ル・ルディーアの光手
翌朝、リィンの館には、一角獣族特有の《聖なる加護》という結界が張られていた。それは通常セグネードが張るものとは比べ物にならない強固なものであった。
「まるで一族総出で結界を張っているみたい」
アクシーはこんなことは初めてだとでも言うような様子だった。
昨夜、戦闘となってしまった時の話を聞くと、リィンもまた大怪我を負ったのかもしれない。一角獣族もまた非常に用心深い一族だ。結界が解けないことには、《北の荒地》を抜けさらに館がある《氷の峰々》まで出向かなければならない。
アディロンに助力をお願いすることにして、サージャンと話をするとやはりここまでの結界は初めてだとのことだった。
「結界の中には入れないでしょうね」
「結界は館だけ?」
「見た感じ、そのようですね。そういえば、一角獣族の姿がなかった。一人も見かけなかったのでおかしいなと」
様子を見に行ったスーファルの報告によると、結界の張られた館は静まりかえっていたという。
「行ってみないことにはわかんないし」
タケルはサージャンに乗ろうとしたところ、アクシーが降りてディスカージェと一緒にスーファルへ乗った。まだ昨夜のことを気にしているのだろうか。すると、ヴァルが恐る恐るサージャンに乗ってきて、初めて乗るのでどうしたらいいかと聞いてきた。どうやら、スーファルの方でも、アクシーがディスカージェにあれこれ教えている。気にしすぎなのは自分の方かもしれない、タケルはいつもと変わらないみんなにホッとして出発した。
そこまでは、よかった。
どうやら結界は館自体に張られているようだった。4人は館正面まではアディロンで到着できたが、彼らはここで待つことはできないと帰っていった。
アディロン達がいなくなると、館自体に張られていた結界が、もっと小さなものになったようだった。アクシーが館の扉を叩いたが、何も反応はなかった。
「リィン、入ってもいい?」
いつもなら、セグネードが出てきそうなものだが、確かに彼だけではなく、誰もいないように静かだった。アクシーは扉を開けた。
「う…っ」
むせかえるような、何かの臭いがした。館の中はすべての窓が鎧戸まで閉められており、灯りもなく真っ暗だった。
何か異様な雰囲気が漂っている。玄関ホールの奥にある大きな両開きの扉の向こうが広間だ。タケルが玄関の扉を全開にすると、意を決して4人は中へ入っていった。
広間への扉に手をかけた瞬間、アクシーは得体の知れない恐怖を感じた。
「こ、こわ…い」
動けないでいるアクシーの代わりに、タケルが扉を開けようと手をかけた瞬間に弾き返された。まるでタケルが中に入ることを拒んでいるようだった。
ヴァルとディスカージェが一緒に扉を開けた。一気に血の臭いがした。
しかし、玄関からの明かりで見渡す限りは、何も変わりはない。10本の氷の柱にはそれぞれに起源次元の者達が入り、その中央には剣が氷の櫃に納められていた。
「大丈夫そうだ」
ヴァルがそう言って入ろうとするのを、腕を引っ掴んでディスカージェが止めた。彼女の顔は真っ青で、恐怖に強張っていた。声さえも出ず、なぜ今まで感じなかったのか不思議なくらい、大勢の怒りの念が押し寄せてきたのだった。
4人はしばらく、ただただ、広間の中へ入ることができず立ち尽くしていた。目が慣れてくると、広間の奥の方にボウッと白い人影のようなものが浮かび上がって見えてきた。
「リィンなの?」
震える声でアクシーが聞いた。
「そうよ、用のある人だけ入っていいわ」
広間に灯りがともった。中央の大きなシャンデリアには、青白い炎が幾重にも揺らいでいた。
「入る前に用件を言って」
まず真っ先に、タケルが大声でリィンに向かって怒鳴った。
「おまえがサーキアを殺したのかっ!?」
「あれは事故よ。こっちこそ殺されそうになったのよ。…それにもういいでしょ?」
「なんだって!?おまえだってピンピン…」
タケルの言葉を遮るようにディスカージェが叫んだ。
「ダメッ、それ以上…!!」
「セグネード、やめてっ!!」
同時にリィンも叫んでいた。
タケルの目の前に飛び出していたディスカージェへ、一角獣の角が刺さっていた。タケルは驚いて抱きかかえようとして、広間の手前で弾き返された。目の前でディスカージェが倒れこむ。刺さっていたはずの角は消え失せ、代わりに白く輝く光がディスカージェを包み込んだ。
