其の四
そんなある日、珍しく実家から電話がかかって来ました。
「え?お見合い?」
今まで好きにさせてくれた両親ですが、行き遅れの娘を心配していない訳では無いのだろうとは、薄々感じていました。
孫だって抱きたいと思うでしょうし。
でもまさか、自分の両親がそんな積極的な行動に出るとは、今の今まで思いもしませんでした。
『頼むよ』『一度会うだけだから』『あたしらの顔を立てると思って』
妙な必死さを少しだけ疑問に感じながら、それでも子や将来の孫の為だろうと思い、私は頷く事にしました。
「分かった。……でも、どうしても合わないと思ったらお断りしても良いんだよね?」
もし大社を出るとしたら、実家に戻る事になるでしょう。
役所のお仕事もどうなるか分りません。重金先輩がいるからそう困った事にはならないと思いますが……。
それに、年齢が年齢だけに、結婚のチャンスは逃したくないんです。
勇者様の“アレ”はカウント外。
気にかけて下さっているのは重々承知していますが、あのモテモテで百戦錬磨な勇者様が本気で私なんかと結婚したいだなんて、どうしても信じられませんでした。
『…………わ、わかった。それでいい、それで良いから兎に角行って来い』
父が何故沈黙を挟んだのか、その時の私は『できればやっぱり断って欲しくないのかな?そんなに結婚して欲しいのかな?』と思うくらいで、本当の所、さっぱり分かっていませんでした。
お見合い当日はとてもいい天気でした。
残してきた3人には、家の都合で人と会う、とだけ伝えてあります。
“お見合い”だとは、どうしても口に出せませんでした。
…………この歳でお見合い。ダメです、どうしても恥ずかしい。
それに、勇者様に言ったら何て言われるか……。
ごねられるのも嫌ですが、スルーされるかも、と思ったら、何でかこう、心臓のあたりがぎゅっと重く沈む様な感覚を覚えたのです。
…………私は――――――、
会場は島で唯一のホテルでした。
まあ、ここ位しかないですよねー。
両親の話では、最近誰のせいとは言いませんが観光客がかなり増えた為、改装の話がちらっと出ているらしいです。
久しぶりに袖を通したワンピースは、気分を高揚させる様な、それでいてどこか違和感を感じる様な……。
「今日は宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします」
ホテル内にある懐石料理レストランで初めて顔を見たお相手の方、稲葉さんは、勇者様とはまた違った格好良い方でした。
いわゆるイケメンさんと言うんでしょうか。
少し色の抜けた黒に近い茶色の髪、白いジャケットを着た背の高い方で、その第一印象は堅苦しい人ではなさそうだな、というものでした。
少し不思議に思ったのは、周りにいるのは黒い服の護衛の方、でしょうか?
もしかしたら、それなりの身分のある方なのかもしれません。
その方々と、仲人さんなのでしょうか、ふくよかな年配の女性が共に入って来られました。
お互い緊張していたみたいで、視線が合うとふっと微笑みかけられ、私もつられて笑みが零れました。 ちょっと肩の力が抜けた気がします。
「いい天気ですし、ちょっと外へ出ましょうか?」
「それが良いですね、では折角なのでお二人だけでどうぞ」
釣り書きもまともに渡されなかった私は、この席で色々話を聞く事が出来ました。
話してみれば第一印象とそう違わず明るく優しそうで、話題こそお見合いらしいものでしたが、それでも好意を持つには十分だと思いました。
席を立つ際にさりげなく背中に手を回され、恭しくエスコートされて外へ。
………慣れていらっしゃるんでしょうか…?
さて、問題はここからでした。
「いいお天気で」
がしゃん
「え?」
まず第1の洗礼は植木鉢。
ええ、当然上から落ちて来たんですよ?
「ここの庭園は見事ですね。この島自体、自然に囲まれているだけあって」
ずるっ、べしゃっ
第2に池の近くの石畳で転び、その後ろには何故か不自然な泥溜まりが。
「大丈夫ですか!?」
「は、はは。済みません」
水でも撒いたんですかね?それとも池の掃除?
昨日は雨は降って無かった筈ですし?泥があるのはこの池の周りだけです。
ホテルの管理は一体どうなっているのでしょうか?
「汚れてしまいましたね…、一度ホテルへ戻って…」
思わずあたりを見回した時でした。
ばしゃっ
……鯉が跳ねたにしては、とても大きな飛沫が掛かり、お相手の方は水浸しになってしまいました。
「な、な、なんなんだよこれは!?こんなのは聞いてねぇぞ!?」
あり得ない様な事故3連発に、男性がここへ来て初めて声を荒げました。
思わずびっくりしてまじまじと見つめてしまいます。
何というか、乱暴な言葉が思いの外しっくり来るというか……。
「あ、ああ、すみません、つい」
「いえ、……驚かれるのも無理は無いと思います」
「そちらはお怪我は?」
「いえ、まったく」
至近距離にいたはずなのに、私には水滴一粒かからなかったみたいです。
……正確な所は分かりませんが。
「……戻りましょうか。このまま外にいては何があるか分らない」
「……そうですね、それにそのままだと風邪を引いてしまいますし」
「……重ね重ね申し訳ない」
「いえ……」
お互い変な謝り方をしつつ、ホテル内へ戻ろうとしたその時、
「………」
「どうかされましたか?」
「あ、いえ、何でも無いんです」
「……そうですか?」
だって、いる筈無いんです。
視界の端をちらりと横切った、日の光の様な金の色。
――――――あの人が、今ここに居るなんて、あるはず、無いんです。




