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違約者001:「裏付けなき優越者」

 証拠物件:Case-AC-045「裏付けなき優越者の項」

 契約者名: 織原・シオン

 コードネーム: カウンセラー

 現時刻: 2025年12月2日 13:07 JST

 状況: 交戦規定α-3インバリデート・シークエンス適用中。



 第一項:無効化インバリデートの着手



 世界との間で交わされた歪んだ契約を無効化する。それが、わたし──織原・シオン、契約コードネーム「カウンセラー」の負っている義務である。

 眼前にいる敵、「違約者ブリーチ・ホルダー」は、この地域の空を異様な重力偏差フィールドで覆い尽くしていた。名は名乗らない。自己を「優越者」と呼称するのみ。その力は単純極まりない。「自身にとって有利な状況は、いかなる場合も覆されない」という、世界に対する一方的かつ強制的な条文の行使。


 シオンは、魔力を展開した。

 光条が走る。それは、変身プロセスではない。契約履行の物理的顕現だ。


 シオンの身体を覆うのは、白いスーツ状の法衣。そして、彼女の左手の上には、空中に固定されたホログラム状の文書である「契約書」が展開され、頁が自動的にパラパラと捲れている。厚さ数センチ、条項数にして999。この条項の数だけ、彼女は限定的な「能力」を起動できる。


「優越者」は、嗤った。


「無駄だ、カウンセラー。わたしの『契約』は、わたしが勝利するよう、すべての変数をロックしている。おまえの武装も、動きも、この重力下では無効な攻撃として処理される」


 彼の周囲の空間が圧縮され、シオンが地面を踏みしめる度に、その反動が重力場によって倍加され、足場が軋む。

 シオンは動かない。戦闘前の儀式。彼女は左手にあるホログラム契約書を、右手に持った指揮棒タクトでレーザーポインターのようになぞった。


現行契約書アクチュアル・コントラクト、第45条、『不当利益の是正』項、適用」


 戦闘ではない。これは、条文の確認と適用という、冷徹な事務作業である。



 第二項:条項の適用と反証



 シオンの武器は、世界と交わした契約書と魔力が物質化した指揮棒タクトである。彼女は、契約書の該当する条項を指揮棒の先で指し示しながら、淡々と告げた。


「あなたの契約書、通称『優越者の項』は、確かに『あなたに有利な状況は覆されない』と規定している。しかし、この条項は極めて杜撰な構成だ。具体的に、何をもって『有利な状況』と定義するのか、その『裏付けとなる条文』が存在しない」


 優越者の重力フィールドが、一瞬、揺らいだ。彼の額に、焦燥の汗が滲む。


「黙れ! 結果がすべてだ! わたしが上空に留まり、おまえが地上に固定されている。これこそが有利な状況だ!」

「その定義は、あなた自身の『主観』に基づくものに過ぎない。我々の交わした『世界との契約』は、主観的な認識を条文とすることは、原則として禁じている。第12条、B項に抵触する。我々は常に『客観的証拠』に基づき、判断を下さなければならない」


 シオンは指揮棒タクトで、自身の契約書ホログラムの第45条を力強くタップした。


「第45条、『不当利益の是正』項。『契約の定義が曖昧であることに起因する、契約者への不当な優位性の獲得は、違約行為と見做す』」


 つまり、曖昧な条文に基づいた優位性は、契約によって保護されない。これは、敵の契約書の「グレーゾーン」を突く、知的なカウンターだった。



 第三項:決定的な抜け穴(ルック・ホール)



 シオンの契約書から、999の条項のうち、わずか3つの条項が連鎖的に起動した。


・第45条:不当利益の是正

・第108条:定義の強制修正

・第209条:緊急インバリデート・プロトコル(※極めて稀な発動)


 空間の重力偏差が、即座に中和された。優越者の契約が、その根幹たる「定義の曖昧さ」を突かれて、一瞬の機能停止状態に陥ったのだ。

 優越者は驚愕し、空中から落下しかけた。

 その瞬間、シオンは動いた。これが彼女の唯一の、そして決定的な物理的攻撃手段である。

 彼女はただ一言、叫んだ。法廷における、異議申し立ての如く。


「第108条に基づく、定義の強制修正! 優越者殿、あなたの条文の『有利な状況』を、この場で『客観的に、世界の物理法則に基づき、両者の間に明確な非対称性が発生している状況』と、定義を上書き(オーバーライト)する!」


 定義が明確になった瞬間、優越者の契約書は、自らが定めた基準によって、自らの非論理性を証明してしまった。世界との契約は、論理の破綻を最も嫌う。


「待て! それは不当な介入だ! 契約違反だ!」


 優越者が叫んだ。だが、シオンは冷徹に言い放つ。


「違反ではない。これは契約条項に基づく、合法的な処理だ。あなたは、『明確な定義』のない条項を行使した。これは、契約の根幹に対する軽度の詐欺行為に該当する」


 シオンは指揮棒タクトを、敵に向けて突き出した。


「そして、結論。あなたの契約書は、軽度の詐欺行為に基づき、第209条、緊急インバリデート・プロトコルを適用する。あなたの『優越者の項』を、この場で無効化インバリデートする!」


 光の奔流が、優越者を飲み込んだ。

 それは、爆発でも、破壊でもない。

 彼の契約書が、白い光の粒子となって分解され、消滅していく──。

 文書破棄ドキュメント・デストロイの物理的現象だった。

 彼の力を構成していた「歪んだ条文」が、世界との間から、痕跡もなく抹消されたのだ。

 重力偏差フィールドが完全に消失し、周囲の風景が正常な物理法則を取り戻す。

 シオンは、静かに指揮棒タクトを下げた。


違約者ブリーチ・ホルダーの契約を無効化。所要時間、3分21秒。事務処理完了」


 彼女の顔に、達成感はない。あるのは、一人の人間として、そして契約の執行者としての、冷徹な義務感だけだ。なぜなら、彼女自身の契約書にも、厳格な条文が刻まれている。


 契約書、第1条、A項:『契約の履行を怠った場合、その代償は、契約者自身の「未来の可能性」によって、厳密に精算されるものとする』


 彼女は、自らの未来を担保に、この戦闘という名の「事務処理」をこなしているに過ぎない。次の、より複雑な条文を持つ敵の出現を予期しつつ、シオンは冷たい空気の中、一人、立ち尽くした。


最後まで読んで頂いてありがとうございます!

次回更新は2025/12/29 18:10です。

同時連載の、「散ル散ル未散ル/REBOOT」もよろしくお願い致します。銃とメカと美少女アクションの作品です。

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