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其の九

引き続き勇者のターン。




「あの時邪神が暴走しなければ、私が彼に何をしていたのか、自分でも分かりません。きっと、とても酷い事をしていたでしょう」

「そんな……」

 悔やむ様にそう言う勇者様の背を、私は撫でる事しか出来ません。

 そっと回した手を優しく上下に動かしたのは、……何だか、彼が泣いているみたいに見えたからです。


「本当ですよ」

 苦笑が傍らから洩れました。

「こんな事になって気付くとは我ながら呆れてしまいますが、私はどうやら貴女の事が本当に好きらしい」

「…………」

「離したく、ないんです」

 何か言うべきと思ってもその何かが思い付かず、私は「勇者、さま」と、声をかける事しか出来ませんでした。


 ふと首元から勇者様が離れ、真っ直ぐ見つめられました。

 落ち込んだ様子だったのが少しは戻ったのでしょうか、口元は薄く弧を描いています。

「どうか、“大地(テラ)”と」

「……キラキラしたお名前ですね」

 良いシーンなのでしょうが、それよりも私はその破壊力(キラキラネーム)の方に注意が行ってしまったようです。


 くすくす笑っていたら、

「………そこはツッコまないで下さいよ…」

 妙に情けない勇者様があまりにらしくなさすぎて、思わず吹き出してしまいました。


「テラ、さま」

「そこはどうか呼び捨てで」

「いえその、何か恥ずかしいです」

 依然至近距離のまま頬を染める私は、端から見れば滑稽にも見えるかもしれません。

 でも、こう、ここまで甘い空気はほんっとーうに久しぶりなので。……良いじゃないですか、偶には。


「良いですね、そんな貴女も可愛らしくて好きですよ」

「もう、茶化さないで下さい」

「これは心外な、本心ですよ」

「どうでしょう?」

 くすくす笑いながら、ああ、やっといつもの調子に戻って来たみたいだと思いました。


 でも、今回はそれだけでは終わらなかったのです。

「そんな事言われると、お仕置きとして閉じ込めてしまいたくなりますね」

「えーと」


 えっと、何ですか?急に雰囲気ががらっと変わりましたよ、一気に危険な方向に。

 というかその、もしかしなくてもいつの間にかまた囲われてますか!?

 離れようとして離れられず、むしろもっとくっついている様な!?


「あんまり性急に事を進めると、逆に嫌われてしまいかねんぞ。その位で止めておけ勇者」

「わ!?」

「おや邪神」

「だ~れ~が~邪神じゃ!?」

 いつの間にか手にコップを持った姫神様がこちらを見ていました。というか気付いてたんなら見てないで止めて下さい!抱き合った姿を見られるとか、恥ずかしいじゃないですか!


「まったく人聞きの悪い……あんなの、ちょっとぷっつんしただけじゃろうが」

 何かブツブツ言ってますけど、“ちょっと”“ぷっつん”であれだけの被害ですか……。

 神様と言うのは本当に人知を超えていますね。


「それより口説くのは良いが、まほに合わせてゆっくりとやるんじゃな。あまり急ぎ過ぎると例の男の様に無理矢理と取られかねんぞ」

 まほの事だからな、と結ぶ姫神様。

 私だから何だって言うんですか。というか勇者様はいい加減放して下さい。


「承知してますよ……姫神」

 嫌そうに言うその手は、今だ私を抱きしめたままです。

 説得力という言葉の意味を知っていますか勇者様!?


「あの、放し……」

 羞恥のあまりか細い声での抗議になってしまった私の意見は、案の定通りませんでした。

「これ位良いでしょう。私は貴女がここに居る実感が欲しいのです。…貴女の体温を感じていたいのです」

「ゆ、ゆゆゆ、ゆーしゃさまっ!?」

 幼女な邪神(かみ)のいる前で、その壮絶な色気を駄々漏れにするの止めて下さい!!

 教育と私の心臓に悪いじゃないですか!

 って、顔を近づけない!!


「やれやれじゃのう。わらわはもー寝る、コップは片しておいてくりゃれ。勇者よ、適当な所で切り上げるのじゃぞー」

 手をフリフリ寝室へ戻ろうとする姫神様……って、ちょっと待って下さいよ!この状況を見て怒らないのですか!?いつもなら(幼女の)全力で止めに来るのに!?


「やれやれ、言われなくとも分かっていますよ」

 分かってるなら止めて下さい勇者様!!

「どうかのう。まあよいわ、わらわは眠いのじゃ。ではのー」

「って、止めて下さい姫神様ーーーっ!!」




 後日、エトワール様のご実家には、アマ公、失礼アマテラス様から直々に、『各巫女ならびに関係者への手出し無用』と、『もう少し手段選べ』の訓告が行ったとの事です。

 エトワール様本人は、母親から「必ず巫女になれるから」と言われていたらしいですが、その「必ず」の具体的な理由は何も知らされていなかった様です。

 ……そりゃそうですよね。


 前回の終わりが前回だけに、エトワール様も思う所があったのでしょう。

 今回の突然の訪問で、ご自身のプライドにかけて彼女なりに巫女を目指していたらしいです。

 権力を笠に着た物言いは控えても、あのお嬢様然としたツンツンした言い方は結局最後まで変わりませんでしたが。


 姫神様自身からも、「エトはわらわの友達じゃもの」というお墨付きをもらった為、厳重な処罰対象にはならずに済みました。

 現在は謹慎後に公的な監視の元、本格的な巫女になる為の勉強を始める準備をしているそうです。

 もしかしたら、その内また突然「来てやったわよ」と、遊びに来るかもしれませんね。







エト様の修行地はギリシャさんちです。

金色の鎧のお兄さん達と仲良く(仲良く?)修行中。

ZEUSUさんが密かに、娘さんの巫女に欲しいナーと高天原と交渉を始めた模様。


長くなりましたが、これにて第4章終了です。

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