違約者002:「交換不可能性の定義」
証拠物件:Case-AC-046 「交換不可能性の定義」
契約者名: 織原・シオン
コードネーム: カウンセラー
現時刻: 2025年12月3日 09:12 JST
状況: 交戦規定α-3適用中。
第一項:無効化の着手と新しい「違約者」
Case-AC-045の事務処理から一夜明け、シオンは次の案件、Case-AC-046のため、放棄された工業地帯に立っていた。契約の執行者である彼女に、休息は許されない。
今回のターゲットである「違約者」は、自らを「交換者」と称する。その契約は、先の「優越者」とは打って変わり、複雑な論理構造を持つ。
「違約者」は、シオンが左手に展開しているホログラム契約書を指差し、皮肉げな笑みを浮かべた。彼の装いは、左右で完璧に異なるデザインのスーツであり、その異質さが力を象徴しているかのようだ。
「カウンセラー。あなたの業務は把握している。条文による無効化、その冷徹な事務処理。だが、わたしの契約は『定義の曖昧さ』などという、初歩的なバグは抱えていない」
彼の周囲の空気が振動した。
彼の力は単純でありながら、極めて厄介だ。それは、「自身の支配領域内において、いかなる事物も、それと完全に同一の価値を持つ別の事物と、強制的に交換可能とする」という条項である。
「現に見よ」
彼が地面の石を指差すと、その石は、シオンの左手に展開されたホログラム契約書と、一瞬で入れ替わった。石は契約書の位置に固定され、契約書は地面のただの石と化した。
「これが『交換可能性』の行使だ。君の最も重要な武器である契約書は、今や、価値のない石塊と同一の価値を持ってしまった。そのホログラムを起動しようとしても、それはただの石のデータだ。君の『能力』は無効化された」
シオンは、動揺しない。彼女は、左手の上にある石を冷静に確認し、右手に持つ指揮棒の先で、ホログラムのない空間をなぞった。
「現行契約書、第99条、『代償機能の連続性』項、及び、第301条、『価値の客観的評価』項の参照を開始」
彼女の武器は、魔力を物質化した指揮棒及び、999の条項を持つ契約書だけではない。彼女の真の武器は、契約の構造と論理そのものである。
第二項:条項の適用と「価値」の定義
シオンは、左手の石を地面に落とした。カツン、という乾いた音が響く。
彼女は、右手に持つ指揮棒を軽く振るうと、淡々と条項を適用し始めた。
「交換者殿。あなたの『交換の項』は、確かに『同一の価値』を持つ事物間の交換を規定している。しかし、あなたの行動は、その『定義』に根本から違反している」
交換者は、不快感を露わにした。
「違反だと? 石も、契約書も、この世界を構成するただの物質と情報だ。世界システムからの評価価値は等しいと定義される!」
「それが、あなたの契約の誤謬である」
シオンは指揮棒を前に突き出した。
「現行契約書、第301条、『価値の客観的評価』項。『契約の代償機能において、物質の総量や情報のエントロピーは、その事物が世界との契約履行に及ぼす影響力と同義ではない。特に、契約者の魔力供給源たる『魂』の定数に基づく事物は、その交換不可能性において、極めて高い評価定数を持つ』」
彼女は、言い放った。
「あなたの言う『価値』は、経済学や情報工学に基づく主観的なものであり、我々『契約の魔法少女』が交わした『世界との契約』においては、魔力の流れと契約履行への貢献度こそが、客観的な真の価値と定義される」
交換者の顔から、余裕の表情が消え失せた。彼が交換したのは、価値ではなく、形式に過ぎなかったのだ。シオンの契約書の真の価値は、その機能性ではなく、織原シオンの魂と直結した『契約の代償機能』そのものにある。
第三項:決定的な代償の行使
シオンは左手の上、何もない空間を、指揮棒で再度力強くタップした。
「第99条、『代償機能の連続性』項、適用。この条項は、『契約の核となる機能は、その代償として担保された「未来の可能性」が消滅しない限り、物理的または情報的な遮断を無効化する』と規定している」
左手の、石があったはずの空間に、白い光の粒子が凝結し始めた。
ホログラム契約書が、物理的な法則を無視して再構築されている。それは、シオンが契約時に差し出した「未来」という代償が、その機能の継続性を強制的に保証しているからに他ならない。
交換者は、驚愕の表情で後退した。
彼の契約は、価値が同一の物しか交換できない。しかし、シオンの契約書は、「魂の代償」という交換不可能な価値に裏打ちされていたため、彼の交換機能は無力化されたのだ。
「待て! その契約書の価値定数は、わたしの契約の定義を超えている! それは、不当な優位性だ!」
シオンは、再構築されたホログラム契約書を指揮棒の先でなぞりながら、冷徹に告げる。
「不当ではない。これは、条項に基づく、合法的な機能の再起動だ。そして、あなたの契約は、交換不可能な価値を持つ事物を、交換可能であると誤認した。これは、契約の論理構造に対する重大な錯誤に該当する」
シオンは、999の条項の中から、ただ一つの条文をピンポイントで選択した。
「第404条、『錯誤に基づく契約の強制解除』項、適用!」
指揮棒が、純粋な光の剣と化し、交換者に向けられた。
彼の契約は、自らが定めた論理の範疇において、自己の論理的破綻を証明してしまった。世界との契約は、論理の錯誤を、最も重い違約行為と見做す。
「やめろ! わたしの契約は……!」
光の奔流が、交換者を飲み込んだ。
それは、暴力による破壊ではなく、彼の契約書そのものが、無数の複雑な数式に分解され、エラーメッセージを吐き出しながら虚空に消えていく現象だった。
論理構造の自壊である。
シオンは、光の剣を再度指揮棒に戻し、左手のホログラムを確認した。
「違約者の契約を無効化。所要時間、5分4秒。論理構造が複雑であったため、前案件より時間を要した。事務処理完了」
彼女の顔に、感情の揺らぎはない。ただ、彼女はふと、ホログラム契約書の第1条、A項を眼差す。
契約書、第1条、A項:『契約の履行を怠った場合、その代償は、契約者自身の「未来の可能性」によって、厳密に精算されるものとする』
時間を要し過ぎた今日の事務処理で、彼女の未来から、また一つ何かが支払われた可能性がある。それは一体何だったのか、知りようもない。シオンは、指揮棒を魔力に還元し、次の案件の座標へと向かうため、生産の火が消えた冷たい工業地帯を後にした。
最後まで読んで頂いてありがとうございます!
次回更新は2025/12/30 18:10です。
同時連載の、「散ル散ル未散ル/REBOOT」もよろしくお願い致します。銃とメカと美少女アクションの作品です。




