第1話:『落ちこぼれ聖女は、隠された真の力で世界を救う』
「リリアン、お前は本当に聖女なのか?その程度の力しか持っていないのなら、さっさと村に帰れ。」
神殿の大広間に、高圧的な声が響き渡った。声の主は、私と同じ聖女候補の一人、ロザリア。透き通るような金色の髪と、恵まれた魔力量を持つ彼女は、神殿の中でも一際目立つ存在だった。
私は、ただ静かにうつむくことしかできなかった。
私のギフトは、『浄化』。
しかし、それは穢れを少しだけ取り除く程度の、ごく平凡なスキル。他の聖女候補たちが、炎や水を操る華やかなスキルを見せつける中で、私の力はあまりにも見劣りした。みんなは私を「落ちこぼれ」と呼んだ。その言葉が、私の心を深く刺す。
そんなある日のこと。王都を巨大な魔物が襲った。その魔物は、全身からどす黒い瘴気を放ち、触れたものを毒で冒していく。王宮の兵士たちが次々と倒れていく中、私たち聖女候補の出番が来た。
「さあ、みんな!神に与えられし力を示す時よ!」
ロザリアが、輝かしい光の魔法で魔物の瘴気を消し去っていく。他の聖女候補たちも、それぞれのスキルで人々を癒していく。私はただ、無力に立ち尽くしていた。私の『浄化』スキルでは、この魔物の瘴気には全く歯が立たない。
「おい、リリアン!何をしている!」
「やっぱり落ちこぼれは使えないわね!」
嘲笑が聞こえる。心が折れそうになる。
その時、魔物が叫び声を上げた。そして、強烈な毒のブレスを吐き出す。ブレスは、ロザリアたち聖女候補に直撃した。
「ぐぁっ…!?」
華やかなスキルを操っていた彼女たちの顔が、一瞬で苦痛に歪む。「な…何なの…この毒は…っ…」彼女たちは、その場で意識を失い、次々と倒れていった。私は、絶望に凍り付く周囲の兵士たちを前に、ただ、震えることしかできなかった。
その時、私の脳裏に、村で薬草を煎じていた時の母の言葉が蘇った。
『リリアン、どんな毒にも、必ず解毒の方法があるわ。大事なのは、その毒の正体を見極めることよ。』
私は、震える足を一歩踏み出した。目の前に倒れているロザリアの、青ざめた顔を見る。彼女の体には、どす黒い毒の紋様が浮き上がり始めていた。
「……浄化……」
私は、かすれた声でそう呟くと、手のひらをロザリアの胸にかざした。体内の魔力が、ごくわずかに震える。
その瞬間、私の手から放たれた光は、いつものぼんやりとした光ではなかった。それは、太陽の光を集めたかのような、強く、眩い光。光がロザリアの体を包み込むと、彼女の肌に浮き上がっていた毒の紋様が、まるで墨汁が水に溶けるかのように消えていく。
「え……?」
ロザリアの顔から、みるみるうちに苦痛の表情が消え、彼女の頬に血色が戻っていく。
私の『浄化』スキルは、今までとは比べ物にならないほど強力な力を持っていた。それは、ただ穢れを払うだけではない。
毒や呪いといった『負のエネルギー』を、純粋な『力』へと変換する……
私の体内に眠っていた、本当のスキルが目覚めたのだ。私はその事実に、ただ驚き、呆然とする。その時、背後から驚愕の混じった声が聞こえた。
「ま、まさか……あの伝説の……」
振り返ると、神殿の最高位にいる神官が、信じられないものを見るような表情で私を見ていた。彼の震える視線が、私の手のひらに集まる。私は、その視線の意味をまだ理解できていなかった。
――私は、ただの「落ちこぼれ」ではなかったのだ。
神官の驚愕の声が響く中、私は未だに何が起こったのか理解できていなかった。ただ、倒れていたロザリアの顔から苦痛が消え、穏やかな寝息を立てていることだけはわかった。
「リリアン……お前、本当に……あのスキルを……?」
神官が私の前に膝をつき、震える手で私の手を握る。
「浄化の力を、生命の力に変える……『創造の聖女』……まさか、本当に実在したとは……!」
