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第三話

 それがどうしてこんなことになっているのか、自分でもよくわかっていない。


 入学当初、どこか人とかかわることに対して忌避する感情を覚えてしまって、誰かと仲良くなることはできなかった。うわべだけの関係性くらいは作れたような気がするけれど、結局は本質に届くようなかかわりを営めた自信はない。そんな関係性を選んだのは俺であり、その理由としては、どこか彼女に視線を追いかけようとしてしまう自分を、他人につつかれることを恐れたからに違いなかった。


 幸いにも彼女と同じクラスになることはなかった。不幸なこととして言えば、彼女の恋人である男子が同じクラスになってしまったことくらいだろうか。それでも、自業自得でしかない感情の振り回しに巻き込むようなことはせず、ただ静観を続けてはかかわりを薄くして、その本質に食らいこむことはなかった。それだけで他人とのやり取りは紡げるのだからどうでもいい。


 部活動には入らなかった。入る気にはならなかった、といえばそれまでではあるが、何事にも熱を持てない自分が部活動に加入する資格があるか、ということを何度も問い続けて、結果的に見出せなかったから帰宅部、という形になった。大して熱意を必要としないかもしれない文化系の部活に入ってもよかったのだろうけれど、そもそもそんな思考が自分の中に渦巻いていることが他人に対して失礼極まってしまうことも理解している。だから、部活動には入ることもなく、最終的には自らで孤独を作り上げるだけの寂しい人間が誕生してしまった。


 学校で過ごしていてもうわべだけのやりとり。その繰り返し。中身なんてものは存在せず、他人の顔をうかがいながら、肯定と否定をその場で考えて返すだけの作業。人の話に興味を抱くことはないとしても、それでもそういった振る舞いをすれば、誰かから見れば友人関係を結んでいるようには見えてくれる。


 周囲に人がいるのだから孤独ではないのだろうが、それでも誰も俺の本質に食い込むことはない。どこかフィクションのような世界観にある、熱血、といったかかわりはどこにもない。誰も俺のことを見てはいない。外側にいる俺を勝手に見出して、その中身となる幻影を見ているだけでしかない。それだけでやりくりできる世の中なんて楽勝でしかない。他人もそれ以上に求めることはないから、それでいい。


 そんな生活を繰り返していた。それを繰り返すことしか俺にはできなかった。それでも最初こそは心の中で空いていた穴を意識しては、苦しくなる自分の感情に戸惑いを覚え続けていたけれど、次第に視線は彼女を追いかけることをやめ、同じクラスであった彼女の恋人のことを意識することはやめることができるようになっていた。無関係になればなるほど、実際に自分には関係がなくなっていく。世界から切り離されたように彼女のことは意識の中へと介入することはなくなっていき、そこでようやく俺は本当に独りになることに成功した。


 きっと、それを寂しいかと聞かれれば寂しかったんだと思う。




 三年に進級するまでうわべだけの生活を繰り返していた。誰に対しての進展もそこまでなかったように思う。それでも、うわべだけでかかわることを許してくれる人間は周囲に増え続けていくことができて、教室の中で孤独とは言えない空気感を作ることができていた。結局それも教室の中での出来事でしかなく、外では他人としてしか振舞わないものであっただろうが、別にそれも心地が悪いものでもなかったから、俺はそれを自分の生き方だと定めて、毎日を謳歌していた。


 それでも、そんな生活を繰り返していたからこそ、本質がほしくなる時がある。冗談を振舞っているその口で、誰かがその冗談に本気になってくれるような熱を求めてしまうことがある。冗談には冗談の応酬、それが正解の振る舞いであることを理解しているはずなのに、それでも俺の中身こそを見てほしい、と感じてしまう日がたまに頭へと過ってくるのだ。


 そんなことを覚え始めた高校二年生の時期、俺は生徒会に入ることにした。


 自分から入ろうとしたわけではない。教師から推薦される、という形で目の前にあったから、それに加入しただけである。うわべだけの振る舞いが成功したのかはわからないが、そんな演出こそが教師に俺を推薦させる理由につながったのだろう、やってみないか、という言葉をかけられた。


 最初こそは断ろうと思っていた。大してやる気も熱量も見いだせない、その場だけを遠回しにする自分のやり方に辟易していたからこそ、他人に迷惑をかけてしまうことを考えて仕方がなかったから。