「タケル、もうそれ以上やめてくんないかな。あんた、カンケーない」
「な、なんでだよ」
「サーキアのことはアクシーの仕事だし。あんた、気がついてないの?」
立ち上がると、ディスカージェは広間の奥へ向かって歩いて行った。アクシーとヴァルも一緒に後ろについていった。
「リィンね?ありがとう。私の用件は、氷の柱の件なんだけど」
「ラグナルダさえ良ければ、解放できるわ」
「どういうこと?」
「ラグナルダの命令だから」
「ちょっと待って?」
どうもヴァルから聞いていた話と食い違う。アクシーはまずは玉石からにしようとでも言うように、剣を指差した。
「打ち合わせ通りの順番にしない?」
ヴァルが頷いて、皮の袋からシムルグの鱗の袋に入れた欠片石を3個取り出した。それをリィンに見せて、母親の玉石を返してくれるよう頼んだ。リィンは氷の櫃を開け、剣の鞘の部分にある3個の場所へそれぞれに欠片石を置くように指示した。
「あとはラグナルダがかけた術式を解くだけ」
「俺、教えてもらってきたんだけど、俺が代わりにやってもできるかな」
「できる。けど、欠片石がなくなったことで一人だけ困るかも、でももういいわ。向こうも、もういらないって言ったから」
「なんの話?」
リィンはアクシーに向かって話し始めた。ラ・ルヴ・リール次元での欠片石の役割について。自分は、欠片石を通して悪い生気を吸い取っていた。悪い生気を吸い取った時は石が反応して熱を帯びる。それは黒い影のように見えるが、そのうち欠片石本来が持つ生命の力で消えていく。
「生気を吸い取っていたっていうのは、悪い部分だけ?」
リィンは頷いた。
「ルゥダは生まれつき体が弱かったから病気ばかりしてて、様子を見ては吸い取ってた。ワーウルフの時は母親が産後のすごい熱で悪い部分吸い取ってたら石が真っ黒になって熱くなって、それで赤ちゃんが泣いちゃった」
「そっか…、フィンディは?」
「翼が4翼だから、バランスよく育つか見てた」
「ソナもそういう理由ね?」
「ソナは違うわ。ソナの片方の体には心臓がないから、海の中にいればいいけど、海の上へ体を出して歌うことはもうできない」
「そう…それが元々の宿命なら仕方ないね」
アクシーは素っ気なく呟くと、ヴァルに剣を玉石に戻すよう促した。また、ラグナルダが命令したという氷柱からの解放を、ヴァルから了解を得た。
ヴァルが術式の詠唱を始める。長々と繰り返されやっと玉石は元の形を取り戻した。それを見届け、リィンは一瞬にして氷柱から10名を解放した。彼らは今まで何十年と閉じ込められていたとは思えぬ程変わりなかった。皆口々にリィンへの感謝の言葉を述べていた。
「リシュリュー!!、お兄、小兄!!」
「ディスカ!!相変わらずね、ドキドキすることばっかりやって」
不思議そうにディスカージェが尋ねると、リィンは彼らをただ氷柱に閉じ込めるだけでなく、空の鏡で知りたい情報を見せていた。また同時に、起源次元から彼らの命の源である各々必要な生気を得ることができるようにしていた。
「いつから?次元間の使用は勝手に許可されてない」
「クアドラルが許可した、ある日やってきて、これをくれた」
そう言ってリィンが見せたのは、ちょうどリィンの両方の掌に収まる大きさの黄色い玉石だった。クアドラルがどれほど子供達の身を含め10人を案じていたか、リィンは事細かに話した。
それを聞いていたディスカージェが、ヴァルの方を見てキツい口調で言った。
「なんか、おかしくない?あんたのお袋の話とさ」
「もういいでしょ。これで、終わり?」
「待って。話がまだ終わってないから」
アクシーがそう言うと、仕方がないとでもいうように溜息を吐きながらリィンは振り返った。
「サーキアのことは事故だって言ったよね。ええ、サーキアが私の頭を半分くらい吹き飛ばしたの。急に殴ってきたから避けられなくて。殺されると思ったら、手が勝手に動いてた。怖くて必死に逃げて帰ってきた」
「そうだったんだ。大変だったね」
「それじゃあ、セグネードは?来客の時は必ず一緒にいるでしょ」
リィンは無表情でアクシーの顔を見つめていた。アクシーの背中に、彼女を突き刺そうとする物が触れた。
「あ…」
そんな気がしたが、それは実体を伴う物ではなかった。
リィンは唇を噛みしめて、クルッと背を向けると天を仰いだ。
