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第八話

 それからの高校生活、俺たちがかかわることは本当になくなった。


 生徒会という義務的な集まりもなくなり、それ以外にも顔を合わせる機会というものがなくなった。


 高校三年生ともなれば、各々の進路を見定めなければいけない時期だ。早いものであれば高校二年生の段階から準備をしているのだろうが、それはそれとして秋先の冬から忙しい空気を感じるようになった。


 もしくはそうであっても顔を合わせる時間は作ることができただろうし、機会もあっただろうが、俺はその悉くを無視するように努めた。それは彼女だけではなく、今までかかわってきていた周囲に関しても同様だった。あらゆるすべてが後ろめたかったから、俺は一切のかかわりを継続しなかった。


 そして、それを誰も気にすることはなかった。上辺だけで営まれてきた関係性だ。そこに本質が混ざることはなく、周囲もそれに対して関心を抱くことはない。各々が進路について考えることに忙しさがあったような気がする。互いに余裕を見出すことはできなくなっていき、次第に教室はまばらになっていった。最終的には、俺もそこに姿を見せることはなくなった。


 俺は適当な大学に行くことにした。夢や目標なんてものも見いだせなかったから、適当な大学に進んでもいいような気がした。勉学に対して努力をする意味を見出せなかったのだ。ただそれでも、働くという行為が大人への仲間入りを果たすことだと思っていた俺は、就職には視線がいかず、その結果ボーダーフリーの大学へと行くことにした。


 試験の内容は粗雑なもので、勉学に励んでいたものが見れば鼻で笑うようなものしか問題は並んでいなかった。ある意味俺向けの大学だな、とそう思いながら問題をこなして面接を受けた。面接についても適当なもので、適当すぎる自己アピールに面接官は感心したような表情を見せた。それがそういう演出だったのかはわからないものの、ともかくとして二月の中旬には合格を知り、三月の段階で入学が決まった。その行いすべてに後悔を抱くことはなかった。


 それからの時間は早く流れていくような錯覚。学校に行く日数も少なくなり、退屈な時間を家で過ごすばかりだった。空虚に思える部屋の寂しさに心細さを覚える自分がいるのを自分で馬鹿にして、なにかやることはないか、と探してみる。勉強をする気にだけはなれなくて、それ以外のことで趣味というものを見出そうと思ったが、それも結局見つけることはできなかった。


 どこまでも自分というものはなかった。自分というものがないからこそ、こうして夢も目標もないままに一年を過ごしてしまった。そうなりたい、と思っていた自分もどこかに消え失せていた。彼女の告白があってからというもの、すべからく無駄なものに思えてしまったからこそ、そうした希望を抱くことはしなかった。期待をすれば裏切られる。そう思ってしまう自分がいるし、心の底からそれを信じてしまう。


 だから、何も感じない、何も考えない。無意味に、……そして無駄に、時間だけを過ごしていった。




 卒業式、涙ぐんでいる生徒の大半を見かけた。


 在校生の送辞は生徒会で見覚えのある後輩が、そして答辞は生徒会会長であった彼女が担当していた。その顔を見るのは久しぶりなような気もしたけれど、その実感というものはどこにもなかったように思う。


 彼らが並べた言葉の一つに感慨を覚えることはない。さっさと終わってくれればいい、とひねた考えだけを繰り返して窓から空を見上げた。言葉の一つさえも耳が拾うことはしなくて、そとから聞こえてくる鳥の鳴き声だけが届いているような気がする。


 そんな中、後輩がこちらに視線を向けることはないし、彼女もこちらに視線を向けることはない。俺はずっと他所ばかりを向いていた。晴れた空の中で一瞬だけ青に移った灰色の雲ばかりを窓から追いかけ続けた。


 きっと、こんな俺をあの後輩は嫌っているんだろうな、とそう思った。あのファミレスでの一件以来、直接的なかかわりは生まれはしなかったが、それでもそんな確信が心の中にあった。だから、目を合わせたくなかった。


 彼女も同様だ。振り向かなかった俺に対して嫌悪感を抱いていたに違いない。その視線が俺に向けられることがないのを自身で理解していたからこそ、その寂しさに抵抗するようにそっぽを向いていた。そうすることが俺なりの現実逃避だった。


 他所を向いていた俺に、たまたま視界に入った教師が咎めるように険しい表情を向けてきたから、諦めて下を向いた。上を向く気にはなれなかった。


 卒業式をやり過ごした後、俺はそそくさと家へと帰っていった。誰かと話をすることもなく、周囲がそれぞれに言葉を交わしあっている様を見て、いいな、という気持ちになった。それでもうらやましさと寂しさのようなものはそれ以上に大きくはならなくて、これが自分が選んだ結末である、ということをひしひしと感じていた。後悔するにはすべてが遅すぎた。


 高校生活では、結局何も変わることはできなかった。いつまでも彼女という存在にとらわれていて、そればかりに頭を向けていた。無関心でいようとするからこそ意識は向いていたのだからどうしようもない。これからはもうそんな生活はしないことを決意した。


 風で聞いた噂でしかない。彼女は都内のほうの大学に通うらしい、と聞いたことがある。俺は頭の悪い近場の大学でしかなく、もう彼女と今後かかわることはないだろう、とそう思った。彼女は彼女で楽しい人生を歩めばいいし、俺も俺で俺なりの人生を生きていく。それが報われるものなのかなんて知りはしないけれど、それでも各々が各々で道を歩けばいい。すべてどうでもいい。


 せめて、大学から変わることができればいい。


 そんな、ようやく抱いた期待めいたものを心のうちに抱えながら、俺はやってくる春に身を委ねた。



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