第15話 ゲオルクの野望
※今回はゲオルク視点です。
王城の一室。分厚い扉には、内側から錠が下りている。
「やつは、ゲンゴーはどうなっている?」
宰相ゲオルクが顔を上げた。机の前に並んだ配下たちが、いっせいに目を伏せる。
「そ、それが……従魔が常に目を光らせておりまして。ベヒーモスに睨まれれば、我らなど一瞬であの世行きでして……」
「たった一匹のモンスターに怯えるとは、それでも貴様らは誇り高い魔族か?」
ゲオルクは首を振った。
ベルクヴァイン国の宰相という顔は仮のもの。この部屋にいる全員が、国を内側から食い破るために魔王軍から送り込まれた魔族である。その大事の前に、獣一匹で足踏みしているというのか。
「一人で無理ならもっと大人数で行け。ゲンゴーの力はどうしても欲しい。説得し、必ず城に連れ戻すのだ」
「「「……はっ」」」
配下たちが青ざめた顔で答える。
「それで、冒険者ギルドに収集依頼を出していた《憎魔の球晶》は手に入ったのか」
「はっ、こちらです」
配下の一人が、机に水晶を置いた。
「手には入ったのですが、このような状態に……」
「な、なんだと!?」
ゲオルクは水晶を掴み上げた。中心から深いヒビが入り、内部にあったはずの大量の瘴気がきれいさっぱり消えている。
そんな馬鹿な……。これは百年前、この国の宮廷魔術師が生涯を懸けて作り上げた魔道具。瘴気によって恨みや妬みを増幅し、人の心を内側から腐らせる呪具だ。この水晶球が処刑された魔術師とともに埋葬されたのは、誰一人として破壊することができなかったからだ。
「一体、どうやって……」
「分かりません。しかし、依頼を達成した冒険者はゲンゴーだったらしいのです」
「ま、まさか、やつが……? いや、ベヒーモスか!?」
ゲンゴーはともかく、ベヒーモスならありえぬ話ではない。
「……それと、もう一つご報告が。フリーデリーケ様が、市井で聖女と呼ばれ始めております」
「なに?」
「高度な回復魔法により、長い時間をかけて削いできた兵や冒険者の力が少しずつ戻ってきております」
ゲオルクは眉を寄せた。
人間にとって、信仰は力になる。聖女という御旗が立つのは、魔王軍にとって最も面倒な事態だ。
「……その力を授けたのは」
「おそらく、ゲンゴーかと」
またあの男か。
ゲオルクは砕けた水晶を机に放った。もうこれは使い物にならん。
だが、構わぬ。やや力は劣るが、模造品ならいくらでも準備できるし、すでにかなりの量を確保している。我が計画に大差はない。
ふとゲオルクは窓辺に立った。
中庭を、侍女が二人、笑いながら横切っていく。回廊では衛兵が交代の刻を待っている。厨房の裏口から、下働きの少年が水桶を運び出てくる。
よく育っている。
二十年かけて、この城の者を一人残らず耕した。手を取り、肩を叩き、労い、跪いた者を立たせてやりながら、一人ずつ種子を植えて回ったのだ。いまや根の張っておらぬ者を探すほうが難しい。
――美しい庭ではないか。
我が《栄華の庭園》。あとは種子を芽吹かせ、大輪の花を咲かせるだけだ。
第三王女クリスティーネには、すでに種子を植え終えている。あの娘を使えば、いずれ聖女フリーデリーケを亡き者にできるだろう。
実を言えば、フリーデリーケにも植えてある。手を取って労ったあの日、確かに根は張った。
だが、そこから先へ育たぬ。
どうやらあの娘には、恨みも妬みも見当たらぬらしい。痩せている。土に恵まれぬ苗は、いつまでも芽を出さぬものだ。
素直に染まっていれば、摘まずに済んだものを。のうのうと咲かぬまま生きている、あの娘自身の落ち度だ。
「勇者たちのほうはどうなっている」
「はっ。強化は順調に進んでおります」
「よし。あとは我の庭で花を咲かせてしまえば、魔王様の元へ連れていくのは造作もない」
王に根が張ってからは早かった。勇者召喚は、いまでは王自身が思いついたことになっている。
育てるのは人間にやらせればいい。人間を育てるのは、人間が一番うまいのだ。騎士が鍛え、宮廷魔術師が磨き、頃合いを見て魔王様のもとへ運ぶ。あとは《魔族創造》で接ぎ木をするだけだ。
二十年前、この筋書きを手土産に魔王へ下った。ここまで、長かった。
人間でいるかぎり、宰相が位の上限だ。王とは世襲であって、望んで届くものではない。ならば別の梯子を登るまでのこと。
もう少しで、この国を手に入れ、王になれる。
あとはゲンゴーさえ手に入れば……。
あの異世界人は、どういうわけか自分にも他人にもスキルを習得させられるらしい。《プログラミング》とかいうスキルの能力だろう。世界の均衡を容易く変えてしまうほどの、あまりに規格外の力だ。
以前やつは、『ぱそこん』なるものがなければスキルは使えないと言っていた。使えるということは、この我に嘘をついていたわけだ。
許しがたい。しかし――やつのスキルで様々な能力を手にすれば、我はどれほどの存在になれる。
いつか、魔王になることさえ。
欲望に応えるように、ゲオルクの目の色が変わった。白目が赤く、瞳が濁った黒に染まる。
どうしても、やつが欲しい。
先ほどは説得などと言ったが、生ぬるい。捕らえてしまえば、あとはこの手が届く。
「手段は問わん。ゲンゴーを、必ずここへ連れてくるのだ!」
「「「はっ!」」」
配下たちは一礼すると、すぐさま部屋を出ていった。
「……楽しみだ。早く来い、ゲンゴー」
ゲオルクの瞳が妖しく光る。
「……クックックッ。ハッハッハッ! クァーハッハッハッ!!」
部屋には、自分が王になる姿を想像して興奮したゲオルクの哄笑が響いた。
次回から主人公の視点に戻ります。