代わりに、一部始終を見ていたリシュリューが話をした。彼女達は一度柱ごと壊されたが、セグネードがリィンに直させた。その後、一角獣一族の献身的な行為が始まり、朝までにリィンは血の一雫も残さず、すべてを自らの力にした。彼らの尊い肢体は形を変えてリィン自身を作り変えていた。
「あの時、サーキアが話を聞いてくれたら。致命傷を与えたりしなければ。何も変わらなかった?」
「わからないわ。真実なんて、話の数だけあるんだから」
広間の奥から、リィンの冷たい眼差しがタケルを見据えた。
「事実は、一つだけ。それを残して、全部無しになるの」
タケルを指差して言い放った。
「凡庸者!!能力を本当に使いこなせたか!!まだ、何も終わっていない、始まってもいない!!」
リィンはその場にいる全員を見渡すと静かに言った。
「用が済んだら出て行って」
アクシーはリィンを抱きしめると聞いた。
「何か望みはない?」
「今の私にそれを聞くの?」
泣きそうな声でリィンは答えた。
これで玉石は3個に戻った。
ヴァルが持つ赤い生命の玉石。
ディスカージェがクアドラルより預かった黄色の恵みの玉石。
アクシーがシムルグより預かった青い精神の玉石。
4人の考えでは、3個揃えば次元のバランスが整い、今問題になっているラ・ルヴ・リール次元の空にある次元の裂け目のようなものは塞ぐことができるはずだ。
「一番近いのは《竜の島》だけど」
「近さは関係ないだろう」
「そだねー。どーやるか、だねぇ」
玉石は揃ったが、誰一人として扱う術を知らなかった。
リィンに罵倒されたタケルは、巻き込まれて今まで文句一つ言わずに、今回のことに付き合ってきたことにバカらしく思えてきていた。自分に何の関係があるのだろう。
迎えにきたサージャンからの提案で、とりあえず《天球の丘》へ戻ることになった。ところが、タケルは突然、自分は関係ないから帰ってもいいかと言い出した。
3人は、もちろんアディロン達も、何をバカなことを言っているのかと一切取り合わなかった。しかし、出立しようとしているのにグズグズしているタケルにサージャンは勝手にしなさいと飛び立とうとした。それをアクシーが止めた。
「タケルには、責任がある!!」
「何の責任だよ」
「サーキアや他のワーウルフを止められなかった」
「どういうことだよ。サーキアは一回死んでんだぞっ!!」
「もっとよく考えてたら、死んでないよ」
それでも憮然とした態度で動こうとしないタケルに、アクシーはサージャンから降りて近寄ってきた。
「ワーウルフの物見が言ってた、大いなる血の代償って、サーキアのことだとは限らないよね、生き返ってるし」
「どういうことさ」
「ここはね、一角獣族の領地なの。一人残らずいなくなった」
スーファルに乗っていたディスカージェとヴァルが、振り向いてタケルを見た。
「一族全員が死んだ、リィンを助けるために。リィンはただ予見通りに欠片石を届けに行ったら、サーキアに死にそうな重傷を負わされて帰ってきた。助けるためにはたくさんの血が必要だった」
「え……」
「リィンは逃げるしかなかった。サーキアはリィンを殺すつもりだった。サーキアがリィンを攻撃した跡を見た?見てないでしょ。森の木が倒れて血や肉があちこちに飛び散ってた。腕までもげて落ちてた。どういう計画立てたら、そうなるんだっっ!!」
アクシーはタケルを冷ややかに見つめ続けていた。
「この界は穏やかで平和な場所だ。おまえの界の価値観でめちゃくちゃにするな。死んだ者を生き返らせることができるなら、お願いするよ。サーキアみたいに、一角獣族を生き返らせて。おまえの能力で」
ディスカージェが降りてきて、タケルの腕を取るとスーファルに乗るよう促した。アクシーもそれ以上は何も言わず、4人は《天球の丘》を目指した。
「ねえ、アクシー。さっきのように、玉石にお願いしてみようよ」
アクシーは頷いた。空にある空間の歪みだけはなんとかしなければならない。この美しい穏やかな獣人達の界。アクシーは守護者として、自分には責任があると考えていた。ただ、それだけではないことを自覚しつつあった。
「責任じゃなくて、使命なんだ」
「どーしたの?」
「大丈夫、私がなんとかする」
4人は丘に降り立つと、どことなくぎこちなかった。タケルの様子が影響していた。
タケルはアクシーから話されたことに少なからずショックを受けていた。
ーー俺って、いったいココへ何しに来たんだ?
