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『その縄、魔法につき。〜十九歳の縛術師は、殺さずの技術で乱世を縛り上げる〜』第7話 勝者なき進軍

剣を抜かずに勝つことはできるのか。

そもそも、「勝つ」とは何なのか。

第7話は、戦場に立たない決断が、

どれほど重い選択であるかを描いています。


 夜明け前、城門の詰所に一人の冠者が戻った。

 埃にまみれ、息を切らしたその姿を見て、団長代理リオネルはすぐに察した。

「報告を」

 短い言葉に、冠者は膝をつき、頭を垂れる。

「アルヴェルト公の部隊は、すでにグラート山を越えました。

 北坂を下り、正午には城下へ至る見込みです」

 団長が眉をひそめる。

「兵数は」

「正規兵に加え、私兵が相当数。

 黒怪盗団は後方に回り、補給と連絡を担当しています」

 一瞬の沈黙。

 リオネルは地図に視線を落とした。

「……住民の避難は?」

 冠者は、わずかに言いよどんだ。

「……行われていません。

 坂道沿いの村も、そのままです」

 その言葉が、部屋の空気を変えた。

 グラート山・北坂。

 急峻で、細く、逃げ場のない道。

 ――先頭を縛れば、隊列は崩れる。

 ――崩れれば、兵も民も巻き込まれる。

 団長が口を開く。

「夜襲なら可能だ。

 先頭を捕らえ、指揮系統を断つ」

 誰もが思いつく、最善の策。

 そして――いつもの勝ち方。

 だが、リオネルは首を振った。

「勝てます」

 団長が顔を上げる。

「しかし、それは“守った”ことにはなりません」

 団長は、言葉を失った。

「坂で戦えば、死者が出る。

 兵だけではない。民もです」

 地図の上に、指を置く。

「その血は、誰の責任になりますか」

 重い沈黙が落ちた。

 やがて、団長が低く問う。

「……では、どうする」

 リオネルは、静かに答えた。

「迎撃しません」

「なに?」

「止めもしない。

 ――城門を、開けます」

 団長は、言葉を失ったまま、リオネルを見つめた。

________________________________________

 正午。

 グラート山を越えた軍勢は、城下に布陣した。

 だが、剣は抜かれず、矢も番えられない。

 代わりに、白旗を掲げた使者が城門に現れた。

「アルヴェルト公より、国王陛下へ」

 城門は、命じられる前に開いた。

 玉座の間に集められたのは、王、重臣、団長、そしてリオネル。

 使者の後ろから、ゆっくりと一人の男が進み出る。

 アルヴェルト公。

 老獪な瞳。

 剣を持たぬその姿に、誰も手を出せなかった。

「私は、王位を奪いに来たのではない」

 公は、淡々と告げた。

「正当な権利を、取り戻しに来ただけだ」

 差し出されたのは、古い証文。

 先王の名と印。

 そして、血統を証明する系譜。

 ざわめきが広がる。

「剣を抜けば、内戦になる。

 だが、私を斬らねば――それは正統な王族殺しだ」

 公は、静かに王を見た。

「選ばれよ。

 血か、秩序か」

 玉座の間は、凍りついた。

________________________________________

 沈黙を破ったのは、リオネルだった。

 彼は、一歩前に出る。

 腰元から、縄を取り出した。

 重臣たちが息を呑む。

 だが――

 縄は、投げられなかった。

「縛るのは、人ではありません」

 静かな声だった。

「縛るのは――時間です」

 リオネルは、王とアルヴェルト公、双方を見渡す。

「三日ください」

「三日?」

「その間、剣も縄も使わない。

 民の前で、互いの正当性を示してください」

 ざわめきが走る。

「選ぶのは、王でも、公でもない。

 この国に生きる者たちです」

 アルヴェルト公は、初めて目を細めた。

「……面白い」

 王は、深く息を吐いた。

「よかろう」

 その一言で、決まった。

________________________________________

 夜。

 城の高台から、リオネルは城下の灯を見下ろしていた。

 戦は起きなかった。

 だが、何も終わってはいない。

 剣を抜かなかったことが、

 正しかったのかどうか――

 その答えは、まだ出ていない。

 リオネルは、手の中の縄を見つめる。

 それは、誰も縛っていない。

 だが、確かに――ほどかれてはいなかった。


この話には、明確な勝者がいません。

軍は進み、城門は開き、

それでも誰も倒れず、誰も裁かれていない。

リオネルの縄は、ここでも人を縛っていません。

代わりに彼が縛ったのは、

「今すぐ剣を抜いてしまう未来」そのものです。

三日という猶予は、

王と公だけでなく、

この国の在り方そのものを問い直す時間でもあります。

次話では、その“時間”の中で、

民が何を見、何を語り、何を選ぶのか――

静かながらも、最も激しい局面へ進んでいきます。



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