其ノ一
「――――――と言う事なんだけど、分かって貰えたかしら?」
「はあ……」
にこやかに職場の先輩である重金先輩に言われ、私は何とか返事をしました。
正直未だに信じられません。
まさかこの私が、――――――邪神様の傍仕えの巫女―――形態としては専属の使用人、と言った方が分りやすいでしょうか。ともかく、その傍仕えとしてお仕えする事になるだなんて。
私もうすぐ30ですよ!?
邪神様、いえ、この大社では姫神様とお呼びするのだそうですが、専属巫女となった私は、その姫神様の身の回りのお世話をするのが主な役目になります。
私以前の巫女の役目は、基本的には姫神様のお話相手だったそうです。
共に寝起きはしていたそうですが、小さい子だと親元から中々離れられなかったりして通いだった子もいたとか。
当然学校にも行かなければいけませんから、主に放課後からの数時間、姫神様と共に過ごすのがお役目…と言うか主に遊び相手、ですね、年齢的にも。
そう、この、先輩の隣にちょこん、と座っておられるこの可愛らしい少女こそが、今回私がお仕えする事になった邪神様…いえ、姫神様なのです。
「わらわはまだ認めた訳では無いぞ!この様な無礼な輩、わらわの力でぶっちぶちにちぎって捨ててくれるわ!」
甲高い子供特有の声、小さな体躯。
足元まで伸びる長い黒髪は綺麗な形に結っており、頭の上には小さな冠が載っています。
そういう物なのかもしれませんが、ずるずると引きずる十二単みたいな衣装を着ているせいで、小さな彼女が余計に幼く見えている気がしますね。
これで実際に神としての力が無ければ、完全に近所の子供が女王様ごっこでもしているかの様です。
うーん、平安貴族のお姫様ごっこ、の方が近いですか。衣装からして。
「申し訳御座いません、この度の儀式の際に不手際があった事、平にお詫び申し上げます」
「ふん、どうだか、これだから大人は嫌いなのじゃ、まったく」
その言葉に、つきん、と少しばかり心が痛みました。
言いたい事は何となく分かります。
大人は誤魔化したり取り繕ったりして、中々本音で話したりしませんからね。特に目上の人に対しては。
「決まった事は仕方がありません。慣れて頂く他ありませんわ、姫神様。それで、家事の方だけど、一人でも大丈夫そう?」
「あ、はい。IHなんて初めてですけど、取り説もありますし、何とかなると思います」
本来なら話相手だけで済むところを、寝食を共にし、大社の生活環境管理も一手に引き受ける事になったのは、単に私が大人だからという理由からでした。
先輩の話によれば、元々巫女は姫神様の生活全般を支える、それこそ使用人そのものの様な職務内容だったらしいのですが…。
「わらわの言う事を聞くのじゃ!おもかね!!」
癇癪を起して地団太を踏むその幼子の様子に、「(この調子で追い出したんでしょうね…)」と、少々遠い目になってしまったのは仕方ない部分もあると思います。
「駄目ですよ、決まりは決まり、です」
そしてそれをさらっと流す重金先輩は、すごく、大物だと思います……。
「それにしても、まさか大社の中にこんな近代的な設備が整っているとは思いませんでした。オール電化なんて、島民の中でもいるかいないか分らない位ですよ?」
ここは空気を読んで話題を変えるべきでしょうか。
実際、驚嘆した事は事実ですが。
しかし、それに返って来た重金先輩の言葉は、妙に重たい物でした。
「そうかもしれないわね。でも、ガス爆発が起こる危険性があるよりは良いでしょう?」
はい?何です?それ。
「姫神様は、知っての通り物凄いお力の持ち主だわ」
「物凄いでは無い、もぉんのすごーーーい、のじゃ!!」
重金先輩の隣で、姫神様がえへん、と胸を張りました。
…………どうしましょう、この可愛い生き物。お持ち帰りしたいですが、ああ、私しばらくここに住むんでしたっけ、なら問題ありませんね。あら?でも私大人ですから期限とかどうなっているのでしょうか?やっぱり10年?いやでも、無垢な乙女に限られていた筈ですから、え?そうなると私婚期どうなるんでしょう?え?まさかとは思いますが一生未婚確定ですか!?
思考がずれた所で、先輩の話が続いている事を思い出しました。
「ともかく、そのお力はあまりに強大で、姫神様御自身をもってしても容易に扱えるものでは無いの」
え?それって、つまり……。
「身も蓋も無い言い方をすれば、常に暴走の危険があるという事ね」
ぶっちゃけました!?
「おもかね!!そんな風に言うでないわ!ただちょっと、その……“たまたま”手元が狂ってしまっただけじゃ!」
恐ろしいから止めて下さい!!
私達はこんな危険神物と共に生活していたと言うのですか!?
ああ、そう言えば邪神様でしたっけね!
でも、ここまでだとは正直想像もしていませんでしたよ!?
恐らく島民の大多数が同じような意見だと思いますが!
邪神様の起こす自然災害なんて、この島では茶飯事、むしろ名物でしたからね!
慣れって怖いですよ、ホント!
「そう言う訳なのよ。ああ、安心して良いわ。念の為に台所(普通のシステムキッチンでした)には姫神様が立ち入れない様、結界符を張って置いてあるから。姫神様もご自身が立ち入れない場所についてはきちんとご理解して頂いていますから、結界を壊してまで侵入する事はまずないし、そこは問題無いわ」
それならば、まあ。
電話もキッチンにありましたし、家電関係は問題無く使える、と言う事でしょうか。
「電化製品を使うならここだけにして頂戴。姫神様はこう見えて好奇心旺盛でいらっしゃるから。この場所以外での携帯の持ち込みも禁止とさせて頂くわ。不用意に触れられる所には、そういった類の物は一切置かない事。何が起こっても私達には一切責任持てないわ。重々承知しておいて頂戴ね」
「了解しました」
いつになく真剣な引き継ぎでした。
「何じゃその言い草は!?お前達わらわの事を何だと思っておるのじゃ!そうそう爆発など起こさぬわ!わらわをみくびるで無い!大体、面白そうな物を自分達だけで持ち歩いていながら、わらわに触らせぬ方が悪いのじゃ!そのせいで、期待の余りつい力が入ってしまうだけなのじゃからな!!」
申し訳ありませんが、その件については全力でスルーさせて頂きます。
「後はそうねえ……、ご入浴される際には気を付けて差し上げてね」
ああっ!?そっちがありましたかああああああ!!!