第17話 危ないんでスキルをアンインストールしてみた
俺は《隠密》スキルでこっそりと、ソファに座るクリスティーネの背後に回る。そしてその頭上に向けて剣を抜いた。
「《疾風突き》!」
剣先が邪悪な花のつぼみを貫く。
あれ、スルッと通り抜けちゃったな……。幻のようでまるで実体がない。これじゃ魔法でもつぼみを刈り取ることは難しい。
つぼみはさらに開いていく。
ど、どうする? ……そういえば《栄華の種子》ってのはスキルらしい。なら──
存在がばれていないことをいいことに、俺はクリスティーネの隣に座ると、カバンからパソコンを取り出し起動した。
〔新規スキルデータの取り込み中です……〕
〔新規スキルデータの取り込みが完了しました。スキル開発ツールを起動しますか? YES / NO〕
真っ黒な画面にYESと入力。立ち上がったスキル開発ツールには《栄華の種子》のプログラムが表示される。
インストールボタンの隣にある、いつもは活性化されていないアンインストールボタン。今は赤く光っている。
やっぱり使えるぞ!
早速これをクリックすると、対象に『クリスティーネ・ベルクヴァイン』がある。すぐに選択して実行する。
〔アンインストールの準備をしています。現在のデータ容量:110 / 128 GB〕
〔アンインストールを開始しました〕
〔アンインストールが完了しました。現在のデータ容量:100 / 128 GB〕
クリスティーネの頭上から先ほどの花のつぼみが消えた。
「うーん、なぜ私、こんなにイライラしていたのかしらぁ?」
先ほどまでの冷たいトゲトゲとした印象の話し方とは打って変わって、暖かみのあるおっとりとした口調になっている。
アンインストール成功だ!
クリスティーネはやや記憶があいまいになっているらしく、うーんうーんと何かを思い出そうと唸っている。
さすがにこのまま去るよりは説明をしておいたほうがいいよな。
俺はクリスティーネの正面に跪き、《隠密》スキルを解除した。
「クリスティーネ様。突然このように姿を現し、驚かせてしまう不敬をお許しください」
「あら? あなたは確か、お城を出た勇者様の一人。お名前はゲンゴー様でしたわね。お久しぶりですわぁ」
「お、お久しぶりです」
ゆるぅ。受け入れるのはやぁ。そして全然動じないじゃんこの人……。
「クリスティーネ様がなぜイライラされていたのか、そして記憶が曖昧な理由をこの私めがご説明します」
「それは助かりますわぁ」
そう言って美麗な笑顔でほんの少し首を傾げるクリスティーネ様。王族の美しさに驚愕である。そんな相手にだいぶ緊張しながらも、俺が城に侵入してからの経緯を説明した。
「まぁ、ではゲンゴー様が私を救ってくださったのですわね」
「臣下として当然のことをしたまでです。でも、なぜ妹君であるフリーデリーケ様の命を奪おうとまで思われたのです?」
「それが、実はあまり良く覚えていないのです。フリーデを殺すしか私が認められる道はないと、誰かに言われたような」
まさか、クリスティーネ様は誰かに唆されていた? その誰かってのは、普通に考えればスキル《栄華の種子》の説明にあった『植え付けた者』だろう。
だとすれば、フリーデリーケ様の命を狙っている真犯人は『植え付けた者』ってことになる。
「……そういえば、今フリーデは?」
クリスティーネ様の肌がさっと青くなる。
「ご安心ください。きっともうすぐ──」
トントンッ。
ドアをノックする音だ。
「あ、あの、クリスお姉様……?」
「フリーデ!?」
クリスティーネ様は慌てて立ち上がり、ドアを開いた。
そこには怯えた犬のように姉の顔色を窺うフリーデリーケ様がいた。
「と、突然伺ってしまい、申し訳ないのですが──」
「フリーデ!」
フリーデリーケ様を強く抱き寄せるクリスティーネ様。
「無事で良かったぁ……。私、あなたが皆に好かれるのを見て、いつの間にか嫉妬していたの。それでこんなことに。本当にごめんなさい……」
そう言ってクリスティーネ様は大粒の涙を流す。
驚いて目をぐるぐるするフリーデリーケ様。その視線の先で俺と目が合った。
シロが彼女を守っていたはずだから、俺の存在にも気づいていたのだろう。驚いた様子はない。しかし、大きな目で「どうなっているのです!?」と訴えている。
俺はサムズアップして大きく頷いた。
すると、フリーデリーケ様は理解してくれたらしく、小さくクスッと微笑むと、安心した表情で目を閉じた。
「いいえ、元のクリスお姉様に戻ってくれて、とても嬉しいです」
フリーデリーケ様の目じりから光るものがつぅと流れた。
後ろでセバスがおーんおんと泣いている。
シロはいつの間にか俺のそばに来ていて、足に顔をすりすり甘えてくる。
おそらくクリスティーネ様の部下を一方的にボコボコにしたのだろう。傷一つない。そんな背中を撫でると、シロは気持ち良さそうにゴロゴロ喉を鳴らしている。
しばらくお互いの気持ちを確かめ合った後、クリスティーネ様がこちらに向き直った。
「ゲンゴー様」
俺の名を呼ぶと、ゆっくり俺のほうに近づいてくる。
「私とフリーデを救っていただき、本当にありがとうございます」
そういって俺を強く抱きしめた。
ひえぇぇぇ!? めっちゃ良い匂いがする! あと、なんかメロンほどの大きさの柔らかいものが二つ当たってます!
