其ノ四
動画投稿等の仕様は、某笑顔動画を参考にさせて頂いています。
姿かたちが幼ない女児であるというのは伊達では無い様で、姫神様が知識の吸収する速度はかなり早い様です。
ちびっこ特有のやわらか脳で、いつの間にか自力でパソコン立ち上げられるところから、生放送開始まで出来る様になっていました。
画面に流れるコメントに戸惑っていたのが嘘の様に、今では個々の気になったコメントに、楽しそうに返しているほどです。
そんな中とある放送の回にて、試聴者ユーザーのコメント内で「聖地巡礼」と称してオフ会もどきの企画が立ち上がりました。
コメントを見る限り、かなりの人数が参加表明していますよ!?
「これほど多くの人間が来るというのかや?わらわも嬉しいのじゃ!皆に早く会いたいのじゃ!」
喜ぶ姫神様に焦ったのは私です。
「ちょっと待って下さい!急に言われても困ります!あの、役所に許可出るか聞いてみますから!」
折しも季節は春。役所としても、この機会に少しでも観光収入を増やしたいとの思惑があり、なんと島の公式イベントとして許可が出てしまいました。
急ピッチで進められるパンフやポスターの製作に、公式HPの立ち上げ。それに公式動画の配信が加わります。
さりげなく観光案内PRする所はちゃっかりしてると言いますか……。
それでも、この短期間に仕事の増えた観光課や神務課の苦労を思うと、こちらまで胃が痛くなりそうです。
「……」
勇者様は何も言いませんが思う所があるらしく、眉間にしわを寄せたまま考え込むことが多くなりました。
「勇者様、勇者様はやはり反対ですか?」
「いえ……、ただ、あまりにもスムーズに行きすぎている気がして」
「そう、ですね」
確かにそうです。でもだからってこれが誰かの手のひらの上、などと言う事は無いでしょう。
始めたのは私達。見て下さるのはユーザーの皆様。そこに第三者が介入するのは難しい様に思えます。
目端が良く利く勇者様もついていますし、現状は無いと思いたい、というのが正直な所でしょうか。
いまだネット上だけとはいえ好意的な意見も増え、姫神様は表面的には受け入れられている様に見えました。
「何事も無ければよいのですがね」
勇者様がぽつりと零したそのひと言は、何だか不吉な予感を感じさせるものの様に、私には聞こえたのです。
当日、桜の花が満開な本殿前広場には、大勢の人が詰めかけていました。
一方姫神は封印指定の身である事から、いつもどおり神殿から出られない事になっています。
これほど人が多いともし万が一の事があったら、という事で私や勇者様をはじめ関係者一同から出禁を申し渡されましたので。
仕方ない事とは言え、姫神様はその決定に拗ねてしまいました。
中継の公式動画に映る外の様子は賑やかで、とても楽しそうでした。
花見も兼ねているのか、縁日まで出ている始末。
こんな機会は一度きりかもしれないと、地元民は張り切って商売に精を出しているようです。
実際、動画配信騒ぎで心配になったのか初めて連絡してきた私の両親も、この事については素直に喜んでいるらしく、今後これを機に観光客が増えればいいと言っていた位です。
ふと、勇者様が何かに気付いた様に顔を上げました。
「真帆路さん、……邪神は?」
「え?あの、その辺で拗ねてらっしゃいませんか?」
その時です、画面の中からひときわ大きな歓声が上がったのは。
「姫神だ!姫神様だ!」
あれは――――――、
気付いた時には勇者様は立ち上がり、部屋を出て行こうとしていました。
慌てて私も後を追います。
「まったく、余計な手間をかけさせるんですから!!」
「今回ばかりは全文同意、です!!」
きっと、楽しそうな彼らの様子を見て我慢が出来なかったのでしょう。
このイベントの原因は自分なので、自分が出て行かなきゃ意味が無いとも言っていましたし。
何で目を離してしまったのでしょう。
後悔しても仕方ありませんが、走る間にもそんな事を考えてしまいます。
姫神様は確かに神域から出る事は出来ませんが、それでも本殿までは行けますし、逆に集まった一般人は、入ろうと思えば何処までも入る事が出来てしまうのです。
それこそ、奥殿の住居スペースまで。
「わあああああああああ!?」
本殿を抜けて目の前に広場が見えた時、群衆の一部が姫神様に殺到するのが見えました。
「何やってんですか姫神様!!」
飛び出してきたのは重金先輩でした。
「先輩!!」
「姫神様を奥へ!早く!」
合流できたものの、騒ぎは静まるどころかますます過熱している様です。
警備員さん達が必死に抑えていますが、破られるのも時間の問題に思えました。
必死に抑え込む係員や警備の方達の隙間から、たくさんの人の手がわらわらと蠢いていて、正直気持ち悪いと、そしてそれ以上に恐ろしい物の様に感じました。
私は人間ですから、人の行いが欲望によって手の付けられない状況に悪化する事も知っています。
でもそれはあくまで又聞きの様な物で、こんな風に良くも悪くも『熱』を直に感じた事はありませんでした。
姫神様を見ると、強張った蒼白な表情。
完全に怯えています。
神力の無い状態でこの状況は危険すぎて、何が起こるか分かりません。
もしかしたら怪我をするだけでは済まないかも……。
私は自身に気合を入れ直し、口元をきゅっと引き締めました。
長いとも大きいとも言えない手で、姫神様を隠す様に奥へと移動を始めます。
「ちょ、姫神ちゃ~ん!!」
「何だよ連れて行くなよ!!」
「触らせろおおお!!」
「ふざけんなババアてめぇ!」
私の事はどうでも良いんですが、聞き咎めたらしい姫神様が後ろを振り向こうとしました。
それを押しとどめて先輩と奥殿へ連れて行きます。
背後から悲鳴と怒号の響く中、ついに制止を振り切った一部の人間が、私達に向かって雪崩込もうとしたのが見えました。
あっという間に距離を詰められ、掴みかかられそうになったその刹那、パシッ、と乾いた音がしました。
集まった人たちがパントマイムの様に何もない空中を必死で叩くその様子から、私達は不可視の壁が周囲に張り廻らされた事を知りました。
勇者様です。
「これ以上立ち入る事は何人たりとも出来ませんよ、お引き取り下さい」
僅かに見えたその横顔は、非常に厳しいものでした。
まるで最初に姫神様を訪ねて来られた時の様です。
しかし興奮しきった群衆にその態度は火に油を注いでしまった様で、結果、勇者様をも罵倒し始める始末。
「カッコつけてんじゃねぇよ!」
「イケメンだからって何しても許されると思うな!」
そんな恐ろしいほどの罵声に、勇者様は冷静に告げました。
「公務執行妨害で確保させて頂いても良いんですよ?」
彼らが黙ったのは権力を持ち出されたからでは無く、きっとその、威圧感の為。
でも私は、不思議と怖いとは思いませんでした。
僅かに見えた真っ直ぐな瞳が、とても凛々しく見えたとさえ思ったのです。
「今のうちに、奥へ」
私達の方に少し後退し、そっと囁いた勇者様のその言葉に、ハッとして自分を取り戻した私は、姫神様を連れて重金先輩と奥殿へと戻ります。
「まったく貴方々は、何の力も無い幼女相手に何という事をしてくれたんですか。あれは本気で怯えていましたよ。みっともない、恥を知りなさい!」
背後で群衆に説教する勇者様の声を聞きながら。




