其の三
真帆路さんのうじうじタイム。
あの時から既に“そう”だったんですか!?
酷くショックを受け、現実の一切を拒否した様に硬直する私に、止めを刺すべくにっこりと勇者様はこう仰いました。
「最初に会った時、貴女こそ私の子を生むにふさわしい人だと思いました。だからずっとここにいたんですよ、貴女の霊力の行方を見定める為に。それに、“結果的にそう”であった時の為に貴女が私の方を振り向いてくれる様、努力もしました。それ程私にとって貴女は重要人物だったという訳です。姫神の影響でここまで霊力が強くなるとは予想外でしたが、それだって私がずっとそばにいればいい事です。心配しなくても大丈夫ですよ、何があっても絶対離れませんから」
あの一連の『私のお嫁さんになって下さい!』攻撃には、そんな、意味が……。
というか、あの、もしややはりこれも“ある意味体目的”だったという事なんでしょうか……?
どうしようもなくしっくりくる理由を見つけた気がして落ち込みそうになりましたが、その前に勇者様は、自身の青い真っ直ぐな瞳と私の揺らいだ目をしっかりと合わせて来て、
「そんな不安そうな顔して……。確かに子供は欲しいですが、貴女を選んだのはそれだけが理由じゃありませんよ。私自身真帆路さんのことを好きになってしまったのだから、そんな貴女の事を他の人に任せるような真似できません。この手は私の物、そうでしょう?」
口元だけは薄っすら笑みを浮かべていた様に思います。
「…………」
どう返して良いのか分かりません。
確かにそう言われていましたし、満更ではない気持ちになっている自分がいるのも確かです。
でも、この期に及んでも私には、勇者様のこの言葉が真実なのかどうなのか、判断がつきませんでした。
まるで、落ち込みかけた私を慰める為のタイミングの良いフォローの様にも、本当に“好きだ”と言われている様にも取れてしまうからです。
そして先程の話―――。
私などと共にいて百戦錬磨な勇者様を満足させられるのか、飽きれさせてしまわないか、不安になってしまうのです。
どうしても最後の最後の部分で、信じ、切れないのです。
揺れる心の内を見透かす様に、勇者様は私の頬にそっと手を添え、とても優しい表情で言いました。
「逃がさない、と言ったでしょう?」
その言葉だけならとても恐ろしく聞こえても不思議ではないと思うのに、どうしてか私は、顔が熱くなるのを止める事が出来ませんでした。
それくらい、酷く甘ったるく聞こえたのです。
「ですから結婚しましょう!ハイ決定!新婚旅行は何処にしますか?新居は子供の事を考えると一戸建てを買った方がいいですかね?真帆路さんは……」
その言葉に、はっと我に返ります。
「ちょっと待って下さい、まだ返事してません!それに、え、えと、そうですよ!私には姫神様のお世話をするというお役目が!」
うっかり流されかけましたが、私は“まだ”巫女なんですよ!?
処女性!コレ大事じゃないですか!その、思い出したくも無いですがあのお見合いの時だってそれが原因で…!!
今それを無くしたら、姫神様のお世話は一体誰がするんですか!?
次の巫女を選出するにしたって、結構時間かかるんですよ!?
私のその言葉を聞くと、勇者様はまだ硬直の解けきって無い私を抱きかかえたまま、すぐ傍で我関せずとゲームにいそしんでいた姫神様に声を掛けました。
「姫神、真帆路さん貰って行きますが、良いですよね?」
事後承諾みたいに言わないで下さい!
第一私はまだ了承した訳ではありません!!さっきからそう言ってるじゃないですか!
姫神様はここでようやっとゲームから手を離し、こちらを見上げました。
……止める気も止める気も無いんですね?
「う~む、良くやったと感謝し送り出さねばならぬのだろうが…、それはそれで寂しくなるのう。人と同じ肉体、安定した力を得、ようやっと神生楽しくなって来たところじゃと言うのに」
「大丈夫。私も真帆路さんもこの神殿から完全にいなくなるつもりはありません。それに子が生まれれば、その子は貴女の新しい友達となる事でしょう」
ちょっと待って下さい!?何勝手に決めてるんですか!
勇者の癖に、まるで生まれてもいない子供を悪魔に捧げるような真似しないで下さい!!
そう口を挟む間もツッコミを入れる間も無く、勇者様と姫神様の話し合いは続いて行きます。
「うむ、そうか!それならば良いぞ!ぞんぶんに励むが良い!」
「ちょっ、姫神様!?その口で「励む」とか言わないで下さい!絶対意味分かってないでしょう!」
お子様の癖に言い方が生々しいんですよ!!
でも、姫神様にはどうも通じていないらしく、逆にきょとんとされてしまいました。
「?何を言うておる、子を作り増やすのは人の営み。人にとって、いや、生物にとって子孫の繁栄は重要な事であろう?」
そ……そういう事でしたか…。いえ、そういう事じゃ無くてですね……。
「含蓄深いそのお言葉、さすが始祖神の御子の中でも最年長なだけありますね」
「そうか!?ふっ、そうであろうそうであろう、もっと崇めるが良い!」
「………」
こう言う時だけ仲の良い、息の合ったお2人の様子を、私は勇者様の腕の中で脱力しながら遠い世界の事の様に聞いていました。
………もうヤだこの邪神。ついでに勇者様も。
手遅れ過ぎて、どこからどう手を付けて良いのか分りませんよ。
そして残念で締める、っていう。




