第四章 ネガイゴト
8月になった。
学校はとっくに夏休みに入っていた。
蒸し暑さと蝉の声にうんざりしながら送る退屈な毎日。
最近はちょっと調子が悪くて、吐き気がしたり、高熱が続いたりした。
酷いときは意識が吹っ飛んだりもした。
けれど今は……
今は晴夜くんに会いたくて仕方がない…。
前に千羽鶴を持ってきてくれたとき以来、彼とは会ってない。
きっともう私のことなんて忘れてるんだろうなあ。
そんなことを思いながら壁にかけてある千羽鶴を見上げた。
翼のところにメッセージが書いてある。
「元気になってね」とか「はやく戻ってきてね」とか、親しくした覚えのない人からのメッセージは心にちっとも響いて来ない。
どうせそんなこと、これっぽっちも思ってないくせに。
赤い鶴に晴夜くんの名前を見つけた。
「病気治せ」
晴夜くんらしくて笑っちゃう。
「何笑ってんだよ」
突然の声に驚いて振り向くと、スポーツバックを持った晴夜くんがそこに立っていた。
「せ、晴夜くん…っ」
久しぶりに見た晴夜くんは少し大人っぽく見えた。
「どうしてここに?」
「はぁ?どうしてって、見舞いに来てやったに決まってんだろ」
私は嬉しすぎて顔は愚か姿さえも見れなかった。
「お前最近、調子悪いんだってな」
「そ、そんなことないよ……」
私は窓の外を眺めながら言った。
「じゃあさ、もし私が死んだら、晴夜くんはどう思う?」
「は?どうって…、お前がどうなろうと俺には関係ねぇし」
「そっか」
予想通りの答えをよそに、胸の高鳴りを押さえながら言った。
「私、難病に罹ったみたいなの。治療法もないみたい。だからさ、私の最後のお願い、聞いてくれる?」
「何だよ、本当に死ぬみてーな言い方して…」
「花火…見たいの……」
「は?んなもん家族に連れてってもらえよ」
「親は遅くまで仕事だから、たぶんだめ。それに…」
ちょっと恥ずかしくなって俯いた。
「…晴夜くんと、行きたいの……」
「え…」
もう二度と晴夜くんの隣に並べないかもしれないと思うと、涙が次から次へと溢れてきて、自分の手の甲を濡らした。
だから、私はどうしていつも晴夜くんの前で泣いちゃうの……?
「やっぱり、無理ならいいよ」って言おうとしたその時、
「……連れてってやるよ」
晴夜くんの少し上擦った声が聞こえた。
私は驚いて顔を上げた。
するともう晴夜くんはドアのところまで行っていて、こちらを振り向かずに呟いた。
「…明日の18時に迎えに来る……」
ドアが閉まるのと、私がその意味を理解するのが同時だった。
嬉しさが込み上げてきて、さっき閉まったばかりのドアに向かって「うん、待ってる」と呟いた。
それにしても、晴夜くんは何をしに私の病室まで来たのかな…?
お見舞いとは言ってたけど……。
ま、いっか、と私は机の上に置いていたチラシを手に取った。
『花火大会』と書かれたそれには、明日の日付が記されていた。
《第四章・終》