。まあ、真帆ちゃんならしっかり躾もしてくれるでしょうけど」
「わらわは子供では無いわ!!!」
まるっきり子供の様です、邪神様。
「あの、先輩、この大社、どの辺まで清掃すれば良いでしょうか?さすがに全部、じゃないですよね」
正直顔が引きつりました。
改めて施設の確認を、という事で外周りを見て、次に社の中を見ていますが、部屋数が恐ろしい事になっていますよ?
「奥殿とその先の庭だけで良いわ。とはいえ毎日全部は無理でしょうから、客室などはこちらで手配します。場所柄、そうそう穢れる事もありませんし、清掃が入る際にはこちらから連絡するわ。それで貴女にはここから先の住居として使う部分と、庭はその縁側から見える範囲をお願いするわね。それと、庭の奥の森には入っちゃ駄目よ。危ないから」
「危ない、んですか?」
神域の森はそもそも誰も入らないので、何があるのか、どんな生き物が住んでいるのかさっぱり分かりません。
だからでしょうか?危険だなんて話、初めて聞きましたよ?
「このお山様は神域だけど、姫神様の遊び場でもあるし、色々住み着いているものもいるから。せめて入るなら姫神様と一緒でないと」
危険な動物でもいるんでしょうか……?
「まったく、姫神様の拾いグセにも困ったものです。行き場を失った古き神やら妖怪やら、10月になる度にどっかから拾ってくるんですから」
え?
「わらわは悪くないぞ、悪いのは神でさえも捨ててしまう人間の方じゃ!」
「はいはい」
そういう、問題、なのでしょうか…?
「あの、こ、こここ、ここ、出たり、とか」
幽霊や妖怪は昔から駄目だったんですよ!聞いてるだけで背筋がぞっとするって言うか!
「ああ、不浄の物は入れないから気にしなくて良いわ。そういえば、貴女見える方だったかしら?」
「見えません!見えませんし聞こえませんが、やっぱりこう、怖いじゃないですか!!」
「怖い物はいないから大丈夫よ。……それにしてもおかしいわね、巫女になるくらいだから霊…」
「わーっ、わーっ!!」
何やら妖しげな話になりそうだったので、思わず全力で止めてしまいました。
「なんじゃ突然、やかましいわ!!」
すぐに幼女に怒られましたけどね。
「でも、正直少し安心しました」
「あら?」
「何じゃ?」
「姫神様、こんな広い場所でほとんど独りきりだなんて、いくら今までお話相手の巫女がいたとしても、やっぱりお寂しいのではないかと思ったんです。でも、そういったもの達がいたのなら、少なくとも寂しくはなかっただろうな、と思いまして」
浅慮ですが、と付け加えておきました。
私の勝手な感想であって、本当はどう思っているかなんてご本人じゃないと分からないですもんね。
「馬鹿なことを申すでない。わらわが寂しい訳あるか、一体何年ここにいると思っておる」
ああ、やっぱり。思った通りだったので、思わずくすりと笑ってしまいました。
こうして私の巫女生活ははじまりました。
まずはそれなりに穏便に。
「姫神様、にんじん、残っていますよ」
「!い、今から食べる所だったのじゃ!」
「ではピーマンも残さないできちんと召し上がって下さいね」
「む、むむ、ぴーまんは、苦いのじゃ」
「駄目です」
「ど、どうしてもかの?」
「駄目です」
「わ、わらわはこの国一番の最強の神じゃぞ!」
「(最強の邪神、ですよね)…ピーマンの後には紅白まんじゅうが待ってますよ」
「!!ぴーまん、食べないと」
「出てきませんね」
「た、食べる!食べるのじゃ!!」
一事が万事この調子です。
まるで聞き分けの無い我儘娘の世話をしている様です。
それでも…、
「まほー、まほー」
「どうしました?姫神様」
「森で見つけたのじゃ!」
「まあ、どんぐりですね。もうそんな時期ですか」
「まほにやるぞ!」
「私に、ですか?」
「そうじゃ、わらわは優しき神じゃからのう。良く働くまほに褒美じゃ!」
「……有難う御座います。では、これで首飾りでも作りましょうか」
「首飾り?」
「簡単に出来ますから、姫神様もご一緒に作りませんか?」
「わはっ、やる!やるのじゃ!わらわもやるぞ!」
「ではここを片づけたら工作の時間と参りましょう」
「やったー!!」
「そうそう、森に行くのは良いですが、栗のいがにだけはお気を付けて下さいね。最近よく転がっているようですから」
「まほはいつも一言余計じゃ!!」
その生活にお互い慣れた頃には、姫神様のご様子もまるで幼子が無心に慕う様で愛らしく、いつしか私は彼女に好感を抱いていた様に思います。
……そこに行きつくまでに、携帯2台おシャカにされましたけどね。
ええ、すべて自分のうっかりが悪いんだって、今なら分かります。ええ。