ピコンッ!
え、スキルの発動を検知したぞ?
……さっき見たのと同じ表示だ。《栄華の種子》。
なんと今度はフリーデリーケ様からだ。体からもやが立ち上り、頭上に開きかけている花のつぼみが見える。
まずいぞ!
「クリスティーネ様! フリーデリーケ様が!」
「うーん? ……あらあら、そういうこと」
クリスティーネ様は俺から離れると、何やら理解した様子で呟く。
「フリーデちゃん、私はゲンゴー様に心から感謝してはいるけど、決して恋愛感情を抱いているわけではないのよ?」
「……本当でしょうか?」
「勿論よぉ。安心して頂戴」
「でも、ゲンゴー様がお顔を赤くして、鼻の下を伸ばしていらっしゃいますわ!」
「えっ……?」
俺そんな顔してた……? 恥ずかしすぎるんですけど。
きっとクリスティーネ様を取られたと思い嫉妬しているんだな?
安心させなくては!
「こ、こんな顔になっていたのは、クリスティーネ様が良い匂いで、あと、そのお胸が──」
「ゲンゴー様」
首元にひんやりとした鋭い何かが触れる感覚。ナイフだ。そして後方から聞こえる俺にしか聞こえないほどの声の主は、セバスだった。
いつの間に!?
「大変失礼ながら、そのお答えは紳士的ではございません」
「そうですか……?」
これは、答えを間違えば殺される!
「紳士的な答えが分からないのですが……」
「ではこのようにお答えください。ぶつぶつ……」
俺はセバスさんの言葉を、驚異的な記憶力を発揮して一言一句覚え、そのまま話した。
「そのようなことは決してございません。この顔は、クリスティーネ様のごとき高貴な御方とこれほど間近に言葉を交わす栄誉に、緊張と混乱がそのまま出てしまっただけのこと。鼻の下を伸ばすなど、断じてあり得ぬ無礼にございます。──もっとも、これがフリーデリーケ様であられたなら、その気高さと美しさに私は言葉を失い、膝から崩れ落ち、間違いなくその場で卒倒しておりました 」
やや棒読みだったか?
フリーデリーケ様の頭上にあるつぼみの開花がピタリと止まった。
「そ、そうなのですか……? なら、仕方ないですね」
今度はフリーデリーケ様の顔が赤くなっている。なんでか分からないが、うまくいったらしい。
セバスさんもいつの間にかナイフをしまい、俺の後方で気配を消している。怖ぇよ。
今がチャンスとばかりに、俺はフリーデリーケ様の《栄華の種子》もアンインストールした。無事、瘴気も花のつぼみも消えている。
「ゲンゴー様。一つお願いがあるのですが……」
「なんでしょう、フリーデリーケ様。先ほどの件をお許しいただけるなら何でも言ってください。スキルで良ければ、よりどりみどりを取り揃えて──」
「いえ、今後は私のことは、親しみを込めてフリーデと呼んでいただきたいのです!」
「……はぁ。そのぐらいでしたら喜んで。フリーデ様」
「ありがとうございます!」
輝く大輪の花のような笑顔だ。こんなんで許してくれるの? 寛大なお方だ。
いや良かったー。これで一件落着か?
いや、そういえば《栄華の種子》なんてものを二人に植え付けたやつは誰だ?
このスキル、どうやら芽が出ないと《解析眼》で検知できないらしい。ゆえに二人だけなのか、それとも他にも植えられている人間がいるのか。謎が多いな。
「失礼します!」
突然、ぞろぞろと城の兵士が入ってくる。
ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ!
兵士全員からスキルの反応。
〔ノーマルスキル《栄華の大輪》。《栄華の種子》が育ち、咲いたもの。苗床は植え付けた者の支配下に入っている。花は瘴気を吐き出し、周囲に種子を撒き散らす。大樹に呼応したとき、花弁を散らし、蓄えた養分を大樹へ送る〕
げっ、兵士まで植えられてるのか。それにこいつら、花咲いちゃってるじゃん。『植え付けた者』とやらに完全に支配されてるわ。
しかし『種子を撒き散らす』能力なんて反則だろ。俺がアンインストールしてもキリがないぞ……。
「今とってもいいところだったのに、なんと無礼な! あなた方は一体どういうつもりです?」
クリスティーネ様がご立腹な様子で兵士を質す。
「シー・ゲンゴーの逮捕命令が出ています」
「そ、そんなわけありませんわ!? 何かの間違いです!」
「これは王命です。どうぞこの書状をご覧ください」
フリーデ様が兵から渡された書状を見て声を震わせる。罪状には反逆罪・不法侵入・王族への不敬罪とある。うーん、全部心当たりがあるような。
どれもちゃんと説明すれば俺に正当性があると分かってもらえる気がするけど、王様も支配されちゃってるなら無理ゲーだ。
「そんな……」
「さあ、こいつを地下牢へ連れていけ!」
捕えられようとしている俺を守ろうと、シロが飛び出してくる。
「シロ、俺は大丈夫だから、お前はフリーデ様を守っていてくれ。これは命令だ」
「ニャア……」
今回の件は『植え付けた者』とやらの計略に違いない。
正直、俺とシロだけでここから逃げ出すのは簡単だ。しかしそれをやると、城の警備は強化され、フリーデ様が『植え付けた者』=真犯人に命を狙われた場合、助けることが難しくなる。
今はまだその計略に乗ってやろう。反撃はそれからだ。