タケルはシムルグの言葉の断片を思い起こしていた。能力を操る精神がどうとか。信じろとか信じるなとか。有で、無だと。
それは実際目に見えるチカラだけでなく、多分、目に見えないチカラ。心に働きかけるものでもあるのかも知れない。自分の思い込みが、他人へ影響を与えたり。
ーー俺はいい気になっていただけ、ヒーロー気分を味わって。
「タケル、今の君にこんなことを言っていいのか迷うけど。頼むよ、能力を貸してほしい」
「うん、そうだよ、タケル。私達だけじゃダメでも。タケルがいたらできるかも」
「何が…?俺もう、何をしたらいいか…」
「全部だ、決まってる」
「全部って…」
タケルは、二度と自分の能力による犠牲を出したくなかった。やっと、能力の恐ろしさと重責を感じた。
「全部だ。あの次元の空間の歪みを元通りにする。そして、リィンの望みを叶えるんだ」
アクシーは3個の玉石を見つめて力強く言った。
「起源の力で!!」
3個の玉石は、アクシーの言葉に反応したかのように、スーッと天へ向かって浮き上がった。
3個の玉石は天から降りそそぐ光の中で、赤と黄と青に、天からの光を受けて光り輝きだした。やがてクルクルと回りながら、赤、黄、青、3色の光の帯を描き、その色が重なり合い、終いに、強い強い目に見えぬ光のかたまりへとなった。
アクシーは感じた。
ーー今、だ。
「みんな、ありったけ、能力お願いーーっっ!!!」
アクシーは浮き上がると、空の歪みに向かって行った。
その時、タケルはやっと自分の使命に気がついた。体がピリピリとしている。
タケルは、光のかたまりへと吸い込まれていった。
光のかたまりは、いつか見た雷光のように光の手となって、空の歪みへと向かっていった。向かっていくうちにタケルは、あの日見た夢を、フラッシュバックしていた。そういえば、以前にもあった。
リィン…!?
俺が壊してしまったもの。
あの日、夢の中で、叫んでいた。
少女は「来ないで」と。
「空の歪み、次元の修復、完了!!」
アクシーの声がする。
「まだだ、まだやることがある!!」
タケルは思った。これはアクシーの。
「アクシー!!俺の能力全部持っていけ!!」
同時に、アクシーの脳裏に、あの日見たタケルの夢が入ってくる。
リィンが見た予知夢。そして、願い。叫び。
「かなえてやって!!!」
アクシーならできる。タケルの強い思いが能力と一緒に届く。
ーー私ならできる。これが私の使命。
「次元をもう一つ、創る!!」
そして、そこへ、形なきもの達を。
「形なきもの達を、すべて新しい次元へ」
そして…
「新しい次元の守護者としてリィンを、新しい次元へ」
タケルは感じた。能力が失われていくのを。
薄れゆく意識の中で、光の手が、離れてゆく。
飛行機から稲光が遠ざかっていった。
すべてが終わって、アクシー、ディスカージェ、ヴァルは《天球の丘》で倒れていた。気がつくと、3人はそれぞれに玉石を持っていた。《風の草原》を渡ってくる絶え間ない風は、切り裂くようだった風から心地よい恵みの風へと戻っていた。
「やった?やったんだよねっ!!」
ディスカージェが喜んでハイタッチしようと手を挙げた瞬間。
「そっか…役目が終わったから…」
寂しそうな声で呟いた。
「タケルが、消えた?」
ヴァルが辺りを見回して、驚きながら聞いてきた。
「疲れた…」
アクシーは大の字になって倒れたまま、しばらく起き上がらなかった。
「ル・ルディーアの光手。伝説だと思ってた」
そう言ったまま、仰向けで空を見つめていた。
しばらくして、空の異変が静まり、元に戻ったことを確認すると、各種族達は避難していた場所から、元々の領地へと戻っていった。《昼闇の森》にいたワーウルフ達も《竜の島》へと移動しながら、一部は起源次元へと帰っていった。
《氷の峰々》にあったであろう館は消えていた。そして、ラ・ルヴ・リール次元の人々の記憶からは欠片石の記憶も失われていた。
ラ・ルヴ・リール次元の守護者はアクシーであり、何か問題が起きると忙しく界中を巡っていた。
閉ざされた次元のこともまた、それを知りうる者達の記憶から遠ざかっていった。それは暗黙の了解、禁忌となった。それに触れようとする者には、稲妻が落ちて命を亡くす、という伝承が伝えられるようになった。
久しぶりに、アクシーが父シムルグの元にいると、見事な四翼に成長したフィンディが訪ねてきた。美しい鬣の年老いた元首長が今朝亡くなったと伝えにきた。形なきものの界へと元気に旅立っていったそうだ。
「そうか…鏡で見てみるか?」