創造の聖女。その言葉に、周りの聖女候補や兵士たちがどよめく。私はその伝説を知らなかった。
「なによそれ!?そんなのずるいじゃない!」
意識を取り戻したロザリアが、悔しそうに叫んだ。彼女は、自分の華やかなスキルが役に立たなかった上に、私が伝説の力を持っていたという事実に耐えられなかったのだろう。
その日から、私の生活は一変した。
以前は「落ちこぼれ」と嘲笑されていたのに、今度は「伝説の聖女」として神殿の最高位の神官たちから過剰な期待をかけられるようになった。彼らは私のスキルを国のために利用しようと、様々な実験を強要した。
「リリアン様、この毒を解毒してください。魔物討伐に役立ちます。」
「リリアン様、こちらの呪いを浄化してください。戦争の武器になります。」
私はただの人なのに、彼らの瞳は私自身ではなく、私の持つスキルだけを見ているようだった。まるで、私は道具でしかないかのように扱われた。
「もう、やめてください……!」
ある日、限界を迎えた私は、そう叫んで実験を拒否した。すると、それまで優しかった神官たちの顔つきが、一瞬で冷たいものに変わった。
「何を言っているのですか?貴女の力は、神から国に与えられたものです。個人の感情で拒否するなど、許されることではありません。」
彼らの言葉に、私は深く絶望した。このままでは、私は彼らに都合よく使われ、心がすり減るだけだ。
その夜、私は決意した。
神殿から逃げよう。
荷物をまとめ、夜中に神殿を抜け出そうとした時、私は最高位の神官に呼び止められた。
「リリアン、どこへ行くつもりだ?」
「私は……私は、こんな場所にはいられません。私のスキルは、武器を作るためのものではない!」
私は震える声でそう訴えた。
神官は、冷たい目で私を一瞥した。
「よかろう。そこまで言うのなら、貴様はもう、神殿には必要ない。」
「え……?」
彼の言葉に、私は呆然とする。
「リリアン、貴様を、神殿から追放する。二度と、王都の敷居を跨ぐことは許さない。行け、落ちぶれた聖女よ。」
私は、かつての呼び名で罵倒され、神殿から追い出された。凍えるような夜風が吹き荒れる中、私はたった一人、行く当てもなく、王都の大通りに立ち尽くしていた。
その時、不意に私の前に一人の男性が立ちはだかった。
「おい、そこの聖女様。こんな夜更けに一人で何をやってるんだい?」
彼は軽薄そうな笑みを浮かべ、私を値踏みするような目で見ていた。
私は身構えた。どうせ、また馬鹿にされるだけだ。
「放っておいてください……」
そう言って通り過ぎようとすると、彼は私の腕を掴んだ。
「そう警戒するなよ。俺はキルシュ。ただの冒険者さ。君の顔色、ひどく悪いぜ。何かあったのか?」
彼の言葉は、意外にも優しかった。
私は、これまでの出来事を彼に話した。伝説のスキルを持つが故に道具のように扱われ、追放されたことを。
キルシュは、私の話を聞いて静かに頷いた。
「そうか。そりゃひどい話だ。でも、君の力はすごいじゃないか。そんな素晴らしい力を、道具としてしか見られないなんて、もったいない話だぜ。」
彼はそう言って、私の手を優しく握り直した。
「君の力を、君自身の為に使ってみないか?俺のパーティに入って、一緒に冒険をしないか?」
彼の言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。私の力を「武器」ではなく「盾」と言ってくれたのは、彼が初めてだった。
「わ……私、行きます!あなたのパーティに入れてください!」
私の言葉に、キルシュはにっこりと微笑んだ。
「よし。決まりだ。さあ、行くぞ。新しい人生の始まりだ。」
私は、キルシュに連れられ、薄暗い裏通りにある一軒の酒場へと向かう。そこが、私の新たな居場所になるとも知らずに……。




