第十二章 マタイツカ
ある日、私の病室にお客さんが来た。
優しそうなおばあちゃん、そう、晴夜くんのおばあちゃんだった。
「こんにちは」
にこやかな顔で挨拶をされ、部屋中が穏やかな空気に包まれる。
私はさらに症状が悪化していて、起き上がることさえ出来なくなっていた。
「こんにちは…」
私は小さな声で言った。
おばあちゃんは椅子に座り、姿勢を正した。
「いきなり来てしまってごめんなさいね。でも、どうしてもめぐちゃんが心配で……」
「いえ、大丈夫です。わざわざありがとうございます。…あの……」
私は言葉を濁した。
「どうしたの?」
「…晴夜くんは、元気ですか……?」
おばあちゃんは目を丸くしてから、にっこりと微笑んだ。
「あの子なら元気よ。…でも、最近は元気がないみたいなの。部活の大会が近くて疲れてるのかしらねぇ…。晴夜に会ったら慰めてあげて」
「そうしたいのもやまやまなんですけど、もう、私……晴夜くんとは、会えないんです……」
私は途中で泣き出してしまった。
「どうして?差し支えなかったら教えてちょうだい」
「はい…。実はですね……」
私は今までの経緯を話し、晴夜くんからの手紙を見せた。
「それは悲しいことね…。晴夜はさようならって書いてるけど、本音じゃないわ。本当は会いたいって思ってるはずなの。だから、めぐちゃんもさようならなんて思わないであげてね…」
「はい、私、さようならだなんて思ってません。……本当に、毎日晴夜くんに会いたいんです……」
「めぐちゃんは本当に晴夜にぴったりのお嫁さんだわ」
「え…」
顔がみるみる赤くなるのがわかった。
「……そうなれたら、嬉しいんですけどね…」
私は驚くほど素直だった。
「でも、私は晴夜くんとは不釣り合いだし、……こんな身体だし、いつも迷惑かけてばかりで……」
「そんなことないわよ。めぐちゃんくらいしかいないもの。晴夜のこと、ちゃんとわかってる人って。」
「……」
私は涙を流すことしかできなかった。
「あら、もうこんな時間なの?ごめんなさい、ちょっと用事があるの。…また来てもいいかしら?」
「あ、すみませんでした。はい、いつでもいらしてください。……あっ」
私は席を立ったおばあちゃんを呼び止めた。
「すみません、その引き出しの中にある手紙、晴夜くんに渡していただけますか…?」
おばあちゃんは引き出しを開けて手紙を取り出しながら言った。
「いいわよ。晴夜のこと、想ってくれてありがとうね」
「いえ、大会がんばってとお伝えください」
「わかったわ。じゃあ、めぐちゃんもがんばってね」
「はい」
病室にまた静けさが戻った。
晴夜くんの大会は、5日後に迫っていた。
《第十二章・終》