 でも、寂しかったのだ。


 そろそろ報われてもいいんじゃないか、と思った。自分の中にある穴を誰かで埋めても許されるのではないか、誰かの熱をこちらにほだすようにかかわりあってもいいのではないか。本質を求められたいと思うように、本質を求めるようにしてもいいのではないか。


 今さら部活に入るほどの気概はない。それでも、目の前に差し出された生徒会という役職であるのならば、なんとかできるのではないか。そこで人とのかかわりを見出すことはできるのではないか。俗にいう青春というものを誰かと紡ぎたかったのだろう。そんな不道徳的な感情があったとはいえ、それでも誰かと本気で言葉を交わしたかった。本質を食い合うようにしたかった。本当の自分をさらしたかった。


 だから、そんな気持ちで生徒会に入った、つもりだった。




「やっほ」


 そんな軽い声をかけてきたのは、かつての幼馴染である彼女だった。


 俺が生徒会に推薦されるのと同時の話だった。彼女も俺と同じように教師から声を掛けられていたのか、生徒会に対する選挙活動に参加することになっていた。


 選挙活動に対する説明会の中、俺はたまたま見かけることになってしまった彼女の姿を見て、本当に心の底から気持ち悪い、と思ってしまう自分がいた。


 無関心を装おうとした。装おうとしていた。それは本当になって、俺の意識の中に彼女はどこにもいなかったはずだ。そうして前向きに歩き出そうとした道の中で彼女の姿を見た。俺に対して何も気にしていないように──もしくは相応の気まずさを表情に浮かべていたかもしれないが──当然のことであるような表情で、そこに旧友であることを示すような振る舞いをした彼女に、俺は心底気持ち悪い、と思った。


 いや、違う。彼女が気持ち悪いのではなかった。俺が気持ち悪いのでしかなかった。


 無関心、無関心を貫こうとしたのだ。彼女がいても感情が震えないように、何も感じないように、彼女が目の前にいても何も思わないようにしていた。それがどうだ、目の前に現れて、言葉をかけられただけでぐつぐつと感情が濁っていく。




 それも、好意ではなく嫌悪といった黒い感情で。




 ──なぜ今さら声をかけてきた? ああ、同じ生徒会にいるからか。そりゃそうか、旧知の人間がいたら声はかけるもんな。わかってるよ、きっと俺もそうしたかもしれない。でも、そんな当然のような顔をして俺にかかわってくるのか? うざい、うざずぎるよお前。そんなことを考えている俺が一番うざいよな、わかってるって。でも、お前もうざいよ。気持ち悪い。こっちの感情の何一つもわかりはしないくせに、だから言葉を並べるんだ。俺はもうお前なんてどうでもいいんだよ。どうでもいいはずなんだ。何も考えたくないんだ。ようやく前を向こうと思ったんだよ。お前につけられた心の傷から目をそらしたかったんだ。目をそらせたんだよ、ようやくさ。でも、どうしてこうなった? なんでお前はそこにいるんだよ。本当に、なんでそこに──。




 そんな濁り切った黒い感情のひとつでさえも言葉に出すことはできなかった。それは表現として形になることはなかった。それは己のうちに宿る本能に刻まれる形で、嗚咽として嫌悪が重なった。それを思えば思うほどに嗚咽は大きくなり、最後には吐き気として形になった。それでも、他人にそれを悟られたくないから、周囲に隠れるように吐き出しては元の位置に戻っていった。


 結果的に彼女は生徒会役員の会長となった。俺も同じ役職を求めていたけれど、大してアピールする部分もない俺は順当な位だと言える副会長に定まった。ほかにも書記や庶務、会計などの役職についた人間もいたが、そいつらのことが視界に入ることはなかった。


 どうでもよくなった、全部。


 彼女さえいなければ、そいつらと仲良く過ごすことができたのだろうが、嫌いな人間がいる中でそんなことを振舞おうとする自分はどこにも見つけられなかった。


「おめでとう、会長」


 俺は、彼女の名前を呼びたくなかったから、そう呼んだ。彼女の顔が俺の呼び名に表情を歪ませたことを、俺はきっといつまでも忘れない。


 忘れてやらない。

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