フィンディは頷くと、アクシーは次元の谷へフィンディを伴って向かった。そこにはディスカージェがいつものように寝転がっていた。
「おやぁ?珍しいお客さんだぁ」
「形なきもの、魂(ェンナィj次元だっけ?様子をちょっとね」
「あっはっはー!私がココで番してるしぃ」
「うん、いつもありがとう。今朝…フィンディが心配しててさ」
フィンディがディスカージェへ笑いかけると、なるほどというふうに頷いた。
「じゃあ、久しぶりに一緒に見せてもらおっかなぁ」
3人は、アクシーが掲げた大きな鏡で見ることにした。すると、ちょうど元首長のおばあさんがリィンに挨拶しているところが映し出されていた。
リィンは大きく成長した《いのちの樹》の近くで、和やかに会話を楽しんでいるようだった。《いのちの樹》はクアドラルがリィンに以前渡していた小さな恵みの玉石が苗木となったものを植えた。今では界のどこにいても見えるほど大きく立派に成長していた。そして、リィンの後ろにはセグネードが控えていた。
「暖かだな…」
「うん、よかった。僕はこの人から生まれてくる祝福をもらったんだよ」
「そっか。私はリィンから真っ先にもらったらしい」
そう言って、アクシーは笑った。
無垢の乙女と一角獣達が治める界は、以前住んでいた氷の峰々とは違い《いのちの樹》の恵みに溢れた穏やかな場所となっていた。
タケルは引越しの片付けに追われていた。自分の荷物の中に母親の物が混ざっていて、いい加減ブチ切れそうになりかけていた。
「ちょっともういい加減にしてくれよ。なんでこんなに俺の段ボールにお母さんの物が入ってるわけ!?」
「あらヤダー!!これ探してたのよ」
母親は嬉しそうに、タケルから綺麗な洋菓子の缶を受け取った。缶の蓋を開けると写真や絵葉書が詰まっていた。
「なにそれ?」
覗くと、どうやらドイツの街並みや、古い民家の中の写真だった。
「私がミュンヘンで大学通ってた頃の写真よ。お父さんもいるわよ。あとで一緒に見る?」
ふと一番上の写真が気になって、タケルは手に取った。若い頃の母親が猫を抱いて写っていた。
「この子、下宿先の猫でね、フッサフサの毛をしてたの。珍しいでしょ、目の色が左右違うの。ダイナって名前だったかな」
「ふうん、お母さん、わかっ!!」
「そお?でも、お腹にあんたいたわよ」
「えーマジ?」
「タケルもドイツに興味持ってくれると嬉しいな。お父さんとお母さんが出会った場所だしね」
「そうなんだ。なんかさ、夏休み中に、学校でキャンプ行かないかって。シュバルツバルトって、近い?」
「あー、近い近い!!人狼伝説あるとこよ。へえ、キャンプ場ができてるんだ、いいなー」
母親はキャンプの申込案内を見て、勝手にあれこれ喋り始めた。タケルはうるさそうに部屋から追い出した。インターナショナルスクールでは、結構日本人も多くてなんとかやっていけそうだ。タケルのドイツでの生活は始まったところだった。
1988年8月に、『異世界物語』として二人誌を出しました。その時は初めての長編で、今読むと内容がしっちゃかめっちゃかで、もっとタケルとアクシーがケンカしながら、冒険していたように思います。読後感は内容がない、ただの説明書のようでした。今回はリメイクというよりも、世界観や設定はそのままで、もう少し読んでいてちょっとは山あり谷あり、ぽくできたかなと思います。苦労したところは、病気で記憶障害があるせいか、事細かにプロットとか書き残しておいても、辻褄が合わないところがいっぱい見つかるところです。余力があったら後々手直ししていこうと思います。
『ル・ルディーアの光手は、古来より宿命を紡ぎ出す
魔手なるか、光手なるか、宿命は選ばれし者の礎』
という文節で、書いた当時は締めているんですが、当時、今から37年前、ちょうど20歳くらいだったんですが、全くもって訳わからん(汗)です。ただFTオタクであったことは確かです。早川書房の海外FTシリーズが山程残ってます。
実際ドイツは1ヶ月くらいかけてバッグパッカーで回っているので楽しかったですね。いっぱい民間伝承も残っていて。そういうのも織り交ぜていきたかったのですが、それをやると私の今のポンコツ脳では多分フリーズに次ぐフリーズで、この形式では無理だったと思います。またいずれ、別の形式で書いてみたいと思います。
最後に、稚拙な作品を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。誰が主役かわからん話になってしまいましたが、とりあえずハッピーエンドに無理矢理してしまいました。
もしよければ読後感など、ありましたらぜひよろしくお願いしますm(_ _)m