第五章 オヨメサン
今日はいつもよりはやく目が覚めた。
そう、今日は花火大会の日。
その時間に近づくにつれて胸の高鳴りが大きくなることは、もうどうしようもなかった。
そしてその時間がやってきた――
口から心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらいに身体の奥から緊張してる。
チラリとドアに目をやった瞬間、ガラッと勢いよくそれが開け放たれた。
「晴夜くんっ」
私は嬉しくて思わず大声を出してしまった。
「ほら、さっさといくぞ」
晴夜くんが私の手首を掴んで引っ張った。
「うん」
歩こうとして床に足をついたら、力が入らなくてよろけてしまった。
きっと、しばらく布団から出てなかったからだ。
「ったく、……乗れよ…」
晴夜くんは私の前にしゃがみこんだ。
「……うんっ」
ちょっと緊張したけど、私はギュッとその大きな背中にしがみついた。
絶対、心臓がバクバクいってるの、ばれてる。
でも今はそんなことどうでもよかった。
一生触れられないと思っていた大きな背中が、今はこんなに近くにあるのだから…。
私たちは、あまり人に見られないように気をつけて廊下を歩いた。
今日は、親は両方、夜遅くまで仕事だから、病室に来ることはない。
なんとか病院を抜け出すことに成功した。
「あれ?ねぇ、会場ってこっちだっけ?」
途中、向かっている方向が逆なことに気づいて、私は晴夜くんに声をかけた。
「いーからお前は黙ってろ」
「う、うん…」
自分が我が儘を言ったのだから、今はいろいろと言える立場じゃない。
そうこうしているうちに晴夜くんは誰かの家の前で止まった。
そして躊躇せずに玄関から中に入った。
私が疑問に思っていると、奥から優しそうなおばあちゃんが出てきた。
「いらっしゃい、めぐちゃんだね」
え、どうして私の名前知ってるの?
すると、晴夜くんは私をソファーの上に座らせながら言った。
「ここ、俺のばーちゃん家だから」
「そうなんだ…、でもなんでここに来たの?」
私は何がなんだかわからなくなった。
「めぐちゃん、こっちにいらっしゃい」
「あ、はい」
晴夜くんのおばあちゃんが用意してくれた車椅子に乗って、私は隣の部屋に入った。
「晴夜は、こっちに来るんじゃないよ」
「わかってるよ」
部屋に入った瞬間、私は思わず声をあげてしまった。
そこには、美しい刺繍の入った浴衣が3着並んでいたのだ。
「どれでも好きなのを選びなさい」
「いいんですか!!?でも、ど、どうしてこれを……?」
「晴夜が着せてやれって。このことは口止めされてるから、教えたことは本人には内緒よ」
「は、はい」
私はピンクの生地に蝶の刺繍の入った浴衣を選んだ。
おばあちゃんは私に浴衣を着せながら言った。
「あの子ね、素直じゃないけど、とっても優しい子なのよ。だから、嫌いにならないであげてね」
「はい、晴夜くんがとっても優しいって知ってます。私、そんな晴夜くんが大好きなんです」
私は頬を赤く染めながら言った。
「それはよかったわ。じゃあ、晴夜のお嫁さん候補はめぐちゃんね」
「そ、そんな…!お嫁さんだなんて恥ずかしいですよ!」
もしも、神様が許してくれるのなら、この命がずっと続いてくれるのなら、私はなりたいよ……。
晴夜くんの……お嫁さんに……。
《第五章・終》




